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19 平和な戦地にて

(アイデン視点です)

 ――ルオーリオ郊外にて。


 見渡す限り緑の広がる、草原の中の集落の一つが、ルオーリオ軍の駐屯地となっていた。

 

 波のように連なる緑の丘には、いつもは牛や羊などの家畜たちが放牧されている。けれど、今は大勢の剣兵たちと、魔物たちで埋め尽くされていた。


 魔物は全身真っ黒で、泥団子から足が生えたような姿をしている。これは団子と動物のキメラ型の魔物だろうか。泥団子といっても、大人の膝上くらいの大きさだ。


 その特大泥団子を相手に、戦闘員たちは剣を振り回しているのだった。


 ぶよぶよした魔物に剣を突き刺して、アイデンは額の汗を拭った。

 

「はぁ……くそっ、何匹いるんだよ。一生終わる気がしねぇ……」


 雑に汗を払って、魔物に突き立てている剣を引き抜く。魔物の体から真っ黒のドロドロした液が跳ね返って服を汚した。


 今回の現場では、鎧を身に着けている戦闘員は一人もいない。なにしろ相手は歯も爪もない魔物で、攻撃力が皆無なので。


 ぽよぽよゴロゴロしているのを、ひたすら切っていくだけの、なんとも平和な戦地である。


 ――ただし、とんでもなく数が多い。ゆうに数千匹は超えているのではなかろうか……。


 野営の準備が整って、掃討が開始されたのが今朝のこと。それから昼が過ぎ、夕方が近づいても、魔物は未だにあちこちを這いずっているのだった。



 魔物と軍人がわらわらと駆け回る草原を眺めて小休憩をとっていると、近くにいた同僚が歩み寄り、声をかけてきた。

 

「や~もう、やってらんねぇ~。今回はデカい現場だ、とか聞いてたから、どんな強敵が相手かと思ったら。泥団子かよってなー」

「デカい現場と言えば、デカい現場だけどな……数的な意味で」


 二人そろって、はぁ、と大きなため息を吐いた。


 声をかけてきた同僚は、名をチャリコットという。アイデンより一つ年上の二十一歳の戦闘員だ。

 

 褐色の肌に銀色の短髪。垂れ目も相まって、いつも気だるげな顔をしている。そんなだるそうな態度が『色っぽい』なんて評価をされていて、街の女たちには人気のある男だ。


 寄ってくる女の多さと、ジャラジャラと着けている耳飾りから、名前をもじって『チャラ男』なんて揶揄されたりする男だが、本人はこの愛称を気に入っているらしい。


 チャリコットは丘の上から駐屯地の方に目を向けて、げんなりとした顔をした。


「見てみー、あれ。神官様たち、お茶会してやがんの。ここはサロンかって」

「イラつくもん見せんなよ……あぁ、くそ、あそこに魔物送り込んでやりてぇ」


 駐屯地の中ほどへ目を向けると、従軍神官三人が優雅に茶を飲んでいた。木箱でテーブルと椅子を作って、つまみを食べながらくつろいでいる。

 

