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188 聖女と王子とチョコミント

 アルメとミシェリアは、その後もいくつかの話題について想いを交わし、お喋りを楽しんだ。


 ミシェリアが年相応の無邪気な笑みを見せてくれたおかげで、アルメの緊張もすっかり解けて、思いがけず、自由に言葉を交わすことができたのだった。


 会話の中で、アルメは改めて祝宴での騒動の件を謝罪する。


「――先の祝宴では妹が大変な罪を犯し、本当に申し訳ございませんでした。そして私も、眠りながらにお目にかかるという、とんでもなく無礼なことを……」

「よい、済んだことだ。罪や過ちはそれぞれの方法で、それぞれに償えばよい。今、この場でわたくしと明るい話をすることが、そなたにとっての贖罪となろう。せっかく得た機会なのだから、楽しませておくれ」


 ミシェリアは片手を上げて、アルメの謝罪を制した。そして祝宴の話題を広げて、逆に礼を言って寄越す。


「祝宴と言えば――アイスの話に戻るが、あれは暑きこの街においては、ことさら美味な菓子に感じられた。菓子を好かないアーダルベルトも楽しんでいるようだったから、彼の分も合わせて礼を言っておこう」

「ありがとうございます。身に余る光栄なお言葉に存じます。――アーダルベルト殿下は、お菓子を嫌っておいでなのですか?」


 貴人に対して子ども扱いをするのは憚られるが……子供は皆、お菓子を好むものだという認識でいた。


 ミシェリアは苦笑を浮かべて説明をする。


「いや、幼き頃は好いていたようだが……甘いものを好むわたくしとの茶会で、甘い菓子を食べ続けるうちに、飽いてしまったようでな。残念なことだが、今では共に楽しむことはなくなった。しかし、アイスは冷たい口当たりを気に入ったようだ」 


 冷たいものや清涼感のあるものは、甘さの感覚を覚えにくい。祝宴で出したつぶつぶ霰アイスは、キンキンに冷えている氷粒なので、彼の口にも合ったようだ。


(そういえばさっきも、スースーするミント飴は避けずに食べていたわね)


 先ほど、泣きべそをかきながら花園を歩いた時のことを思い返す。アーダルベルトは側仕えから数粒のミント飴をもらって、涙が乾くまで舐め続けていた。


 ふむと考えて、アルメは言う。 


「甘いお菓子でも、冷たいものやスースーするものでしたら、殿下のお口にも合いそうですね。たとえば、チョコミントアイスなどは、お二人で楽しんでいただけるのではないかと――」


 頭に思い浮かんだアイスを口にすると、ミシェリアが目を輝かせた。


「そのようなアイスもあるのか」

「はい。名前の通り、チョコとミント、そしてミルクで作るアイスでございます」

「『チョコアイス』というものは、ルーミラが大層気に入っている菓子だと聞いている。ルオーリオに来て早々の茶会で絶賛された。是非、口にしてみたいものだ」


 ルーミラとは、幼き聖女の名前だ。


 前にファルクも『チョコアイスは彼女の大のお気に入りになっている』というようなことを言っていた。どうやら小さな聖女は、自身のお気に入りを城の人たちにペラペラと喋っているようだ。


 嬉しさと少々の照れで、アルメは密かに頬を緩める。けれどアルメの緩んだ顔は、続くミシェリアの言葉を聞いて、焦りへと転じるのだった。


「……――話をしていたら、食してみたくなってきた。そのチョコミントアイスとやらは、作るのに手間がかかるものであろうか。特別な材料や道具は必要か? 城の厨房にあるもので賄うことはできぬか?」

「ど、どうでしょう……? お城の厨房事情は、私には何とも」

「それもそうだな。よし、確かめてこよう。ティティーよ、わたくしの供をせよ」

「ええと、ミシェリア様……?」


 ミシェリアは何の躊躇いもなく颯爽と立ち上がり、片手をクイと上げてアルメを呼んだ。凛とした、それでいて悪戯な笑みを浮かべて、彼女は言う。


「ルオーリオの守護聖女となった今、言わば、わたくしはこの城の主である。城の中のあらゆるものは、わたくしの手の内だ。そなたの身も、厨房の食材の一つですらも。――そして今、わたくしはチョコミントアイスを所望している。これ以上の言葉が必要か?」


 彼女の言葉を訳すると、『チョコミントアイスを食べたくなったから、厨房をあさって作ってくれ』といったところか。


 ミシェリアという聖女は、どうやら気になったら即、動き出してしまう性分であるらしい。そういう行動派な性格であるがゆえに、欠けた恋心を求めて色々と試しているのだろう――。


「は、はい……お供させていただきます……!」


 アルメは焦りと苦笑をどうにか引っ込めて、命令のままに、彼女の後に続いた。





 ミシェリアは側仕えたちにあれこれと命を出して、あっという間に場を整えてみせた。鶴の一声ならぬ、守護聖女様の一声により、厨房の一角に即席アイス屋がオープンを果たす。


 呼ばれたアーダルベルトも加わって、アイス作り見学会が開催されてしまった。


 アルメはドレスルームで衣装替えをして、側仕えたちが着用しているのと同じデザインのドレス――暗い色合いの動きやすい衣装を身にまとい、エプロンを付ける。


 道具や材料の並べられたテーブルの前に立ち、胸の内で気合いを入れた。


(……こうなってしまったら、やるしかないわね……!)


