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204 波乱の歓迎パーティー

 アルラウネの実をつまんでいるうちに、ルドが戻ってきた。隣には背中のシャツを引っ掴まれたティダもいる。強制的に連れ戻されたのだろう。


 不貞腐れている孫に構うことなく、ルドは朗らかな声をかけてきた。


「いやはや、忙しなくて申し訳ございません。――そろそろ昼食の用意も整う頃ですし、どうぞ、我が家へおいでください」


 促されるまま席を立つと、ティダがムスッとした顔のままテーブルを片付けた。収穫したアルラウネのカゴを持って、一行はルドの家へと移動する。


 緑と花で彩られた風景の中を、お喋りをしながらのんびりと歩いていく。一見すると平和な光景だが……ツンとしたティダと拗ね散らしているファルクは、互いに距離を保ち、じっとりと睨み合っていた。


 視線だけで戦っている二人を横目に、アルメはルドと話を続ける。彼はアイスの話題を振ってきた。


「先ほどティダから聞きましたが、アルメ様は街にお店を構えていらっしゃるとか」

「はい、氷のお菓子――アイスを商品として事業をしております。いただいたアルラウネの実も、新作にいいなぁと話していたところです。とても甘くて美味しかったので」

「お褒めにあずかり光栄です。観光の賑やかしのような農園ですが、このところ客足も遠のいていますし、商人にでも卸すかなぁと考えていたところでしてね。もしご縁がありましたら、お店への仕入れをご一考くださると嬉しいです」

「是非、前向きに検討させていただきたく。新作アイスとしてお店に出す時には、『エルト・マルトーデル村のアルラウネアイス』って、村の名前を大きく掲げておきますね」

「それはありがたいです! いやぁ、本当に」


 風評被害を散らすためにも、村名と良いイメージを人々に印象付けておきたいところ。


 話を聞いて、ルドも気持ちが盛り上がったようで、あれこれと考えを話し始めた。

 

「もし本当に商品として出していただけるなら、村でも何か、連動する企画を立てたいですね。宿の割引だとか、果実狩りのイベントだとか」

「いいですねぇ、盛り上がりそうです。いっそ村の中でアイスを作って、『ご当地アイス』として展開する手もありですね!」


 ご当地グルメなどは、それ自体が旅行の目的ともなりうる。ルオーリオの街でアルラウネアイスと村の名を広げれば、人々は現地にも興味を持ち、足を延ばすことだろう。


「ちょうど小旅行に良い距離ですし、ルオーリオから上手く人を流すことができそう」

「アルメ様、旅行の最中に仕事のお話をしてしまうのはアレですが……後ほど、もう少しだけ、詳しくお話をさせていただいてもよろしいでしょうか?」

「はい、私は構いませんよ。……あぁ、でも、あまり込み入った打ち合わせは――」

「もちろん、旦那様と過ごされるお時間のお邪魔にならない程度に」


 旦那様、という単語を聞いた途端に、ファルクはパッと表情を明るくして話に入ってきた。


「大丈夫ですよ。俺のことはお気になさらず!」


 アルメは何か言おうと口を開きかけたが、やめておいた。拗ねていたヒヨコの調子が上向いたようなので、このままにしておこう。


「街で提供するアルラウネアイスは数量限定にして、プレミア感を出しましょうか。そうしてメインの販売場所は村の中にする、と」


 人は『手に入りそうで入らない』というものに心をうずかせて、どうにも欲しくなってしまうものだ。その欲求は行動力に繋がって、確実に手に入る場所へと足を向ける動機になる。


「果実の出荷には商馬車が必要ですね。そちらは村で持ちましょう」

「――あ、商馬車でしたら、こちら持ちで構いませんよ。ちょうど、仕事を探している友人がいまして」


 商馬車でふと思い出したが、そういえばブライアナの家――オードル家は、運送を家業としているのだったか。


 事業が上手くいかずに家が傾いている、との話だったので、果実の運送契約を長期で結べたら、少しは彼女の家のためになるだろうか。


 そう考えて、アルメは商馬車の手配関係を持つことを提案した。



 ――と、そんな商売話に花を咲かせているうちに、ルドの家に到着した。


 案内された先は広い庭だ。果樹園のテラスも綺麗だったが、彼の家の庭も素晴らしく美しい。色とりどりの花と草木が、見事に整えられている。


 庭の一角にガーデンテーブルが置かれていて、老若男女、十数人がワイワイと囲っていた。


「本当は村をあげて宴を開きたかったのですが……此度は我が一族でのパーティーにて、ご容赦ください」


 迎えてくれたのはルドの一族――すなわちカイルの親族。皆、ご近所同士で暮らしているそう。カイルの祖父母、両親、その他親族一同が集まってのホームパーティーだ。


 大きなガーデンテーブルの上には美味しそうな料理が並べられている。大皿に盛られた家庭料理、といった雰囲気が、何だかほっこりする。


 料理の皿を少しずらして、端にアルラウネのカゴも置かれた。


 ルドが大きな声を響かせて、一族に紹介する。


「――さぁ、皆の者、静かに。ルオーリオの街より、大切なお客様をお招きした。カイルの師、神官ファルケルト様と、奥方のアルメ様だ。ご縁に感謝し、食事をご一緒できることを神と精霊に感謝しようではないか」

