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171 結果とウロウロチャリコット

 選定会から五日ほどが経ち、営業中の路地奥店に城の使いが来た。

 店先で渡されたのは一通の手紙。恐らく選定の結果だろう。


 ちょうどシフトに入っていたジェイラと一緒に、ドキドキハラハラしながら封を切った。


「……うぅ……ジェイラさん、ちょっと、私の先に確認してもらえませんか……そしてそれとなく結果だけ教えてください……」

「今更ビビるなって! もう一気にバーンと中身出しちゃおうぜ! ほらいくよ! せーのっ!」

「ひぃっ……」


 焦れたジェイラが封筒をガバっと開き、中の紙を豪快に広げた。

 

 手紙には流れるような飾り字で、こういうようなことが書かれていた。


『厳正なる審査のもと、アルメ・ティティー様の「つぶつぶ霰アイス」が評価され、聖女 ミシェリア・ルーク・グラベルート様のお召し上がりの品として選定されましたので、ご通知申し上げます』


 目を見開いて固まったまま、三度ほど読み返した。


 そうしてしばしの間をおいてから、アルメは隣のジェイラへと飛びついた。


「……――うわっ、うわわわっ! やった!? やりました!? うわーっ!!」

「あっはっは! おめでとーっ!!」

 

 ジェイラはヒューヒューと口笛を鳴らした。カウンターで大騒ぎを始めた店員二人を見て、店内の客たちまでざわめき、何やら祝い事らしいと拍手をしてくれた。


 盛り上がる中、アルメは喜びにアワアワとしながら、通知の手紙を丁重に畳んだ。鞄にしまい込んで、裏返った声でジェイラに言う。


「あのっ、コーデルさんたちにも伝えてきていいですか? すぐに戻りますので!」

「すぐと言わずに、ガッツリお祝いしてきな! 店はまわしとくから! 行ってらっしゃ~い!」

「ありがとうございます! 行ってきます!」


 アルメははやる気持ちのまま、早足で店を出た。


 こんなに光栄なことがあるだろうか。この数日間、『あわよくば……』なんて控えめな態度で過ごしてきたけれど、本音の本音を言うと、『どうかお願いします~!』と祈る気持ちでいたのだ。


 まさか本当に選定されるとは思わなかった。


(ふっふっふ! わーい! やったー!! おばあちゃん、アイスが選ばれたわ! 聖女様に召し上がっていただけるみたい!)


