168 サロンでのお披露目
ブライアナはすぐにサロンの準備を整えてくれた。
そうしてつぶつぶ霰アイスを作り出した二日後には、アルメはお茶会の場に立っているのだった。
会場はオードル家の庭先。客間と連なっているテラスでの、ちょっとしたガーデンパーティーのような会だ。
集まっているのは富裕層の令嬢たち。皆華やかなドレスに身を包んで、お菓子とお茶とお喋りを楽しんでいる。
計十人ほどのお茶会で、いくつか並べられている丸テーブルに数人ずつ座っている。
もちろんアルメもドレスを着込んで、ブライアナの友人として出席している。
(このドレス、なんだかんだ着る機会が多いわね。買っておいてよかった)
前にキャンベリナのアイス屋へと潜入した時に買った、貴族令嬢コスプレ用のドレスだったが。その後もばっちり役に立っている。元が取れて嬉しい限りだ。
祝宴でも着ることになるから、今日のお茶会を予行としよう。
ちょうど、ブライアナから上流の所作とやらを叩き込んでもらえたので……ドレス着用時の振る舞いなどを練習させてもらう。
既に、令嬢たちへと淑女の挨拶――スカートを持ち上げた独特なお辞儀を、繰り返し行ったところだ。
ようやく一息ついたところだが……アルメは慣れない雰囲気に、緊張の汗を流し続けているのだった。
エーナとアイデンの結婚パーティーの時みたいな、無礼講の気楽な雰囲気が恋しい。
これからアイスを披露するので、さらなる緊張に襲われそうだ……。
挨拶回りを終えたアルメとブライアナは、一度客間へと下がった。ブライアナはコソリと言う。
「今日集めたのは、比較的穏やかなお嬢様方だけれど……一人、余計なのが紛れて来てしまったわ。黄色いドレスのお方はひねくれてて面倒だから、絡まれないようにお気をつけを」
「は、はい……」
「もしちょっかいを出されたら、言い返さないと駄目よ。防御に徹していたら、延々とチクチク攻撃をされてしまうから。さっさとカウンター攻撃を繰り出して、黙らせておやりなさいね」
「ひぃ……」
(そんなこと言われても、私にご令嬢バトルは無理……)
しれっと言ってのけたブライアナに、アルメは渋い顔をして呻き声を上げてしまった。
何とも恐ろしい世界だ……。アイスの様子を見守りつつも、なるべく空気になることに徹しよう。
恐々としつつも、アルメはひとまず気持ちを切り替えた。
ほどなくして、オードル家の使用人が、ワゴンに乗せた大きなガラス容器を持ってきた。容器の中にはたっぷりと仕込んだ、つぶつぶ霰アイスが収められている。
イチゴ、ラズベリー、ブルーベリー、桃。――と、果肉が暖色系の色をしたフルーツを使って、それぞれ粒アイスを作って混ぜ合わせたものだ。
粒の色合いはピンク、赤、赤紫、黄色。四色のモザイクカラーが目に楽しい、華やかな仕上がりとなっている。
カラフルな色合いを、さらに鮮やかに引立てるように、混ぜ込んだ妖精光粉が輝いている。
つぶつぶ霰アイスをガラスの器に盛り付けて、令嬢たちのテーブルへと並べていく。使用人にも手伝ってもらい、お茶会の場がお披露目会場へと変わった。
極力気配を消しているアルメとは反対に、ブライアナは堂々と言い放った。
「本日、皆様にお声掛けをいたしましたのは、素敵なお菓子をお披露目するためですの。こちらのアイスを是非、召し上がっていただきたく。彼のアイス店の、アルメ・ティティーさんにご用意いただいたものですわ」
令嬢たちは出されたつぶつぶを見て、皆、目を丸くしていた。
スプーンを差し込んだりして、粒の山をまじまじと見つめている。
「これがお菓子? まぁ、なんとも風変わりな」
「アルメ・ティティーのアイス屋さんでしたら、私、南地区のお店を訪ねたことがありましてよ。でも、こういうアイスは初めて見ました」
