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203 果樹園とカイルの弟

 カイルの家族が歓迎会――という名のランチパーティーを開いてくれるそうなので、昼食はそちらにお邪魔することになった。


 半刻ほどで支度が整うとのことで、アルメとファルクはそれまで、村の中を散策することにする。

 村長ルドの案内を受けて、近くの果樹園へと足を運んだ。


 木柵の囲いの中に入ると、視界いっぱいに果樹の鮮やかな緑が広がる。黄緑色の大きな実をたくさん下げている枝は、重たそうにしなっていた。


 周囲には実の甘い香りが漂っていて、何とも食欲をそそられるけれど……実や香り以上に興味を引かれる部分が、木の幹のあたりだ。


 果樹の幹はちょうど人間の胴体ほどの太さで、一部分が女性の上体を模した形状になっているのだった。まるで、幹に彫像が埋め込まれているような、不可思議な木だ。


 ルドは近くの木に寄り、説明してくれた。


「面白い木でしょう? 妖精木アルラウネです」

「売られている実を見たことはありますが……木、そのものを見たのは初めてです。この幹、ちょっと怖いですね。夜にはあまり見たくないような……」

「はっはっは、皆さんそうおっしゃいますね。実際、なかなか怖い果樹ですよ。果実を食べに来た動物を魔法の声で屠って養分にする、という強かな木ですから」


 物騒な解説を聞くと、ファルクが表情を険しくして、庇うようにアルメの肩を抱いた。

 ルドは慌てて言い添える。


「あぁ、果樹園の木々はもちろん安全ですよ! 声が出ないようにしてありますので。ほら、ご覧ください。のどのあたりに切り込みが入っているでしょう? こうすると、アルラウネは魔法を使えなくなるんです」


 女性の形をした幹は、確かにのどのあたりが切り取られている。痛々しくて可哀想な気もするが、元気に実を付けているところを見るに、木々に影響はないのだろう。


 幹にまじまじと見入っていると、ルドが遠くへと目を遣った。


「ちょうどカイルの弟が手伝いに入っていますから、ご挨拶を。――おーい! ティダ! こちらに来なさい」


 声をかけると、離れた小屋近くで作業をしていた少年――ティダと呼ばれた子が歩いてきた。


 黒髪に眼鏡をかけた姿は、兄のカイルによく似ている。歳は十一か、十二か、そのくらいだろうか。短い前髪が可愛らしいけれど、表情はどこかツンとしている。


 少年ティダは、ジトリとした目をこちらに向けて、ムスッとした声音で挨拶をしてきた。


「……ティダです。果樹園にようこそ」

「こんにちは、アルメと申します」

「なんと可愛らしい弟さんでしょう! カイルさんとよく似ていらっしゃいますね! あなたのお兄さんには日頃からお世話になっております。俺は――」

「ファルケルト・ラルトーゼ様でしょ。わざわざ名乗らなくても知ってるよ」


 ファルクは握手の手を出したが、ティダはペシッと払い除けた。ポカンとするファルクのことを、鋭い目つきで睨み上げている。


 まるで警戒している猫のようだ。今にもシャーッという声が聞こえてきそう。


 ルドはティダの頭を鷲づかみにして、無理やり下げさせた。


「こら! なんて無礼な! ……申し訳ございません、ちょっと難しい子でして。兄思いの良い子なのですが……」

「いえ、こちらこそ馴れ馴れしい挨拶を、申し訳ございません。弟さんとはいえ、初対面ですものね……無礼をお許しください。ティダさん、改めまして、よろしくお願いしま――」

「あんたによろしくされる義理はない」

「うっ……」


 ファルクは今度こそダメージをくらい、ガクリと項垂れていた。見た目とは裏腹に繊細なところがあるヒヨコなので、あまりいじめないでやってほしい……。


 ――なんてことを思っていると、果樹園の入口から呼び声が聞こえた。農園の関係者と思しき男が顔を覗かせていた。


「ルド様ー! ちょうどいいところに! ちょっと急ぎのご相談があるのですが――」

「おや、何だい? ――すみませんラルトーゼ様、ちょっとだけ外してもよろしいでしょうか? すぐに戻りますゆえ……!」

「えぇ、こちらはお気になさらずに」

「果樹園の案内はティダに任せます。――ティダ、くれぐれも失礼のないように! 何か無礼なことを言ったら、半年間小遣い抜きだからな」


 ルドはピシャリと言い切り、ティダの背を叩いて歩いていった。


 ティダはムッとしながらも、ボソボソと言う。


「……仕方ないから、僕が案内してあげるよ。別にあんたらのためじゃないから。僕の小遣いのためだから」

「ええと、では、お願いします……」

「ティダくん、お世話になります」

「お姉さんにはハサミ貸してあげる。果実狩り、観光客に人気なんだよ。今はあんまり客いないけど。向こうのほうが実が大きいから、来なよ。根っこでボコボコしてるから、足元気を付けて」


