160 夜豆アイスのお披露目
豆を買い付けたその日のうちに、アルメは夜豆アイスと甘納豆をたっぷりと仕込んだ。
ソフトクリーム機も無事に納品されて、その確認作業と並行しつつ。ひたすらに豆を煮たのだった。
そうして翌日。夜豆アイスを抱えて表通り店へと顔を出した。
昼時に来たので、店内は大変賑わっている。ランチとして寄っている客も多いようで、アイス添えのワッフルが多く出ている様子。
店内を見渡しながら、カウンターの奥へと進む。アイスのガラス容器を、よいしょ、と作業台に置いた。
早速、事務仕事をしていたエーナが寄ってきた。
「アルメ、そのアイスは? なんだか黒っぽいけど……?」
「これは新作の、豆のアイスよ」
「豆をアイスにしたの!?」
「ふっふっふ、エーナもちょっと食べてみて」
会話を聞いて、他の従業員たちも興味深そうに目を向けてきた。
店の奥からコーデルも出てきた。
「あぁ、来た来た! アルメちゃん、それが例の夜豆アイス? く、黒……!」
「なかなかインパクトがあって目を引くでしょう? 変わり種アイスとしてプッシュしてみようかな、と」
夜豆アイスに関して、コーデルには昨日のうちに連絡をしておいたのだけれど。実物を披露すると、目をパチクリさせて見入っていた。
夜豆アイスは名前の通り、夜空のような色をしている。チョコやコーヒーよりもずっと濃い色だ。アイスカウンターに並べたら、人々の視線を集めることは請け合いだろう。
作業台の上に三種類の甘納豆の容器も出した。これはトッピング用だ。
並べた夜豆アイスセットを前にして、アルメは従業員たちに声をかけた。
「さぁ、みなさん試食をどうぞ。遠慮なく、感想もお願いします」
「店番交代しながら食べましょ。最初に試食したい人~」
「はい! 私、食べてみる!」
コーデルの呼びかけに、エーナが元気よく手を上げた。
いそいそと器を用意して、店の奥での試食会が始まった。
結局、近くにいた面々から食べることになり、エーナとコーデルが先陣を切ることになった。
夜豆アイスを器の真ん中にまるく盛り付け、パラパラと甘納豆をトッピングする。
甘納豆は赤、黄色、緑色の三色だ。煮て砂糖をまぶすと、色合いがやわらかくなって可愛らしい仕上がりとなった。
盛り付けを完成させて、二人の前に出す。エーナが明るい声を上げた。
「取り分ける前の黒い塊状態だと、ちょっとびっくりしたけど。こうやって盛り付けると、結構お洒落ね! 丸い夜空に星が散っているみたいで」
「そうね。見た目が上品になったわ。それじゃあ、お味の方を――」
アイスと甘納豆を一緒にスプーンにすくって、パクリと頬張る。もぐもぐと味わって、二人は頬をゆるめた。
「わぁ、優しい味。言われなきゃ豆ってわからない感じ」
「これ砂糖で煮たのよね? 豆と砂糖って合うのね~。こういうアイスがいけるなら、甘芋のアイスもいけるんじゃない?」
出てきた意見に、ふむと頷く。
「そうですね、あとはかぼちゃとかどうでしょう?」
「野菜のアイス、面白いわね! トマトとかニンジンとかもいけそう。野菜嫌いのアイデンに出してみたいわ。何も言わずに、しれっと」
エーナの冗談に笑ってしまった。きっと面白い反応を見られるに違いない。
フルーツ系のアイスの他に、野菜系のアイスをそろえてみるのも良い案だ。頭の中にメモしておこう。
そうしてひとしきり、夜豆アイスと甘納豆、そして変わり種アイスの話をしたところで。
ふいに、表から子供たちの賑やかな声が聞こえてきた。
奥から顔を出して見てみると、少年たちがわらわらと集まり、店を覗いていた。きっと小学院の帰りだろう。今日は昼までの授業だったみたいだ。
その中の一人がおずおずと手を振ってきた。黒髪に小麦色の肌――昨日対応してくれた豆屋の少年だった。
アルメはカウンターに出て、笑顔で迎えた。
「こんにちは。遊びに来てくれたの?」
「うん! 東の店にいなかったから、こっちかな、って思って」
「まぁ、探してくれたのね。改めて、昨日はどうもありがとう。あなたのおかげで素敵なアイスができたわ」