 街の上に広がる青空を仰いで、天の国にいる祖母にも報告をしておいた。


 胸の内で子供のようにはしゃいでしまったけれど、きっと祖母も同じように喜んでくれるに違いない。


 ウキウキとした足取りで、アルメは表通り店へと歩いていった。





 アルメが大いにはしゃいでいる頃。ルオーリオ軍の宿舎では、玄関ロビーに軍人数人が集まって、雑多な会話を交わしていた。今日これから休みに入る面々だ。


 適当にまとめてある荷物の中から、チャリコットはしわくちゃの礼服を引っ張り出した。


「あ~あ、祝祭日の前に洗いの店に出そうと思ってたのに、すっかり忘れてたわー。これ、このまま着れるかな?」


 この黒い礼服は軍人たちの一張羅だ。一年の始まりの特別な日――女神の祝祭日にはこの礼服を着込んで、軍の式典に臨むのが恒例の行事である。


 ほとんど着る機会のない服なので、適当な管理をして、必要な時にだけ適当に着る、という扱いなのだけれど……今回ばかりは、適当が許されないそうで。


 今度の祝祭日には、王都から新しい守護聖女が来るのだ。ルオーリオ軍はその聖女を迎えて、祝賀パレードを行う。


 いつもは少々適当な格好をしていても、多少は目をつぶってもらえるのだけれど。今回は服装のチェックが厳しくなるとか。


 しわくちゃの礼服を広げて見せたら、同僚たちに大笑いされた。もちろん、親友のアイデンにも。


「普段着よりしわくちゃじゃねぇか! 隊長に尻を叩かれるぞ」

「だよなぁ~。しゃあねぇから、家でアイロンくらいかけてこよっかな。……あ、ボタン取れそう」


 礼服の胸元に並ぶ飾りボタンは、いくつかグラグラとしている。袖のボタンもちょっと引っ張っただけで取れてしまった。


 ゲラゲラと笑われながら、アイデンに頼んでみる。


「ねぇ、お前今から家帰るっしょ? エーナちゃんに俺の礼服のボタン付け頼んでくれない?」

「断る! 他の男の服なんてエーナには触らせねぇ!」


 笑顔を真顔に変えて、アイデンは言い放った。周囲の他の同僚たちから『人妻に頼るなよ』なんて笑い声のツッコミが飛んできた。


「なんだよ減るもんじゃねぇのに~。じゃあ女友達でも頼るかなぁ。そんじゃ俺行くわ~」


 いつもの間延びした声で同僚たちへと別れの挨拶をして、チャリコットはのんびりと歩き出した。


 宿舎を後にして、駐屯地の門を出る。街の大通りを歩いて向かう先は、真面目な女友達アルメの元だ。


(アルメちゃんならばっちり仕上げてくれそうだし~)


 ちゃんと仕上げてくれそうな人、と考えた時に最初に思い浮かんだのが彼女だったので、頼ってみることにした。


 他にも手仕事の得意そうな女友達たちはいるけれど……人選を間違えると大変なことになるのだ。


 前に、自身のファンだという女子に、軽い気持ちでボタン付けをお願いしたことがあった。そうしたら、なんとボタンを付けるどころか盗られてしまったのだった。袖元のボタンが一つなくなっていた。


 そういうわけで改めて、別の女子に頼むことにしたのだけれど……次に頼んだ相手には、『何で最初に私に声をかけてくれなかったの!』と怒られてしまった。

 自分に気があったようで、何やら嫉妬をしたようだ。


 そうして預けていた礼服は、あろうことか、そのまま返ってくることがなかった。腹いせに売り払われてしまったらしい……。

 その後、隊長にこれでもかというほどに怒られたことは、未だに根に持っている。


 通りをずっと歩いていき、東地区に入った。さらに歩いて路地奥へと進んでいく。


 アイス屋にヒョイと顔を出すと、アルメではなく姉のジェイラが出迎えてくれた。


「よーっす。姉ちゃんシフト入ってたんだ」

「おうよ。どうしたん? また短剣ソフトクリーム食べてく?」

「いや、礼服のボタン付けを頼みに来たんだけどさ~、アルメちゃんに」

「そんくらい自分でやれよ。残念ながら、アルメちゃんは今表通り店だよ」


 ジェイラにツッコミをくらったけれど、気にしない。


「俺不器用なんだもん。じゃあ姉ちゃんに頼も~っと。ボタン付けてくれない?」

「一個につき十万Gもらうよ。先払いで寄越しな」

「ぼったくりじゃねぇか!」


 くそっ、やってらんねぇ~、とぼやきながら、店を後にした。


 また通りを歩いて、そのまま南地区を目指す。向かう先はアイス屋表通り店だ。アルメなら、姉のようにがめついぼったくりなどしないはず。――と、思ったのだけれど。


 歩いているうちに、ふと思い至った。


(――あ。アルメちゃんに頼んだらやべぇかな。白鷹野郎にバレたらキレられそう。腹いせに、戦の手当てで人体魔改造とかされるかも~……。あいつ結構嫉妬深い感じするし……)


 自衛のためにも、従軍神官を敵にまわすのはやめておきたい。


(と、なると、他に頼れる人は~)


