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199 ゴールとルオーリオの鷹

「お! 見てみ! トップ集団戻ってきたよ!」


 ジェイラの声を聞いて、アイスに氷魔法を送っていたアルメは顔を上げた。街の外周をグルッと走り切った走者が戻ってきたようだ。


 トップ集団九人が走り抜けて、二周目に入った。

 

 そしてその後、少しの距離を空けて、なんとファルクたち三人が走ってきたのだった。離れたところにシグもいる。


「四人とも頑張ってるじゃ~ん!」

「喧嘩しながら走って、この順位とは……さすが、日頃、戦地を駆けているだけありますね」


 シグは一人で静かに走っているが、他の三人の間では、未だ口争いと妨害のもつれ合いが続いているようだった。その状態でよく走れるなぁ……なんて遠い目をしつつ、みんなで声援を送る。


「ファル――……いや、ええと、白鷹様ー! 頑張ってください! でも、どうかご無理をせずにー!」

「アイデーン! ズボン上げてズボン! 下着が見えてるわよー!!」

「みなさん! あと一周、頑張ってください!」

「絶対入賞しろよチャリコットー! ……いや、あのもつれ方だと期待できねぇか。よし、隊長! シグ隊長ー!! 入賞したら賞品分けてくださーーい!!」


 あっさりと応援対象を変えたジェイラに、みんなで笑ってしまった。


 ジェイラの欲の大声が届いたようで、シグはこちらを見て、動揺しながらも頷いていた。彼は押しに弱いところがあるようなので、きっと入賞したら、ジェイラに賞品を掠め取られるに違いない。


 絡みながら走っている三人組を見て、周囲の見物人たちもお喋りをしていた。


「軍人さんと白鷹様、仲いいんですねぇ」

「出軍の行進でお見掛けした白鷹様のお姿は、まるで精霊の王子様のようだったけど。こうして見ると人間味があるというか……。何だか、うちの子供たちみたいなじゃれ合いしてるわ」

「ありゃ。あの白い髪のお方、白鷹様だったんかい。スタート前にご挨拶でもしときゃよかったなぁ。他の走者に紛れてて気が付かなかったよ」

「白鷹様も軍人様も、おじいちゃんとお父さんも、みんな頑張れ~!」


 人々の声を聞きながら、アルメも彼らを見送る。


(ファルクさん、もうすっかりルオーリオの一員ね)