 貴人が口にするものなのだから、できれば試作を重ねて完璧な品を出したいところだが……どうにかこうにか、一発勝負でチョコミントアイスを作り上げるしかない。


 といっても、それほど大変な工程はなく、気を付けるべきはミントの分量のみである。


 ちなみに、アイス作り見学会で一番大はしゃぎをしそうな神官の姿は、どこにも見当たらない。アーダルベルトが嫌ったようで、厨房に近づくなとの命をくらったようだ。


(しょうもない泣きべそをかいた後で、何となく会うのが気まずいし……まぁ、よかったと言えば、よかったかも)


 勝手な理由だが、ファルクがいないことに少しホッとしてしまった。


 さて、と気持ちを切り替えて、アルメはテーブルの上を見回す。


 側で見張っている料理長の視線を受けつつ――……早速、端に置かれていたミントの束を手に取る。葉をむしって水で洗い、鼻に届く爽やかな香りを楽しみつつ、ミキサーの中に入れた。


 さらに砂糖と牛乳、卵を加えて、風魔石をセットしてミキサーを起動させる。ミントの葉が細かくなったところで、できあがった液をガラス容器に注いだ。


 アルメはテーブルの向かい側で、まじまじと作業に見入っているミシェリアとアーダルベルトに、容器の中を見せて言う。


「これを凍らせたら、もうミントアイスは完成です」

「なるほど、この工程で氷魔法を使うのか」

「あまり派手な魔法ではありませんが、ご覧くださいませ」


 ガラス容器に両手を添えて、アルメは氷魔法を使う。テーブルの上に氷の粒子と魔法の光がふわりと舞って、見学をしている二人は楽しげに目を輝かせていた。


 ミントアイスが少し固まってきたら、一旦、脇に置いておき、チョコの準備へと移る。


 製菓用のチョコブロックに包丁の刃を当てて、ザクザクと削いでいく。削いだチョコをさらに細かく砕いて、ミントアイスへと加えてよく混ぜ込む。


 魔法の冷気を流して凍らせながら、サクサクと混ぜてアイスの固さを調節していった。


 ほどよい具合になったところで、スプーンで一口味見をしてみる。


(ちょっとミントが多かったかもしれないけど、このくらいスースー感があったほうが、殿下のお好みには合いそうだわ。ミシェリア様はどうかしら……お口に合うといいのだけれど)


 ミント系の食べ物は好みが分かれやすい。チョコミントアイスも、アルメの前世では好き嫌いで派閥ができていたように思う。


 後から味を調節できるように、と、念のため少量のミルクアイスも作っておいた。これを混ぜ合わせれば、ミント感を弱めることができる。


 大スプーンを使って器に丸く盛りつけて、最後に飾りのミントの葉を乗せる。


 鮮やかなミントの葉が混ざったミルクアイスに、チョコが散っていて、緑と茶のモザイク柄が可愛らしい仕上がりだ。


 完成品を二人の前に差し出して、改めてアイスを紹介する。


「できあがりました。こちらがチョコミントアイスです」

「さすが製菓師だ。手際がいい」

「色合いが美しいな。――空いている部屋はあるか? 早速いただこう」


 ミシェリアは試食の場を整えるべく、控えている従者たちに命令を下した。





 料理長によるチェックを経た後、上階の部屋のバルコニーに移動して、早速、アイスの試食会が始まった。


 アルメは氷魔法でアイスを保持しつつ、テーブルから一歩離れたところで、席に着いたミシェリアとアーダルベルトの様子をうかがう。


 婚約関係にある二人の間に割り込んで一緒に食べる、というのは憚られるので、使用人になりきって見守りに徹する。


 スプーンでアイスをすくい、二人は同時にパクリと頬張った。そしてよく似た表情を浮かべて、明るい声を上げる。


「なんとも美味な……! 口の中に風が通ったかのように爽やかで、それでいてチョコの甘みも感じられてよい」

「私は甘いものを好かないのだが、この菓子はなかなかだな。ミントの香りがよいし、冷たさも心地良い」

「お褒めにあずかり光栄でございます。ミントが強ければ、ミルクアイスを足すこともできますので、お声掛けくださいませ」


 ひとまず、二人の口に合ったようでホッと胸をなでおろした。


 聖女と王子はアイスをパクパクと頬張っては、口の中でもぐもぐと解かし、チョコの味とミントのスースーとした心地を楽しんでいる。


 満足そうに笑みを浮かべて、ミシェリアはしみじみとした声をこぼした。


「世は広いものだな。王城暮らしで、もうすべての菓子を食べ尽くしたと思っていたが、ルオーリオに来て、また新しくひいきの菓子ができた」

「あなたは本当に菓子が好きだな……」


 夢中になって味わっているミシェリアを見て、アーダルベルトがやれやれと言葉を返した。


 そんな彼の顔を覗き込んで、ミシェリアは目を細めてやわらかく笑う。


「菓子だけでなく、あなたのことも好いておりますよ。恋の愛は抱けずとも、わたくしはあなたを無二のお方として、心から愛しております。だからどうか、わたくしのことも愛してくださいませね」


 突然、不意打ちの愛の告白を受けた王子は、ひとしきりポカンと呆けた後――……また、目に涙を浮かべてしまったのだった。


 アルメは急いで、王子にお詫びの言葉――の体で、庇う言葉を添えておく。


「申し訳ございません。ミントの葉の塊が入っていましたか? スースーしすぎて涙が出てくるようでしたら、こちらのミルクアイスでお口直しを」

「……もらおう」


 王子は涙目でミルクアイスを頬張っていたけれど、口元はふにゃりと緩みきっていた。


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