表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
162/254

162 決別宣言と城からの使者

 うずまきソフトクリームは、初日から大きな評判を得ることになった。


 アイデンとチャリコットの軍人コンビのおふざけによって、店先は大いに賑わうことになったのだった。


 どんどん客をさばいて、アイス液を足し、氷魔石をセットして――。

 嬉しい慌ただしさに身をまかせていたら、あっという間に日が暮れていた。


 

 閉店作業を全て終えて、二階の自宅へと上がる。今日もアイス屋の一日が終わった。

 

 洗浄が必要な、ソフトクリーム機のタンクやパーツをばらして二階へと運ぶ。一式を、よいしょと抱えたまま、居間の扉を開けた。


 ――途端に、のけぞった。


 扉を開けたら目の前にリナリスが立っていたのだ。驚いて変な声を上げてしまった。


「のあっ!? び、びっくりした……! 変なところに立たないでよ……」

「……お姉ちゃん、今日もアイス屋のお仕事、お疲れさまでした。ずいぶんと賑やかで、楽しそうでしたね」

「あぁ、あなた家にいたのね――って、一日中家にこもって、何してたの? お仕事探しは?」

「……今日はお休みの日です」

「そう……。じゃあ昨日は? 何をしていたの? まさか昨日も家でダラダラしていたんじゃないでしょうね」

「昨日はアイス屋の表通り店へ行きました。その後中央神殿に行って、絵画工房に寄りました」

「それって……」


 リナリスの言葉を聞いて、アルメは渋い顔で眉間を押さえた。

 アルメと同じ行動を取っている……。ということは、ついてきていた、ということだろうか。


「あなた、まさか私のことをつけていたの? なぜそんなしょうもないことを……」

「だって気になったんですもの! お姉ちゃん、神殿に治療に通うとか言って、あんな大荷物を持って出たりして。神殿で働いているんですか? ……治療に通うって、私に嘘をついたんですね」


 やれやれ、と息を吐き。気持ちを整えて、アルメはシャンと背筋を伸ばした。

 誤魔化さず、キッパリと言い放つ。

 

「えぇ、そうよ。嘘をつきました。あなたにウダウダ絡まれるのが嫌だったから。本当は神殿でアルバイトを始めたの」

「……それって、もしかして白鷹様のコネですか? いいですねぇ、お姉ちゃんはそういう良いコネに頼れて」

「そうね。――さ、洗い物をするからどいてちょうだい」

「……っ」


 雑な返事で話題をぶった切ってしまった。会話が終わるとは思わなかったのか、リナリスは例えようのない複雑な顔をしていた。


 さっさと流し台へと歩いて行ったアルメに、リナリスは縋りついた。


「お姉ちゃんばかり良いコネを使うのはずるいです……! 私も一緒に働きたい! ねぇ、私をアイス屋さんで雇っていただけませんか!? 頑張りますから!」

「残念ながら、口だけの人は不採用です。本当に頑張る気がある人は、人に言われる前にさっさと動いているものよ」


 タンクやパーツ類を洗いながら、アルメは言葉を続ける。


「私にくっ付いてくるのはいいけれど、あなたはなんだかんだ理由を付けて、仕事を手伝ったことは一度もないじゃない。今だって、作業をただ見ているだけだわ」


 洗い終えたものを水切り台へと乗せる。アルメは一度手を止めて、リナリスを正面から見据えた。


「リナリス。申し訳ないけれど、私はこれ以上、あなたとは関われない。……私たちは家族にはなれないわ。少なくとも、今の状態では家族どころか友達にもなれないと思う。お互い他人として、相応の距離を保つべきよ。もう今後、私に絡むのはやめにしてちょうだい」


 努めて丁寧に、落ち着いた声音で気持ちを伝えた。


 リナリスは表情を歪めて、目に涙をためた。そのままポロポロとあふれさせて、耳にキンと響く声を寄越した。


「なんでそんな酷いことを言うの……!? お姉ちゃんは冷たい人なのですね……! 私はあなたにすごく、すごく憧れていたのに! お姉ちゃんに憧れてルオーリオまで来たのに……っ!」


 泣くリナリスとは対照的に、アルメは苦笑してしまった。


 やはり、彼女とは気持ちがこれっぽっちも通じ合わない。もはや清々しく感じられるほどに、心を交わすことが難しい相手だ。


 結局彼女は泣くばかりで、その後はまったく会話にならなかった。


(うん。やめよう。心の通わないお喋りを続けていてもしょうがないわ)


