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167 キラキラへの憧れと欲

 アイス屋一階の調理室で、アルメたちがつぶつぶ(あられ)アイスを作っている頃。リナリスは二階の居間で、下から届く賑やかな声に耳を傾けていた。


「……お姉ちゃん、今日もすごく楽しそうだわ。何をしているのかしら?」


 どうにも気になって、胸がざわざわして仕方がない。

 きっとアルメは今、人に囲まれてキラキラとした輝かしいひと時を過ごしているのだろう。

 

「いいなぁ、お姉ちゃんは……。楽しい事ばかりでずるいわ……」


 憧れと嫉妬心が、胸の中にグルグルと渦巻く心地がする。


 アルメの元に、何やら身分のありそうな使者が来たことは、当然知っている。二階の窓から見ていたので。


 使者と一体どんなやり取りがあったのだろう。何かを渡されているようだった。あれは何だろう。アルメは何を得たのだろう。


 ――あぁ、気になる。気になる。気になる――……。


 リナリスは居間に隠されている金庫へと目を向けた。確か、アルメが封筒を出し入れしていたはずだ。


 引き籠っていた部屋のドアの隙間から、ばっちり様子をうかがっていた。遠目にチラッと、封筒の金箔飾りが光って見えた。


「きっと何か、素敵なお手紙に違いないわ。何の手紙かしら……?」


 気になる。知りたい。中身を見たい。自分も手にしたい。

 欲しい。奪ってしまいたい――。


 ざわつく気持ちが強まるほどに、リナリスの目はドロリと濁っていった。


 衝動のままに金庫へと手を伸ばす。扉をガチャガチャと揺すってみても、びくともしない。


「……鍵。鍵が必要だわ」


 思い至った瞬間に、もう体が動いていた。アルメの部屋に飛び込んで、片っ端から引き出しを開けていく。


「う~ん、ない。ないわ。どこに隠しているのかしら。まさか持ち歩いているなんてことは――……」


 引き出し、棚、机――と、順に確認していく。そうしてクローゼットを漁った時、服をどかした奥の壁に、キラリと光るものを見つけた。


 小さなフックに、ポツンと鍵がぶら下がっていた。金庫の鍵かもしれない。

 心にざわりと喜びが満ちて、躊躇(ためら)いもなく手に取ってしまった。


 居間へと駆け戻り、金庫のカギ穴へと差し込む。ガチャリと重い音を立てて、扉が開いた。


 (むさぼ)るように中へと手を突っ込む。仕舞われていたのは、美しい装飾封筒がいくつか。

 手紙を広げ読み、リナリスは目を輝かせた。


「お城での祝宴……? 聖女様……!? す、すごい! お姉ちゃん、お城のパーティーの招待状をもらったのね……!!」


 やはり、アルメはとんでもなく素敵な物を手に入れていた。


 そんな輝かしい招待状を、自分は今、この手に握っている。たまらない心地だ。


 欲しい。手放したくない。これをこのまま、自分の物にしてしまいたい。――そんな気持ちが、じわりと胸に満ちてくる。


「この招待状を持ってお城に行けば、パーティーに参加できるのかな? アルメ・ティティーに成り代わってしまえば、私がお城のパーティーに――……」


 美しいドレスをまとって、煌びやかな城の扉をくぐり抜ける――。想像したら、恍惚(こうこつ)で体が震えた。

 目は黒い泥のように濁り、口端が大きく吊り上がる。


「私はお姉ちゃんと見た目が一緒だし……魔法だって、一緒よ。声だってあまり変わらないし……。私がそう名乗れば、アルメ・ティティーになれる……? 招待状だって、ほら、今この手にある」

 

 ――この招待状を携えて城に行けば、自分はアルメになれるのだ。憧れてやまない、アルメ・ティティーになれる。

 そうして、とびきり輝かしいパーティー会場の真ん中に立つことができるのだ。


 きっと、未だかつて味わったことのないような、素晴らしい心地で胸が満たされるに違いない。


「すごく……すごく、素敵だわ……!」


 リナリスは手紙を握りしめ、震える胸へと抱え込んだ。


 今までの人生で、この胸はいつも渇きを覚えていた。欲しいものはたくさんあるのに、何一つ手に入らないような、途方もない虚しさを感じてきた。


 そんなカラカラの空虚な胸が、心が、満たされる気がする。アルメ・ティティーになれたなら、自分はきっと大いに満たされ、幸せになれる――。


 ――と、そこまで考えたところで。ふいに、頭の中に別の考えがよぎった。


「……でも、招待状を盗んでしまったら、お姉ちゃんはどう思うのかしら。この前、ファルクさんからの手紙を盗んだだけでも、ものすごく怒られてしまったし……」


 ふと考える。招待状を盗むことは駄目なことだろうか。

 はて、どこからどこまでが、『してはいけない悪い事』の範囲なのだったか。


「人を傷つけることは悪いことだって、教わってきたけれど……。これを奪ってしまったら、お姉ちゃんは傷ついてしまうかなぁ……? でも、別に死ぬわけじゃないのだし、これくらい平気……?」


