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194 自販機の打ち合わせとシューアイス

 数日後、思いついたアイス自販機の計画書をまとめて、アルメはシトラリー金物工房を訪ねた。まず相談をしてみて、製作が可能であれば、計画を進めてみようかと思う。 


(大型の自販機ともなると、それなりに費用がかかりそうだけど。まぁ、税金対策としてはちょうどいいかも)


 店の客入りがずいぶんといいので、きっと今年度の売上は、またグンと伸びることだろう。と、なると、その分税金もガッポリと取られるのが、この世の中だ。

 自販機製作にお金を流して、少しばかり所得を抑えておく、というのも節税の手である。


 ――というのは言い訳で、『面白そうだから作ってみたい』というのが、本音ではあるけれど。


 工房のテーブルを囲って、カヤと工房長に自販機計画について説明したら、彼らはポカンとした顔をしていた。


「――と、いうわけで、アイスを自動で販売する機械を作りたくて、ご相談に伺いました。こういう箱型の機械で、アイスを入れておく部分は冷凍庫のような造りで。お金を入れて正面のボタンを押すと、中に収めておいたアイスが取り出し口に落ちてくる、と」

「ははぁ~……今度はどんなアイス機の依頼だろう、と思ったら、珍妙な販売機械ときたか」

「面白い機械ですね! お金の判別とか、どういう仕組みにすればいいのかなぁ? 投入口に精霊を宿すとか?」


 カヤが赤毛のおさげを揺らして、テーブルの上に広げられたアルメの計画書を覗き込む。ポロッともたらされた彼女の疑問に、工房長が異を唱える。


「いやぁ、金の判別ができるような高等精霊を宿すとなると、費用がとんでもなく高くつくことになるが、それでもいいのかね?」

「う……それはちょっと困りますね」


 前世にあった自販機は、お金の種類を検知する、精密な機構が備わっていたのだったか。


 この世界で似た仕組みを再現するとなると、精霊の力を借りる他ないが……一介の商売人程度の身分では、導入することは難しい。


「もう少し簡易的な仕組みで……――そうだ、あのガチャッとレバーを回して、ポコッと玩具のカプセルが出てくる、あの機械のような仕組みだったら、なんとか――」


 アルメは考え込みながら、独り言のように喋る。


 前世には丸いカプセルに入った玩具の販売機があったが、あの機械は電子機器ではなかったように思う。

 機械の種類にもよるが、硬貨の厚さや形、重さなどでレバーのロックが解除される仕組みだったか――。


 手元の紙に図を描いて説明してみたら、工房長がニヤリと笑みを浮かべて頷いた。


「ふむ。紙幣を選り分けることはできんが、百G硬貨の重さを利用すれば、具合の良い機械を作れるかもしれんな。――よし、そのへんの仕組みは任せなさい。考えてみようじゃないか」

「ありがとうございます、お願いします……!」


 アルメはホッと息をつき、深々と礼をした。

 ひとまず、製作の方向で話が進むことになり、カヤが楽しげに問いかける。


「中にはどんなアイスを入れるんですか?」

「まだ決めていないけど、一応、モナカアイスのような形状を想定しています。……あぁ、でも、モナカだと皮が割れてしまうかしら」


 前世のアイス自販機の品々は、頑丈な防水紙のパッケージングが成されていた。が、同じような包装を目指すと、これまた費用がかかりすぎて、赤字が予想される。


 そういうわけで包装に関しては、何てことない紙に包む――という程度を想定している。販売する物は冷凍品だし、この世界では特に問題ないパッケージング方法だ。


 アイスをそのまま紙で包むわけにはいかないので、モナカのような皮で覆われたものが適するだろう。


(って、考えていたけど……機械の中でガサガサとかき回されたりしたら、モナカが欠けてしまうかも。粉だらけになってしまいそうね)