「まるで色真珠のようですね。キラキラとしていて、なんともまぁ」
「あ! あれにも似ていますわね。ほら――」
優雅に感想をこぼしていく面々の中から、ポロッと、新しい感想が飛び出てきた。
「ボールチーク! 小粒のボールチークのようですわ。このキラキラとしたパール感といい、色合いといい」
「それって、エルティカンドの新作チークですよね? 確かに、似ています!」
「あの可愛らしいチークを、お菓子として食べられるなんて。なんだか面白い心地。素敵ですわね」
令嬢たちは、何やらキャッキャとはしゃぎだした。
アルメはブライアナにコソリと小声をかける。
「あの、ボールチークって何でしょう? エルティカンド? とは……?」
「えっ、あなたご存じでないの?」
「恥ずかしながら……」
チークと言うからには、化粧品なのだろうけれど。残念ながら、アルメはこの手の話に詳しくない。化粧品は近所で適当に、お手頃価格のものを見繕って買っている身だ。
ブライアナは呆れつつも、説明してくれた。
「ボールチークは粒状に丸められた頬紅よ。色とりどりのコロコロした粒をブラシで撫でて使うの。エルティカンドは貴族のご婦人方に人気の、高級化粧品店。ボールチークはこの店の新作ですわ」
「なるほど……。このアイスと似ているんですか?」
「言われれば、まぁ、似ていないこともないわね。チークの方が粒のサイズはずっと大きいですけれど」
どうやら人気の化粧品が連想されて、若い令嬢たちの乙女心がうずいたらしい。
アルメは呆けた顔で聞き入ってしまったけれど、その間に、令嬢たちは早速試食を始めていた。
スプーンでパクリと頬張り、頬をゆるめている。
「うん、冷たくて美味しい!」
「甘くまろやかなフルーツのお味がたまらないですね。それでいて爽やかで。スプーンが止まりません」
「ふふっ、つぶつぶの食感が面白いこと。なんだか癖になってしまいそう」
味の方も問題はないようだ。ひとまず受け入れられたようで、アルメはホッと胸をなでおろした。
ブライアナはヒソヒソとアルメに言う。
「つぶつぶ霰アイス、結構、良い評価を得ているのでは?」
「そのようですね。この調子で、聖女様にもお気に召していただけると良いのですが」
「新しく来られる聖女様って、どういうお方なのかしら? おいくつでいらっしゃるの?」
「十五歳のうら若き乙女、と、話には聞いておりますが」
「若いお嬢様なら、乙女心に訴えかければいけるんじゃない?」
「でも、その前に選定会でどうなるか……選ぶのが男性の年配者だったりしたら、乙女心もなにもありませんし」
令嬢たちははしゃいでいたが、城のお偉いおじ様方が、このアイスを前にしてはしゃぐとは思えない。このあたりはもう運に任せるしかないだろう。
そうして二人で小声を交わしていると。ふいに、テラスの端の方から声が上がった。
今度の声は盛り上がる感想の声ではなく。雰囲気を壊すような、トゲトゲしたものだった。
鮮やかな黄色いドレスをまとった令嬢が、ツンとした顔で、よく通る高音を寄越した。
「うふふ、大変に面白く、素敵なお菓子をいただきありがとうございます。……でも、お菓子が可哀想だわ。ブライアナ様の見栄のお茶会のダシにされてしまって」
ブライアナのこめかみがピクリと筋立った。黄色いドレスの令嬢と同じように、ブライアナもツンとした微笑で応じる。
「聞き間違えでしょうか? 『見栄のお茶会』ではなく、今日は『お披露目のお茶会』として、皆様にお越しいただいたのですが」
