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200 不調白鷹のヘマ

 中央神殿の奥――。

 神官たちの寛ぐラウンジの端で、ファルクはソファーに座り、ダラリと全体重を預けていた。


 神官らしからぬ、姿勢を崩した姿を晒しているが、咎めるのは隣に座るルーグだけだ。彼は容赦なく罵り言葉を寄越した。


「やれやれ、手本のような熱の病じゃな。神官が自ら病に突っ込んでいってどうする。馬鹿者め」

「……返す言葉もありません」


 競走大会でファルクは熱の病に倒れ、一日経った本日も、未だに不調を引きずっているのだった。動けないほどではないが、体が怠くて仕方がない。


「……人はどうして、こうも愚かなことをしてしまうのでしょうね……」

「主語が大きいぞ。『人は』ではなく、愚かなのは『お前』じゃろうて」

「そう意地悪をおっしゃらないでください……。でも、青空の下で民に混ざり、共に興じたイベントは、なかなかに楽しいものでしたよ」


 背もたれに寄りかかって天井を仰ぐファルクに、ルーグは呆れながらも笑みを向けた。


「まぁ、手痛い経験も愚かしい遊びも、振り返れば人生の良き思い出となるものだ。数十年も経つ頃には、その体調の悪さすらも、懐かしい思い出として美化されることだろうな」

「この怠さすらも……? そういうものでしょうか……」

「あぁ、そういうものだ。長く生きれば生きるほど、あらゆる思い出が尊さを帯びる。その心地を楽しみたければ、お前さんも長生きをすることだな。――さぁ、そろそろ休憩も仕舞いだ」


 立ち上がったルーグに続いて、ファルクもソファーから身を起こす。


 一瞬、襲い来た眩暈をやり過ごして、再び仕事へと向かった。





 廊下でルーグと別れて、ファルクは一人、地下通路を歩いていく。白い優美な神官服を揺らして向かう先は、ルオーリオ城だ。


 手には冷気をまとったクーラーボックス。中には魔法薬入りのアイスと食器類が収められている。

 四歳の小さな聖女、ルーミラのためのお薬セットである。


 ルーミラはまだ幼く、身に宿した強大な魔力が体を害してしまうため、魔力を抑える薬を飲んでいる。その処方は上位神官たる白鷹の大事な仕事の一つだ。


 地下を通って神殿から城へと移動し、中庭を目指す。この時間のルーミラの仕事は、『中庭で元気に遊ぶ』というもの。


 遊びに付き合いつつ、上手く機嫌を取っておやつに誘導して、薬を飲ませる――というのが、今からファルクが成すべきことである。


 濃厚なチョコアイスで薬の味を誤魔化すことにより、彼女に服薬させるのはずいぶんと楽になった。が、機嫌を損ねると、おやつそのものを拒否してグズってしまうこともあるので、未だ油断はできない。


 そして逆に機嫌を取りすぎると、遊びに熱が入っておやつを後回しにしたりもする。幼子の自由な心は、頑なな城のお偉方なんかよりもずっと手強い。


(さて、今日はどちらに転ぶか――)


