164 貴人好みのお菓子思案
届いた不審な手紙――いや、祝宴の連絡の手紙について、事情は把握した。
神官二人に確認を取った後、アルメは即、手続きを取ったのだった。パーティーへの出席、そして、もてなしの品の選定会へも承諾の返事を送っておいた。
そうして翌日には、手元に正式な招待状が届けられた。
一階アイス屋店舗にて。ちょうど開店作業を終えた頃に、訪れた城の使者から受け取った。
「これが招待状――。とっても素敵。額縁に入れて飾っておきたいくらいだわ」
カウンターの奥で、まじまじと見入ってしまった。招待状は金箔で飾られた美しいカードだった。
記念として家に飾っておきたいところだが……残念ながら、当日入城する時に回収されるのだとか。今のうちに、しっかりと目に焼き付けておこう。
そうしてひとしきり眺めてしまったけれど。アルメの頭の中には、別の考え事もグルグルとめぐっているのだった。
パーティー当日のことはさておいて。まずは聖女に献上するお菓子の選定会に全力を注がなければいけない――。
(と言っても、あと一週間くらいしか時間がないのよね。何か、パーティー用に新しいアイスを……作れるかしら)
ファルクは、『アイス屋の現状のメニューの中から選んで出す』ということを想定していたみたいだけれど。こちらとしては、せっかくの機会なのだから、やはり特別なものを用意したい気持ちがある。
けれど、手の込んだ新作アイスを開発するには時間が足りない。
もう少し早く言ってくれればよかったのに、と、昨日散々口にした言葉が、またこぼれ出そうになった。
ルーグはファルクのとんでもサプライズに関して、ちゃんとお説教をしてくれただろうか……。
アルメは真剣な面持ちで、再度、選定会の案内を読み込んだ。城でお菓子を作って、評価を受けるのだとか。
選定員はもちろん城の人たちだ。すなわち、身分を持った貴人たちが相手となる。
(選定員の方々もだけど……何より、祝宴の主役は聖女様だから、やっぱり雅やかな方々がお気に召すようなものを作り上げないといけないのよね。雲の上の人たちが好むお菓子って、どういうもの? 全然わからないわ)
雲の上の人代表みたいな白い鷹が、身近にいるにはいるけれど。あの人は上空から転げ落ちてきたヒヨコなので、いまいち参考にできない。どんなアイスを前にしても、目を輝かせてしまう人なので……。
誰かに相談したいところだが、他の知り合いは庶民と軍人ばかりである。
唯一、デスモンド家で働いていたコーデルには意見をうかがえそうだけれど。一人に頼り切りというのも、何だか責任を丸投げしてしまうようで気が引ける。
(他に知り合いは――……あっ!)
ハッと思い出して、アルメは手帳を取り出した。挟んでおいたカードを取り出す。これはこの前ブライアナにもらった名刺のカードだ。
「ブライアナさん……相談に乗ってもらえないかしら」
ふむ、と考え込む。相談料を支払う形にすれば……少しくらい話を聞いてもらえたりしないだろうか。
(――うん、迷っている時間はないわ!)
ウダウダしていたら、あっという間に選定会の日が来てしまう。
思い立ったアルメは、シフトに入っていた従業員二人に声をかけた。
「ごめんなさい、少し店を出ますね。昼過ぎには戻ります」
「了解しました~!」
「店長、もしかしてお城の件ですか?」
「えぇ、ちょっと考えたいことがあって。お店、お願いしますね」
今日はアルメが抜けてもまわせるシフトだ。従業員たちは快く送り出してくれた。
店を出て、ブライアナからもらったカードの住所を頼りに道をたどる。
東地区の外れの方に、彼女の家――オードル家の屋敷があった。
門の前で今一度住所を確認する。カードと屋敷に交互に視線を向けて、アルメは立ちすくんでしまった。
「勢いで来てみたけれど。お貴族様のお屋敷って、どういう風に訪問するべき……?」
うっかり庶民感覚で来てしまったが。考えてみれば、貴族の屋敷を訪問するのは初めてだ。
約束もしていないのに、門をくぐるのは失礼だろうか……。今更ながら怖気づいてしまった。
アルメが訪ねたことのある、そこそこ大きな屋敷と言えば、フリオ・ベアトスの家くらいである。が、ブライアナの家は、彼の家よりもずっと大きな構えをしていた。
彼女は『傾きかけている落ち目の貴族家』、なんて言っていたけれど。何だか、まったくイメージと違った……普通に立派な家である。内情部分は置いておき。
がっしりとした門の前でオロオロしてしまった。
けれど、ほどなくして。たまたま通りがかった女性使用人が対応してくれた。
「何かご用でしょうか?」
「あ、ええと、ブライアナ・オードル様にお話がございまして。でも、約束をせずに訪ねてしまったので、ご都合が悪ければ、その、また日を改めますので――……」
焦りながら用件を伝えると、女性使用人は訝しがりながらも中へと通してくれた。どうやら取り次いでくれるらしい。
玄関ホールのソファーで座って待つ。落ち着かず、ひたすらソワソワしてしまったが、すぐにブライアナが来てくれた。
「まぁ、アルメさん。ごきげんよう。突然どうなさいましたの? 我が家にご支援のお申し出でも?」
「こんにちは、ブライアナさん。急な訪問となりまして申し訳ございません。支援金……とは別のものですが、相談料はご用意しております。ちょっと、ご教示いただきたいことがありまして」
「相談?」
ブライアナはキョトンとしつつ、アルメを応接間へと案内した。
優美な応接間にて、ふかふかのソファーに座って、アルメは改めて話を始めた。
低い飾りテーブルの上に城からの案内を広げる。ブライアナに差し出して、相談事を口にした。
「実は、この度祝宴の招待を受けることになりまして……聖女様のおもてなしにお出しするお菓子について、貴族家のご令嬢様にご意見をうかがいたく」
「あなたお城に上がる予定があるの!? 何という自慢話でしょう……! わたくしもお城のパーティーの招待状なんて、手にしたことがないというのに」
キッとした顔をして、ブライアナはアルメをじとりと見つめた。身をすくめるアルメをよそに、彼女は案内状を読み始める。
目を通すとすぐに顔を上げて、またキッとした表情を向けてきた。加えて、キンとした声を寄越す。
「――って、ずいぶんと日が近いじゃないの! あなたまさか、今から準備をするおつもり!?」
「はい、その通りで……。少々事情がありまして。それで、ブライアナさんにお助けいただきたく。上流階級の方々がお好みになるお菓子について、お教えいただければと」
「まったくもう! もっと早くに相談してくれたらよいものを」
「やっぱり、そう思いますよねぇ」
ブライアナは、アルメがファルクに言い募ったことと似たような言葉を口にした。アルメは思わず苦笑してしまった。
――ちょうどその頃、神殿で一人の神官が盛大にくしゃみをしていたのだけれど……アルメには知る由のないことである。
ドレスをひるがえして立ち上がり、ブライアナは言う。
「のん気に笑っている場合ではないでしょう。あなた、この後ご予定はありまして? ひとまず、社交界で人気のお菓子を教えて差し上げますわ」
「ブライアナさん……! ありがとうございます、是非、お願いいたします!」
アルメも立ち上がり、ブライアナへと礼をする。
目を輝かせたアルメに向かって、彼女は凛とした笑みをたたえて言ってのけた。
「相談料に『謝礼』を乗せることをお忘れなきよう」
「あ、はい」
カクリと崩れたアルメを見て、ブライアナは高く笑った。