 少し考えて、アルメは別のアイス案を口にした。


「多少、ガサッとした扱いにも耐えうるようなアイスのほうがいいかしら。モナカみたいに皮の固いアイスより……こう、クッション性があるような。――シューアイス、とか?」

「シューアイス? シュークリーム的な?」

「えぇ、中のクリームをアイスにしたお菓子よ」

「それはもう、絶対に美味しいですね!」

「シューの中に色んな味のアイスを入れて、お客さんに種類を選んでもらう方式がいいかなぁと」

「ふむ。種類ごとに販売機を分けてしまったほうが、簡単な仕組みで作れそうだなぁ。小型の販売機を連結して、一つにする、というのはどうだろう?」

「では、そうしましょう!」


 まとまってきた話から、さらに内容を展開させて、打ち合わせはグイグイと進められていった。




 

 そうして、ひとまず本日の話し合いを終えて、アルメは店に帰ってきた。一日の業務をテキパキとこなして、夕方、店じまいの時間を迎える。


 閉めの作業を終えて従業員を見送り、さて、と気持ちを切り替えた。気分が乗っているうちに、シューアイスの試作をしてみようと思う。


「――さ、まずはシュー作りから!」


 道具と材料をズラリと並べて、早速取り掛かることにした。


 鍋に水とバターと少々の塩を入れて、火にかけて溶かす。沸騰したら、ふるいにかけておいた小麦粉を投入して、弱火に当てながら混ぜていく。


 そこに溶き卵を加えていくと、徐々に生地が緩くなってきた。ちょうどよい具合に緩くなったら、絞り袋に入れる。


 オーブンの天板にニュッと絞って、生地を等間隔に並べていく。大きさは手のひらの半分ほど。


 生地を絞り終えたら、表面をフォークの先でなぞって溝を入れる。こうしておくと、綺麗に丸く膨らむのだ。


 火魔石で起動させたオーブンに天板を入れて、綺麗な焼き上がりを祈りつつ、蓋を閉めた。


「焼き上がりを待つ間に、中に入れるアイスを――。試作だし、とりあえずミルクアイスでいいかしらね」


 アルメは続けてミルクアイス液を作っていった。


 慣れた動作で手早く作り上げると、液をほんの少し凍らせてクリーム状にする。これを絞り袋に入れて、焼き上がったシューに注入して凍らせたら完成だ。


 合間に片付けやらをしていると、シューが焼き上がった。


「よしよし、いい感じ」


 中をチラと確認した後、オーブンの火を止めて、しばし余熱に晒しておく。


 ――と、その時、玄関の呼び出し鐘がカラカラと鳴らされた。

 この夕食時に来る人物は……もはや姿を確認するまでもなく、特定できる。ファルクだ。


(……すごい頻度で来る……)


 アルメは玄関に向かいながら、やれやれと息を吐いた。


 件の告白以降、彼は頻繁に夕食をたかりにくるようになっている。安易に野鳥に餌を与えると居ついてしまう――という話は、よく聞くところだが……何となく、その現象が脳裏をよぎってしまった。


 そんな、居ついてしまった鳥に対して愛着を感じて、餌付けをやめられなくなってしまうのだから、人間は愚かである――……。

 

 なんてことを考えながら、アルメは玄関扉を開ける。そこにはやはり、ファルクが立っていた。


「こんばんは。もしご都合がよろしければ――」

「夕食を一緒に、ですね。どうぞお上がりください」


 言葉を被せて答えると、ファルクはぽやっとした満面の笑みでそそくさと入ってきた。


(……この笑顔だものね。絆されてしまうのも、やむなし……)