「まぁ、失礼を。てっきり、お茶会の名目のためにお菓子をダシにしたのかと。最近のブライアナ様は、明るいお話のタネを一つもお持ちでないと聞き及んでおりましたので。お茶会で披露する話題がないものだから、代わりにお菓子を披露したのではなくて?」
完全に見透かされている。後ろで縮こまりながら聞いていたアルメは渋い顔をした。
黄色いドレスの令嬢の言う通り、ブライアナはアイスのお披露目を名目にして、見栄の定期茶会を開いたのだ。
定期的に華々しく人を集めてサロンを開いておかないと、貴族令嬢としての地位が下がってしまうとか、なんとか。そういう理由で。
ブライアナは口元を引きつらせつつ、虚勢を張った。
「多少冷たい風に吹かれているオードル家ではありますが、明るい話題の一つや二つはありますのよ。あなたのお耳に届いていないだけで」
「あら、それは気になりますねぇ。今この場でお聞かせいただけます? オードル家のとびきり明るいお話を」
「それは……ええと、」
令嬢はニヤニヤとした笑みを浮かべる。対するブライアナは口ごもってしまった。
支援を切られてグラグラ状態のオードル家に、明るい話など無い。――と、ブライアナは前に愚痴をこぼしていた。
意地で言い放った強がりを逆手に取られて、たじろいでいる。そんな彼女の背後で気配を消していたアルメも、おろおろとしてしまった。
(恐れていたご令嬢バトルが始まってしまったわ……ど、どうしよう……!)
どうにかブライアナに加勢できないものか。
彼女は霰アイス作りに協力してくれた上に、今日、こうして早急にお披露目の場を設けてくれたのだ。恩のある相手を、一人で戦わせておくというのは気が引ける。
アルメは大慌てで頭をまわした。そうしてパッと思い浮かんだことを、アワアワと喋り始めた。
「あの、明るい話といいますか……。アルメ・ティティーのアイス屋は、ブライアナ・オードル様に多大なるご協力をいただき、この度こういった新作アイスを開発するに至りました。このアイスは一応、聖女様の御前に並ぶ予定のものでございます」
アルメの言葉を聞いて、令嬢たちは驚きに目をパチクリさせた。食べているアイスとアルメ、そしてブライアナへと、視線を忙しなく動かす。
不意を突かれたようで、黄色いドレスの令嬢も口を開いてポカンと呆けた。彼女へ向けて、アルメはボソボソと言葉を続ける。
「それに、新たに仕入れた光粉――製菓材料もありますので……今後も、高級志向の商品を作るにあたって、ブライアナ様のご協力を仰げれば、と考えております。明るい話かと言われると、アレですが……そういうお仕事の話もありますので……ええと……」
言葉尻がすぼんでしまったアルメに代わり、ブライアナが胸を張った。調子を取り戻したらしい彼女は、よく響くキンとした声を発した。
「――と、そういうわけで! オードル家は、あの白鷹様もごひいきにしていらっしゃるアルメ・ティティーのアイス屋さんと、よい仲ですの。これ以上、部外者であるあなたにお話しすることはありませんから、どうぞ、聞きたがりの不躾な好奇心は胸にお仕舞いくださいませ」
ブライアナのカウンター攻撃が決まった。
黄色いドレスの令嬢はムッとした顔をして、ふいと視線を逸らした。
その様子を見た瞬間、ブライアナは、おーっほっほっほ、と勝利の高笑いを上げた。
(この高笑い、こうして身内の立場で聞くと、意外と清々しい心地がするものなのね)
響く彼女の笑い声を聞いて、アルメはそんな、新たな気付きを得てしまった。
無事にサロンでのお披露目会を終えて。つぶつぶ霰アイスに、令嬢たちから好感触を得ることができた。
事前に良い評価を得られたということもあり、選定会も変にハラハラとした気持ちを抱えずに臨めそうだ。
胸の内で、よし! と気合を入れて、アルメは当日を待つことにした。




