18 怪しい占い
エーナと寄った服屋で、新しいブラウスとドレスを数着購入した。
今まで着ていたグレーのドレスは袖が長くて、衿元も詰まったデザインのものだったけれど、今回買った服はみんな、衿元の開いた涼しげなデザインのものばかりだ。
エーナ曰く、鎖骨は見せてなんぼ、だそう。
ただし変な客が寄ってきた時には、さっさと上着を羽織って隠してしまうのだとか。そのためのストールと薄手のカーディガンも購入した。
さらに近くの靴屋にも寄って、新しいサンダルを買った。
少しだけ踵のある、白い革のサンダルだ。足首で紐を結ぶタイプで、可愛らしさに一目ぼれしてしまった。
ベアトス夫人には真っ先に小言を言われそうなデザインだけれど、もう何も気にしなくていいのだ。その解放感がたまらなくて、つい即決で買ってしまった。
一通り買い物を済ませた頃には、肩に下げた大きめの布鞄はもうパンパンに膨れていた。
その鞄と同じくらい、心も満たされている心地だ。誘い出してくれたエーナに感謝したい。
昼にキャンベリナと対峙してげんなりした気持ちは、もうすっかり晴れてしまった。
「今日は本当にありがとう、エーナ。とても良い気分転換になったわ。色々と大収穫だったし!」
「どういたしまして。――あ、そうだ。まだ時間大丈夫だったら、最後にもう一ヵ所だけ寄っていい?」
夕方が近づき、そろそろ帰ろうかという話が出てきたところで、エーナがふいに声を上げた。
「地下街にあるお店なんだけど、ここからだと歩いてすぐだから」
「まだ明るいし、平気よ。行きましょう。何のお店?」
通りに点々とある、地下街への入り口へ歩を向けながら問いかける。エーナはふっふっふ、と怪しげな笑みで答えた。
「よく当たるって評判の、占いのお店」
「占い……? だ、大丈夫? ぼったくられたりしない?」
急に不安になって、地下階段の途中で思わず足を止めてしまった。
「大丈夫よ。料金は一律三千Gで、初回は半額。何か買わされたりもしないお店だから」
「そう、ならいいけど……」
まだ若干の不安を残しつつも、エーナに続いて地下街へと降りて行く。
この世界は前世と比べると、占いの類が盛んである。
神や精霊や魔法が実在し、人々の暮らしに根付いているので、『人ならざる者の声を聞いて運勢を占う』という行為にも、そこそこの信頼感があるので。
前世で例えると天気予報を見るような感覚で、人々は占いを頼るのだ。
けれど、その占いの精度は実にまちまちである。街に数多くある占い屋の中には、適当なことを言ってぼったくっているインチキ店も、ものすごく多いと聞く。
それゆえ、アルメは今まで生きてきて一度も、占いを頼ったことがなかったのだけれど。――まぁ、人生経験として、一度訪ねてみるのは良いかもしれない。
「私、占い屋って初めてだわ。エーナはよく来るの?」
「うん、たまにね。アイデンに大きい仕事が入った時だけ、こっそり来てるの。アイデンは占いが嫌いだから、このことは内緒ね」
エーナは苦い顔で困ったように笑った。
その表情でなんとなく察した。きっとエーナはアイデンの安否を占っているのだろう。アイデンはそれを嫌がって、占いを嫌っている、と。
愛する人が心配で占いに頼ってしまう気持ちと、安否を占いなんかで決めつけられているようで嫌な気持ち。どちらの気持ちもわからないでもないので、アルメも苦笑を返すしかなかった。
「アルメもなんとなく、占い嫌いなのかなぁって思ってたから、今まで話してなかったんだけど。この前、フリオさん関係の初耳話、色々聞いちゃったからさ、代わりに私の秘密もアルメにばらしちゃおうって思って」
フリオ関係の初耳話とは、馬車でキスを迫られて拒否した、という、エーナにも話せず秘密にしていた部分のことだろう。
アルメの秘密にしていた話を聞いたので、代わりにエーナも自身の秘密話を明かそう、ということで、こっそり通っている占い屋を明かしてくれるらしい。
「そんな、気にしなくていいのに……。でも、気持ちは嬉しいわ、ありがとうね。アイデンにはもちろん、内緒にしておく」
「うん、よろしく」
話しながら階段を下りて、地下街の二階へと下り立った。
地下街は風の魔石による空気循環の仕組みが整えられているので、直射日光に晒される地上よりもずいぶんと涼しく感じる。
通路の天井には点々と火の魔道具ランプが設置されていて、オレンジ色の薄明かりが揺れている。幻想的、且つ怪しげな雰囲気をまとっていて、地下街にはなんとも魅惑的な景色が広がっている。
ちなみにルオーリオの地下街めぐりは観光ルートの定番である。奥深くには地下宮殿もあり、人気スポットとなっている。
人混みを縫うようにして、店が連なる通りを歩く。ほどなくして、エーナが通りの角を指さした。
