162 決別宣言と城からの使者
うずまきソフトクリームは、初日から大きな評判を得ることになった。
アイデンとチャリコットの軍人コンビのおふざけによって、店先は大いに賑わうことになったのだった。
どんどん客をさばいて、アイス液を足し、氷魔石をセットして――。
嬉しい慌ただしさに身をまかせていたら、あっという間に日が暮れていた。
閉店作業を全て終えて、二階の自宅へと上がる。今日もアイス屋の一日が終わった。
洗浄が必要な、ソフトクリーム機のタンクやパーツをばらして二階へと運ぶ。一式を、よいしょと抱えたまま、居間の扉を開けた。
――途端に、のけぞった。
扉を開けたら目の前にリナリスが立っていたのだ。驚いて変な声を上げてしまった。
「のあっ!? び、びっくりした……! 変なところに立たないでよ……」
「……お姉ちゃん、今日もアイス屋のお仕事、お疲れさまでした。ずいぶんと賑やかで、楽しそうでしたね」
「あぁ、あなた家にいたのね――って、一日中家にこもって、何してたの? お仕事探しは?」
「……今日はお休みの日です」
「そう……。じゃあ昨日は? 何をしていたの? まさか昨日も家でダラダラしていたんじゃないでしょうね」
「昨日はアイス屋の表通り店へ行きました。その後中央神殿に行って、絵画工房に寄りました」
「それって……」
リナリスの言葉を聞いて、アルメは渋い顔で眉間を押さえた。
アルメと同じ行動を取っている……。ということは、ついてきていた、ということだろうか。
「あなた、まさか私のことをつけていたの? なぜそんなしょうもないことを……」
「だって気になったんですもの! お姉ちゃん、神殿に治療に通うとか言って、あんな大荷物を持って出たりして。神殿で働いているんですか? ……治療に通うって、私に嘘をついたんですね」
やれやれ、と息を吐き。気持ちを整えて、アルメはシャンと背筋を伸ばした。
誤魔化さず、キッパリと言い放つ。
「えぇ、そうよ。嘘をつきました。あなたにウダウダ絡まれるのが嫌だったから。本当は神殿でアルバイトを始めたの」
「……それって、もしかして白鷹様のコネですか? いいですねぇ、お姉ちゃんはそういう良いコネに頼れて」
「そうね。――さ、洗い物をするからどいてちょうだい」
「……っ」
雑な返事で話題をぶった切ってしまった。会話が終わるとは思わなかったのか、リナリスは例えようのない複雑な顔をしていた。
さっさと流し台へと歩いて行ったアルメに、リナリスは縋りついた。
「お姉ちゃんばかり良いコネを使うのはずるいです……! 私も一緒に働きたい! ねぇ、私をアイス屋さんで雇っていただけませんか!? 頑張りますから!」
「残念ながら、口だけの人は不採用です。本当に頑張る気がある人は、人に言われる前にさっさと動いているものよ」
タンクやパーツ類を洗いながら、アルメは言葉を続ける。
「私にくっ付いてくるのはいいけれど、あなたはなんだかんだ理由を付けて、仕事を手伝ったことは一度もないじゃない。今だって、作業をただ見ているだけだわ」
洗い終えたものを水切り台へと乗せる。アルメは一度手を止めて、リナリスを正面から見据えた。
「リナリス。申し訳ないけれど、私はこれ以上、あなたとは関われない。……私たちは家族にはなれないわ。少なくとも、今の状態では家族どころか友達にもなれないと思う。お互い他人として、相応の距離を保つべきよ。もう今後、私に絡むのはやめにしてちょうだい」
努めて丁寧に、落ち着いた声音で気持ちを伝えた。
リナリスは表情を歪めて、目に涙をためた。そのままポロポロとあふれさせて、耳にキンと響く声を寄越した。
「なんでそんな酷いことを言うの……!? お姉ちゃんは冷たい人なのですね……! 私はあなたにすごく、すごく憧れていたのに! お姉ちゃんに憧れてルオーリオまで来たのに……っ!」
泣くリナリスとは対照的に、アルメは苦笑してしまった。
やはり、彼女とは気持ちがこれっぽっちも通じ合わない。もはや清々しく感じられるほどに、心を交わすことが難しい相手だ。
結局彼女は泣くばかりで、その後はまったく会話にならなかった。
(うん。やめよう。心の通わないお喋りを続けていてもしょうがないわ)
アルメは泣き縋ろうとするリナリスの目の前で、パンと両手を打ち鳴らした。吹っ切れた、爽やかな笑顔で言い放つ。
「はい! おしまい! このウダウダな空気はここで終わりです! 終了!」
また話をぶった切って終わりにしてしまった。機嫌を取るべき相手は妹ではなくて、自分の胃の方なので。
