表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
160/254

160 夜豆アイスのお披露目

 豆を買い付けたその日のうちに、アルメは夜豆アイスと甘納豆をたっぷりと仕込んだ。


 ソフトクリーム機も無事に納品されて、その確認作業と並行しつつ。ひたすらに豆を煮たのだった。


 

 そうして翌日。夜豆アイスを抱えて表通り店へと顔を出した。


 昼時に来たので、店内は大変賑わっている。ランチとして寄っている客も多いようで、アイス添えのワッフルが多く出ている様子。


 店内を見渡しながら、カウンターの奥へと進む。アイスのガラス容器を、よいしょ、と作業台に置いた。

 早速、事務仕事をしていたエーナが寄ってきた。


「アルメ、そのアイスは? なんだか黒っぽいけど……?」

「これは新作の、豆のアイスよ」

「豆をアイスにしたの!?」

「ふっふっふ、エーナもちょっと食べてみて」


 会話を聞いて、他の従業員たちも興味深そうに目を向けてきた。


 店の奥からコーデルも出てきた。


「あぁ、来た来た! アルメちゃん、それが例の夜豆アイス? く、黒……!」

「なかなかインパクトがあって目を引くでしょう? 変わり種アイスとしてプッシュしてみようかな、と」


 夜豆アイスに関して、コーデルには昨日のうちに連絡をしておいたのだけれど。実物を披露すると、目をパチクリさせて見入っていた。


 夜豆アイスは名前の通り、夜空のような色をしている。チョコやコーヒーよりもずっと濃い色だ。アイスカウンターに並べたら、人々の視線を集めることは請け合いだろう。

 

 作業台の上に三種類の甘納豆の容器も出した。これはトッピング用だ。


 並べた夜豆アイスセットを前にして、アルメは従業員たちに声をかけた。


「さぁ、みなさん試食をどうぞ。遠慮なく、感想もお願いします」

「店番交代しながら食べましょ。最初に試食したい人~」

「はい! 私、食べてみる!」


 コーデルの呼びかけに、エーナが元気よく手を上げた。

 いそいそと器を用意して、店の奥での試食会が始まった。



 結局、近くにいた面々から食べることになり、エーナとコーデルが先陣を切ることになった。


 夜豆アイスを器の真ん中にまるく盛り付け、パラパラと甘納豆をトッピングする。


 甘納豆は赤、黄色、緑色の三色だ。煮て砂糖をまぶすと、色合いがやわらかくなって可愛らしい仕上がりとなった。


 盛り付けを完成させて、二人の前に出す。エーナが明るい声を上げた。


「取り分ける前の黒い塊状態だと、ちょっとびっくりしたけど。こうやって盛り付けると、結構お洒落ね! 丸い夜空に星が散っているみたいで」

「そうね。見た目が上品になったわ。それじゃあ、お味の方を――」


 アイスと甘納豆を一緒にスプーンにすくって、パクリと頬張る。もぐもぐと味わって、二人は頬をゆるめた。


「わぁ、優しい味。言われなきゃ豆ってわからない感じ」

「これ砂糖で煮たのよね? 豆と砂糖って合うのね~。こういうアイスがいけるなら、甘芋のアイスもいけるんじゃない?」


 出てきた意見に、ふむと頷く。


「そうですね、あとはかぼちゃとかどうでしょう?」

「野菜のアイス、面白いわね! トマトとかニンジンとかもいけそう。野菜嫌いのアイデンに出してみたいわ。何も言わずに、しれっと」


 エーナの冗談に笑ってしまった。きっと面白い反応を見られるに違いない。


 フルーツ系のアイスの他に、野菜系のアイスをそろえてみるのも良い案だ。頭の中にメモしておこう。



 そうしてひとしきり、夜豆アイスと甘納豆、そして変わり種アイスの話をしたところで。

 ふいに、表から子供たちの賑やかな声が聞こえてきた。


 奥から顔を出して見てみると、少年たちがわらわらと集まり、店を覗いていた。きっと小学院の帰りだろう。今日は昼までの授業だったみたいだ。


 その中の一人がおずおずと手を振ってきた。黒髪に小麦色の肌――昨日対応してくれた豆屋の少年だった。

 