 実にのんきな景色である。現場に危険がない、と判断しての行動なのだろうけれど、汗を流して走り回っている末端の戦闘員としては複雑だ。


 遠目に茶会の様子を見ながら、ふと気が付く。神官たちの集まりの中に、ひと際目立つあの姿が見当たらない。


「あれ? 白鷹はいねぇのか」

「どうせテントの中っしょ~。やることねぇし、優雅に涼んでるんじゃねぇの。あ~鬱陶しいったら」


 フンと鼻を鳴らして、チャリコットは大袈裟にムスッとした顔をした。


「チャリコットって白鷹嫌いだよな。なんかあったの? つか絡んだことあったっけ?」

「いや、話したことねぇし、別に嫌いってわけじゃねぇけどー。俺の女ファンたちをごっそり奪いやがったから、敵だと思ってる」

「しょうもねぇ……」


 聞くんじゃなかった、とガクリとしたところで、遠くから先輩の大声が飛んできた。


『日没と同時に本日の掃討は終了とする! すみやかに駐屯地に戻るように!』


 どうやら掃討は日を分けて行うらしい。

 当初の予定では、早朝から動き始め、夜通し掃討して翌朝に完了、という流れであった。


 ――が、思いの外数が多く、短期決戦の予定が変更されたようだ。


 夜休めるのはありがたいが、戦地で過ごす日が伸びるのは勘弁してほしい。帰りが遅れると婚約者――エーナに余計な心配をかけることになる。


「……日没まで、まだ時間あるな。よっしゃ、今日中にあと三十匹は叩っ切ってやる!」

「お~頑張るなぁ。よっ、戦士の鑑」

「そんなんじゃねぇよ。単純に早く帰りてぇだけ」

「まぁ、そうね。そんじゃ俺も頑張ろう~っと」


 長剣を握り直して、二人並んで魔物がうごめく草原へと歩を進め――ようとしたところで、ふと視界の端に白い影が見えた。


 顔を上げて確認すると、遠くの草陰で、長い杖を大きく振りかぶる男の姿が目に入った。輝く白銀の髪に、魔法石の杖。そして白い騎士服。


 ポカンとしたまま、隣を歩くチャリコットに声をかけた。


「なぁ、あれ、白鷹だよな?」

「あ~? ――げっ、本当だ。何やってんのあいつ」


 白鷹は魔法杖を槍のように振り、柄の先端で魔物を刺し屠っていた。


 周囲には点々と魔物の死骸が散らばっている。おそらく、白鷹が倒したのだろう。魔物の体液で白い騎士服が真っ黒に汚れていた。


 チャリコットはまたムスッと頬を膨らませて、拗ねとも悪口とも言えない言葉をこぼした。


「神官様が戦闘員ごっこかよ……! くっそ~、あいつ戦えるのか~! 街の女たちが知ったら、もっとファン増えそうじゃん! 余計な事しやがって~……!」

「ガキみたいな拗ね方すんなよ。茶飲んでる連中よりいいだろ」


 チャリコットのおかしな腹の立て方に苦笑しながら、白鷹の様子を観察する。


 草陰にはもう一人連れの神官がいた。眼鏡をかけた細身の神官だ。ずいぶん若く見えるので、おそらく見習い神官だろう。

 何か、白鷹から指導を受けているようだ。


 魔法杖の振り方を教わっているように見える。教えている白鷹の身のこなしは、神官というより槍術士のようだ。あの男は槍の扱いに慣れているらしい。


 とんでもなく高価だという魔法杖を、槍扱いして振り回すのはどうかと思うが……。


「戦闘員に混ざって魔物退治する神官、初めて見たわ」

「今回の現場、怪我するやつもそうそういねぇだろうし、暇だったんしょ~。――あ、見ろよアイデン、あっち魔物が固まってるぜ! 一気にいけそう!」


 チャリコットが別の方向を向き、数匹固まった魔物に向かって駆け出す。

 白鷹ウォッチングはひとまず終わりにして、アイデンもチャリコットの後を追った。







 結局、十数匹を倒したところで日没を迎えて、本日の掃討は終了となった。


 この後は隊ごとにミーティングを済ませて、夕食の準備が始まる。

 

 丘の連なる草原には、未だ多くの魔物が動いている。明日中に掃討が完了すればいいが、この様子だとあと数日はかかりそうだ……。


 戦闘員たちはくたびれた様子で、農村の入り口あたりに展開された駐屯地へと引き上げていく。


 ――皆無言で夕日に照らされて歩く中、ふいに場違いに元気な声が聞こえてきた。


『よぉ、あんた戦闘員に混ざって何してんだよ』

『神官のくせにしゃしゃり出てくんじゃねぇっつの。遊びじゃねぇんだぞ』


 このイキった声は、若い戦闘員たちだろう。

 軍学校から上がって入隊したばかりの戦闘員たちは、なかなか生意気な連中が多い。まだ経験が浅く、怖いもの知らずなので、やたらと血の気だけが多いのだ。


(まったく、元気な奴らだ……。絡まれてるのは――)