「そこの三角テントのお店が占い屋さんよ」
「わぁ、雰囲気あるわね」
少し進んだところに、キラキラした天蓋で覆われた小さな占い屋があった。ここがエーナが贔屓にしている店らしい。
地下街の雰囲気にマッチした、怪しくも不思議な美しさを感じる外観だ。
天蓋の紺色の布には、金糸で星の刺繍がほどこされていて、三角屋根のテント状になっている。
入り口に吊り下げられた大きな鈴をチリンと鳴らすと、天蓋の中から『どうぞ』と、しゃがれた声がした。
入り口の布の隙間から滑り込むようにして、アルメとエーナは中へと入った。
テントの中には一つの丸テーブルと、客用の椅子が三脚。テーブルの上には手のひら大の大きな石が、十数個ゴロゴロと置かれていて、その向こう側には魔女のような老婆がいた。
長い白髪をゆるく二つに分けて結び、垂らしている。両手の甲には青いインクで不思議な文様が描かれていて、爪も青く塗られていた。
老婆はイッヒッヒと笑いながら二人を案内した。
「どうぞ、お座りなさい。迷えるお星様たちよ」
「こんにちは、よろしくお願いします。あ、こっちの子は初めての来店です」
「ど、どうも、よろしくお願いします……」
「イヒッ、新しいお星様かい」
どうやらこの占い師は客のことをお星様と呼ぶらしい。何か意味があるのかはわからない。雰囲気づくりの設定みたいなものだろうか。
老婆は胸に手を当て、しわがれた声で自己紹介を始めた。
「アタシの名はタタクク。迷えるお星様たちを導くのが生業さね。初回は三つ好きなことを占って、全体の運を見てやろう。千五百Gだが、どうするね?」
エーナの言った通りの値段である。占いの相場はわからないけれど、三つ占った上に全体運も見てもらえるのだから、結構お得な気がする。
「……わかりました。お願いします」
「よろしい。そちらのお星様はどうするね?」
「私もお願いします。いつもの占いを一つだけ――恋人が無事に帰って来れるかどうかを、教えてください」
「よろしい」
老婆――タタククに金を払うと、早速占いが始まった。
「ではそちらの、いつものお星様から占おうかね。気に入った石を二つお選び」
「はい」
先に占うことになったのはエーナだ。
エーナはテーブルの上に置かれた石を見まわすと、二つ選んで指さした。石の色や形はまちまちで、エーナが選んだ石は緑色の綺麗な石と、ゴツゴツとした銀色の石だった。
タタククは二つの石を両手に取ると、目の前で力一杯ガツンとぶつけ合った。
その瞬間、光り輝く煙が湧き出て、一瞬で消え去った。
アルメは何が起きたのかと目をパチクリさせてしまったが、タタククはじっと煙の跡に目を凝らしている。
しばらくの沈黙の後、タタククは語りだした。
「ふむふむ、精霊はこう言っている。戦士のお星様は何事もなく帰ってくると。ただし少々疲れがみえる。ゆるりと休むがよい」
「ありがとうございます、よかった……!」
タタククの言葉に、エーナはホッと息を吐いた。どうやら、占いによるとアイデンは無事に帰ってくるらしい。良い結果に、アルメも同じように笑みをこぼした。
エーナの占いが終わり、タタククはアルメの方を向く。
「次は初めてのお星様を占おうね。さて何を占う?」
「ええと、三つ、ですよね? ……そうねぇ、やっぱり金運と健康運、かな。あともう一つは……」
恋愛運、というワードがチラリと頭に浮かんだ。やはり占いと言えば、この三つあたりが定番だろう。
でも恋愛を占うというのは、なんだかちょっと照れがある。自分がそんな乙女なことをしていいのだろうか、という謎の照れが……。
言い淀むアルメに代わって、エーナがすっぱりと言い放った。
「何迷ってるのよ、もう一つは恋愛運しかないでしょう? 次のお相手を占ってもらいましょうよ」
「次……次かぁ。私に次があるのかしら……。うん、じゃあお願いします……」
「イッヒッヒ、金運と健康運、それに恋愛運ね。よろしい」
タタククは笑い、テーブルの石を指さした。
「まずは金運から占おうかね。この石たちの中で、ピンときた石を二つお選び」
「ピンときた石……?」
テーブルの上にゴロゴロと置かれた石に目を向ける。黒、赤、緑、黄色……ゴツゴツしたものやツルツルしたもの。色も形も様々な石が転がっている。
全部の石に目を向けた後、なんとなくこれにしようかな、くらいの軽い気持ちで二つの石を選んだ。こんな曖昧な感覚で選んでいいのだろうか。
老婆は二つの石を両手で持ち、またガツンと勢いよくぶつけ合った。
立ち上った煙の跡をじっと見つめて、占いの結果を語りだす。
「ふむ、精霊はこう言っている。これから金絡みで振り回される、と。降りかかる金難に気をつけよ」
「えっ!? 金難ですか!?」
思わずギョッとしてしまった。別に占いを妄信しているわけではないが、そういうことを言われると、つい前のめりになってしまう。