 アルメはカウンターに出て、笑顔で迎えた。


「こんにちは。遊びに来てくれたの?」

「うん! 東の店にいなかったから、こっちかな、って思って」

「まぁ、探してくれたのね。改めて、昨日はどうもありがとう。あなたのおかげで素敵なアイスができたわ」

「いやぁ~、へへっ、それが俺の仕事っすから!」


 アルメと親しげに話す少年を見て、彼の友人たちは大きくざわついていた。『ほんとに知り合いなんだ!』なんて声が聞こえてくる。


 ふと思いついて、アルメは少年に提案した。


「そうだ。ちょうど夜豆アイスの試食をしていたのだけれど、もしよかったら食べてみる? 仕入れでお世話になりましたし、そのお礼に」

「いいの!? 豆アイス食べてみたい!」

「よし、ちょっと待っててね」


 アルメは器に大きく夜豆アイスを盛りつけた。甘納豆もたっぷりまぶす。


「はい、どうぞ。仕入れのお仕事相手として、特別な試食品をご提供します」


 あくまで『アイス屋の関係者』として振る舞っておく。他の客もいるので、そういう体にしておいた。けれど、スプーンはしっかり人数分添えてある。


 少年たちは意図を察したようで、端っこで身を寄せ合って食べ始めた。


 みんなものすごくワクワクした顔をしている。『秘密の新作試食品をもらってしまった』、というのは、彼らの中ではちょっとした事件だったようだ。


 一応ヒソヒソ声で会話をしているようだが、気分が盛り上がっているせいか、その声も結構大きい。


 少年たちの声がカウンターまで届いた。


「これ俺が売った豆だぜ!」

「すげー!」

「わっ、うまっ! ほんとに豆なの?」

「僕、豆あんま好きじゃないんだけど、これはいける!」


 漏れてくる感想を聞くに、少年たちにも気に入ってもらえたようだ。


 少年たちはあっという間に器を空にした。豆屋の彼がカウンターに戻しに来た。


「ごちそうさまでした! 今まで食ってきた豆で一番美味かった!」

「それは光栄です。お口に合ってよかったわ」

「これからも、うちの店と豆をよろしく~! あと、俺のことも!」


 少年は手を差し出してきた。アルメは笑顔で応えて、握手を交わす。すると、彼は両手でガシリと握りしめ、ゆるみきった笑みを浮かべた。


「えっへっへ、アイスの女神様と握手しちゃった! 俺の歳があと十歳上だったらよかったのにな~! 歳が近かったら、姉ちゃんとは運命の出会いだったわ! 絶対このまま結婚してた!」

「ふふっ、面白いこと言うわね」


 お調子者の少年の言葉に吹き出してしまった。


 会話を聞いて、側に寄ってきたエーナが悪戯な笑みを浮かべる。少年にコソリと声をかけた。


「あらあら。このお姉さんにデレデレしてると鷹が降ってくるからね。気を付けて」

「え、やべぇ……それってまさか、噂の白いやつ?」

 

 少年は顔をひきつらせ、握っていたアルメの手をパッと解いた。



 ――この面白い豆屋の少年の話を、ファルクへの手紙にも書いて送ったのだけれど。

 思いの外、内容に踏み込んでくる返事が届いたのは後の話だ。


 少年について事細かに尋ねられ、アルメは困惑してしまったのだった。手紙の書き出しの、軽い笑い話の一つだったのだけれど……ファルクの返事の手紙の枚数は異様であった。



 少年たちを見送った後、コーデルと夜豆アイスの提供についての打ち合わせをした。近く、表通り店のメニューへと加わる予定だ。

 

 その後は、ソフトクリーム機が無事に納品されたことを話して、他にも諸々の話し合いを済ませて。表通り店での用事を終えて、アルメは店を出た。


 一度家に戻って、この後はメルシャの店のアルバイト――食材の配達とミルクアイスの納品を済ませ、その足で絵画工房へと向かう。


(タニアさんのところでうずまきソフトクリームの看板を確認して、追加で夜豆アイスの宣伝看板を依頼して、その後は――)


 頭の中で予定を確認しているうちに家についた。大きな布鞄に食材を詰めて、また忙しなく家を出る。


 アルメは路地をスタスタと歩いていく。――が、ふいに足が止まった。


「……?」


 何か、変な視線を感じた。


 周囲をキョロと見回すが、誰もいない。なんとなく、誰かに思い切り強く睨まれたような……嫌な感じを覚えたのだけれど。


(気のせいかしら)


 最近、胃の調子も悪くしていたところなので、瞬間的に体がおかしくなったのかもしれない。


 今日は早寝しよう、なんて考えつつ、アルメはまた歩き出した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