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173 女神の祝祭日と怪談

 春の四季祭りの初日にして、一年の始まりの祝い日――そしてアルメの誕生日でもある、光の女神の祝祭日を迎えた。


 空からはキラキラとした金色の光――女神の加護がとめどなく降り注ぎ、どこもかしこも、地平の果てまでもが美しい光で彩られている。


 天から舞い落ちてくる光は花びらのようだ。アルメの前世の春に見られた、桜吹雪にも似た景色が広がっている。


 街中には人があふれ、ヒラヒラチラチラと落ちてくる光を楽しみながら、皆思い思いに新年を祝っている様子。


 窓を開け放って観賞したり、外で食事をしたり、公園で路上演奏に合わせてダンスをしたり――。

 その様はまさに、前世の風物詩『お花見』なるイベントを彷彿とさせる。


 ――と、人々の気持ちを大いに盛り上げている、この加護の光だけれど。直接の恩恵を受けるのは精霊たちだ。


 精霊はこの加護の光から生まれてくる。いわば彼らの魂の元とも言えるものなのだ。


 世の中のすべてのモノは、皆、光の女神の加護を受けている。動植物も、人も、妖精も精霊も。その身に光の魂を宿しているそう。

 唯一の例外は魔物のみ。魔物だけは光の加護を――魂を持たない存在だ。


 アルメだってもちろん、キラキラと輝く魂を持っている。――はずである。


 一般人が見て確認できるようなモノではないけれど、見る人が見れば、一人一人にしっかりと輝きが確認できるのだとか。


 そんな、魂を見ることができるという特別な人間が、聖女である。


 今まさに、ルオーリオの街はその聖女の一人――ミシェリア・ルーク・グラベルートを迎えている最中だ。本日、年始の吉日と合わせて、王都から新しい守護聖女が光来したのだった。



 アルメはアルバイト先の中央神殿上階のラウンジから、街の大通りを見下ろしていた。


 メルシャの軽食屋のゴミ捨て仕事のついでに、ちょっとだけ寄り道をして上階にお邪魔をしている。


 用のない場所をうろつくのはアレなので、ちょい見をする程度だけれど。遠目に祝賀パレードを見物しているのだった。


 中央大通りには黒い礼服に身を包んだ軍人たちがビシリと列をなしている。沿道には見物客があふれていて、ものすごい賑わいだ。


 軍人たちに守られるようにして、数台の屋根のない馬車がゆっくりと進んでいく。その中の一台、ひと際煌びやかな馬車に乗っている人こそが聖女であろう。


 銀色の髪を結い上げて、白いドレスをまとっている。しっかりと前を向き、背筋を伸ばして座っていた。


 十五歳のうら若き乙女だそうだが……遠目に見てもどこか神々しさを感じる姿だ。舞う光の中で、悠然と馬車に揺られている。


 彼女を取り巻く景色は、神話の中のワンシーンのように厳かでいて美しい。


(……つぶつぶ(あられ)アイス、お気に召していただけるか不安になってきたわ)


 風変わりな面白さを狙ったアイスだったが……大丈夫だろうか。聖女の姿を確認して、今更ながら心配になってきてしまった。


 そんなハラハラ感を抱きつつ、馬車へと目を凝らす。


 聖女の隣には少年が座っている。同じように煌びやかな格好をした彼は、婚約関係にある王子だそう。ずいぶんと小さいその姿は、十歳くらいに見える。


 アルメは両手を組んで、遠くの馬車へと祈りを捧げておいた。


(ルオーリオを、どうかよろしくお願いいたします。……あと、霰アイスもお楽しみいただけますように……!)