「あの、私は妻というわけでは――……もがっ」


 大勢の前で呼称を間違われるのは、さすがに恥ずかしい。そう思ってコソッと訂正しようと思ったのだが、ファルクの指先が頬へと伸びてきて、ふにふにと揉まれて言葉が途切れた。


 彼の手遊びを払い除けているうちに紹介が終わってしまい、場の空気はもう乾杯へと流れていた。……またもタイミングを逃してしまった。


「では、改めまして、我がエルト・マルトーデル村へようこそ! 乾杯!」

『カンパーイ!!』


 パーティー会場に集まった面々は空にグラスを掲げて、明るい声を放った。


 グラスの中身は酒ではなく、アルラウネのジュースのようだ。炭酸水で割ってあって飲みやすい。酒を禁じられている神官ファルクへの配慮と、子供たちが多いようなので、彼らのためでもあるのだろう。


 用意された椅子に腰を下ろして、料理を前にする。さて、どの料理からいただこうか――と、見回していると、置かれていたアルラウネの実も、早速切り分けられていた。


 アルメはふと思いついて、ルドに声をかける。


「先ほどのアイスの話ですが、ご試食などはいかがでしょう。パーティーのお礼に氷魔法をご覧に入れます。凍らせるだけなので、アイスというか冷凍フルーツですけれど」

「おぉ、それはそれは! 是非、いただきたく! ――おーい、誰か、小皿に取り分けてくれないかい?」


 近くにいた子がいくつかの小皿に取り分けて、アルメのほうへとアルラウネを回してきた。三角にカットされた実に両手のひらを向けて、氷魔法を使う。


 パーティーの盛り上げとして、ちょっと大袈裟に魔法を使ってみた。キラキラとした氷の粒子が舞って、人々は歓声を上げた。


 ほどよい口当たりになるように、魔法の冷気を操りながら凍らせる。

 できあがった『即席まるごとアイス』に嚙り付いて、ルドは感嘆の声を上げた。


「カチカチに凍らせるものかと思いましたが、柔らかいですね。シャリシャリとした口当たりが実に良い!」

「商品化する際にはもう少し手を加えたく。一度果肉をペースト状にして成形し直そうかな、と考えていますので、もっと口当たりがなめらかになるかと。可愛らしいフルーツなので、三角カットの見た目を保ちつつ、種はチョコに置き換えます。」

「加工した後に、また果実の見た目を再現するんですか? なんだか面白いですね」

「ふふっ、ルオーリオの街の人々は面白いものが好きなので、きっと人気が出るかと思います」


 ルドと話をしている間に、ファルクも小皿に手を伸ばしていた。


 先ほど食べたばかりなのに、また食べるのか。――なんてことを思ってしまったけれど、彼は皿にフォークを添えて、おもむろに席を立った。


 ルドとの会話を続けつつ、アルメは姿を目で追って様子をうかがう。ファルクはテーブルから少し離れたところへと歩いていって、身を屈めた。


「あなたもどうですか? 美味しいですよ、まるごとアイス」


 彼が話しかけた相手はティダだった。賑やかな親族たちから距離を取って、隅っこで一人ポツンと、所在無げに立っている。


 ファルクに絡まれるとは思っていなかったようで、ティダは動揺した様子で目を泳がせた。が、すぐにキッと視線を固定して、思い切り睨みつけながら言葉を返す。


「……いらないよ」

「そうおっしゃらず。試食なさってみてはいかがです」

「いらないって言ってるでしょ。僕に構うなよ鬱陶しい。何なの?」

「俺は人に嫌われるのが苦手でしてね。できれば、あなたとも友好的な関係でありたいのです。カイルさんと同じように、あなたとも仲良くなりたい」


 そう伝えて、ファルクは皿を差し出したが……ティダは苛立ちに顔を歪めて、三角切りの冷凍フルーツを素手で引っ掴んだのだった。


 そしてあろうことか、力一杯、ファルクの顔へと投げつけてきた。


「……っ」

「お兄ちゃんを気安く呼ぶなよ……勝手に仲良くなるなよ……!」


 ティダが乱暴にフルーツを手に取った拍子に、ファルクは皿を取り落した。ガシャンと高い音が響き、人々の目が二人のほうに向く。


「お前がお兄ちゃんと関わったせいで……っ、……クソッ……なんで……なんでルオーリオなんかに来たんだよ……! お前なんて来なければよかったのに……っ」


 怒声を放ったティダと、冷凍フルーツの直撃をくらった頬に手を触れたまま、動きを止めたファルク――。


 ガーデンパーティーの場は一瞬で静まり返り、皆、青ざめて硬直した。


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