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196 群がる神官たちの観察

 そうして少し日を空けて。

 シューアイス自販機が完成し、お披露目の時を迎えた。


 カプセル玩具販売機のような機械を、横に三つ並べて連結して、それを上下二段に組んである。計六つの連結自販機だ。下段には足を付けて高さを出してある。


 一つの機械につき一種類のシューアイス、という仕様で、味はミルク、ミルクナッツ、イチゴ、蜂蜜レモン、チョコ、コーヒーの六種類だ。


 筐体の前面にはイラストプレートをはめている。差し替えができるように作ってもらったので、後からシューアイスの種類とイラストを入れ替えることも可能。


 自販機とは別に、説明と注意書きの看板もしっかりとした物を作った。


 看板にはアルメをモデルにした、小さなデフォルメ女神様のイラストが描かれている。『アイスのご加護を』というメッセージも添えられていて、前世にあった『漫画』みたいで楽しい看板だ。


『機械をこじ開けて中の物を奪ったら、精霊がこん棒で殴ります』という精霊守りの注意書きも大きく載せてあるので、可愛らしさと殺伐さが同居しているけれど……まぁ、素敵な仕上がりである。


 宿してある精霊スプリガンには、血を与えて従業員たちを覚えさせておいた。その他の人が無理やりこじ開けたら、精霊による防衛の仕組みが作動する。


 アイス屋の従業員を新たに増やしつつあるので、整備と補充の人員も確保する予定である。


 ――と、そういう手筈も整えつつ。

 役所で設置許可を得て、シューアイス自販機は早速、街の三ヶ所に置かれたのだった。


 一つは中央神殿に隣接する公園の一角。ファルクの熱烈なリクエストによるものだ。二つ目は、北西にあるルオーリオ軍の駐屯地近くの公園。これは軍人たちの要望。あと一つは地下宮殿広場に設置した。


 友人たちの要望に応えつつ、アイス屋から遠い場所をカバーする形で、設置場所を選んでみた。

 赤字が出ない程度に売上を確保するつもりだが、儲けうんぬんというより、宣伝として機能することを期待している。



 そういうわけで、人手を借りて設置作業に勤しんだのが昨日のこと。稼働の開始は今朝からだ。


 シューアイスを投入してから一刻ほどが経った昼頃に、アルメは様子を見に行くことにした。


「――それじゃあ、お昼休憩をいただきます。自販機の様子を見てくるわ」

「待って、アルメ。設置場所三ヶ所ともまわるの? 私も一緒に行っていい? ちょうど駐屯地に行く用事があるの。アイデンに届け物があって」

「えぇ、北西にも寄るから、一緒に行きましょう」


 大きな鞄を持ったエーナがアルメの後に続いた。


 路地奥店を出て、お喋りをしながら歩いていく。


「神殿公園を通ってから北西駐屯地に向かって、帰りは地下を歩いて宮殿広場を見て――っていうルートでいいかしら?」

「了解。売上出てるといいわね」

「ひとまずは壊されたりすることがなければ上々、ってことにするわ」

「まぁ、弱気だこと」

「変わった機械だから、街に馴染むまで時間がかかるかもしれないし……」


 突然現れた自販機を見て、街の人々がどういう反応を示すのか……正直なところ、ハラハラしている。


(楽しんでもらえるといいのだけれど……『よくわからない変な機械だなぁ』なんて遠巻きにされる可能性もあるだろうし。どうかしらね)


 ソワソワしながら中央地区に歩を進めて、神殿公園へと足を踏み入れた。


 設置場所は露店の並ぶ広場の入口あたりだ。食事や休憩をする人々が多い場所なので、目につくとは思うのだけれど、果たして客は寄っているだろうか。


 いざ、自販機のもとへ――……と思ったのだが、アルメとエーナの足は、自販機からずいぶんと離れた位置で止まった。


「……ねぇアルメ、なんだか異様に人だかりができてるように見えるのだけど」

「そうね……中心に、白いお召し物をまとった方々が見えるわ……。白い御髪の殿方も」


 時刻はちょうどお昼時。勤め人たちが公園で食事を取る光景は、別段珍しくもないが……高名な神官が、仲間と連れ立って公園を訪れているというのは、滅多に見ない光景だ。


 アルメとエーナはなんとなく、物陰に隠れて様子をうかがってしまった。


 人だかりの中心――自販機の真ん前を陣取っているのは、白鷹だ。稼働日の話はばっちり彼の耳にも入っているので、早速見に来てくれたみたい。


 隣には眼鏡をかけた黒髪の若い神官、カイルと、反対隣にはルーグもいる。

 ルーグは自慢の髭を撫でながら、説明看板をまじまじと見つめていた。


「ほほう。極北の街ベレスレナの外れなんかでは、氷漬けの果実を売る無人販売所なんかがあったものだが……こりゃあずいぶんと都会的な無人販売じゃのう」

「面白い機械ですね。このイラストも大変に可愛らしくて。ふふっ、『アイスの加護』をもらえるそうですよ。これは是非ともお受けしなければ。いっそ一人占めをしてやりたいくらいです」

