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193 精霊と汗だく軍人

 数日の間を空けて、アルメは精霊所有のための試験に臨んだ。


 それなりに緊張していたのだけれど……役場の空き部屋にて、試験はサッと始まり、ササッと終わったのだった。


 事前に『軽い試験』だとは言われていたが、本当に拍子抜けだ。なんにせよ、ホッとしたけれど。


 結果の知らせは翌日には届き、無事に合格となった。



 そうして早速、手続きをして、神殿から正式にスプリガンを譲り受けた。


 改めてアイス屋の一員となった精霊は、魔石荷箱の錠前から居を移して、路地奥店の金庫に宿ってもらっている。


 場所は二階の居間の棚奥だ。金庫の扉を開けると、精霊のキラキラとした光が舞った。アルメは中に店の売上金を収めながら声をかける。


「お勤めご苦労様です。改めて、これから先もよろしくね」


 金庫に宿った精霊は一瞬だけ姿を現して、自慢のこん棒をブンと大きく振って応えた。


 アルメは居間を後にして、一階の店舗へと戻りながら、少々考え事をする。


(――さて。今までお世話になってきたスプリガンさんには、路地奥店の金庫番をしてもらうとして。新たに迎えた精霊さんたちのお仕事も考えておかないと)


 今回得た資格では、五体まで精霊の所有が可能となるそう。


 精霊料および登録料は、一体でも五体でも変わらないそうなので、せっかくなので、神殿から引き取ったスプリガンに加えて、新たに四体を迎えることにしたのだった。


 役場に申請をして金を納め、既に店へと迎え入れている。新入りのうち一体は、表通り店の金庫番としての仕事を割り振った。


(あと三体のお仕事を――。冷蔵庫と冷凍庫の番、とか? ……いや、変な場所に宿したら危ないか)


 スプリガンは、不届きな盗人をこん棒で殴って撃退する、という仕事をこなす精霊だ。不用意に冷蔵庫なんかに宿したら、つまみ食いをしようとした人が殴られてしまうかもしれない。


 アルメはあれこれと考え事をしながら、客であふれている賑やかな店に戻り、奥の調理室へと向かった。


 今日はジェイラとエーナがシフトに入っている。ちょうど小休憩を取っていたようで、二人はお喋りに誘うように声をかけてきた。


「アルメちゃん、な~に難しい顔してんの?」

「新しく迎えたスプリガンさんのお仕事を考えていまして。どこか、宿すのにちょうどいい場所はないかな、と」

「店の金庫にはもう宿したのよね?」

「うん、路地奥店も表通り店も、ばっちりよ。あと三体、手が空いてるの」


 アルメが答えると、エーナが少し考えて手を上げた。


「じゃあ、へそくり箱の番をしてもらうとか?」

「ふふっ、私は一人暮らしだから、へそくりも何もないわ」

「そんじゃ、貯金箱の番は? 貯金箱を開けて無駄遣いしそうになったら、殴り飛ばしてもらうとか」

「血を見そうな節約術ですね……。というか、私的な利用はできない決まりだそうで。事業に関係することじゃないと駄目なんですって」


 二人からもらった意見に苦笑しつつ、アルメは棚に置いてある木の板を手に取った。この手のひらサイズの三枚の板は、精霊の仮宿しの住まいだ。


「こうやって板に宿したまま放置しているのも、何だか申し訳ないし……とりあえず、帳簿の引き出しでも守ってもらうことにしようかしら」


 と、そんなことを話していると、ふいに店の表から大きな呼び声が聞こえてきた。朗らかな男たちの声――アイデンとチャリコットだろう。


 表を見に行くと、予想通り、二人は我が物顔でカウンター周りを陣取っていた。


「よう! アルメ! アイスと氷魔法をたかりに来たぜ! 今日エーナもいるっしょ?」

「か~っ、あっちぃ~! 魔法早く早く~!」


 アイデンとチャリコットはシャツの胸元を掴んで、パタパタとあおいでいる。格好から察するに、今日は休日のようだが……まるでトレーニングの後のように大汗をかいていた。


 アルメはちょうど手にしている精霊の木板をうちわ代わりにして、氷魔法を使いながらあおいで風を送ってやった。


 ジェイラとエーナも調理室からヒョイと顔を出して、会話に加わる。


「汗だくで店の中入ってくんなよー。他のお客の迷惑だっつの。つか、今日そんな暑くなくねー?」

「さては街の外を走ってきたんでしょう。今年の競走大会、ルオーリオ軍三隊が出走の当番だから」

「あぁ、なるほど。それでその大汗ね」


 エーナが口にした『競走大会』のワードを聞いて、アルメは軍人二人の状態に納得した。


 ルオーリオの街には春夏秋冬の大きな四季祭りの他にも、細々としたイベントがある。そのうちの一つが競走大会だ。


 その名の通り、街の外周道をグルッと二周走って順位を競うという、長距離走の大会である。


 街に籍を置いている者なら、老若男女、誰でも参加可能。

 イベントの盛り上げ役として、ルオーリオ軍も毎年、一つの隊が参加している。今年はアイデンとチャリコットの所属する三隊が当番であるらしい。


 アルメは運動に精を出す人間ではないし、出走なんてしたことがないので、それほど意識することのないイベントだったけれど……――でも、思いがけず、今年は深い縁がある。


 というのも、アイス屋に大会への協賛の声掛けがあったのだ。上位入賞者には賞品として、街の店の商品券やら食事券やらが贈られるのだが、アイス屋にもその手の依頼が来たのだった。