 う~ん、と考え込みながら歩いているうちに、表通り店へとたどり着いてしまった。ヒョイと顔を出してみる。


 カウンター周りに店員たちが集まっていた。その中心にアルメがいる。彼女はこちらに気が付いて、明るい声をかけてきた。


「あら、チャリコットさん! こんにちは」

「やっほー。ねぇねぇ、誰か針仕事得意な人いない? 礼服のボタン付けてもらいたくってー。って、あ! タニアちゃんいるじゃん! タニアちゃんに頼も~っと」


 アイス屋のメンバーの中には、絵師のタニアも混ざっていた。

 彼女はアイス屋の看板やらメニュー表やらのデザインの仕事を受け持っているのだとか。きっと打ち合わせか何かで来ていたのだろう。


 絵を描く人はきっと器用に違いない。ということで彼女に礼服を頼んだ。


「タニアちゃん、ボタン付けしてくれない? お願い!」

「えっと、は、はい……? いや、でも、道具がありませんけれど……」

「ちょっとした裁縫道具でしたら、私、鞄に入ってますよ」


 オロオロとするタニアに、アルメが声をかけていた。


「それじゃ、よろしく~」

「えっ、ちょっと……! えぇ……」


 断られる前にさっと手渡して、店を離れた。こういうチャラっとした態度で人に物を頼むから、ボタンを盗られてしまったりするのだろうけれど。まぁ、気にしない。


 

 そうしてしばらく時間を潰して。フラッと帰ってきた時には、もう礼服はばっちり仕上げられていた。


 受け取った礼服を確認して、おぉ、と感動の声をこぼしてしまった。


「ばっちりじゃん! ボタンだけじゃなくて、脇のほつれてたとこも直ってる!」


 礼服のぐらついていたボタンはすべてきっちりと留め直されて、縫い目のほころびも直されていた。ついでにシワまで、わずかだけれど伸ばされている。


 仕上がりを見て、しみじみとした声をこぼしてしまった。


「う~ん、愛を感じるわ~! タニアちゃんの愛、しかと受け取ったぜ!」


 耳のピアスをチャラッと揺らしてウインクを飛ばしておく。――が、ウインクは、あろうことかタニアではなく、後ろにいた男へと届いてしまったのだった。


 表通り店の店長コーデルが、あきれたような真顔で低い声を寄越した。


「あたしよ」

「は?」

「礼服まるっと直してやったの、あたし」


 タニアが申し訳なさそうな顔で説明を添えてくれた。


「あの……すみません。私、お裁縫が苦手で……」

「そっか~。俺、店長の愛、受け取っちゃったか~……」


 チャリコットは遠い目をして、礼服をさっさと畳んだ。


「直してやったんだから、お礼くらい言いなさいよ」

「まぁそうね。ありがと~。って、あれ? このボタンだけゆるくない? 取れちゃいそー」


 袖元の一つだけ、ちょっと不安定な付き方をしているボタンがあった。

 タニアが背を丸めて、小声で謝ってきた。


「ご、ごめんなさい……一つ試しにと、私が……。ええと、やっぱり店長さんに付け直してもらって――」

「いや、このままでいいよ。取れちゃったらまたタニアちゃんに頼みにくるわ~。それもまた取れちゃったりしたら、また頼みにくるから。よろしく~」


 今度こそタニアへとウインクを寄越して、チャリコットは機嫌良さそうに歩いていった。


 飄々とした軍人男を見送って、タニアは渋い顔をした。


「ど、どうしよう……ボタン付けの腕を上げないと、あの人無限に来ちゃう……」


 そんなぼやきをこぼしながらも、タニアの目はチャリコットの逞しい背筋へと向いていた。彼女は殿方の筋肉に対して、何やら熱い気持ちを持っているようで――。


 そんな筋肉フェチ――いや、ちょっと変わった趣味を持つ絵描きを横目に見つつ、アルメは苦笑をこぼした。


(あの礼服、きっと祝祭日に着るものよね。もう明後日なのに……)


 チャリコットは恐らく、夏休みの宿題を最終日に片付けるタイプの人間だ。人の答えを写しつつ。

 ――つい前世の性格傾向の分類にあてはめて、そんなことを思ってしまった。


 ついでに例えると、ファルクはきっと初週に終わらせるタイプだろう。そこまで考えて、頬を緩めてしまった。


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