 声の方を見てみると、白鷹がいた。察しの通りだ。

 隣を歩くチャリコットも気になったのか、グルリと首をまわしてそちらを見ていた。

 

 チャリコットはいつもの気だるげな態度で、のん気な感想をこぼした。


「あいつら、白鷹に絡むの勇気あるなー。なんか白鷹って冷たそうだし、話しかけても無視されそうじゃん。気軽に話しかけてんの、すげーわ~」

「喧嘩ふっかけてるだけじゃねぇか。褒めんな」


 肘の先で小突いて、ツッコミを入れておく。――が、内心ではチャリコットの言葉に頷いてしまった。

 確かに、白鷹に話しかけるのは難易度が高い気がする、と。


 皆同じように感じているのか、今まで白鷹に話しかけた戦闘員を見たことがない。上官ですら控えめに必要事項だけを話す、といった風だ。


 上位神官という高い身分と、神秘的な雰囲気の容姿。――この二つが人払いの役割を果たしているのだろう。この男は近くにいるだけで、なぜだか背筋が伸びる心地がするのだ。

 

 白鷹という神官は、そういう近寄りがたい空気をまとっている。


 ――けれど、血気盛んな若者には、そんな空気など屁でもないようだ。


 喧嘩腰の二人組の戦闘員は、白鷹とその連れの見習い神官に、威圧的な態度で話しかけている。


 見習い神官のほうはすっかり身をすくめてしまっているが、白鷹のほうは、なんだか読めない表情をしている。


 白鷹は若者二人に目を向けると、どことなくキョトンとした顔で言葉を返した。


「決して遊んでいたわけではなく。魔物の掃討に協力しようかと思って、微力ながら杖を振るっていました」

「ははっ、なんだよそれ。従軍神官のイメージアップってか? 仕事してますアピールとか、逆にうぜぇんだけど」

「いえ、単純に早く帰りたいので、早く魔物を倒したいなと思いまして。自分の都合でお手伝いをしていただけですよ」


 白鷹は整った顔をコテンと傾げて、二人組を見つめていた。そんな白鷹の態度に、二人組はイラついて大きく舌打ちを返す。

 

 様子を見ていたチャリコットは、小声で感心したように呟く。


「まじかー、白鷹、意外と煽りスキル高ぇ~。あぁ見えて喧嘩慣れしてんのかな?」

「いやぁ、どうなんだろな……なんか煽ってるっつーより、素っぽいような……」


 どういう感情で答えているのか、いまいち判断できない。あのキョトンとした顔は、涼しい顔をして煽っているというより、素でポカンとしているように見えないこともない。


 傍から見ているとよくわからない白鷹だが、どうやら二人組は喧嘩を売り返されたと判断したらしい。二人組のまとう空気が、より攻撃的なものへと切り替わった。

 

「何が手伝いだよふざけやがって。じゃあバカデカい竜型魔物が相手でも、お前手伝ってくれんの? 前線に出て戦ってみろっつーの!」

「あんたがさっさと魔物を倒せば、望み通り早く帰れるぜ? そん時は俺の剣貸してやるよ! そんな飾りみてぇな杖じゃなくって、剣振り回して仕留めてみろや!」

「残念ながら、それはできません。竜型魔物が相手だと、怪我をしてしまいます。俺は怪我をしたくないので」


 白鷹は澄んだ金色の目をパチクリさせて、さらりと答えた。

 

