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198 競走大会

 週末、競走大会当日がやってきた。


 スタート地点、兼、ゴールは森に面した西側の街はずれ。そこから街の外周道をグルッと二周して、順位を競うレースである。


 上位十名には豪華な賞品が用意されているため、入賞を狙う参加者たちは気合いに満ちた面持ちで準備運動をしている。


 スタート地点は出走者と見物人たちで大賑わいだ。道幅の広い外周道だが、今日は人でごった返しているため、いつもよりずいぶんと狭く感じられる。


 沿道には露店も並んでいて、ちょっとした祭りのよう。


 アルメも道の端に場所を取って、アイスのクーラーボックスに魔法の冷気を流す作業に勤しんでいた。他にもエーナとジェイラ、そしてタニアが手伝いに来てくれている。


 今日はアイス屋は他の従業員でシフトを組んである。街が沸くイベントだが、スポーツに興味のない人もいるものだ。店番は無関心勢にお願いして、アルメ達は観戦勢として、この場に繰り出している。


 タニアはというと、昨日、依頼関係の打ち合わせで店を訪れた時に、たまたまシフトに入っていたジェイラに誘われて――というより、強制参加の命をくらって、観戦することになったのだった。


 ジェイラ曰く、『タニアちゃんの応援があれば、チャリコットが調子づくかもしれない。ぶっちぎりでゴールして、賞品をもらえるかも』、とのこと。


 どうやらチャリコットに賞品を掴ませて、おこぼれにあずかる思惑があるらしい。抜け目ないジェイラに笑ってしまったが、みんなで応援するほうが楽しいので、タニアの参加は大歓迎だ。


 クーラーボックスの状態を確かめつつ、アルメはみんなにお礼をした。


「皆さん、お手伝いありがとうございます。もちろん、お礼は弾みますので」

「応援がてらって感じだし、そんな気を回さなくていいのに」

「クーラーボックスから冷気もれてっから、涼しく観戦できるなー」


 カラッと笑うエーナとジェイラの隣で、タニアがキョロキョロと周囲を見回していた。


「私、こういうイベントを見に来るの初めてです。レースに出る人たちも、応援する側も、皆さん気合いが入ってますねぇ。お貴族様のご令嬢方までいらしてますよ」


 タニアが目を向けた先には、パラソルで日陰を作り、椅子まで持ち込んで観戦を決め込んでいる令嬢たちの一団があった。


 彼女たちはスタート地点のほうを見て、うっとりと熱い眼差しを送っている。見惚れている対象は――白鷹と、三隊隊長シグ、そしてチャリコットとアイデンの四人組だ。


 四人は準備運動をしながら雑談に興じている様子。

 皆、半袖の簡素なシャツに、七分丈の黒いズボンを身にまとっている。軍人たちのトレーニング着、といった雰囲気の服装。


 いつもの出軍の行進では見られないラフな格好に、婦女子たちはキャーキャー言っていた。


 白鷹は言わずもがなの人気だし、隊長のシグも多くのファンを抱えている軍人だ。色男のチャリコットも女性人気が高い。


 女性たちの視線を集めている彼らの姿を遠目に見て、エーナがぐぬぬと呻き声を上げた。


「もう……アイデンにまで黄色い声が届いちゃうじゃない! つるんでるメンバーがよくないわ……」

「ふふっ、ご婦人方の黄色い声をかき消すくらいの応援をしないとね」


 彼女の背中をポンと叩いた時、『スタート位置につくように』と、アナウンスの大声が上がった。


 ぞろぞろと移動してスタート位置に並ぶ出走者たちと、沿道にはける応援の人々。道端のアルメに気が付いたファルクが、ヒラッと控えめに手を振ってきた。


(ファルクさん、既に暑そうだわ。スタート前から汗をかいて……)