 滞りなく服薬おやつタイムを終えることができるよう祈りつつ、歩を進める。


 たどり着いた中庭を見渡すと、小さなシャベルで土をほじくっているルーミラを見つけた。


 彼女のもとに向かうべく、庇の下から足を踏み出すと、庭の開けた空から日差しが降り注ぐ。


 クラクラするような光の下を進んで、ルーミラに声をかけた。


「ルーミラ様、今日もご機嫌麗しく存じます。何をしていらっしゃるのですか?」

「見てわかるでしょ? ミミズをね、ほじくり出してるの。日向ぼっこさせてあげようかなって思って」

「あぁ……ルーミラ様、ミミズは土の中が涼しくて心地良いのですよ。日に晒しては可哀想です」

「そうなの?」

「えぇ、世の中には日の暑さに弱い者もいるのです……俺のように」


 雑談の途中で、ファルクはおもむろにしゃがみ込んだ。眩しい日の光によって、また眩暈が誘発されたのだった。


「ふーん。白悪魔もミミズと一緒なんだ。じゃあこれから白ミミズって呼ぶ」

「う……ミミズ呼ばわりはご遠慮願いたく……」


 『白ヒヨコ』と呼ばれることは多々あるが、特に悪い心地はしない。が、『白ミミズ』となると、さすがに微妙な心地だ。


 そっと断りつつ、ファルクはお薬セットを広げて用意を始めた。


 クーラーボックスから、キラキラと輝くスプーンを取り出す。反射した光が目を刺して、目玉の奥がズキズキと痛んだ。


 目頭を押さえて呻いていると、ルーミラが自分でさっさと魔法薬アイスを取り出して、スプーンを握った。


 薬入りの一口チョコアイスをすくいあげて、彼女は大きな青い目をパチクリとまたたかせる。


「白悪魔、どうしたの? 具合悪いの?」

「恥ずかしながら、昨日少し無理をしまして……この様です。熱の病をくらいました……」

「それ、前にお父様もお仕事帰りになってた。冷たいもの食べるといいんだよ。仕方ないから、これ、あげるよ。わたしのアイス。はい、あーん!」

「えっ!? ちょっ、待っ――……もがっ」


 ルーミラは小さな手でファルクの頬を引っ掴むと、アイスを乗せたスプーンを勢いよく口の中に突っ込んだ。


 不意打ちをくらったファルクは尻もちをつき、ルーミラは押し倒すように乗り上げて、次のアイスを放り込んできた。


 幼女は人形に食べ物を与える遊びを好む、というような話を聞いたことはあったが――……ルーミラも例にもれず、そのような遊びを好んでいるようだ。

 今現在、その遊びの相手は人形ではなく、大人の男が代わりになっているけれど……。


 彼女は得意げに笑みを浮かべながら、ファルクに魔法薬アイスを食べさせたのだった。


 口に突っ込まれるまま、なすすべもなく飲み込んでしまって、ファルクは大いに慌てる。


(ま、まずい……! 魔法が――……)


 この薬は、一度の服用でルーミラの魔力を五日ほど抑えられる。四歳児とは違い、大柄な大人にとっては微量の薬だが……効能はそれなりのようだ。


 急ぎ、手のひらを掲げて、魔法を確認してみたが、ファルクの魔力は見る間に薄らいでいった。


 常ならば眩い治癒魔法の光が、消耗しかけた魔石ランプ程度の光になっている。魔力すべてを失ったわけではないが、ずいぶんと頼りないものになってしまっていた。


 この分だと、二日、三日くらいの間は、元のように強い魔法は使えないだろう……。


 深いため息をつき、脱力する。庭の芝草の上に座り込んで遠い目をしたファルクに、ルーミラは無邪気に笑いかけてきた。


「チョコアイス、美味しかった?」

「…………すごく、美味しかったです……」


 いついかなる時に食べても、アイスは美味しいのだなぁ。――なんてことを、現実逃避に考えてしまった。





 そうして一仕事終えて……いや、一仕事、盛大にヘマをした後、事態の報告のためにルーグの執務室へと向かう。

 部屋の中では、カイルと他数名の神官たちが雑務を手伝っていた。


 ファルクは沈んだ声で事情を話す。


「……――と、そういうわけで、先ほど魔力をゴッソリと失った次第であります。大変申し訳ございません……」


 言い訳をせず、素直に説教をくらおう……と覚悟を決めて話したのだが、思いがけず、話は別のほうへと向かうことになった。


「熱の病の次は、魔力を失くしたときたか。不調は不調を呼ぶというが、こうも続くといっそ笑えるな」

「笑い事ではありません。……なんて、俺が言えたことではありませんが。三日ほどで戻るかと思いますが、その間は大きな仕事をお請けすることができず、ご迷惑を……」

「いや、むしろちょうどよい。溜まっている休日の消化にあてなさい。ちょこちょこ消化してもらわんと、ワシがこき使っているように思われて癪だからな。最近ようやく自主的に休日を取るようになってきたが、まだまだお前さんは休みの消化率が悪いからなぁ」