 イベントへの協賛は店の宣伝にもなるし、そういう商売戦略を抜きにしても、街を盛り上げるためならば、是非とも協力したいところ――。


 と、いうわけで、アルメは二つ返事で了承した。今年の賞品の一覧には、アイス券も顔を並べる予定である。


 そういう縁のできた競走大会だが、友人たちが出走するならば、さらに熱が入るというものだ。


「アイデンとチャリコットさんが出るなら、応援を頑張らないとね!」

「おう、頼む! 上位入賞狙っていくぜ! ……と、言いたいところだけど」

「さっき予行練習ってことで、コース走ってきたんだけどさー。なんか思ったよりきつかったわ。久しぶりの参加だし、完走できれば、まぁいいかな~って感じ」

「情けねぇなー、やる気出せよ」


 ジェイラがあきれた顔をして、軍人二人の額を指で弾いた。デコピンをくらった額を擦りながら、チャリコットが話を続ける。


「だってさ~、曇りの今日ですら、この汗よ? 当日晴れでもしたら、もう体の水分、全部汗になって、干からびちゃうってー」

「ってなわけで、暑くてかなわんから、アイス屋に涼みに来たってわけだ。蜂蜜レモンアイス、山盛りで頼む!」

「俺も同じのよろしく~!」


 軍人二人は注文を口にすると、カウンター席に座り込んで、溶けるように脱力していた。


 エーナが手際よくアイスを盛りつけて、二人の前に出す。即座にもぐもぐと頬張って、彼らはしみじみとした声をこぼした。


「はぁ~。冷たい、美味い、生き返る。やっぱアイス屋に転がり込んだのは正解だったな」

「あっちぃ時のアイス、最高に沁みるわ~! そのへんの店で妥協しないでよかった~。ここまで来る間に溶け死ぬかと思ったけど……。アルメちゃん、アイス屋もっと増やしてよー。百店舗くらいあってもいいっしょ」

「お金も人手も足りませんよ」


 軽口に笑ってしまったが、アルメはふと思い直して呟いた。


「店舗を増やすのは難しいけど……でも、そうですね、自販機とかがあったら、街角で手軽にアイスを買えますね」


 頭の中にチラッと、前世の街の風景が蘇った。街中には飲み物の自販機が数多く設置されていて、中にはアイスの自販機もあったなぁ、と。


 自販機、という単語を出すと、場にいる面々はキョトンとした顔をした。アルメは自らの発言に頷きながら、説明をする。


「――うん、アイスの自販機、あったら素敵ですね。どうにかこうにか、作れないものかしら」

「自販機って~? 店の名前?」

「自動販売機の略です。こう、無人の販売所を機械化したイメージといいますか。外に置くアイスの販売機があったら、手軽に買えていいですよね」

「無人の販売所って、郊外の村じゃあるまいし。街中じゃ盗人の餌食だろ?」


 アルメの案に、すかさずアイデンが駄目出しをする。が、アルメは手元の三枚の木板をキラリと光らせて、言葉を返した。


「一応、盗人対策のあてはあるわ。実はこの度、精霊所有の資格を取りまして。外置きの販売機にスプリガンさんを宿したら、窃盗の抑止になるんじゃないかしら。この精霊、盗人を撃退してくれるから」

「お、すげぇな! その板に精霊憑いてるのか! それならいけそうだな! アイスの販売機できたら、是非とも軍の駐屯地近くに置いてくれ」


 駐屯地のある北西はアイス屋から遠い場所なので、設置のエリアとしては良いかもしれない。


 アイデンは話に乗ってくれたが、チャリコットは怪訝な顔をして木板を見ていた。


「こんなキラキラしてるだけで姿も見えねぇ精霊に、不届き者の撃退なんてできんのー? ――えいっ」

「あっ!? ちょっとチャリコットさん返してください……! 駄目ですって!」


 チャリコットはアルメの手元からサッと板を奪って、ヘラッと悪戯な笑みを浮かべる。――が、その直後、奪った木板からシャラッと光があふれ出て、スプリガンが姿を現した。


 スプリガンはチャリコットの頭に、ガツンとこん棒の一撃をくらわせる。彼は椅子から転げ落ちてひっくり返り、床を転がった。


 すかさず受け身を取って体勢を整えてみせたあたり、さすがは軍人である。……頭を押さえて呻いていたけれど。


「いってぇ~っ! このっ、精霊野郎め……!」

「大丈夫ですか……!?」

「あっはっは、馬鹿なことすっからだろ」


 アイデンは腹を抱えて笑い、見ていたジェイラとエーナも笑い声を上げる。


「精霊やるじゃーん! 見事に不届き男を蹴散らしたな」

「ばっちりね! これなら、アイス販売機にもいいんじゃない?」

「う、うん……自販機を設置するとなったら、注意書きも添えておかないとね」


 泥棒行為を働いたら、精霊が殴ります――という、少々物騒な注意書きが必要になりそうだ。


 アルメは苦笑しながら、アイスの自販機計画へと思いをめぐらせた。


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