 ファルクはルオーリオの一青年として、イベントに溶け込んでいるように見えた。

 そのことが、なんだかたまらなく嬉しく感じられる。


 極北の白鷹、ではなく、彼の肩書きはもう『ルオーリオの白鷹』なのだ――。しみじみと、そう感じられた。



 彼らが通り過ぎた後、ほどなくして後続の集団が駆け抜けていった。一周目の一団が通り過ぎた後、ゴール線の後ろには協賛の店や大会の関係者たちが出てくる。


 走り切った走者を迎える準備が始まった。


 アルメもクーラーボックスを台車に載せて運ぶ。木箱からグラスやら布巾やら、洗い桶やらを出して、振る舞いの準備を整えた。


 そうしてお喋りをしながら、しばらく時を過ごして――。


 遠くに目を向けながら待っていると、いよいよ先頭集団が姿を現して、ゴールに迫ってきた。トップを走っているのは短パン一丁の老人だ。


 真っ黒に日焼けした肌を汗で光らせて、余裕の笑顔でゴールの線を駆け抜けた。


 カランカランと祝いの鐘が鳴らされて、大きな歓声と拍手が沸き起こる。迎えた人々が彼に水を差し出した。


 半分ほど飲み干した後、老人は冷気に誘われてこちらに来た。


「いやぁ、今年も熱いレースじゃった! そりゃ氷かい? もらっても?」

「一位、おめでとうございます! こちらは塩ジュースを凍らせた、スポーツアイスです。是非、召し上がってください」


 クーラーボックスに収めてある大袋にグラスを突っ込んで、ガサッと氷を取る。グラスを渡すと、老人は豪快に煽って、ほどよい大きさに砕かれた氷を口いっぱいに頬張った。


「か~っ! 冷たくて美味い! こりゃあ、いい!」


 カッカッカッ、と爽やかに笑う老人の声に引き寄せられて、続けてゴールを果たした走者たちも寄ってきた。


 エーナとジェイラ、そしてタニアにも手伝ってもらいながら、続々とゴールする走者を迎える。


 九位の走者がゴール線を越えた後、その後ろのほうに三人の姿が見えた。驚くことに、あのまま順位をキープしてここまで来たようだ。


 ――けれど、順位は素晴らしいが……何やら揉め事が悪化しているように見えるのは気のせいか。


 チャリコットがファルクのズボンを下ろそうとして、思い切り殴られていた。その隙に前に出ようとしたアイデンが、ファルクにシャツを引っ掴まれて順位を落とす。


 アイデンはファルクと取っ組み合いを始めて、チャリコットが出し抜いて前に出る。


 が、独走を阻止すべく、二人が同時にチャリコットのズボンを引っ掴んだ――……その瞬間、勢い余って下着までずり落ちてしまい、尻が半分ほど露わになってしまった。


 見ていたジェイラは腹を抱えて笑い、タニアは前のめりになった。彼女の口からこぼれ出た、『わっ、良いお尻!』という呟き声は、聞かなかったことにしよう。


 他の見物人たちも大笑いしている。こういうしょうもないアクシデントも、イベントの楽しみの一つなのだろう。


 足の引っ張り合いをしながらも、三人はゴールに迫る。


「同着になったら、賞品はどうなるのかしらね。――って、あ!」


 このままだと同着だろう――と思ったのだが、ゴールを真ん前にして、三人の横をスイッと黒髪の男が駆け抜けた。離れた位置をキープしていたシグが、しれっと追い抜いたのだった。


 シグが十位でのゴールを決めて、その直後に三人組がもつれ合いながらゴールした。十一位、同着だ。


 三人はゾンビのようにフラフラとこちらに歩み寄り、そしてドシャッと、地面に崩れ落ちた。


「……クッソ~、やられた……隊長め……」

「……ハァハァ……熱い……死ぬ……」

「…………」


 三人は各々息を切らして呻いていたが、ファルクは言葉すら発することができないほどに消耗しているようだった。


 アルメは慌てて氷魔法を使い、彼らを冷気で包み込む。隣ではジェイラがシグにアイスのグラスを渡していた。


 シグは自身の氷魔法を使って涼みながら、スポーツアイスを頬張る。


「これは美味いな! 塩気と冷たさが体に沁みる」

「ほら、三馬鹿も食べな」

「皆さん、素晴らしい走りでした。お疲れ様です」


 グラスを渡すと、座り込んで溶けていた三人もアイスを煽った。


「あ~っ、冷てぇ~!」

「たまらん! 最高!」

「……っ!!」


 口の中でシャリシャリと氷を咀嚼して、三人は冷たさに頬を緩めていた。

 あっという間にグラスを空にして、おかわりを求める。


 二杯目を渡すと、チャリコットが思いついたように、グラスを空へと掲げた。


「完走お疲れさ~ん! ルオーリオの日差しにカンパ~イ!!」

 

 乗ったアイデンもグラスを掲げて、ファルクも空へとグラスを突き出す。


 そうして二杯目のスポーツアイスをシャリシャリもぐもぐと味わって、グラスを空にしたと同時に――……ファルクはスイッチが切れたかのように脱力して、倒れ込んだのだった。

  

「ちょっと……! ファル――……白鷹様!? 大丈夫ですか!?」

「お~い! 神官が倒れてどうすんだよ! だから棄権勧めたのにさ~! も~!」

「誰か水持って来い! 水! ぶっかけろ!」


 周囲がアワアワと動き出す中、アルメも大慌てで氷魔法を強めて、凍らせる勢いでファルクを冷やす。


 彼は地面に転がったまま、掠れた声で、うわ言のような言葉を寄越した。


「……俺は、ルオーリオの鷹になれたでしょうか……」

「勢いでイベントに飛び込んで、挙句倒れるなんて……ルオーリオの民そのものですよ。良くも悪くも調子のいい、この街の民の色に、すっかり染まっているように見えます」

「……そうですか……」


 ファルクは力ない声とは裏腹に、嬉しそうに微笑んでいた。


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