182 城での話、光の加護と悪魔の遊び
神殿を出て家に帰り、その日は一日休みをもらった。
そうして翌日、アルメは再び、城へと足を運ぶことになったのだった。
まさか、こうして何度も城へ赴くことになろうとは……ついこの前まで、考えてもいなかったことだ。
今日は正面の大玄関からの入城ではなく、端っこの小さな出入口から入っていく。装いも普段の通りでいいとのことで、いつものスカートとブラウス姿で来た。
検問所でファルクが待っていてくれたので、ありがたく合流させてもらう。
彼は姿を変えないままで、シャツにスカーフを結び、薄手のジャケットを羽織っていた。一応、城の中を歩くということで、身なりを整えているようだ。が、オフの時の姿を知っていると、暑そうな格好に見える。
二人で挨拶を交わし、手続きを取って城内へと足を踏み入れた。
案内を受けて、城の端っこにあるこぢんまりとした応接間へと向かい、席に着く。
六人掛けの大きなテーブルが、中央にドンと鎮座している部屋だ。どっしりとしたテーブルは見事だが、内装は全体的に落ち着いている。客をもてなすための部屋ではなく、仕事の中で利用されている部屋なのだろう。
アルメとファルクは並んで座り、テーブルを挟んで向かい側には、聴取を行う城の人たちや、魔物に詳しい学士が座っている。
そうして軽く挨拶などをした後、早速、話をされたのだった。
眼鏡をかけた中年の学士の男が、アルメの前に資料や本を並べて言う。
「この度は大変な災に遭われましたこと、心よりお見舞い申し上げます。本日はまず私のほうから、ティティー様のご家族――妹さんのことをお話しさせていただきます。その後に、あなた様にいくつかお話をお伺いさせていただくことになりますが……ご気分が優れない等ございましたら、すぐにおっしゃってくださいね」
学士はおっとりとした印象の男性だ。話し口も穏やかで、アルメは少し肩の力を抜いた。
「はい。お気遣いいただきありがとうございます。よろしくお願いします」
「――では、早速で恐れ入りますが、」
アルメの様子をうかがいながら、学士は話し始めた。内容はもちろん、リナリス――今回の魔物事件についてだ。
「先に結論をお話しいたしますと、ティティー様の妹のリナリスさんは、『下位の高等魔物』に分類されるモノでございました。お伝えするのは、大変心苦しいのですが……彼女の真は、人ではありません」
「えぇ……事の次第は聞いております。『妹は人の血肉を得た魔物だった』、ということも、白鷹様がお教えくださいました。聖女様の魔法で人の型を失ってしまったことも……」
昨日、ファルクから一通り説明を受けたので、驚きはない。落ち着いた気持ちでこの場に臨めているのは、彼のおかげだ。
どうやらリナリスは、人のお腹の中で血肉を得て、人の形を持って生まれてきてしまった魔物だそう。
ちょうど五十年前にも、ルオーリオで同じような事件が起きていた、ということも、前にメルシャから聞いていたので、比較的すんなりと飲み込むことができた。
とはいえ、まさか自分が、そういう事件の渦中に放り込まれることになるとは、思わなかったが。……もう、そういう星の元に生まれたのだと思うしかない。
取り乱す様子のないアルメを見て、学士はどこかホッとした顔をしていた。
『家族が魔物だった』なんてことを突然言われたら、きっと多くの人はショックを受けて、大いに動揺することだろう。それを警戒していたようだ。
「そうでしたか。それでは、私のほうからは昨日の仔細よりも、大きなところをお話ししていきましょう」
学士は一つ息を吐き、改めて説明を――というより、講義をするように話し始めた。
「まず魔物とは、というところですが――簡単に言うと、魔物は『悪魔の人形遊び』でございましてね。まぁ、例えではありますが……魔霧を砂だとすると、悪魔は砂を集めてこねくり回して、泥人形を作って遊んでいるんです」
「泥人形遊び、ですか?」
「遊び、なんて表現を用いると、ご不快に思われるかもしれませんが……でも、まさしく、悪魔は人形遊びをしているのです。困ったことに」
思わぬワードが出てきて、アルメはポカンとしてしまった。きっと一般人相手なので、難しい言葉を使わずに、噛み砕いて説明をしてくれているのだろう。
「と、いうことは、妹もその人形の一つだった、と?」
「残念なことではありますが……そうなります。高等魔物は、悪魔が特に熱を入れて作り出した人形です。ティティー様はその人形を、妹として据えられてしまったのでしょう」
「な、なぜ、遊びに巻き込まれてしまったのでしょう……? 悪魔の気まぐれとかでしょうか?」
「悪魔は、力作の人形を無作為に贈る、ということはいたしません。大変申し上げにくいのですが……どうやらティティー様は、悪魔に気に入られてしまっている、というのが、理由でございましょう」
「ひえっ……こ、怖っ……なぜ!?」
この世界には神がいて、悪魔もいる。空想の中のモノではなく、現実として存在しているので、当然、こういう話にも嫌な現実味がある。
すなわち、悪魔に目を付けられているという宣告は、感覚的には『熊に狙われている』のと同じようなものである。
現実として害を被る可能性があるので、非常に困るし、恐ろしい……。
身震いをしたアルメに、学士は渋い顔で言う。