 わからない。

 リナリスはたまに、こうして酷く迷ってしまうのだった。

 

 でも、これでもずいぶんとよくなった方なのだ。子供の頃はもっとたくさんのことがわからなかった。


 そもそも、他者を傷つけることが悪いことだとわからなかった。わからなくて、たくさんの生き物を殺してきた。


 花壇の草花を爪で引き裂いてめしゃめしゃにしたり、見つけた虫に歯を立てて食いちぎってみたり。幼い頃は何の気なしに、そういうことをしていた。


 喧嘩をして、学院の子を殺しそうになったこともあったけれど……育ての親である祖父母に大目玉を食らい、げんこつを落とされて、その件は未遂で終わった。


 痛いのは嫌だし、怒られるのも嫌なので、人相手に爪や歯を向けることは、割と早い時期にやめたのだった。


 生き物を傷つけることは、してはいけない悪い事。これをしっかり覚えてからは、一切誰も傷つけていない。幼いリナリスにとって、大きな進歩だった。


 ――と、思っていたのだけれど。それ以降も怒られることは多かった。

  

 『人の心を傷つけるな』と、責められることが多くあった。どうやら体だけでなく、心も傷つけてはいけないらしい。


 血が流れたらわかるけれど、見えない部分はわからない。気を付けていたつもりだが……自分は失敗ばかりしていたみたいだ。


 それを裏付けるように、学院では友達が一人もできなかった。


 祖父母には、道徳心がどうとか、人への真心がどうとか、そういうことばかりを説かれ続けてきた。


 よくわからないし、煩わしかったけれど……でもそのおかげで、学院を出た後は、あまり人と大きな喧嘩を起こさずに来れたのだった。


 そのうちに、見かけの評判だけならば、そこそこ良いものだってもらえるようになった。……けれど中身の方は、どうやらまだまだのようだ。


 今もこうして、善悪の判断がつかなくて迷ってしまっているので。



 リナリスは招待状を見つめたまま、しばらくの間考え込んでいた。

 

「お姉ちゃん、きっと怒るよねぇ……。でも、ちょっと拝借して、パーティーを楽しむくらいだし……いいかなぁ。お姉ちゃんだって、私に嘘をついたり、酷いことを言ってきたし……おあいこじゃない? ……いや、でも……う~ん……」


 そうして悩んでいるうちに、居間の扉の方から足音が聞こえてきた。階段を上がってくる音だ。

 気がついたら、もう夕方になっていた。


「いけない……! お姉ちゃんが帰ってくる!」

 

 リナリスは招待状を金庫へ戻し、鍵をかけた。大急ぎで鍵をクローゼットへと戻す。


 駆けまわって弾んだ息を誤魔化しつつ、居間でアルメを出迎えた。


「お帰りなさいお姉ちゃん。今日もアイス屋のお仕事、お疲れ様でした」

「……えぇ、ただいま」


 アルメは怪訝な顔をして、短く返してきた。そうして、さっさと荷物を置きに行ってしまった。リナリスはその背中を視線で追う。


(やっぱり、欲しいわ。欲しい――……)


 やはり、アルメを前にしたら、あの招待状が欲しくてたまらなくなってしまった。


 アルメの持つキラキラしたものは、すべて、この上なく、魅力的だ。

 輝かしい肩書き。輝かしい人脈。輝かしい生活。


 アルメの輝きすべてが、たまらなく羨ましい。その輝きが、たまらなく欲しい。



 キラキラ光り輝くその()までもが、欲しくて欲しくてたまらない――……



 手に入れたならば、きっとこの胸の空虚が満たされる。なんとなく、そんな気がして体がうずいてしまうのだ。

 自分でも、なんとも不可思議な心地だとは思うのだけれど。


 リナリスの見つめる先で、アルメがふるりと、小さな身震いをした。


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