 アルメにハサミを渡して、ティダは果樹園の奥へと歩き出した。


(あら、意外と親切……? 何だかファルクさんにはあたりが強いけれど……)


 何やら、ティダはファルクに思うところがあるようだ。


 ファルクはしょぼんとしながら、アルメと並んで歩き出す。肩を抱いていた腕が、さりげなく下りてきて腰へと回された。


 が、その腕からスルリと逃げ出して、アルメはほどよい距離感を保つ。ファルクがさらにしょぼしょぼの顔をして、小声をこぼした。


「……なぜお逃げになるのです……?」

「いや、なんとなく……子供の前ですし」


 前を歩くティダは、ジトッとした目でこちらを監視しているのだった。なんとなく決まりが悪いので、ベタベタした触れ合いは封じさせてもらおう。


 ファルクの『ぐぬぬ……』という呻き声を聞き流しながら、アルメは歩を進めた。



 少し歩くと、木々の実のサイズが一回り大きくなった。適当な木の側で足を止めて、ティダがそのへんから踏み台を持ってくる。


「どうぞ。このあたりの実なら、どれでも美味しいと思う。カゴいっぱいに採っていいよ」

「ありがとう。それじゃあ、失礼して――」


 アルメは台に上がって、実にハサミを入れた。パシッと軽快な音を立てて、黄緑色の大きな実が枝から離れる。


 その直後、幹のほうからミシミシと軋む音が聞こえたので、何の気なしに目を向けたら――……アルラウネの幹が悪魔のような形相をして、こちらに睨みを飛ばしていた。


「ひっ……!? なんか幹の表情変わりました!? こっち睨んでません!?」

「最近このへんの木ばかり実を採られてるから、怒ってるんだよ」

「木、怒るの……!? ご、ごめんなさい……」


 思わず謝ってしまったが、幹はさらにビキビキと動いて表情を歪める。


 怯んだアルメは台の上で後退り、縁を踏み外してしまったが、バランスを崩す前にファルクに支えられた。


「大丈夫ですか? 幹のほうは見ないほうがよろしいかと」

「そ、そうですね……この形相、夢に見そうです」

「ふふっ、悪夢が恐ろしければ、今宵は鷹が添い寝して差し上げましょうか――……痛い痛い、アルメさん、おやめください……っ」


 冗談を寄越したファルクの頬に、アルメは収穫したアルラウネの実をグリグリと押し付けて黙らせた。


 側ではティダがじっとりとした目を向けて、カゴを掲げている。

 涙目のファルクを横目に、アルメはせっせと果実を収穫して、カゴに積んでいった。


 

 途中、ティダの目を盗んでファルクと収穫を代わったりしながら、果実狩りを楽しむ。カゴがいっぱいになったところで、果樹園脇の小屋近くへと移動した。


 花々に囲まれたガーデンテラスに、いくつかテーブル席が用意されている。ティダに案内されて座ると、収穫したばかりの実を彼が切り分けてくれた。


 皮は鮮やかな緑色をしているが、果肉は真っ赤に色づいている。種は黒くて、色合いがどことなくスイカに似ている。三角形に切り出されると、ますますスイカみたいだ。


 アルメはフォークを手にして、目を輝かせた。

 

「アルラウネの実って、もう少し黄色がかった色をしているイメージでしたが、この村の実は赤みが強いですね」

「うちの村はガッツリ熟すまで、枝に下げたままにしてるから。観光客用だしね。熟しすぎると虫にやられるから、普通の農園はもっと早く収穫するんだよ。――あ、お水持ってきますね。お姉さん……いや、アルメ様、どうぞごゆっくり」


 サラッと接客セリフを寄越すと、ティダはテラス席を離れた。

 