 最後にもう一度パレード全体に目を向けて、ラウンジを後にした。階段を下りてメルシャの軽食屋へと戻る。


 ちなみにファルクはパレードには加わっていない。上位神官たちは城で聖女を迎えるそうなので、今日は神殿内でも顔を合わせることはない。


 ……と、わかってはいるのだけれど、なんとなくパレードの中に白い姿を探してしまったことは内緒だ。



 上階から戻ってきたアルメに、メルシャは弾んだ声をかけてきた。


「どうだった? 聖女様のお姿は見えたかい?」

「はい、ばっちり! とっても凛々しいお姿で、思わず拝んでしまいました」

「ははっ、あたしも店の中から拝んでおこうかねぇ」


 二人であれこれお喋りをしつつ、アルメは荷物をまとめて帰り支度をする。食材届けと細々とした手伝いを終えたので、この後はアイス屋に戻って仕事をする予定だ。


「それじゃあメルシャさん、私はそろそろ行きますね。本年もよろしくお願いします」

「こちらこそよろしくね。――あぁ、そうだ! 忘れるところだったわ。お誕生日プレゼントをあげるから、ちょっとおいで」

「!」


 側に寄ると、メルシャはアルメの首にネックレスをかけてきた。長い革紐に丸いガラスビーズを数個通した、手作りのアクセサリーだ。


「はい、魔除けのビーズネックレス」


 アルメの胸元でガラスビーズがキラリと光った。ビーズの中には気泡が閉じ込められていて、光を反射してキラキラしている。


「ありがとうございます! とても綺麗! 魔除けの効果があるんですか?」

「ふふっ、今時の若者は知らないのねぇ。ビーズの輝きを女神様のご加護の光に見立てた魔除けよ。まぁ、何の魔法効果もない物だけど」


 説明をしながら、彼女は懐かしむように目を細めた。


「でも、昔は祝祭日にはみ~んな身に着けてたのよ。ネックレスの他にも、耳飾りとか髪飾りとか、鞄にもつけたりして。もう、当時は何でもありだったわ。ちょっとしたブームだったからね」

「魔除けに流行が? ――あ、そういえば、『昔ガラスビーズのブレスレットが人気だった』って知り合いのお爺さんから聞いたことがあります」


 前にアイス屋の食器類を注文するためにガラス工房を訪ねた時に、チラッとそういう話を聞いたことがある。


「最近は白鷹様のブレスレットで再ブームが来ていますけど、当時も誰か有名なお方が身に着けていたとか?」

「いいや、火付け役は有名人なんかじゃなくってね……」


 アルメはのん気なことを口にしてしまったが……メルシャは大袈裟に真面目な顔を作って、何やら怪談を話すような口ぶりで言う。


「ず~っと昔の話だけど、祝祭日にとんでもない事件があったのさ。その事件の後、みんなが魔除けを求めてねぇ」

「えっ……もしかして怖い話ですか……?」


 つられてアルメも神妙な顔になる。

 どうやらメルシャはこの手の話が好きらしい……声音を変えて、やたらと雰囲気を作りながら語り始めた。


「もう五十年は前の話。祝祭日の光のご加護に浮かれた子供が、ルオーリオ城門通りの高~い街路樹のてっぺんに登ってしまってねぇ。夢中になって光に手を伸ばすうちに、枝を折って落っこちてしまったんだよ」

「わ……痛ましい……」

「その子は大怪我をしたんだけれど……幸い目の前がお城だったから、お城の偉い神官様を頼ろうってんで、気を利かせた衛兵がその子を抱えて走ったそうで――」

「た、助かったんですか……?」

「それがなんと、お城の扉をくぐった瞬間に――……その子が、人間じゃなくなっちゃったのよ!」

「……と、いうと……!?」


 アルメは恐々と言葉を返す。メルシャはアルメの様子に興が乗ってきたのか、得意げに怪談のオチを披露した。


「その子はね、全身真っ黒の魔物になってしまったの! お城には強力な結界が張られているんですって。それで化けの皮が剥がれたってわけよ」

「……ええと……作り話、ですよね? 街にも結界が張られていますし、魔物がその辺で浮かれているなんてことは、さすがに……。もしかして当時も結界が弱まってしまった時期があったんですか?」


 ルオーリオの街ではついこの前、結界が弱まって魔霧が発生するという事件が起きたばかりだ。昔同じことが起きていたとしても不思議ではない。


 そう思ったのだが、彼女は首を振った。アルメの反応を楽しむように話を続ける。


「いいや、結界はしっかりしていたみたい」

「それじゃあ、やっぱり作り話としか……」

「ふっふっふ。それがね、その魔物はなんと、人の血肉を被って結界を騙していたんだよ!」

「血肉!? こ、怖っ……!」


 そんな恐ろしい着ぐるみがあってたまるものか……。前世で見たホラー映画のような光景を想像をして、身をすくめてしまった。


「まぁ、血肉を被るっていうとちょっと違うかもしれないけれど。確か、女の人のお腹に魔霧が宿ってしまったとかでね。お腹の中で育って、血肉をもらって人と同じように産まれてきた魔物は、ちょっとした結界なんかは騙してしまうのだとか」

