161 珍妙うずまきソフトクリーム
路地奥店の店先を見て、アルメは満足そうに笑みを浮かべた。
店先にはソフトクリーム機が設置されている。二日前にシトラリー金物工房から正式に納品されたものだ。
本日、ついにお披露目を迎えた。
完成品は試作機よりも大きな造りをしている。というのも、アイス液のタンクが四つに、それぞれの攪拌室が四つ、という大仕掛けなので。
右端のタンクにはミルクアイス液を入れ、左端のタンクにはチョコアイス液を入れる。
真ん中の二つのタンクには、それぞれミルクとチョコを対になるようにセットする。――この二つはミックスソフトを作るためのタンクだ。
液を入れたタンクをセットして、稼働の準備をばっちりと整えた。
カウンターの脇を定位置にする予定だが――お披露目初日の今日は、目を引くように店の外に出してある。テーブルの上にドンと設置しておいた。
ソフトクリーム機の隣には、ワッフル屋から納品されたコーンの塔が立ち並ぶ。大量に重ねてあるので、さながらコーンの城のようだ。
サクサクで、甘さと香ばしさが絶妙な逸品である。
そして店の外壁には、とびきりポップなイラスト看板。タニアに描いてもらったものを立てかけてある。
小広場を訪れた人々の視線をさらってくれるに違いない。
諸々の用意を済ませて。アルメは、朝一でシフトに入っていたジェイラと共に、アイス屋の開店時間を迎えた。
「晴れてよかったねー! 絶好のお披露目日和じゃん。客いっぱい来るといいな~、早くアイス巻きたい」
「ジェイラさん、すっかりうずまき作りにハマりましたね」
「最高に上手く作れた時の、『アタシすげー! 天才!』ってな気分の良さがたまらんのよ」
短い時間ではあったが、従業員たちの研修は済んでいる。
大雑把に見えて、意外と細々とした作業が得意なジェイラは、うずまき作りにハマったらしい。完璧な形を作り出すことに熱を入れているよう。
お披露目初日に彼女がいることは大変に心強い。晴天ということもあり、今日も多くの客入りを見込めそうなので。注文をどんどんさばいてもらいたいところだ。
お喋りをしているうちに、小広場にはちらほらと人が流れてきた。
皆、こちらに目を向けている。ソフトクリームの看板が気になったのだろう。
そのうちに、アイス屋のリピーター客たちが来て声をかけてきた。
「こんにちは、アイス屋さん。また来たわよ」
「お、何これ。新作?」
「モナカアイスを買いに寄ったんだけど、こっちを食べてみようかな。ミルクをお願い」
早速注文が入った。待ってました、と、ジェイラがウキウキでコーンを握る。
「よっしゃ! アタシ作りま~す!」
機械のレバーを下げて、ヒョイヒョイと巻いていく。手早く作り上げて、ほい、と客に渡した。
しぼり出されるアイスを見て、集まった客たちは目を丸くしていた。
「わっ、何だこの機械」
「あっはっは、こりゃ面白いものを見た!」
「これまた、なんとも奇妙な……!」
ニュニュッと出てくるアイスを見て、客たちは楽しげに言葉を交わす。
受け取ったうずまきをまじまじと見つめて、かじったり舐めたりしながら歩いていった。
「ははっ、おかしな装置だな。もう一度作ってみせておくれ。チョコを一つ」
「私もミルクのうずまきを一つお願い」
近くで見ていた客たちが、面白がって注文を入れていく。
続けざまに訪れた六、七人ほどのリピーター客をさばいたところで、雰囲気の違う客が来た。今度は地域の客ではない、観光客だ。
「あ、さっき見たの、このお店のお菓子じゃない?」
「すぐ見つかって良かった~」
観光客は様子をうかがいながら歩いて来た。続けて、他にも数組が寄ってくる。
ソフトクリームの看板を見て、話しかけてきた。
「さっき面白いお菓子を食べてる人がいたから、聞いてみたの」
「ルオーリオといえば、ティティーの店のアイスだって。ここのお店のことよね?」
「この看板のうずまきのやつ、一つお願い」
観光地において、変わったものを食べ歩きしている人を見ると、つい気になってしまう――というのは、あるあるだろう。
先にソフトクリームを購入した客たちが、よい仕事をしてくれているようだ。食べながら街中を歩いてくれるだけで、素晴らしい宣伝となっている。
注文を受けて、せっせとうずまきを作っていく。すると、順番待ちをしていた小さな女の子がキラキラした目で覗き込んできた。
「すごく楽しそう! あたしも作ってみたい!」
「じゃあ一緒にやってみる?」
「うん! チョコね! チョコ!」
「割らないように、このコーンを優しく持って――」
アルメは女の子の手に自分の手を添えて、チョコアイスのレバーを引いた。一緒にクルクルと巻いていく。
作りながら、女の子は大はしゃぎしていた。
盛り上がる客たちを見て、アルメは心の内でガッツポーズを決める。
(ソフトクリーム機、作ってよかったわ。この調子で、どんどん活躍してもらいましょう!)