「ど、どうすればいいんですか!?」
「今まで通り、ひたむきにコツコツ働くのがよろしい。金に困ってもギャンブルはいかんよ。あんたのようなお星様には向いてない。仕事で金を得るのが吉さね」
「はぁ、そうですか……」
心の中でグッと決意を固める。コツコツ働き、コツコツと貯金を頑張ろう、と。
タタククはテーブルに石を戻して、また問いかける。
「次は健康運だね。石をお選び」
「はい……じゃあ、これとこれで」
二つの石を指さすと、タタククは占いを始めた。ガツンと石の音が鳴り、ボッと光の煙があがる。
「精霊はこう言っている。近く、怪我を負うことになる、と」
「ひえっ、怪我!?」
金難の次は怪我ときた。我ながら運勢が悪すぎる。
タタククは精霊らしきものと交信しながら、ふむふむ、と頷く。
「欲を捨てれば避けられなくもないが……まぁ難しいだろうね」
「あの、怪我の程度は、どういう……酷いのでしょうか?」
「ふむ、まぁまぁそれなりの怪我、と精霊は言っている」
「精霊さん、適当言ってません……?」
ついじとりとした目を向けてしまったが、タタククは何も気にせずニヤリと笑った。
「さぁ、最後は恋愛運だね。石をお選び」
「はい……」
もうここまできたらやけくそである。一番綺麗で高そうだなと思った、ツルツルで透明な青い石と、ピカピカの真っ白な石を適当に選んでやった。
ガツンと石が打ち鳴らされ、再び光の煙があがる。
エーナと二人で前のめりになりつつ、タタククの顔を覗き込む。タタククは占いの結果を語りだした。
「精霊はこう言っている。恋を楽しめ、と」
「それは……私にも、楽しめる次の恋があるということでしょうか?」
「イッヒッヒ、お星様の次の恋は、大きくて深~い穴ぼこだよ」
「え、それはどういう……」
「気が付いた時にはもう穴ぼこの深くへ、すっかり落ちている。そういう恋をするから、覚悟しておくことだね」
「こ、怖い……」
思わず頭を抱えてしまった。
地に開いた大きな穴に落下するイメージが頭をよぎる。もはや恋ではなくて、地獄に落ちるイメージだ。
同じ想像をしたのか、エーナも顔をひくつかせながらタタククに問いかけた。
「えっと、でも、お相手が良い人なら、深い恋に落ちるのも素敵なんじゃない? お相手はどういう人なんですか?」
「お相手のお星様は――ふむふむ。真っ黒な汚れに染まりながら、一心不乱に杖を振り回す男、と、精霊は言っている」
「うわ、なんかまずそうな人だ……」
エーナも頭を抱えてしまった。
アルメとエーナは二人で身を寄せ、恐ろしい占い結果に震えた。
「杖を振り回す男ってことは、もしかして私のお相手、ご年配の方って可能性も……」
「真っ黒な汚れっていうのは何かしら……ドブとか……?」
「ドブの中で狂ったように杖を振り回す老人……。どうしよう……どうしたら回避できるのかしら……」
どうやら占いによると、次の相手はとんでもない人物らしい。まさか浮気男のフリオ以上に難のある相手が出てくるとは思わなかった。
渋い顔で身をすくめる二人をよそに、タタククは笑顔で占いを締めた。
「さて、これで三つの占いはおしまいだ。最後に全体の運を見てやろう。石を一つだけお選び」
「ええと……はい」
言われるがまま、最後の占いに使うらしい石を一つ選んだ。最後の石は自分の髪色と同じ、黒い石にした。
「さぁ、石に両手を乗せて――……」
タタククに導かれるまま、黒い石に両手を乗せる。自分の手の上に、彼女も両手を乗せた。手の甲にほどこされた青インクの文様が、薄闇の中にぼんやりと浮かび上がって見える。
タタククはまっすぐに目を見て、しわがれ声で結果を語った。
「精霊はこう言っている。お星様には素敵な人生が待っている、と。勇気をもって、どんどん前に踏み出していきなさい。大切な人たちへの愛を忘れずに。人へ贈った愛は、必ず返ってくるから」
最後の結果を語り終えると、タタククは胸に手を当てて挨拶をした。
「さて、これで占いは仕舞いだ。また迷ったらおいでなさい。お星様たちよ」
「はい、ありがとうございました……」
「ええと……また来ますね」
アルメとエーナも別れの挨拶を返し、複雑な表情のまま占い屋のテントを後にした。
店を出たところで、エーナにポンと肩を叩かれた。
「あの……なんかごめんね……所詮占いだから、気にしないでいいよ」
「うん……。あ、でも、全体運は良いみたいだから、そこは信じようと思うわ。他の結果は……まぁ、一応気を付けておこうと思う」
占いとは、良い部分だけ信じていればいいのだ。――と、いうことにしておく。
金運も健康運も恋愛運も気になることばかりだったけれど、気にしすぎていたら気を病みそうなので……。