「いやぁ~、へへっ、それが俺の仕事っすから!」
アルメと親しげに話す少年を見て、彼の友人たちは大きくざわついていた。『ほんとに知り合いなんだ!』なんて声が聞こえてくる。
ふと思いついて、アルメは少年に提案した。
「そうだ。ちょうど夜豆アイスの試食をしていたのだけれど、もしよかったら食べてみる? 仕入れでお世話になりましたし、そのお礼に」
「いいの!? 豆アイス食べてみたい!」
「よし、ちょっと待っててね」
アルメは器に大きく夜豆アイスを盛りつけた。甘納豆もたっぷりまぶす。
「はい、どうぞ。仕入れのお仕事相手として、特別な試食品をご提供します」
あくまで『アイス屋の関係者』として振る舞っておく。他の客もいるので、そういう体にしておいた。けれど、スプーンはしっかり人数分添えてある。
少年たちは意図を察したようで、端っこで身を寄せ合って食べ始めた。
みんなものすごくワクワクした顔をしている。『秘密の新作試食品をもらってしまった』、というのは、彼らの中ではちょっとした事件だったようだ。
一応ヒソヒソ声で会話をしているようだが、気分が盛り上がっているせいか、その声も結構大きい。
少年たちの声がカウンターまで届いた。
「これ俺が売った豆だぜ!」
「すげー!」
「わっ、うまっ! ほんとに豆なの?」
「僕、豆あんま好きじゃないんだけど、これはいける!」
漏れてくる感想を聞くに、少年たちにも気に入ってもらえたようだ。
少年たちはあっという間に器を空にした。豆屋の彼がカウンターに戻しに来た。
「ごちそうさまでした! 今まで食ってきた豆で一番美味かった!」
「それは光栄です。お口に合ってよかったわ」
「これからも、うちの店と豆をよろしく~! あと、俺のことも!」
少年は手を差し出してきた。アルメは笑顔で応えて、握手を交わす。すると、彼は両手でガシリと握りしめ、ゆるみきった笑みを浮かべた。
「えっへっへ、アイスの女神様と握手しちゃった! 俺の歳があと十歳上だったらよかったのにな~! 歳が近かったら、姉ちゃんとは運命の出会いだったわ! 絶対このまま結婚してた!」
「ふふっ、面白いこと言うわね」
お調子者の少年の言葉に吹き出してしまった。
会話を聞いて、側に寄ってきたエーナが悪戯な笑みを浮かべる。少年にコソリと声をかけた。
「あらあら。このお姉さんにデレデレしてると鷹が降ってくるからね。気を付けて」
「え、やべぇ……それってまさか、噂の白いやつ?」
少年は顔をひきつらせ、握っていたアルメの手をパッと解いた。
――この面白い豆屋の少年の話を、ファルクへの手紙にも書いて送ったのだけれど。
思いの外、内容に踏み込んでくる返事が届いたのは後の話だ。
少年について事細かに尋ねられ、アルメは困惑してしまったのだった。手紙の書き出しの、軽い笑い話の一つだったのだけれど……ファルクの返事の手紙の枚数は異様であった。
少年たちを見送った後、コーデルと夜豆アイスの提供についての打ち合わせをした。近く、表通り店のメニューへと加わる予定だ。
その後は、ソフトクリーム機が無事に納品されたことを話して、他にも諸々の話し合いを済ませて。表通り店での用事を終えて、アルメは店を出た。
一度家に戻って、この後はメルシャの店のアルバイト――食材の配達とミルクアイスの納品を済ませ、その足で絵画工房へと向かう。
(タニアさんのところでうずまきソフトクリームの看板を確認して、追加で夜豆アイスの宣伝看板を依頼して、その後は――)
頭の中で予定を確認しているうちに家についた。大きな布鞄に食材を詰めて、また忙しなく家を出る。
アルメは路地をスタスタと歩いていく。――が、ふいに足が止まった。
「……?」
何か、変な視線を感じた。
周囲をキョロと見回すが、誰もいない。なんとなく、誰かに思い切り強く睨まれたような……嫌な感じを覚えたのだけれど。
(気のせいかしら)
最近、胃の調子も悪くしていたところなので、瞬間的に体がおかしくなったのかもしれない。
今日は早寝しよう、なんて考えつつ、アルメはまた歩き出した。