サクッと話を終わらせて、アルメは洗浄作業へと戻る。すっかり空気を切り替えてやった。これ見よがしに鼻歌も添えておく。
もちろん、曲はルオーリオの定番、『人生は気楽に、愛は真心のままに』だ。とびきり明るくて、のん気な歌である。
リナリスは悲鳴じみた泣き言を二言三言、押し付けると、自分の部屋――いや、貸している祖母の部屋へと駆け込んだ。力任せに扉を閉めて、閉じこもってしまった。
アルメの胃は痛み出すこともなく、無事である。我ながら上手くやり過ごせた。
リナリスが去り際に寄越した、思い切りキツイ睨みには、ちょっと怯んでしまったけれど……。でも、それも一瞬だったので、何てことはない。
(泣かせるつもりはなかったのだけれど……でも、まぁ、仕方ないわね。これからはこういう感じで、距離を取っていきましょう)
よしよし、と頷いた、ちょうどその時。玄関の呼び出し鐘が鳴らされた。
「あら、誰かしら?」
作業を中断して一階へと向かう。何の気なしに玄関脇の小窓を覗いた瞬間、アルメはまたのけぞってしまった。
立っていたのが、立派な騎士服を着込んだおじさんだったので。何事か、とギョッとしてしまった。
そろりと扉を開けると、おじさんは胸に手を当てて、かしこまった挨拶を寄越した。
「夜分に失礼いたします。ルオーリオ城より、アルメ・ティティー様へお手紙をお届けに参りました」
「えっ!? お、お城から、ですか……?」
郵便屋を通さずに、城から直接使いが来るなんて……世間の詐欺話でしか聞いたことがない。
不審に思い表情を険しくしたアルメをよそに、おじさんは言葉を続ける。
「お受け取りに際しまして、ご本人様にサインをいただきたく――」
(これは……間違いない。城城詐欺だわ……)
城からの使いだ、と言って、金品や諸々の情報をだまし取る詐欺のことを、アルメは独自に城城詐欺と呼んでいる。
アルメはおじさんの言葉の途中で、スゥと扉を細めた。
「あ、っと! お待ちくださいませ! お疑いになられるのは、ごもっともでございますが、まずはどうぞ、こちらをお確かめください。私の身分の証にございます」
おじさんは苦笑しながら、騎士服の胸元に輝く記章――金色のバッジを見せてきた。使者の証だそう。
見たところで、アルメには真贋の区別がつかないのだけれど……とりあえず目を向けておく。
そうしておじさんはサイン用の革バインダーを差し出して、説明を加えてくれた。
「この度の、聖女ミシェリア・ルーク・グラベルート様のご光来を慶して開かれます、祝宴への招待に関わる手紙にございます」
「祝……宴……?」
「はい。頂いたサインは城預かりとなりまして、一定の期間、保管させていただきます。ご本人様の直筆をいただきたく存じますが、不都合がございましたら、代わりに指先の血をいただきたく」
「えぇ……? っと……いえ、サインで大丈夫ですが……」
ポカンと呆けたまま、アルメは城の使者に差し出された紙にサインをした。ペンのインクは金色に輝いている。何やら魔道具のようだ。
確認すると、おじさんはまた丁寧に敬礼をした。そうして一通の封筒を渡してきた。
「祝宴まで日が近いこともありまして、手紙の解きはどうかお早めに、お願いいたします。それでは、よい夜をお過ごしくださいませ」
おじさんは背筋を伸ばして、綺麗な歩みで去っていった。
玄関先に取り残されたアルメは、手元の封筒をまじまじと見つめた。
上質な真っ白の封筒だ。四隅は金箔の紋で飾られ、封筒を縛るように、十字に金糸が結ばれている。
家に入って、二階に上がる前に封筒を開封する。
アイス屋のカウンター引き出しからナイフを出して金糸を切った。プツンという音と共に光が舞う。この糸にも魔法がかけられているようだ。
中の手紙を読むと、城の使者が言っていたことと同じことが書かれていた。
「聖女様の祝宴の連絡……。へぇ……身分と経歴の確認の後に、改めて招待状が届くみたい――……。って、何で私に!?」
思い切り怪訝な顔をして、手紙を五回ほど読み返してしまった。突拍子もないことが書き連ねられていて、さっぱり理解できなかった。
やっぱり詐欺かもしれない。警吏に相談するべきか……。
「明日は神殿にアルバイトに行くし……もしファルクさんに会えたら、相談してみよう」
城絡みのことなら、彼に相談した方が早いだろう。そう判断して、アルメは手紙を慎重に封筒へと戻した。
よくわからない代物だけれど……念のため、金庫の中に保管しておこう。




