166 妖精光粉とつぶつぶ霰アイス
ブライアナの案内で、他にもいくつか高級菓子店を覗いていった。
あれこれ見て回って。やはり、光り物素材として妖精光粉を使うのが良さそうだ、という結論に至った。
そうしてその足で製菓材料の卸売商を訪ねたのが、つい先ほどのこと。相談内容はもちろん、光粉の仕入れについてだ。
館の商談室で、商人の男は言葉巧みに、そして譲らない姿勢でアルメに応対した。
「単発の仕入れとなると、妖精光粉はかなり高くつきますよ。うちでは定期仕入れの契約を結んでる得意先のためだけに、特別に取り寄せしてる素材だから。――まぁ、一度ぽっきりの注文でも応じられないことはないが……長い目で見たら、長期の契約の方が断然、得だと思うがねぇ」
「そうですか、定期仕入れ……。一番短い契約期間で、どのくらいになりますか?」
「最低でも、四半期くらいは頼みたいね。こっちも、光粉の業者との関係がありますから」
「わかりました。では、その期間でお願いします」
アルメは少々険しい顔をしつつ、条件を呑んだのだった。
製菓材料としての光粉は、ほとんどが植物妖精由来だそう。動物妖精由来のものより安いそうだが……それでも、仕入れ値はなかなかのものだ。
(想定より予算がかかることになってしまったわ。でも、面白い素材だし、祝宴の後にも使えるだろうし……『聖女様の御前に並んだ光り物アイス』ってうたい文句で出せば、店での売上も見込めるだろうし。――うん、大丈夫。元は取れる)
祝宴のためだけの特別な光り物アイス――の、予定だったが。こうして光粉と縁ができたのだし、せっかくなので広く展開してみよう。
そう前向きに考えて、仕入れ契約を結んだ。
話がまとまった後。サンプルとして館に置いてあった少量の妖精光粉を、お手頃価格で分けてもらった。
それを持って、アルメは路地奥店へと戻ってきた。――隣にブライアナを連れたまま。
彼女はちゃっかり商談にも同席していたのだった。『今をときめくアイス屋の店主様から、ビジネスのヒントを得ようと思って』とか何とか言って。
けれどすぐに本音がこぼされた。『毎日、家と神殿を往復しているだけだと、気が滅入るから』、と。
アルメはブライアナを、そのままアイス屋の調理室へと招くことにしたのだった。
そういうわけで、調理室にて。早速、光り物アイスを作ってみる。もらったサンプルの光粉を作業台の上に置いた。
粉は拳大のガラス瓶に入っている。サラサラとした透明な粉は、キラキラチカチカと魔法の光を放つ。ずっと見ていても飽きない美しさだ。
まじまじと粉を見つめて、ブライアナが問いかけてきた。
「すごく綺麗。これをアイスにかけるのよね? それとも、混ぜ込み?」
「トッピングか、混ぜ込みか、コーティングか。の、三択ですよね、やっぱり。三種類作ってみます」
アルメは冷凍庫にストックされていたミルクアイスの容器を取り出した。アイススプーンで取り分けて、器に丸く盛り付ける。
まんまるの白アイスを見て、ブライアナが悪戯な顔をした。
「せっかくだから、あのアイスを作ってちょうだいよ。白鷹様の飾り付けの」
「白鷹ちゃんアイスですか? 少々お待ちを」
リクエストに応えて、白鷹ちゃん仕様にしてみた。その上からパラパラと光粉をまぶす。
キラキラの白鷹ちゃんアイスが出来上がった。
「んふふっ、なんて綺麗で不敬なアイスでしょう」
仕上がりを見て笑うブライアナを横目に、アルメは続くアイスを用意した。
ボウルに取り分けたミルクアイスに粉を入れ、練り込んでみる。そうして改めてアイススプーンで取り、成形して、器に丸く盛り付けた。
光粉混ぜ込みアイスも白鷹ちゃん仕様に飾る。
さらに続けて。スプーンで丸く取ったアイスを手のひらに乗せて、強く氷魔法をかける。表面をカチカチに固めて、ミルクアイスの氷団子を作った。
平たい器に光粉を広げて、団子を転がしながら表面をコーティングしていく。
出来上がったキラキラアイスボールを器に乗せて、また白鷹ちゃんの飾りを付けてみた。
「よし。とりあえず三種類完成しました」
テーブルの上には、三パターンの輝く光粉白鷹ちゃんアイスが並んだ。