 その瞬間、二人組は顔を歪ませてゲラゲラと大笑いした。


「ははっ! ダッセ! ビビってやんの! 血出ちゃったら怖いも~ん! ってか。ガキかよ」

「俺らの後ろで震えてるのが神官様のお仕事ですからね~! ビビりはどうぞ、引っ込んでてくださ~い!」


 馬鹿にしたように笑う二人組を眺めながら、アイデンとチャリコットは苦い顔をした。

 いくら従軍神官に対して、日頃の鬱憤が溜まっていたとしても、罵倒して嘲笑するのは論外だ。


「あーあ、調子乗っちゃって……ありゃ後で隊長にぶん殴られるな~」

「さすがに酷ぇな。俺ちょっと止めてくるわ」


 このまま見て見ぬふりをするのも性に合わない。ここは先輩として、後輩をたしなめるべきだろう。

 

 そう思って近寄ろうとしたのだが、歩み出し一歩目で足が止まってしまった。

 思いがけない白鷹の表情が目に入ってきてしまったので。


 白鷹は二人組に対して、恐ろしく整った笑みを向けたのだった。


 慈愛に満ちた男神のような微笑みで、諭すように優しげな声音で言ってのけた。


「えぇ、おっしゃる通りに、危険な魔物が相手の時には、遠慮なく後ろに控えさせていただきます。もし俺が怪我をして動けなくなってしまったら、あなたたちの首が落ちた時に、すみやかに胴体と繋ぐことができなくなってしまいますから」

 

 沈む夕日の最後の明かりを浴びて、白鷹の白銀の髪は赤く染まる。血のような色をまとったまま、彼は穏やかに言葉を続ける。

 

「巨大な竜型魔物が相手となると、先陣を切る何人かは、体がバラバラになるような怪我を負うことになります。でも、ばらけた人体パーツの損傷が少なければ、繋いで蘇生を試みることができます。――いつかあなたたちの番が来てしまった時には、後ろに控えている神官を頼ってくださいね。このファルケルト・ラルトーゼが、命を預かりましょう」


 ニコリと笑みを向けると、二人組は顔をひきつらせて、白鷹から距離をとった。

 なにやらぶつくさ言いながら、そのまま歩き去っていく。


「いや、デカい竜型魔物とか、例えだっつーの。……そんなん、滅多に出ないっしょ?」

「神官って冗談通じねぇわー。……つか、神官って贔屓とかしないよね? 嫌いな奴は怪我しても放置とかないよね……?」


 去っていった二人組をよそに、白鷹は傍らで身をすくめていた見習い神官へと声をかけた。


「戦場では彼らのような元気の良い剣士たちほど、うっかり大怪我をしがちなので、注意を向けておく必要があります」

「は、はい……! 覚えておきます!」


 眼鏡の見習い神官はビシリと背筋を伸ばして、白鷹に敬礼をした。


 

 一連のやりとりを眺めていると、白鷹がチラリとこちらへ目を向けた。金色の瞳とパチリと視線が合う。


 なんやかんや、一部始終をずっと観察しておいて、一言も声をかけずにいるのもなんだか無礼な気がする。

 そう思って、とりあえず後輩に代わって謝罪しておいた。


「ええと、後輩がとんだ失礼をしました! 隊長に報告しておきます!」

「いえいえ、報告などいりませんよ。少しお喋りしただけですから」


 白鷹はヒラヒラと手を振ってきた。

 なんだか意外だ。今までかしこまった姿しか見たことがなかったが、こういう気安い返事もするのか。


 早く帰りたいから、という理由で戦闘員を手伝ったり、キョトンとした間の抜けた顔をしたり、喧嘩をいなしてケロッとしていたり……なんだかつかみどころのない男だ。


(――でも、嫌な感じはしないな。俺ら相手でも態度が丁寧だし……。近寄りがたいって思ってたけど、意外と喋れる奴なのか?)



 歩いていってしまった白鷹を遠目に見ながら考え込んでいると、チャリコットが恐々とした様子で話しかけてきた。


「え、何その熱い眼差し……まさかお前まで、白鷹のファンになっちゃった?」

「あぁ、まぁ、嫌いじゃねぇかもとは思った。今までの神官とはなんか違う感じだし」


 そう答えると、チャリコットはげんなりとした顔をした。白鷹の奴、男ファンまで作りやがって~、なんて愚痴りながら。


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