売上も大事だけれど。何よりも、人々の楽しげな笑顔が一番の収穫だ。
それなりに予算を投じた機械だが、もう気持ち的にはすっかり元が取れたように感じる。
とはいえ、これからもガンガン稼働させていくけれど。
そうして人の流れが増えていき、アイス屋は昼のピークタイムを迎えた。日差しはグンと強くなり、人々は涼を求めて店へと吸い寄せられていく。
また新たに二人組の客が寄ってきた。ずいぶんと立派な体格の男性客だ。――と、思ったら。顔を出したのはアイデンとチャリコットだった。
二人は軽い荷物を背負って、ふらっと現れたのだった。
軍人たちは交代で休みを取るそうだが、どうやら彼らは午後から休みのようだ。
人で賑わう店先で、気安く声をかけてきた。
「よぉ、アルメ! エーナから聞いたんだけど、なんか変な機械作ったんだってな!」
「ちょっと、変って言い方やめてよね。面白い機械って言ってちょうだい」
「あっちぃから、俺うずまきソフトクリーム食ってくわー。お代倍払うから、倍サイズでよろしく~」
「俺も倍で頼む!」
軍人二人組は身を寄せてソフトクリーム機を覗き込んだ。財布を出す前にさっさと待ちの姿勢をとっている。
ジェイラは呆れた顔でワッフルコーンを手に取った。
「まずは金寄越せ金。あと、味三種類あるけどどうするー? ミルクとチョコとミックスと」
「ミックスって? ミルクとチョコいっぺんに食えるの?」
「え~何それ得じゃん! それにするー!」
注文を聞くと、ジェイラはミックスのレバーを下げた。
ミックスの注ぎ口は、ミルクとチョコの二つが並ぶように作られている。二つの口から同時にアイスが出て、くっ付いた状態で巻かれていく。
グルグルグルと巻いていき、通常サイズの高さを越えた。ジェイラは器用に倍サイズを巻いていく。
二倍の長さになったアイスは、さながら短剣だ。出来上がった珍妙な『短剣ソフトクリーム』を受け取って、アイデンは大声で笑った。
「俺はこの短剣を『光と闇のソフトクリームソード』と名付けよう!」
「あっは! ネーミングセンスねぇ~! 俺だったら『陰陽のうずまきソード』って名付けるね!」
「どっちもだせぇよ。はいよ、倍盛りミックスソフト二つ目」
二人はポーズを決めて短剣ソフトクリームを空に掲げ、ゲラゲラとはしゃいだ。
大柄の軍人二人はただでさえ目立つのに、さらに変なことをして人々の目を引いている。
小広場の人々は彼らを見て笑い、続々とアイス屋へと寄ってきた。
『あの短剣ソフトクリームってやつをおくれ』、という注文が入るようになってしまった。
「……なんか、変なメニューが出来ちゃいましたね。短剣ソフトクリーム……」
「裏メニューってことにしたら?」
……ジェイラの提案を採用して、プラス料金で特盛にできる仕様にしておこう。
そうやって、アイデンとチャリコットはひとしきりふざけ合っていた。――の、だが。
突然、二人が妙な動きをした。
アイスを両手で握り、本物の剣を構えるような動作をしたのだった。――何か、反射的な動きに見えた。
剣士然とした体勢をとったまま、二人は同じ方向を見ていた。アルメの家の二階の窓だ。
二人の様子に、アルメは目をパチクリさせてしまった。ジェイラもポカンとして問いかける。
「え、何? 二人とも、どうしたん?」
「いや、なんとなく」
「なんか体が勝手に動いたわ~」
彼ら自身も腑に落ちないような、変な顔をしていた。
剣の構えを解いて、チャリコットがガブリとアイスに嚙り付いた。もぐもぐしながら話しかけてきた。
「アルメちゃん、二階になんかいる? ――あ、わかった。ペット飼ったっしょ? なんか視線感じたもん、今」
「何も飼ってませんよ」
「え~? じゃ、気のせいかー」
大口でアイスを食べながら、彼は間延びした声でぼやいた。
「なんか人じゃない感じしたんだけどなぁ。視線っつ~か、殺気? みたいな? 変な感じ~」
チャリコットの言葉にジェイラが答える。彼女は二階の屋根にとまっている鳥を指さして、やれやれ、と息を吐いた。
「出たよ、戦闘員の職業病。お前らしょっちゅう魔物に睨まれてっから、過敏になってんだよ。いつまでもアイス振り回して遊んでっから、鳥に狙われたんじゃね?」
「ほんとだ、鳥がこっち見てるわ」
「俺ら、鳥の睨みで体が反応するようになっちゃったか~。なんか軍人として箔が付いてきた感じ~」
「しょうもねぇ箔付けるなよなー」
アイデンとチャリコットはヘラヘラと笑い、アイスを頬張った。ふざけているうちに溶けてきたようで、アルメに氷魔法を求めてきた。
ゆるんだ雰囲気の中。アルメは一人、未だにポカンとしていた。
実は二人だけでなく、さっきアルメも睨まれたような、変な視線を感じた気がしたのだけれど。……まぁ、気のせいだろう。
妙な心地は置いておき。アルメは気持ちを切り替えて、接客へと戻った。
また短剣ソフトクリームの注文が入ってしまったので。
(短剣ソフトクリーム……綺麗に作れるように、練習しないと!)
一応、シフトに入る従業員たちにも、再度練習の時間を取ってもらうことにしよう。こういうおかしな裏メニューは、意外と人気が出るものなので。