 ファルクは肩の力を抜いて、ため息と共にフォークを手に取る。


「……俺はハサミも渡されず、名前すらも呼ばれない……。カイルさんには、一応慕っていただいている身なのに……兄弟でこうも違うとは」

「まぁまぁ……難しい年頃なんでしょう。そう思い詰めずに。――さぁ、ほら、いただきましょう!」

「えぇ……」


 彼を励ましつつ……果実の種を落とした後、三角の頂点にフォークの先を入れて、一口分をすくい上げる。パクッと頬張ると、途端に口いっぱいに甘みが広がった。


 スイカよりもずっと甘い。桃とマンゴーを合わせたような、濃厚な味わいだ。


「美味しい……! すごく甘いですね! ルオーリオの市場のアルラウネは青臭さがあるんですが、これはまったく感じません。別の果物みたい」

「これはこれは。虫が寄るのも納得の甘み。これ、凍らせたらそのままアイスにできそうですね。砂糖を加えずとも、冷たさに耐えうる甘さでは?」

「確かに」


 アルメは二口目をフォークに取って、その手で氷魔法を使った。ほどよく凍らせて味見をしてみる。


 シャクシャクもぐもぐと咀嚼して、ふむと頷いた。


「おっしゃる通り、このままでいけますね。冷たさに誤魔化されず、しっかり甘いです」


 キンキンに冷やされた食べ物は舌を鈍らせるので、甘みを感じにくくなるものだが、この果実はそれでもなお、甘さを保っている。


「見た目もスイカみたいで可愛らしいですし、人気が出そう。まるっとこのまま商品にしてしまいたいですね。『まるごとアルラウネアイス』、とかどうでしょう」

「まるごと、ですか。でも種は取り除いたほうがよいかと。消化不良を起こしそうです」

「う~ん、アクセントとして種があったほうが、見栄えは良いのですが――……そうだ、種をチョコか何かで置き換える、とか?」


 ふと、前世にあったアイスが頭をよぎった。三角カットされたスイカを模したアイス――。


「一度、種を取り除いてペーストにして、チョコで作った種を混ぜてから、また元の見た目に似せて成形する――っていう風にしたらいいかしら」


 頭の中で作り方を考えつつ、アルメは笑みを浮かべた。


「うん、新作としていいかもしれませんね、アルラウネアイス。ヒントをいただきありがとうございます」

「光栄です。案を出した俺に、一つ褒美をくださいませんか?」

 

 ファルクは物欲しそうな目でアルメの手元を見る。即席果肉アイス――冷凍アルラウネを欲しているようだ。


「どうぞ、ファルクさんもお味見を。お皿をいただいても?」

「お手を借りて、いただきたく」

「また調子に乗って……仕方のないヒヨコ様ですね」


 彼はアルメの手からアイスをもらうことを望んできた。


 まぁ、慰安旅行だというのに、先ほどから何かとしょんぼりしている人なので……気慰めに応えてやろう。


 餌付けを待つ鳥を相手に、アルメはフォークの先で果実をすくって、氷魔法を使った。


「はい、どうぞ。あーん」


 気恥ずかしさには目をつぶり、アルメはファルクのほうへと手を伸ばす。彼はふにゃっとした笑みを浮かべて、パクッと食いついて――こようとしたところで、アルメがサッと手を引いた。


 小屋の影から、ジトッとこちらをうかがっているティダの姿が目に入ってしまったので。


 ファルクへのアイスを咄嗟に自分の口の中に放り込んで、何食わぬ顔で誤魔化す。呆然とするファルクをよそに、ティダはトレイに水を乗せて歩いてきた。

 

「お水、お持ちしました」

「……」

「えっと、ありがとうございます、いただきます」


 テーブルにトレイを置くと、ティダはアルメに興味深そうな目を向けてきた。


「今、魔法使ってたでしょ」

「う……見られてましたか。ええと、氷魔法で果肉をアイスにしてみたの。私はルオーリオの街で氷菓のお店を経営していましてね。新作にどうかしら、と」

「へぇ、お店やってるんだ。……うちのアルラウネの実、使えない? なんかこう、お金儲けとか、客寄せとか、できたらいいんだけど」

「あら、ティダくんも商売ごとにご興味が?」


 この歳でそういうことに考えをまわしているとは、なかなか大人びている。アルメが問いかけると、ティダは目を泳がせながら話し始めた。


「村の大人たち、みんなのん気だけどさ……この村、このままだとどんどん寂れていく気がするから……観光客を呼び戻せたら、って思って。……なんか、そういう夢を見たんだ。村から人が減ってく夢」

「なるほど……。ティダくんは村の将来のことを考えているのね」

「別に僕は村がどうなろうと、どうでもいいけどさ。……お兄ちゃんが……帰ってくる場所がないと、駄目だから」


 どうやら、ティダは兄のことを心配しているよう。ツンとした物言いは相変わらずだが、心根は優しい子のようだ。


 アルメはしみじみとしてしまったが、ファルクもまた、声音を緩めて言葉を返した。


「ティダさんはカイルさんの故郷を守るべく、色々と考えておられるのですね。素晴らしき兄弟愛――」

「うるさいよ。あんたに何がわかるんだよ。……あんたも、お兄ちゃんも、僕は嫌いだ……っ」


 ファルクの言葉を封殺して、ティダは踵を返した。歩き去りながら、さらに悪口を吐き捨てる。


「何が従軍神官白鷹だ。ただの色ボケ男じゃんか。なんでお兄ちゃんはこんな奴なんかに……クソッ……」


 顔を歪めて舌打ちと共に去った少年を見送って、ファルクは身を縮こめて項垂れてしまった。


「…………やっぱり嫌われている…………」

「そ、そうみたいですね……。まぁ、元気を出してください。ほら、今度こそアイスを差し上げますから」

「……食べさせてくださいますか」

「えぇ、構いませんよ。はいどうぞ」

「……もっと甘やかしてください」

「ええと、よしよし」


 アイスを差し出して口の中に放り込んだ後、続けて頭をわしゃわしゃと撫でてやる。彼はしゅんとした面持ちのまま、さらなる要求を寄越した。


「……頬に口づけをください。それで完全に復調します」

「そんなこと言ってるから、色ボケなんて言われるのでは?」


 ついツッコミを口にしてしまったら、ファルクはいよいよ拗ねてしまった。


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