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205 気持ちの吐露と仲直り

「お前のせいで、お兄ちゃんは……っ……クソッ……お前なんか大嫌いだ……!!」


 冷凍フルーツをファルクに投げつけたティダは、顔を歪め、拳を握りしめて戦慄いていた。


「ティダ……っ!」

「なんてことを!!」


 一拍の間を置いてから、弾かれたように、ティダの両親とルドが動く。もはや青いのか赤いのかわからない顔色で、悲鳴じみた怒声と共に駆け寄ろうとした。


 迫る大人たちを見て、ティダは逃げようと身じろいだ。――が、その衿元をファルクが引っ掴んで止めた。


 今度は場に、彼の良く通る低い声が響き渡った。


「人に危害を加えておいて、何も言わずに逃げるのか。無礼者」


 ファルクの言葉にティダは足を止めて、大人たちも色を失って固まる。


 アルメも慌てて立ち上がり、仲裁しようと動きかけたけれど――……ファルクの様子を見て、駆け寄ろうとした足を留めた。厳しい物言いだが、表情は穏やかに見えたので。


 動揺しきってオロオロしている周囲に向けて、視線で『たぶん、大丈夫です』と伝えて、二人を見守ることにした。


 踏みとどまったティダはくしゃくしゃの顔をしたまま振り返る。ファルクは衿を掴んでいた手を放し、しゃがみ込んで目の高さを低くした。


「俺に何か思うところがあるのでしょう? どういう想いであっても、相手に対して力を介して気持ちを伝えてはいけません。言葉で伝えなければ、ただ乱暴を働いただけの不届き者になってしまう。あなたがそれほどまでに怒る理由を、俺を嫌う理由を、言葉にしてぶつけてみなさい」

「……っ……」


 ティダは息を呑み、口ごもった。少しの間を空けて、意を決したように口を開く。


 緊張と感情の高ぶりに声を震わせながらも、ファルクを睨みつけて言い放った。


「……お前が……っ、お前がいなければ、お兄ちゃんは神殿の中で安全に働いていられたんだ……! 従軍神官になんかならなかった……! お前なんかに憧れなければ、戦場に行くことなんてなかった! 仲良くならなければ……っ、お前がルオーリオに来なければ……お兄ちゃんは……っ……」


 喋るうちに、ティダの目には涙が溜まっていった。ファルクは金の瞳を揺らすことなく、ただ静かに想いを受け止める。


「なんで……っ、お兄ちゃんと仲良くなったんだよ……! なんで戦に連れ出したんだよ……! やめろよ……っ、連れて行くなよ!! ずっと神殿にいればいいのに……なんで……っ……なんでお兄ちゃんはお前なんかと仲良くしてんだよ……! 嫌だよ……危ないとこに行ってほしくない……行かないでほしい……っ! 連れて行かないで……!!」


 ティダはボロボロと涙をこぼして、しゃくりあげながら訴える。両手で目元を拭った拍子に、眼鏡が地面へと落ちた。


 落ちた眼鏡を拾い上げながら、ファルクは言葉を返す。


「ティダさんは、お兄さんを愛しているのですね。……あなたの愛する人を危険な場所に連れ出してしまって、申し訳ございません」

「……じゃあ、もうやめろよ! お兄ちゃんを連れてくなよ……! もう二度と関わるなっ……仲良くしないで……っ……縁切って、一生近づかないでよ……っ!」

「それは……できません。理由は色々とありますが……何よりカイルさんご自身が従軍を望み、相応の能力をも備えていらっしゃるからです。俺は必要とあらば、あらゆる責任を負う覚悟をもって、彼を、神官らを率いて、戦に向かいます。あなたにどれほど泣かれようと、きっとカイルさんは俺の背に続くことでしょう」


 言葉を選ぶようにゆっくりとした口調で、彼は続ける。


「カイルさんのその覚悟は、彼だけのものです。誰に憧れてどの道を選ぶか、彼の人生はすべて彼のものです。厳しいことを言いますが、ティダさんのものではありません。ですから、カイルさんが望んだ俺との縁を断つことは、あなたにはできないのです。……お嫌でしょうが、どうかそのことだけは、心に納めてください」

「…………わかってる……わかってるよ…………そんなのわかってる……でもっ、死んじゃったら嫌なんだもん……っ……嫌だ……」


 差し出された眼鏡を受け取る余裕もなく、ティダは流れる涙を拭い続ける。勢いをなくした小声で、子供らしい胸の内を明かした。


「……お兄ちゃんが……死んじゃう夢を見たんだ……。なんか……魔物の兵隊がワッて攻めてきて、黒い剣が……頭に刺さって……血がいっぱい出て……っ……」


 言葉にしたら、さらに気持ちが昂ってしまったのか、ティダはいよいよ喋れなくなるほどに泣き出した。


 代わるように、ルドがそっと側に寄って謝罪をした。


「とんでもない無礼を……本当に申し訳ございません……。――去年の『エル・タル・モーデルの丘の魔物掃討戦』の話は、村の子供たちの間にも広まっていまして……恐ろしい戦話を聞くうちに怖くなってしまったのでしょう。孫に代わり、不敬を深くお詫び申し上げます」


 事情を聞いて、ファルクは表情をゆるめて眉を下げた。


「なるほど、恐れるのも無理はありません。大きな竜討戦でしたからね」

「戦死者は出なかったと聞いていますが……噂がひとり歩きしているようで、『実は竜の一撃をくらって、軍人さんが一名惨死している』とかいう話が、子供らの間で回ってしまっているようでして。その話にショックを受けたのでしょう……『カイルが魔物に殺されてしまう』なんて悪夢を見るようになってしまったみたいです」


 渋い顔で語るルドと同じように、ファルクも渋い顔をした。そして話に耳を傾けていたアルメも複雑な表情を浮かべる。


(一撃惨死の軍人さん――……って、もしかしてチャリコットさんのことでは……?)