 アルメもコソッと小さく手を振り返しておく。送った笑顔とは裏腹に、ちょっと心配な気持ちがある。


 本日の天気は快晴。晴れて良かったけれど、日差しを遮る雲すらなくて、結構暑い。


「……氷魔法を飛ばしてあげられたらいいのに」

「それはずるでしょう。失格になっちゃうわよ」


 エーナに突っ込まれて、アルメは諦めの息を吐いた。この大会、魔法の使用は禁止なのだ。


 走者がスタート位置に並び、ほどなくして、再びアナウンスの大声が上がった。


「第百十二回ルオーリオ競走大会、間もなくのスタートです!」


 小ぶりな釣鐘を持ったスターターが前に出てきた。そして鐘を掲げて、棒を使ってカランカランと大きく打ち鳴らした。――スタートだ。


 合図と同時に、人々は一斉に走り出した。最前の十数人がスタートダッシュをかけたが、他は比較的ゆったりとした走り出しだ。


 庶民から軍人まで、身分を問わず、老若男女が参加している。お喋りをしながら気楽に走っている面々もいて、和気あいあいとしたイベント風景だ。


 ――が、そんな平和な光景の中に、ファルクはいなかった。彼の姿は、スタートダッシュをした本気勢の中にあった。


 ファルクとアイデンとチャリコットは、スタートと同時に疾走して後方の一団を振り切った。少し遅れてシグも後に続いている。


 三人は服を引っ張り合って、妨害し合っている。良く聞こえなかったが、何やら口争いもしているみたい……。


「このっ、白鷹野郎! 俺の前を走るな!」

「あなたの背を見ながら走れと? そんな屈辱、耐えられましょうか!」

「じゃあ俺が前を走る! あばよ二人とも! 賞品はもらった――……あっ、おいやめろ! ズボン引っ張るな! 脱げる脱げる……っ!」


 もつれる三人組に巻き込まれないように、シグが一人でスッと、横へと距離を取った。


 走っていく面々を見送りながら、ジェイラが呆れた顔をする。


「あの三人、喧嘩しながら走ってったけど」

「ええと、大会の規定では、妨害行為は失格では……」

 

 タニアがボソッと言うと、アルメとエーナは頭を抱えた。声援を飛ばす間もなく、彼らはあっという間に走って行ってしまった。





 ファルクとアイデンとチャリコットの三人は、口争いをしながらも、ハイペースで半周ほどを走り切った。


 現在地は、ちょうどスタート地点から反対側の東の外周道。チャリコットは意地の悪い笑みを浮かべて、暑さに呻くファルクの脇腹を肘の先で小突いてきた。


「お前もう汗だくじゃ~ん。棄権しろ棄権。ここでレース抜けたら、ちょうど東地区のアイス屋近いよ~?」

「棄権など、するものですか……!」

「神官ってこういうイベントでも生真面目なのな~」


 今にも溶けそうになっているファルクの様子を見て、アイデンも声をかけてきた。


「まぁ、でも、途中でリタイアする人多いし、やめたくなったらさっさと放り出すのも手だぜ。ぶっ倒れてもしょうがないし。戦でもあるまいし、そんな気負うことないって」

「いいえ、走り切ってみせます……! 俺ももう、れっきとしたルオーリオの民だということを、人々の前で証明してみせたく……!」


 額に流れる汗を手の甲でグイと拭って、ファルクは前方に続いていく道を睨みつける。

 息を切らしながらも、覚悟に満ちた凛とした声で想いをこぼした。


「俺は……っ、()()()()()()()()ではなく、この地の民になりたい……! 書類の上だけでなく、真に、ルオーリオの民になりたい! ルオーリオの民として、この地で、アルメさんと一緒に暮らしていきたいんです……! 絶対に、この、街のイベントを走り切って……、余所者の肩書きを捨て去ってやる……っ!」


 言い切ったファルクの横顔を見て、チャリコットとアイデンは顔を見合わせた。ニヤリと不敵な笑みを交わして、言葉を返す。


「ふ~ん。なんだよ、参加理由まで真面目かよー。一緒に走ってやろうと思ったけど、俺や~めた。白鷹野郎をぶっちぎって、ゴールしてやる!」

「そんじゃ俺も本気でいくわ! 従軍神官なんぞに負けたら、軍人の名が廃るってもんだ!」


 チャリコットとアイデンはわずかにペースを上げてファルクを抜かした、が、ファルクも足を速めて、すぐに抜かし返す。


「抜かされるわけにはいきません! 俺たちの前に何人走ってるか、あなたたち、カウントしていましたか? 九人走っているはずです! つまり上位入賞の線引きはこの位置! 絶対に譲れぬ……!」


 もう前を走る人々の姿は見えなくなっているが、しっかり数えていた。ファルクは二人を蹴散らして前に走り出る。


「入賞したらアイス券をもらえるんです! ただのアイス券ではなく、特別仕様のアイスを食べられるとか! 逃してたまるか!!」

「んだよ! 結局アイス食いてぇだけじゃねぇか……!」

「聞き入って損した……!」


 チャリコットとアイデンはガクリと身を傾けた。前を走るファルクのシャツを引っ掴んで、走りの邪魔をしてやる。


 先頭から十番目――入賞に引っかかるかどうか、という位置で、三人の戦いが始まった。

 

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