「悪魔の力作――高等魔物は、決まって光の女神様の加護に恵まれている者の側に出現します。親子や兄弟、親族など、血を分けた家族の内に。光の女神様が目をかけている人物の側に、魔物人形を添えることで、悪魔は気を引こうとしているのでしょうね」
「気を引く……? って、まさか光の女神様の、ですか?」
「おっしゃる通り。悪魔は女神様を慕っているようでして。構って欲しさに、日々、せっせと人形を作っているんです」
「と、とんでもなく迷惑な話ですね……」
アルメも渋い顔をしてしまった。
神々の世界や歴史を書いた神話の中では、総じて、スケールの大きな話がポンポンと展開されていくものだが……悪魔の遊びとやらも、人間の感覚では理解できないような、厄介極まりない事柄のよう。
学士曰く、悪魔は光の女神を慕っていて、その加護を得たいがために、魔物を作り出しているのだとか。
女神は生き物に光――魂を授ける神である。そういうわけで、悪魔は『生き物の形をした人形』をせっせと作り上げ、世に放っているそう。
大雑把な作りの不出来な生き物もどき――下等魔物は、野山で軍によって掃討されるが、手をかけた力作の高等魔物は、なかなか発見が難しくなるそうで。リナリスも、まさにその手の魔物だったようだ。
げんなりとした顔で話を聞いていたアルメに、隣のファルクから声がかかった。
「アルメさんは、人より光の加護が厚いようです。稀にそういう質の方はいらっしゃいますから、そのこと自体は、気負われませんよう。祝宴での拝謁で、聖女様方が目に留めておられましたよ。……ですが、悪魔の目にも留まっていたようですね」
「妹さんと双子として一緒に生まれた、ということは、ティティー様はお母上のお腹にいるうちに、もう悪魔に目を付けられていたのでしょう」
学士とファルクの二人から哀れむような目を向けられて、ガクリとしてしまった。
(女神様のご加護、か……。確かに、女神様とはお喋り――というか何か約束をして、氷魔法をもらったから……縁があると言えばあるのよね……)
恐らく、人より加護が厚いのは、この時のやり取りが関係しているのだろう。心当たりもばっちりあるので、もはや諸々の説明にも納得する他ない。
遠い目をするアルメに、学士は続きを話す。
「そういうわけで、魔物は加護を得るために作られたモノですから、本能的に強い光に惹かれます。加護の厚い人物に縋り、時には憧れるあまり手にかけることすらもある……。人の世で暮らすことは難しいモノですので、妹さんも、今後は適した場所へと移送されることになります。……妹さんの今の状態は、既にお聞きになっておられますか?」
遠慮がちな問いかけに、アルメは頷いた。それもファルクから教えてもらっている。
「はい、教えていただいております。……姿が変わった状態で、地下深くの魔導牢に収容されている、と」
人としての自我を確立している魔物は、ある程度、人道的な処遇を与えられるそう。野山に発生した下等魔物のように、めしゃめしゃに切り散らされて終わり、ということはないそうで。
「この後、妹さんは大陸の南端の修道院に移送されます。そこで光の女神様から、加護の魂を得るために、祈り暮らすことになります」
「妹も、加護をいただけるのでしょうか?」
「真心を得て、より人間に近づけたならば、あるいは。どれほど時がかかるかはわかりませんが、祈りによって加護を得た例はありますゆえ」
「そう、ですか……」
アルメはしみじみとした声を出した。リナリスに対して、色々と思うところはあるけれど……加護があるに越したことはないだろう、と思う。
今回の騒動を起こした張本人はリナリスだが、彼女自身も、言ってみれば悪魔の遊びによる被害者なのだろう。
ファルクの話によると、彼女は自身が魔物であることを知らずにいたみたいだ。騒動の中で、心身共にずいぶんと苦しんだそう。
そう考えると、償いと祈りの果てに、更生の足がかりとなるもの――欠けていた光の加護が与えられても、いいように思う。
神妙な面持ちであれこれと考え込んでいたら、膝に置いていた手に、ファルクの手がそっと重ねられた。
人のいる中だけれど……今は、この大きな手の温かさに頼らせてもらおう。
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学士の説明が終わった後は、リナリスの身辺に関する話や、アルメの出生などに関して、細かく問われた。
聴取者からの問いかけがあり、アルメが答えて、ファルクが補足をしたりして――。と、いうようなことを繰り返しているうちに、半刻ほどが経っていた。
気を張ったまま、そこそこ長い時間やり取りをして、少し疲れを感じ始めた頃。ようやく話に区切りがついたようで、聴取者たちはテーブルの上に広げられた書類やらを片付け始めた。
「――それでは、お話は以上になります。ご協力いただきありがとうございます」
「この度は大変なご迷惑をおかけしまして……申し訳ございませんでした」
深く頭を下げて挨拶を交わし、席を立つ。
ひとまず聴取はこれで終わりのよう。この後は北地区に移動して、リナリスとの面会の予定だ。
彼女の姿は今、どうなっているのか……。緊張に胸をざわつかせながらも、アルメは気合いを入れた。
(大丈夫……前世にはとんでもなくリアルなホラー映画とか、モンスターの特殊メイクとかがあったのだし……。この世界の人たちよりかは、そこそこ、そういう耐性があるはず……! たぶん……!)
自分を奮い立たせながら、応接間を後にした。