「そんなことあるんですか……!?」

「当時もみんなビックリしたものよ~。――と言っても、報道雑誌にそう書かれてたってだけで、実際に見たわけじゃないのだけれど。でも誌面に大きく載っていたものだから、もう大変な騒動よ。魔物がのん気に街の中で暮らしていたのか!? って大騒ぎだったわ」


 世間にはゴシップ誌など、あることないこと書き散らしているような雑誌もあるが……街の報道雑誌の情報となると、ある程度は裏が取れている事件のようにも思える。


(重大な虚偽報道は厳しく罰せられる、って聞いたことがあるし……着ぐるみ魔物事件、作り話じゃないのかも)


 昔、この街でそんなことがあったなんて知らなかった。五十年も前の話となると、風化していても仕方がないのかもしれないが。


「でも、学院ではそんな歴史習わなかったような……」

「若い子にこの話をするとみんなポカンとするのよねぇ。公には教えないようになってるのかしらね。なんせ当時は事件の後、みんな他人に対して疑心暗鬼になったりして、街の空気が危なっかしくなっていたから」

「魔物が人に化けていたとなれば、そうなりますよねぇ……」

「まぁ、雑誌が面白おかしく焚きつけた部分もあるんでしょうけれど」


 アルメの前世には『村人に紛れた化け狼を探すテーブルゲーム』なんてものがあったけれど。現実に街中でそういうことが起きてしまったら、治安が酷いことになりそうだ。


 メルシャの語った出来事は、何か公的な力によって風化を早められた事件だったのかもしれない。


 もしくは、やはり雑誌の虚偽報道で、検閲によって削除されて鎮火したという可能性もある。



 メルシャは怪談口調を変えて、明るい声音で話を締めた。


「そういうわけで、当時は魔除けグッズが飛ぶように売れたのよ。早くに目を付けた商人が『光のご加護ビーズ』なんて銘打ってガラスアクセサリーを売って、一財産築いたとか」

「商魂たくましい……」

 

 アルメはガクリと身を傾けた。商売をする者として、世相をうかがってチャンスを得る機転は、ちょっと見習いたくはあるけれど。


 ともあれ、そういう話を聞くと、もらったビーズネックレスが頼もしく思えてきた。魔除けと商売運の上昇の、二つの意味で。


「光のご加護ビーズ、なんだか商売運も上がりそうですね。当時の商人にあやかれそう。今日一日しっかり身に着けておきます」

「ふふっ、是非そうしてちょうだい」


 怪談話に区切りがついて、二人は明るい笑顔を交わす。首にかけてもらったガラスビーズがカシャンと軽快な音を立てた。


「おっと、長話をしてしまってごめんなさいね。それじゃあ改めて、今年もよろしく。アルメちゃんに素敵なご加護がありますよう」

「メルシャさんにも、とびきりのご加護がありますように」


 改めて挨拶を交わして、アルメは中央神殿の旧玄関を出た。




 降り注ぐ加護の光を受けながら、通りを歩いていく。


 遊んでいる子供たちの真似をして、金色の花びらのような光を手のひらの中に捕まえてみた。


(今年のご加護もとても綺麗ね。毎年のイベントだけど、どれだけ見ていても飽きないわ。光に浮かれてしまった魔物の気持ちも、わからないでもないかも)


 さすがにそのへんの木に登ったりはしないけれど。でも、ちょっと弾んだ足取りにはなってしまう。


 通りは人であふれていて、街中大盛り上がりだ。きっとアイス屋の売上も跳ね上がるに違いない。


(――さぁ、今年もアイス屋さん、頑張っていきましょう!)


 先ほど聞いた魔除けグッズ売りの商人ではないけれど、自分もまた一年、たくましく店を切り盛りしていこう。


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