トッピングアイスは、上半分が眩い光を放っている。混ぜ込みアイスは、全体がチカチカと控えめに輝いていて上品だ。コーティングアイスは一番ゴージャスな雰囲気で、ギラギラしている。
主張の激しい三羽の白鷹ちゃんを前にして、ブライアナは笑い転げていた。見ているうちにアルメにも笑いが込み上げてきた。
「ふふっ、これ、ご本人に見せてあげたいですね」
「不敬よ不敬! わたくし、怒られたくはありませんわ」
「大丈夫ですよ。きっと目をパチクリさせる程度かと」
ファルクの反応を想像すると、さらに頬がゆるんだ。
前世のように、写真を撮ってすぐに送れるツールがあったなら、即送信しているのに。見せられないのがもどかしい。
完成品を見回しながら、二人で声を上げて笑ってしまった。
――が、しばらくして。
アルメはスンと真顔に戻った。冷静な声音でアイスの評価をする。
「うん……ネタに走るのはやめた方がいいですね」
「そうね。選定員のお偉い様方に弾かれてしまうわね」
ブライアナも真顔に戻った。
お遊びは止めて。二人は意見を交わしながら、いくつかの盛り付けを試していった。
そうしてしばらく経った頃。路地奥店にコーデルが顔を出した。表通り店を他の従業員に任せて、ミーティングに来てくれたのだ。
当然ながら、彼には祝宴のことを真っ先に話してある。選定会のアイス作りでも協力してもらう予定だ。
調理室に顔を出したコーデルは、ブライアナを見て目を丸くした。
「えっ……!? いつかのクレーマーお嬢様じゃないの!」
「お久しぶりでございます、表通り店の店長さん。もうクレーマーからは身を転じましたの。これからはアルメさんの良き友人として、ブライアナ・オードルをどうぞよろしく」
「ええと、コーデルさん。かくかくしかじか、色々とありまして――」
アルメはブライアナに関する諸々の事情を、そっくりコーデルへと話した。
話を聞き終えて、コーデルは呆れたような笑いをこぼした。
「え~やだわぁ。何だか、デスモンド家被害者の会、みたいな集まりになっちゃってるじゃないの」
「た、確かに……しょうもない会ですね」
言われて気がついたが、ここにいるメンバーは全員、デスモンド家絡みでうんざりした過去がある。
しょうもない共通点に、三人で苦笑してしまった。
「――さ、被害者の会の愚痴話は後にして。まずはアイスの話をしましょう」
コーデルは空気を切り替えて、調理室のテーブルへと寄ってきた。並んでいる試作のキラキラアイスへと目を向ける。
「あら、綺麗なアイスが出来上がってるじゃない。この光は妖精光粉?」
「はい。この機会ですし、奮発してみました。どうでしょう」
「すごく素敵。お城のテーブルに並べられても恥ずかしくない仕上がりだと思うわ。――でも、これはあたしの予想だけど、きっとみんなこういう物を作ってくるわよ」
「そうなんですよねぇ……。ちょうど今ブライアナさんとも、そのことを話していました」
輝くミルクアイスは単体で見ると、申し分なく綺麗だ。が、お城では他にも華やかなお菓子がズラリと並ぶのだ。あっけなく埋没することが予想される。
ブライアナは、ふむと考えて、きっぱりとした意見をくれた。
「綺麗ですけれど……目を引くかと言われたら、微妙ね。わたくしですら、こういう飾りのお菓子はもう見飽きているもの。お城の人が相手じゃ、見向きもされないのでは?」
「厳しいご意見、痛み入ります……」
彼女曰く、上流の人たちの興味の対象はいつだって、『新しくて、他にはない素敵なもの』と決まっているそうで。
アルメは悩み込んでしまった。
(他にはない、目を引くアイス……って、それを一からひねり出す時間はないのだけれど。何か、今まで作ってきたもので工夫をして、風変わりなものを――……)
華やかさで言うと、アイスケーキやパフェが適していると思うけれど。これらも他と並べられた時に、抜きんでて目立つとは思えない。
他に目立ちそうなアイスと言えば、短剣ソフトクリームくらいだ。が、聖女へと捧げるお菓子としては、見た目が俗すぎる気がする。
記憶を手繰り寄せて、何か使えそうなものを探る。そうしているうちに、ふと、最近の一場面が思い出された。
