211 まるごとアルラウネアイスの試作
ルオーリオ軍が通り過ぎた後、次第に沿道の人垣が崩れていき、見物人たちが散り始めた。
そんな人々を呼び込むべく、通りに連なる店は一斉にオープンしていく。
店を開けたと同時に、アイス屋にも多くの客が入り、店内はあっという間に賑やかになった。
従業員一同、協力し合ってテキパキとまわしていく。
そうして忙しなく動き回って、ようやく最初の波を越えたあたりで、アルメは店の表から奥の調理室へと移動した。
先に作業に入っていたエーナが声をかけてきた。
「お疲れ様。チョコチップ作っておいたけど、こんな感じで大丈夫?」
「うん、ありがとう! シフト入ってないのに手伝わせちゃってごめんね」
「どうせ昼まで暇だし、見物台のお礼ってことで、気にしないで」
エーナは小ぶりな絞り袋の先から、一滴サイズのチョコを、ちょんちょんと絞っていく。
平たい容器にズラッと並べられた、このチョコのドットは、新作『まるごとアルラウネアイス』の種として使用するチョコチップである。
「種の準備はばっちり、と。よし! それじゃあ新作アイス、作っていきましょう!」
エーナの隣に並んで、アルメは作業テーブルに道具とアルラウネの実を置いた。
実にざっくりと包丁を入れて、赤く熟れた果肉部分と、皮に近い緑色をした部分とで切り分けていく。
果肉から種を取り除く作業がなかなか手間だが、途中でコーデルも作業に加わってくれた。チョコチップ作業を終えたエーナの手も借りて、山盛りのアルラウネから、種を取り終えた。
一息ついたところで、赤い部分と緑の部分、それぞれをミキサーにかけていく。なめらかな二色のペーストができあがった。
皮に近い緑のほうは甘みが足りないので、少し砂糖を加えて味を調整する。赤いペーストのほうには、種代わりのチョコチップをパラパラと投入して、偏らないようによく混ぜ込む。
「あとは、これを成型したら完成です」
「型はどうする? とりあえずアイスキャンディーのやつ使ってみようか?」
コーデルがアイスキャンディーの型をテーブルに置いた。
店のアイスキャンディーの型は円柱型だ。三角カットのアルラウネを再現したいので、イメージとは違うけれど――道具がないので、今回は円柱型で試作してみる。
型にチョコチップ入りの赤い果肉ペーストを流し込んでいく。九割ほど流し込み、最後の一割に緑のペーストを注ぐ。最後に持ち手の棒を差し込んだ。
連なっているすべての型に液を注いだら、氷魔法で固めていく。
ほどよく凍らせて、持ち手を摘んでスルリと抜いてみたら――……アルラウネの実をそのままくり抜いたかのような、綺麗な円柱型のアイスが姿を露わにした。
黒い種が散りばめられた果肉と、下のほうの緑の皮。パッと見はカットフルーツそのものだが、種も皮もまるごと食べられるアイスキャンディーだ。
手元でクルクルと見た目を確認して、アルメはできあがりに頷いた。
「なかなか綺麗にできあがりましたね。三角の型を作ったら、よりカットフルーツらしくなりそう」
「円柱型でも十分可愛いじゃ~ん。見た目面白いし、子供にウケそうだね」
「アルメ、一つ食べてみていい?」
「どうぞどうぞ。お味見を」
エーナとコーデルも型からアイスを引き抜いて、まじまじと見回した後に、シャクッと嚙り付いた。アルメも二人に続いて頬張ってみる。
口当たりのなめらかなシャーベットは、爽やかでいて、うんと甘い。ポリポリとしたチョコチップの食感も楽しくて、味わいが少し変化するのも飽きがこなくて良い。
「種まで食べられるって、なんか変な感じで楽しいね」
「チョコチップ、もうちょっと小さくてもよかったかも。次は小さめに作ってみるわ」
「型を金物工房に頼んでおかないとね。この後話をしてくるわ。あとは、タニアさんに新作プッシュ用の看板を作ってもらって――」
と、ちょうど名前を出した時に、タニアがヒョイと顔を出してきた。店先に出す予定の看板に関して、寸法確認などの作業が終わったらしい。
彼女はそそくさと中に入ってきて、みんなが食べているアイスキャンディーに目を向けた。
「ええと、お邪魔します。看板の寸法と仕様、まとめてみたのでご確認ください。あの、そちらが新作のアイスですか? 可愛いですね」
「タニアさんもお一ついかがですか? 種も皮もまるごと食べられる、アルラウネアイスです」
「いただきます。イラスト映えしそうなアイスですねぇ。描くのが楽しみ!」
タニアもまじまじとアイスを観察した後、嚙り付いて頬を緩めていた。
新作の本格リリースは、道具や商馬車の手配が整い次第を予定している。早速ブライアナの家にも連絡の手紙を出したところだ。上手く話が進むことを祈りつつ、ひとまずは返事待ち。
(ファルクさんが帰ってくるまでに、提供体制を整えられているといいのだけれど。そこまでトントン進まずとも、とりあえず三角型は入手しておきたいわね。早く完成形をお披露目したいわ)
この、まるごとアルラウネアイスの企画は、元はと言えば彼の旅行の誘いが発端のようなものだ。アイスがばっちり完成した暁には、是非とも早急にご覧に入れたい。
彼のことなので、新作アイスを前にしたら、きっとまた子供のようにはしゃいで、満面の笑みを見せてくれることだろう。
先ほど見送ったばかりだというのに、もう帰ってきた時のことを考えてしまうのは、せっかちが過ぎる気もするけれど……想い人に早く会いたいと願う気持ちは、抑えようもない。
そんな、ソワソワとした気持ちをアイスに込めつつ、飛び立った鷹の凱旋を待つことにしよう。




