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172 年末のアイス屋にて、新年への思い

 つぶつぶ霰アイスが選ばれたことを表通り店の面々とリトに報告して、改めて、祝宴本番での協力もお願いをしておいた。


 そうしてひとしきり盛り上がった後、アルメは路地奥店へと戻ってきた。


 二階の自宅へと上がって、選定の通知書を金庫へとしまっておく。一息ついて店へと下りようとした時に、ちょうどリナリスが部屋から出てきた。

 

 彼女の姿を見てアルメは目をパチクリさせた。出掛けるみたいだが……そのへんを歩くにしては、大きな鞄を抱えていたので。


 アルメが問いかけるより先に、リナリスが声をかけてきた。


「お姉ちゃん、私、今日から年明け二日頃まで地下街の宿にお泊りしてきますね」

「えぇ、自由にしてもらって構わないけれど……このタイミングでわざわざ地下に? 祝祭日は空が綺麗なのに」


 二日後には新しい一年の始まりの日――女神の祝祭日を迎える。


 この日は天から女神の光の加護が降り注ぐのだ。キラキラと輝く光が舞って、とても綺麗な景色が広がる。


 世の中の人々は光を大いに楽しみ、お祝いをして過ごすのだけれど……わざわざ地下で過ごすなんて、もったいない気がするが。


 思わずキョトンとしてしまったアルメに、リナリスは困ったような笑みを向けた。


「綺麗な空はとても好きだし、楽しみたいのはやまやまですが……育てのおじいちゃんおばあちゃんとの約束事があるので、守らないといけなくて」

「約束?」

「はい。私、女神様の光のご加護が体に合わないようでして……。酔っぱらったみたいになっちゃうので、『祝祭日には光の届かないところにいなさい!』って、言われてまして」

「あぁ、そうだったのね」


 祝祭日に天から降り注ぐ光の加護は、人によっては気分が高揚したり、多幸感に呆けてしまったり――という状態に陥ることも、ごく稀にあるそうで。


 どうやらリナリスはそういう体質らしい。とはいえ、地下に籠らなければならないほどとは……そこまで過敏な人がいるというのは、初めて知った。苦労が多そうだ。


 リナリスは身支度を整えながら話を続ける。


「ご加護の光にものすごく浮かれてしまって、うっかり怪我をしてしまうことが多かったんです。光を掴もうとして屋根に登って、身を乗り出して落っこちてしまったり」

「それは……危ないわね。籠っていたほうがいいかも」


 そこまでハイになるのか、と神妙な顔をしてしまった。小さい子ははしゃいで走りまわったりするけれど……。


 支度を終えたリナリスと共にアルメも自宅を出る。一階へと下りて、そのまま彼女を見送った。


「それじゃあ、行ってきます」

「えぇ、浮かれて怪我をしないように……」


 リナリスは珍しくウダウダせずに、そそくさと歩いていった。『光を見ないこと』という約束とやらは、相当厳しく言い渡されているものらしい。従順だ。


 背中を見送って、アルメはつい独り言をこぼしてしまった。


「……そのまま自分の家を見つけて、独り立ちをしてくれてもいいのだけれど。ちょうど新年を迎えることだし」


 鞄を抱えている姿を見た時、ちょっとだけ期待してしまった。もしかして、ようやく新生活のあてができたのか、と。……肩透かしをくらったが。


(なんだか、未だによく読めない子だわ)