 前に聞いた話だが、件の竜型魔物との戦で、チャリコットは強烈な一撃をくらって死にかけたらしい。……本人がのん気に笑いながら、武勇伝のように語っていた。


 ファルクに蘇生されて事なきを得たそうだが……まったく笑い事じゃなくて青ざめてしまったのは、まだ記憶に新しい。


 そんな軍人の戦話だが――……変な風に伝わって、ティダにトラウマを植え付けてしまったようだ。


 どういう経路で村に伝わったかは定かでないが、酒屋での他愛のない話が思わぬところにまで広まっていた、なんてことはたまにあることだ。


 一度(ひとたび)、話好きの商人の耳にでも入れば、面白おかしく改変されながら広まっていくのがこの世である。そして往々にして、劇的な話ほど盛り上がるのだ。


 チャリコット当人に非はないけれど……なんとなく、ガクリとしてしまった。『子供を泣かせるな』と、突っ込んでやりたいような気持ち……。


 ファルクも同じ心地のようで、何とも言えない顔をしている。

 彼は立ち上がり、身を屈めてティダの肩に手を置いた。


「あながち嘘話というわけでもなく、実は一人、本当に即死した方がいらっしゃったのですが……その軍人も俺がしっかりと蘇生しました。今はルオーリオの街で、憎たらしいほどに元気にしていますよ」


 明るい声音でそう言うと、ファルクはティダの顔を覗き込む。


「俺は軍人だけでなく、戦地の神官たちもお守りします。もちろん、あなたのお兄さんのことも」

「…………本当に……? ……絶対、約束してくれる……?」

「えぇ、約束します。ルオーリオ軍の守り神として、戦場で誰一人、死なせはしません。神に縋りついてでも、皆、生きて帰します。白鷹の誇りに懸けて」

 

 力強く言い切って、小さな体にやんわりと腕をまわす。ティダは拒むことなくファルクの抱擁を受け入れて、また大粒の涙を流した。


 想いを吐き出したことで、張り詰めていた気持ちが解けたのだろう。今までの喧嘩腰の態度とは一変して、すっかりしおらしくなっている。


 服にしがみついて、しゃくりあげながらも、ティダは謝罪の言葉を紡ぎ出した。


「…………ごめんなさい…………僕、あなたに酷いことを言った……酷いことをした……っ、ごめんなさい……ごめんなさい……っ」

「お気持ちはしかと受け取りました。一切を許します。この抱擁で仲直りといたしましょう」

「……でも…………でもっ……色ボケって思ったのは、本当だから……。お兄ちゃんが尊敬する人だから、もっと格好良い人だと思ったのに……っ、全然格好良くないんだもん……」


 ティダは大泣きしながら、半ばやけくそのように文句を寄越した。


「……アルメ様に、ピヨピヨついてまわってばっかで……ヒヨコじゃんか……っ、白ヒヨコじゃん……っ」

「ふっふっふ、最近、白ヒヨコに加えて、白ミミズという呼び名も加わりましたよ」

「……格好良くない……やだぁ~……っ……やっぱお兄ちゃんと仲良くすんなよ~……っ!」


 ベシベシと叩いて抗議するティダのことを、ファルクは悪戯めいた顔で抱き留めていた。


 ファルクは以前、カイルのことを『弟のように思っている』なんてことを言っていたけれど。ティダもすっかり、彼の弟枠の中に放り込まれてしまったようだ。


 ワンワン泣きながら文句を垂れるティダに、笑って冗談を返すファルク――。

 凍り付いていた空気もいつの間にか解けていて、場はほっこりとした雰囲気を取り戻していた。


 そうして改めて、賑やかなガーデンパーティーが始まったのだった。





 アルメは料理を堪能しながらも、先ほどのティダの言葉を頭の中で思い返す。


 ――危険な戦場に行かず、安全な神殿の中にいてほしい――……。


 彼がこぼした本音は、アルメが心の奥の方に押しやっている本音でもあった。


 戦地に行くなと命じて、神殿の中に繋ぎ留めておけたならば、どれほど安心できるだろう。――そう思うけれど、先ほどのファルクの言葉や態度を見るに、やはりそんな命令に従わせるなんてことは、叶わないようだ。


(……つくづく、ままならないお相手を好きになってしまったわね。やれやれ、どうしたものかしら)


 気の抜けた笑みで諦めの息を吐くと、隣に座っているファルクがキョトンとした顔を向けた。


「どうしました? 何か言いたげなお顔をしているように見えますが」

「なんでもありませんよ。言いたいことは、まぁ、ありますけれど……心にしまっておくことにします」

「そう言われると気になるでしょうに」


 怪訝な顔をしたファルクの手を取って、アルメは強く握りしめた。一言だけ、添えておくことにする。


「では一つだけ。鳥は自由に飛んでこそですが、飛びっぱなしで行方をくらますことのないよう。ちゃんと帰ってきてくださいませね」

「……はい、もちろんです」


 アルメの言わんとすることを察したようで、ファルクは困ったような、それでいて幸せそうな笑みを浮かべていた。


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