 笑顔に屈したアルメはファルクを迎え入れる。そうして店の中に入り込んできたファルクだったが、すぐにキョロッと首を回して話しかけてきた。


「何やら、良い匂いがしますね」

「シューを焼いていたんです。新作アイスの試作として」

「おやおやおや、それはそれは」


 ファルクは変姿の首飾りを取り払いながら、吸い込まれるように調理室の中へと歩いていった。こんなに麗しい容姿をしているというのに、つくづく変な――いや、面白い人だ。


 彼の後を追い、アルメはミトンをはめて、オーブンから天板を取り出した。綺麗に焼き上がり、モコモコと膨らんだシューは、バターと小麦の良い香りをまとっている。


 ミルクアイス液を絞り袋に入れると、アルメはシューを一つ手に取って、口金部分をプスッと刺した。そのまま袋を絞ってクリームを中に注入する。


 たっぷりと入れたら、手に持ったまま氷魔法の冷気を流して、アイスに仕上げる。

 ファルクに差し出して、アルメは新作アイスの名前を告げた。


「はい、どうぞ。シューアイスです。試作第一号の味見をお願いします」

「心して、承ります」


 ファルクは大口でムシャッと嚙り付いた。もぐもぐと味わいながら、金色の目を宝石のように輝かせる。


「美味しい! シューがミルクアイスに良く合いますね! こうして手でヒョイと食べられるのも、また手軽で素晴らしく」

「ご感想をいただきありがとうございます。どれどれ、私も一つ」


 アルメは自分の分のシューアイスも作り上げて、もぐっと頬張る。ばっちり、イメージ通りの味だ。文句なしに美味しい。


 ペロッと食べ終えたファルクは、次のシューアイスを待っていたようだが、アルメはピシャリと言っておく。


「夕食前ですから、試食は一個だけです」

「そうですか……気持ち的には、あと五、六個はいけるのですが」

「お話変わりますが、畑の作物を食い荒らす野鳥は、農家の手によって駆除されるそうですよ」

「……お話、変わってます……?」


 しゅんと背を丸めたファルクを横目に見つつ、アルメはシューアイスの仕上げ作業を再開した。


 彼は物欲しそうな目でアイスを見つめて言う。

 

「こちらのシューアイスは、いつ頃お店に並ぶのでしょう」

「これはお店用ではなく、自販機用なんです」

「自販機、とは?」

「自動の販売機のことです。街角に置けるような、アイスの販売機を作ってみようかなと思いまして」

「なんと!」


 先日のアイデンとチャリコットの一件から思いついた、という経緯を話すと、ファルクは興味深そうに聞き入っていた。


 自販機の仕組みや、工房での打ち合わせなどの話をしているうちに、シューアイスがコロコロとできあがっていく。


 そうして作業をしつつ、ひとしきりアイス自販機の話をした後――。ファルクは話題を戻して、心底呆れたような顔をしたのだった。


「――それにしても、アイデンさんもチャリコットさんも、ご苦労なことです。暑さに呻きながら、わざわざ競走の予行をするだなんて……熱の病を軽んじているように思えます。神官としては、競走大会そのものに物申してやりたいところですね。病人が出るであろう、愚かしいイベントでしょうに」

「ふふっ、極北の白鷹様には考えられないようなイベントでしょうね。でも、ルオーリオの民はある程度慣れていますし、街の恒例行事ですから」


 そういえば、と、思い出して、アルメは話を続ける。


「今年はアイス屋も協賛する予定なんですよ。入賞の賞品としてアイス券を提供して、レース後にも、出走した皆さんにちょっとした振る舞いを予定しています」


 ペラッとそんな話を出すと、ファルクは呆れ顔を真顔に変えた。


「大会への参加登録は、いつまででしょう」

「……あの、まさか愚かしいイベントに出るんですか?」

「愚かだなんて、何をおっしゃいますか。街を盛り上げる素晴らしいイベントでしょうに。俺もルオーリオの民として、楽しみたく存じます!」


 力強く言い切りながら、ファルクはシューアイスを一つサッと掴み上げて、しれっと口に運んだ。


「あっ、こら!」

「あぁ、すみません、この手が勝手に」


 もぐもぐと言い訳を寄越す姿を前にして、今度はアルメが呆れた顔をする。まったく、色々と調子がいい男だ。


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