165 高級店エリアでの調査
ブライアナが屋敷の馬車を出してくれたので、アルメはありがたく乗せてもらった。
そうして二人で向かった先は中央地区だ。高級店の並ぶエリアの真ん中に降り立って、彼女は意気揚々と歩き出した。
「このあたりのお店は、どこも富裕層の御用達ですから。片っ端から見て回りましょう」
「ご案内いただきありがとうございます」
ブライアナのやや後ろを歩きつつ、アルメは縮こまってしまった。高級店エリアなだけあって、周囲には身なりの立派な人たちばかりだ。
(もう少しちゃんとした格好をしてくるんだった……)
そんな後悔をしながら、あたりを見回してお菓子屋を探す。目に留まった店のショーウィンドウを次々と覗いていった。
「さすが中央地区のお店ですねぇ。なんだかこう、すべてがお洒落といいますか、キラキラしてるといいますか。――あ、あのお店は!」
思いがけず、見つけた店へと歩み寄る。黄色を基調とした外観のこの店は、『妖精蜂の蜂蜜屋』だ。
アイス屋をオープンした時に、ファルクから祝い品としてもらった蜂蜜の店である。
(このお店が、あの蜂蜜の!)
実店舗を前にするのは初めてだ。何だか感慨深くて、ショーウィンドウに見入ってしまった。
磨き上げられた窓の中には、金色に光り輝く蜂蜜瓶が美しくディスプレイされている。
ブライアナは得意げな顔で説明をしてくれた。
「妖精蜂の蜂蜜は貴族の間でも人気の品よ。殿方にもらったものを、サロンで見せびらかして自慢するの」
「せっかくの美味しい蜂蜜を、そういう風に使うのはどうかと……」
「そういうものなのよ。だってカッティング瓶は宝石と並ぶお値段だし」
「なっ……宝石並み!?」
アルメは頭痛を感じてこめかみを押さえた。庶民相手にそういうものをヒョイと買って、何てことない顔をして渡してきた神官を思う。
今更ながら苦言を呈してやりたいけれど……もう時効だろうか。
渋い顔のアルメをよそに、ブライアナは話を続ける。
「まぁ、自慢用に使うご婦人方が多い蜂蜜だけれど、純粋に美しさを好んでいる人も、たくさんいるわ」
「すごく綺麗ですものね。光の粒子が輝いていて」
「えぇ、本当に。『妖精光粉』を嫌う貴族なんて、まずいないでしょうね」
『妖精光粉』とは、妖精の魔力の粒子のことだ。
この世界において、人以外で魔法を使う生き物は、総じて『妖精』と呼ばれている。
虫であったり、獣であったり、植物や魚も、魔力を帯びている生き物は妖精だ。
他に魔法を使う存在として精霊がいるけれど、こちらは生き物ではなく霊的な存在なので区別されている。
ちなみに、ごく稀に現れる高等魔物の中にも、魔法を使うモノがいるそうだ。けれど、魔物は『魂』を宿していないので、生き物とは定義されていない。すなわち、それらは妖精とは呼ばない。
この蜂蜜の妖精は、正しい名前を金蜂妖精というそう。蜜には彼らの魔力が込められているので、煌めいて見えるのだとか。
「妖精光粉とか、金とか銀とか、食用の宝石とか。上流の人たちはそういうものを好んで、よく親しんでいるわ。貴人の心を掴むのなら、光り物は絶対ね」
「べ、勉強になります……」
話をしながら、ブライアナは蜂蜜屋の近くのお菓子屋へと歩を進めた。アルメも続き、二人で入店する。
「このショコラトリーは、わたくしのお気に入りのお店ですの。キラキラしたチョコが多いから、どうぞご参考に」
案内されたのはチョコの専門店だった。煌びやかな店内にはガラスのケースが並び、数えきれない種類のチョコがズラリと展開されている。
庶民を相手にしたチョコ屋には入ったことがあるけれど、グレードの高い店は初めてだ。
並べられているチョコはずいぶんと凝っていて、驚いてしまった。
「わぁ、素敵なチョコがこんなに! ――って、一粒三千G!?」
「食用宝石の粉がかかっているでしょう? その分のお値段じゃないかしら」
「こちらのチョコは……五千G」
「金粉の飾りに宝石粉のコーティング、中には妖精酒。で、このお値段ってところかしらね」
「ひえ……」
眩暈がしてきた。店の中には一粒一万G越えのチョコなんかもある。……もはや庶民の一日分の稼ぎより高い。
前にファルクから、いかにも高そうなチョコをもらったことがあったけれど。それを越える代物があったとは。
こういう貴族趣味のチョコをもらっていたら、きっとアルメは怯んでしまって、口にはできなかっただろう。
呆けたため息を吐きながら、広い店内を端から見て歩く。趣向を凝らした華やかなチョコを眺めているうちに、胸に焦りが湧いてきた。
(祝宴にはルオーリオ中のお菓子が並ぶだろう、って、ルーグ様はおっしゃっていたけれど……。みんな、こういうお菓子を用意してくるのかなぁ)