 この前喧嘩のような口争いをして、大泣きをして人を睨みつけてきたというのに。もう何事もなかったかのようにケロッとしているようにも見える。


 心の動きがよくわからない……が、まぁ、世の中には色々な人がいるから、そういう掴めない人もいるのだろう。


 初めて会った時から、この妙な空気感のズレに違和感があったけれど。もはや流せるようになってきた。


 変に考え込むのはやめにして、アルメは気持ちを切り替えて店のカウンターへと戻っていった。


 店番をしてくれていたジェイラが声をかけてきた。


「おかえり~。表通り店の連中、どうだった? 驚いてた?」

「ふふっ、そりゃあもう!」

「落ち着いたら打ち上げしようぜ! アイスの城進出のお祝いと、祝宴お疲れ様会ってことで」

「いいですね、是非是非」

「あとアルメちゃんの誕生日パーティーも一緒に。明後日なんでしょ? 先に言っとくわ、おめでと~!」

「お祝いいただき、ありがとうございます」


 女神の祝祭日はアルメの誕生日でもある。ジェイラは今日シフトに入ったら次は年明け後の出勤となるので、年内に顔を合わせるのは最後だ。


 お祝いの言葉に続けて、ジェイラは別の話題を寄越した。


「つーか、何? 居候妹ちゃん、ついに家出ることになったの? デカい鞄持ってたけど」

「いや、一時的な外泊だそうです。祝祭日のご加護の光が体質に合わないとかで。地下に籠るとか」

「な~んだ、まだ居候続行か。男連れ込めないじゃんね~。あ、でも誕生日前後は、アルメちゃん、家で一人で過ごせるってわけか。祝い日にはばっちりだな!」


 グッと親指を上げて言ってのけたジェイラに、アルメはむせてしまった。


「なっ、別に連れ込みませんよ……!」

「え~、せっかくの誕生日なのにー」

「だって、お忙しい人ですし……当日は会うことも叶いませんし」

「そっか~そりゃ残念。って、アルメちゃん、誰の話してんの~? 連れ込めそうな男、誰誰~?」

「うぐっ……」


 墓穴を掘った。勝手に誰かの姿を思い浮かべて言葉を返してしまった。ジェイラはニヤニヤと悪戯な笑みを浮かべている。


 うっかり思い浮かべてしまったその人――ファルクは、祝祭日の聖女の光来に伴う式典への出席で、終日忙しいのだとか。


 きっと会うことは叶わないので、新年の挨拶を交わすのも後日になるだろう。


(……でも、一応誕生日だし……。また、サプライズです! とか言って、式典終わりにちょろっと会いに来てくれるなんてことも……。……――って、私、何を期待しているのだか! やめましょう! やめやめ!)


 乙女思考をさっさと散らして、アルメは表情を整えた。が、ジェイラは見透かしたように、コソリと小声をかけてきた。


「とっておきの夜のデートスポット、教えてやろっか?」

「…………どこでしょう? 別に全然、予定はありませんけれど」


 全然まったく、断じて、デートの期待なんかはしていないけれど。一応、聞いておく。

 ジェイラはニヤリと笑いながら教えてくれた。


「祝祭日の夜デートっつったら、まず『空の祈り場』って決まってる」

「空の祈り場、ですか?」


 空の祈り場とは、天の国へと昇った人たちへ祈りを捧げる場所である。――という名目で建てられている高い塔だが、平たく言うと展望台だ。


 昼夜問わず万人に開放されている建物なので、観光客も皆、立ち寄るスポットである。街が一望できて素晴らしい眺めなので。


「お昼の祈り場には行ったことがありますが、夜はないかも」

「夜景と星空が綺麗だからおすすめだよ。あと、暗くて雰囲気がいい」

「ええと、でも、お祭りの日の祈り場は、夜は危ないって聞いたことがあるのですが……治安的なアレが。大丈夫なのでしょうか?」


 あまり夜に出歩くことがないので、詳しいことは知らないけれど。昔、祖母からそんな話をチラッと聞いたことがある。


「夜はカップルのたまり場になるから、雰囲気が色っぽくなるだけだよ。イベント事の日は特に。でも建物の中に警吏の屯所も入ってるし、滅多なことは起きないから平気」

「あぁ、なるほど。子供避けの話でしたか」


 夜に治安が悪くなる、というのは、色っぽい場所に子供を寄せないための話だったみたいだ。


 アルメはもう子供ではないので、思い切ってそういう大人な雰囲気の場所を訪ねてみるというのもあり、なのかもしれない。


(……いや、そもそもデートの予定なんてないのだけれど)


 また浮かんできてしまった想いをさっさと掃っておく。




 そうしてお喋りをしているうちに、ジェイラの退勤時間がきた。

 二人で笑顔を見合わせて、この世界での年末の挨拶を交わす。


「今日もお疲れ様でした。来年もジェイラさんに光のご加護がありますように!」

「アルメちゃんも、ご加護増し増しで~!」


 玄関先で手を振ってジェイラを見送り、アルメは、ふぅ、と息をついた。年末の挨拶を交わしたことで、なんだかしみじみとしてしまった。


 今年は色々なことがあった、濃すぎる一年だった。


 道を違えた人もいるけれど、新たに出会って深く関わる間柄になった人たちも多くいる。


 ――そんな一年が終わって、そしてまた、新しい年が始まる。


 きっとまた色々なことが起こって、なんやかんやとぶち当たったりして。自分は立ち止まったり乗り越えたり、あれこれ試行錯誤をしていくのだろう。


 そうしてその中で、あらゆる感情を目一杯に動かしていくことになるのだと思う。


(新しく迎える年も、豊かで素敵なものになりますように)


 アルメは年末の空へと祈りを捧げる。青く透き通った天空の果てで、光の女神の加護がチラホラと舞い始めた。


 年明けまではあと少し。年末の数日間を、アルメはそれなりに爽やかな気持ちで過ごしていたのだけれど……。 


 新年を迎えて初っ端から、とんでもなくままならない感情――『恋心』にぶち当たって、ヒィヒィ言うはめになるなんて。

 この時のアルメはまだ、考えてもいないのだった。


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