 アルメは泣き縋ろうとするリナリスの目の前で、パンと両手を打ち鳴らした。吹っ切れた、爽やかな笑顔で言い放つ。


「はい! おしまい! このウダウダな空気はここで終わりです! 終了!」


 また話をぶった切って終わりにしてしまった。機嫌を取るべき相手は妹ではなくて、自分の胃の方なので。


 サクッと話を終わらせて、アルメは洗浄作業へと戻る。すっかり空気を切り替えてやった。これ見よがしに鼻歌も添えておく。


 もちろん、曲はルオーリオの定番、『人生は気楽に、愛は真心のままに』だ。とびきり明るくて、のん気な歌である。


 リナリスは悲鳴じみた泣き言を二言三言、押し付けると、自分の部屋――いや、貸している祖母の部屋へと駆け込んだ。力任せに扉を閉めて、閉じこもってしまった。


 アルメの胃は痛み出すこともなく、無事である。我ながら上手くやり過ごせた。


 リナリスが去り際に寄越した、思い切りキツイ睨みには、ちょっと怯んでしまったけれど……。でも、それも一瞬だったので、何てことはない。


(泣かせるつもりはなかったのだけれど……でも、まぁ、仕方ないわね。これからはこういう感じで、距離を取っていきましょう)


 よしよし、と頷いた、ちょうどその時。玄関の呼び出し鐘が鳴らされた。


「あら、誰かしら?」


 作業を中断して一階へと向かう。何の気なしに玄関脇の小窓を覗いた瞬間、アルメはまたのけぞってしまった。


 立っていたのが、立派な騎士服を着込んだおじさんだったので。何事か、とギョッとしてしまった。


 そろりと扉を開けると、おじさんは胸に手を当てて、かしこまった挨拶を寄越した。


「夜分に失礼いたします。ルオーリオ城より、アルメ・ティティー様へお手紙をお届けに参りました」

「えっ!? お、お城から、ですか……?」


 郵便屋を通さずに、城から直接使いが来るなんて……世間の詐欺話でしか聞いたことがない。

 不審に思い表情を険しくしたアルメをよそに、おじさんは言葉を続ける。


「お受け取りに際しまして、ご本人様にサインをいただきたく――」


(これは……間違いない。城城(しろしろ)詐欺だわ……)


 城からの使いだ、と言って、金品や諸々の情報をだまし取る詐欺のことを、アルメは独自に城城(しろしろ)詐欺と呼んでいる。


 アルメはおじさんの言葉の途中で、スゥと扉を細めた。


「あ、っと! お待ちくださいませ! お疑いになられるのは、ごもっともでございますが、まずはどうぞ、こちらをお確かめください。私の身分の証にございます」


 おじさんは苦笑しながら、騎士服の胸元に輝く記章――金色のバッジを見せてきた。使者の証だそう。

 見たところで、アルメには真贋の区別がつかないのだけれど……とりあえず目を向けておく。


 そうしておじさんはサイン用の革バインダーを差し出して、説明を加えてくれた。


「この度の、聖女ミシェリア・ルーク・グラベルート様のご光来を慶して開かれます、祝宴への招待に関わる手紙にございます」

「祝……宴……?」

「はい。頂いたサインは城預かりとなりまして、一定の期間、保管させていただきます。ご本人様の直筆をいただきたく存じますが、不都合がございましたら、代わりに指先の血をいただきたく」

「えぇ……? っと……いえ、サインで大丈夫ですが……」


 ポカンと呆けたまま、アルメは城の使者に差し出された紙にサインをした。ペンのインクは金色に輝いている。何やら魔道具のようだ。


 確認すると、おじさんはまた丁寧に敬礼をした。そうして一通の封筒を渡してきた。


「祝宴まで日が近いこともありまして、手紙の(ほど)きはどうかお早めに、お願いいたします。それでは、よい夜をお過ごしくださいませ」


 おじさんは背筋を伸ばして、綺麗な歩みで去っていった。


 玄関先に取り残されたアルメは、手元の封筒をまじまじと見つめた。


 上質な真っ白の封筒だ。四隅は金箔の紋で飾られ、封筒を縛るように、十字に金糸が結ばれている。


 家に入って、二階に上がる前に封筒を開封する。

 アイス屋のカウンター引き出しからナイフを出して金糸を切った。プツンという音と共に光が舞う。この糸にも魔法がかけられているようだ。 


 中の手紙を読むと、城の使者が言っていたことと同じことが書かれていた。


「聖女様の祝宴の連絡……。へぇ……身分と経歴の確認の後に、改めて招待状が届くみたい――……。って、何で私に!?」


 思い切り怪訝な顔をして、手紙を五回ほど読み返してしまった。突拍子もないことが書き連ねられていて、さっぱり理解できなかった。


 やっぱり詐欺かもしれない。警吏に相談するべきか……。


「明日は神殿にアルバイトに行くし……もしファルクさんに会えたら、相談してみよう」


 城絡みのことなら、彼に相談した方が早いだろう。そう判断して、アルメは手紙を慎重に封筒へと戻した。


 よくわからない代物だけれど……念のため、金庫の中に保管しておこう。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