金、銀、宝石、妖精光粉。選定会では、こういう素材がふんだんに用いられた品々が並ぶことになるのだろう。
先にブライアナに話を聞いておいてよかった。今からでも、出来る限りの対策を講じなければ。
「私も、こう、ギラッギラに輝くアイスを作った方がいいのでしょうか」
「ギラギラ過ぎると、逆に下品だって嫌う人も出てくるけれど」
「塩梅が難しいですね……」
あれこれ考えながら、ショーケースに目を走らせる。
金箔が山盛りに乗せられているチョコ。食用宝石の粉でコーティングされたチョコ。妖精光粉がまぶされてチカチカと光るチョコ――。
(上品且つ目を引く輝きとなると、やっぱり妖精光粉が良いかしら。金箔とかよりも、使い勝手が良さそうだし。混ぜ込んだら、手早くキラキラアイスができないかな)
何せ、時間がないのだ。混ぜたりまぶしたりするだけで美しい光を放ってくれる、便利な粉があるならば、是非とも使いたいところ。
光粉が使われていると思しきチョコを、じっくりと観察していく。頭の中でアイスへとイメージを変換しつつ――。
そうしてしばらくの間、アルメはチョコに集中していた。
の、だが。ふと気がつくと、何やら背の後ろの方でクスクスとした声が聞こえてきたのだった。
首をまわして、チラと横目で確認する。笑い声の主は、いつかのクレーマー令嬢たち――ブライアナの元連れの令嬢二人組であった。
ばったり、出くわしてしまったようだ。
彼女たちは、以前アルメに向けていたような嘲笑をブライアナへと向けていた。
「あらまぁ! 誰かと思ったら、ブライアナ様ではありませんか。お久しぶりです。まさか、こちらのお店でお会いするなんて思いませんでした」
「もうこのお店のチョコとは、ご縁がお切れになっておられるでしょうに。あなた様には、もう少し懐に優しいお店をお勧めいたしますわ」
令嬢たちの舌は絶好調の様子。今の嫌みを直訳するならば、『家が傾いているくせに、高級店に出入りするな』、といったところか。
ちょっと前までブライアナに仕えていた身だというのに……転身が早いことだ。
そういえば、もう今は別の主人に仕えているのだったか。前にブライアナが愚痴っていた。
令嬢二人組は抱えた荷物を見せつけてきた。店の高級チョコを大量に買い込んだみたいだ。思い切り鼻を高くして、聞いてもいないことを喋り出した。
「私たち、新しくエメスト家のお嬢様にお仕えしていますの。今日は彼女のお使いで参りましたのよ。ご覧くださいな、このお買い物品の大きな袋!」
「オードル家の誰かさんにお仕えしていた頃には、ケチケチとした恥ずかしいお買い物ばかりでしたが。今では大手を振るってお会計ができて、とっても楽しいわ」
……なんだか、聞いているこちらの胃が痛くなってきた。アルメは背後で始まってしまった悶着の気配に、スンと背を丸めた。
できればこのまま気配を消して、背景に同化してやり過ごしたいところだが……さすがにそれは薄情というものだ。
意を決して振り向いて、ブライアナの隣に立つことにした。
――の、だけれど。その前に、ブライアナ自身にグイと手を引かれてしまったのだった。
彼女はアルメの肘に腕を絡ませ、ガシリと拘束して並び立った。そうして令嬢たちに向かって、とびきりにこやかな笑みを向けた。
「あらあら。新しい奉公先と近況のご報告を、どうもありがとう。それではわたくしの方も、新しいお友達をご紹介しますわね。こちら、今度お城のパーティーにお呼ばれ予定の、アルメ・ティティーさん」
『お城にお呼ばれ』の部分を強調しつつ、ブライアナはペラっと言ってのけた。
令嬢たちはアルメを見てギョッとした顔をした。
まさか、後ろの方で小さくなっている庶民女が、かつて揉めた相手――アイス屋のアルメだとは思わなかったのだろう。しかも、ブライアナが友達として紹介してくるなんて。
固まった令嬢たちに、ブライアナは良い笑顔で追撃を繰り出した。
「わたくしたち、聖女様にお目通りする準備で忙しいの。どこぞの買い出し娘たちなどと戯れている暇はないわ。ごめんあそばせ」
そう言うと、ブライアナはアルメの腕を引いて歩き出した。
場に残された令嬢たちは、複雑な顔をしたまま立ちすくんでいる。戸惑った様子で、小声をこぼしていた。
「お城……? 聖女様……? え、お呼ばれしたって、嘘でしょう?」
「パーティーの招待状なんて……エメスト家には届いていないわ……」
ブライアナはアルメを伴い、高笑いをしながら令嬢たちの元を去った。
(う~ん……ご令嬢バトルの手札にされてしまったわ)
アルメは何とも言えない顔をしつつも、苦笑してしまった。ブライアナのこの強かさと逞しさ、見習いたいところだ。