 机の上にガサッと重ねられている勤怠の書類を引っ張り出して、ルーグはふむと頷く。ついでに街の俗な雑誌なんかも取り出して、ファルクへと押し付けた。


「ほれ。この際、若者らしく好い人と旅行でも行って来たらどうじゃ」

「旅行、ですか? しかし、街を離れるのは……。その間にどこぞで魔物が湧いて、戦の招集がかかったら――」

「今のお前さんは、どうせ大した魔法は使えぬ身じゃろうて。それに、この一年でルオーリオにも、固定の従軍神官として数名が籍を置くことになった。戦場でのマニュアルもお前さんが整え、軍人たちとの訓練もすっかり様になっておるだろうに。――区切りとして、一度、身も心も仕事から離れてみたらどうじゃ?」


 諭されながら、ファルクは受け取った雑誌を眺める。これは旅行誌だ。何やら、ルオーリオ近郊の村などが網羅されているよう。


 複雑な面持ちのまま返事をせずにいるファルクに、近くから声がかかった。書類の整理をしながら、カイルが話に乗ってきた。


「もしお出掛けされるのでしたら、僕の村も、候補として是非。ルオーリオ郊外にありまして、一応観光地ですので。妖精木の果樹園があって、美味しい果物を食べられます。――って、神殿で宣伝をしておいてくれと、地元の面々に頼まれていましてね。ご都合が合いましたら是非に」


 苦笑をしながら語るカイルに、ファルクが問い返す。


「カイルさんの地元……確か、『エルト・マルトーデル村』と言いましたか」

「はい、覚えてくださっていたとは! 去年から観光客の入りが悪くなっているらしく、両親が嘆いておりましたので、ひいきにしていただけましたら幸いです」

「白鷹が来たらよい宣伝になりそうじゃな。どうだい? 休みを取る気になったかい?」

「……はぁ、そうですね……。神殿でも戦地でも役立たずとあらば、役に立つ場所に身を置きたく存じます。カイルさんの村を訪ねてみたく思いますが……旅行の誘いに、お相手が乗ってくださるかどうか……」


 せっかくなので、やはりアルメと旅行に行きたい。が、彼女も忙しい身だ。街歩きならともかく、街を離れて遊ぶとなると断られてしまう可能性が高い。急な誘いでもあるので。


 難しい顔をするファルクの背を、ルーグがポンと叩いた。


「そこはもう、泣き落として約束を取り付けるしかないな」

「泣き落とす……そうか、なるほど」


 そういえば、この前占いで『情けなく泣いて縋れば想いが成就する』というようなことを言われた。


 もしかしたら、今がその『泣き落とし』をやってのけるべき場面なのかもしれない――。


 ファルクは拳を握りしめて、グッと気合いを入れた。金の目を凛々しく細めて、ルーグに礼を言う。


「ご助言いただきありがとうございます。では、ありがたく休みをいただき、泣き落として参ります!」

「お、おぉ……」

「改めて、この度はご迷惑をおかけして申し訳ございません。魔力が戻りましたら、諸々の挽回をさせていただきたく、精進いたします。それでは、失礼いたします」


 白い衣をひるがえして、ファルクは颯爽と部屋を去った。その後ろ姿を見送って、ルーグは渋い顔をする。


「泣き落とす、とは言葉の綾だが……あやつ、本当にアルメ嬢に泣き縋るつもりではあるまいな? いや……う~ん、やりかねん……すまん、アルメ嬢」


 遠くのアイス屋でアルメがくしゃみをしたのだけれど、廊下を歩く白鷹には知る由もないことだった。


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