「ファルケルト様、お一人で買いあさってしまったら、逆に営業妨害になるのでは……」


 カイルのツッコミを流して、ファルクは神官服の懐から財布を取り出した。妙に膨れている財布から、ジャラジャラと百G硬貨を取り出す。


 ファルクはミルクナッツの自販機に硬貨を四枚投入して、レバーに手をかけた。


「では、参ります!」


 白鷹のおかしな気合いの声に、周囲の見物人たちが息を呑む。カイルとルーグも身を乗り出して覗き込む中、彼はレバーをガチャッと回した。


 ガチャガチャと回すと、ポンとシューアイスが転がり出てくる。受け止め口から拾い上げて、ファルクは子供のような笑みを浮かべた。


「た、楽しい……!! なんだか癖になりますね! どれ、もう一度」


 今度はイチゴの筐体に硬貨を投入して、またガチャガチャとレバーを回した。


 見ていたカイルとルーグもいそいそと硬貨を取り出して、各々選んだ自販機に投入する。


「この星形のレバーを回すんじゃな? よし、参る!」

「僕はチョコにしようかな。参ります!」


 その掛け声は何なのか、とアルメは遠くからツッコミを入れながら見守る。


 ルーグとカイルもガチャガチャとレバーを回して、出てきたシューアイスを受け取った。


「あっはっは、面白いですね、これ!」

「いかん、本当に癖になるわい。もう一度――……」


 硬貨を連投する神官たちの姿を見て、アルメの脳裏には前世の光景がよぎった。


(なんか、こう、おもちゃのカプセル自販機に群がる小学生男子、みたいな……)


 偉い身分の神官たちにこんなことを言うのは不敬だが、無邪気な少年のようだ。


 ひとしきり遊んだ後、神官たちは近くのベンチに場所を移してシューアイスを頬張り、また笑い合っていた。


 彼らと入れ替わり、見物していた人々が自販機前を陣取って、ガチャガチャとレバーを回し始める。キャッキャと声を上げてはしゃぐ子供の姿を見て、アルメはホッと息を吐いた。


「とりあえず、中央神殿公園は好調みたい。よかったわ」

「好調なんて言葉じゃ収まらない売上が出そうじゃない? 早めにアイスの補充が必要になりそうね」

「う~ん、補充数と頻度をよくよく考えておかないと……」


 あれこれと相談をしながら、アルメとエーナはコソッと公園を後にする。次は北西の設置場所へと向かう。


 歩き出した直後に、エーナがチョイと小突いてきた。


「神官様方にご挨拶しなくていいの?」

「……テンションが上がってる状態のファルクさんと対するのは危ないから。人前だろうが何だろうがお構いなしに、抱擁という名の襲撃をされる危険性があるわ……。目を合わせず、刺激せず、そっと距離を取るのが正しい対処法よ」

「それ、危ない野生動物に遭った時の動きでしょ……」


 神妙な顔で語るアルメに、エーナは呆れた目を向けた。歩きながら、彼女は続きのお喋りを寄越す。


「ところで、彼への例の返事、まだしてないの?」

「えぇ。すぐには頷けないわよ……」

「まぁ、そうね。結婚って、いざ直面すると色々考えてしまうものよね。相手も相手だし」

「金銭感覚や生活の違いは大きいわ……」


 アルメはため息をつき、遠い目をした。


 気楽な思春期の恋愛ならいざ知らず、結婚が前提のお付き合いとなると、色々と考えることが多くて勇気が出ない。


 なんせ、上位神官という身分を持つ相手だ。結婚後はアルメが身を置く生活のステージも、ガラッと変わることだろう。


 公用として城に上がる機会も出てくるだろうし、身分のある人々との社交も避けられない。そのための教養だって身につけないといけない。


 ……そういう諸々が不安なのだ。自分は今、ちょっとしたマリッジブルーのような状態にあるのだと思う。


「……――なんて、結局は全部言い訳なんだけどね。生活の違いは、まぁ、いざとなったら死ぬ気でなんとかするわ。でも、そういうことよりも、二人の私生活的な部分が心配というか……」

「あら、なになに? 詳しくどうぞ」


 眉間を指で押さえながら、アルメはとびきり渋い顔をして本音をこぼしてしまった。エーナにしか話せないような、しょうもない心配事を。


「だって、あの白鷹様と生活を共にするなんて……想像できないわ。朝起きたら隣にいたりするんでしょう? 毎朝起き抜けに悲鳴を上げそう……。それに、婚約を結んだら、その……そういう触れ合いもするわけでしょう? 心臓がもつ気がしないわ……」

「あはは、そこは神官様が相手なんだから、大丈夫じゃない? たとえ心臓が止まっても、蘇生してくれるでしょ」

「他人事だと思って……。エーナがアイデンと付き合い始めた頃、『恥ずかしくて一緒のベッドに寝られない』って騒いでたこと、私覚えてるからね」

「ちょっ……早く忘れてよ!」


 じとりとした目で言い返すと、エーナは頬を赤めて背中をベシベシと叩いてきた。


 ひとしきり叩いた後に、お返しとばかりに言い返される。


「まぁ、返事を待ってもらえるなら、アルメのタイミングで決めたらいいと思うわ。――お祝いパーティーの準備は、勝手にどんどん進めさせてもらうけどね!」

「う……完全に急かしてるじゃないの」


 ファルクからも返事の圧を受けて、友人たちからも急かしをくらいそうだ。


 ガクリと項垂れたアルメの肩を、エーナが気安くポンと叩いた。


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