この前、ファルクと雨の日にお喋りをした時の光景だ。神殿の庭で、氷魔法で雨を霰に変えて遊んだ時のこと。
ファルクは両手の平に霰をすくって、美味しそうですね、なんて笑っていた。
(――氷粒の、つぶつぶ霰アイス)
前世のアイスが頭の中に思い浮かんだ。そういえば、そういう風変わりなつぶつぶしたアイスがあったな、と。
カラフルな霰を集めたような、面白い見た目のアイスだ。奇抜さならば、間違いなく群を抜いている。
アルメは思いついたまま、棚を見回して小瓶――液体調味料を入れる容器を取り出した。
容器は香水瓶に注ぎ口を付けたようなデザインをしている。注ぎ口の部分がごく細くすぼまっていて、上部に開いた小穴を指で押さえると、液を一滴ずつ注げる代物だ。
これでつぶつぶ霰を作れないだろうか。
「コーデルさん、この調味料差しを洗っておいてもらえませんか?」
「いいけど。何に使うの?」
「ちょっと思いついたので、霰アイスを作ってみようかと」
説明をしつつ、アルメは妖精光粉を混ぜ込んだミルクアイスを鍋へと移し、火にかけた。
解かしてアイス液へと戻したものを、洗ってもらった調味料差しへと入れる。
調味料差しをコーデルへと渡して。アルメは両手の指を合わせて輪っかを作り、輪の中に思い切り強く氷魔法を展開した。
「この、私の手の輪っかの中に、アイス液を一滴ずつ落としてください。雫を凍らせます」
言われた通りに、コーデルはアイス液の水滴を落とし始めた。
手の輪っか――氷魔法を通過して、光粉入りアイス液の水滴は霰となって器へと落ちる。ポツポツコロコロと白い霰が降り積もっていく。
要領を得たのか、コーデルは調味料差しをシャバシャバと素早く振り出した。霰は大降りとなり、器を満たしていった。
「ありがとうございます。ひとまずこれくらいで。つぶつぶ霰アイス、完成です」
器にはたっぷりと、つぶつぶアイスが降り積もった。白い小粒のミルク霰は、混ぜ込まれた光粉によってパールのように光り輝いている。
作業を見守っていたブライアナは、興味津々で覗き込んできた。
「何をし出すのかと思ったら……! なんて奇妙なアイスでしょう!」
「霰作り……腕が筋肉痛になりそうだわ……」
弱音を吐きつつ、コーデルも覗き込む。彼はつぶつぶにスプーンを差し込んで、パラパラと霰の質感を確かめた。
「つぶつぶ霰アイス……名前まんまの、おかしなアイスねぇ。でもこれ、かなり目を引きそう。目の前に出されたら、絶対手を伸ばしちゃうわ」
「とりあえずミルクアイスで作ってみましたが、カラフルにしたらもっと華やかになるかと」
言いながら、アルメは冷凍庫から色とりどりのフルーツアイスの容器を取り出して、テーブルへと並べた。
そうしてブライアナへと意見をうかがう。
「つぶつぶ霰アイス、ご令嬢様的にはどうでしょう?」
「キラキラの粒が可愛らしいし、風変わりで面白いわ。これを出されたら、間違いなくわたくしも手を伸ばしてしまうでしょうけれど。でも、他の方々はどうかしらね――……あ、そうだ。サロンでお披露目でもしてみます?」
「サロン、ですか?」
「えぇ。お暇なご令嬢方を集めるのは簡単ですから、わたくしの家でお茶会を開いてもよろしくてよ」
思いがけない提案に、アルメは目をパチクリさせる。
提案したことで自分まで気分が乗ってきたのか、ブライアナはふむふむと頷いた。
「ちょうど、そろそろお茶会を開かないと、って思っていたところなの。定期的に華々しい会を催しておかないと、わたくしの社交界での地位が失墜してしまいますから」
「はぁ、そういうものなんですか」
「えぇ、そういうもの。でも、面白い話のタネがないと、からかわれて終わるだけだから……『珍しいお菓子のお披露目』、という名目があれば、胸を張って人を集められるわ」
何やら、利害が一致したようだ。アルメにとっても、事前に人々から評価を受けられるのならば、お願いしたいところである。
良くも悪くも、選定会への覚悟ができるので。
「それじゃあ、ええと、よろしくお願いします」
ブライアナは笑顔で頷き、つぶつぶ霰アイスのお披露目会が決まった。




