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159 買い出しと豆屋の少年

 クレープの試食イベントを終え、提供に向けた打ち合わせも済ませて。

 その他にも仕事に関する諸々の用事を済ませて、帰宅したのが日没後のこと。


 そこから、手紙を盗み読みしたリナリスへの長く厳しい説教の時間をとり、家事を終わらせて――。と、動き通していたら、いつの間にか一日が終わっていた。



 そうして迎えた翌朝。アルメは今日も朝一で動き出していた。


 手早く支度を済ませて家を出る。今日は午後から立て込みそうなので、アイス屋の開店前に買い出しを済ませておく。


 それというのも、午後にソフトクリーム機が納品されるのだ。

 シトラリー金物工房の面々を店に迎えて、機械のチェックや試作をする予定である。


 加えて、従業員たちのうずまきソフトクリーム作りの研修。タニアへの新しい宣伝用看板の制作依頼。――などなど、予定が詰まっている。


 爽やかな朝の空気の中、アルメは空の台車を押して通りを歩いていく。行きの台車は軽いが、帰りはずっしりと重たくなっていることだろう。


(メルシャさんのお店の買い出しも一緒に済ませておきましょう。品は明日届けるとして――。あ、そうだ。市場に行く前に郵便屋にも寄らないと)


 通りがかりに気がついて、アルメは郵便屋へと歩を進めた。

 窓口で手続きをして手紙を受け取る。


 ファルクからのプライベート便は、郵便屋で留めておいてもらうことにしたのだ。ここで受け取る方法にした方が確実だろう、ということで。


 手紙のチェックに通うのは、ちょっと大変ではあるけれど……リナリスがいる間は、こうすることに決めた。


 ナイフを借りて、郵便屋の中で手紙の封を切る。

 綴られている字を目で追っていると、無意識に頬がゆるんでしまった。


 今回の手紙の内容は、主にソフトクリーム機についてだった。納品予定日を伝えてあったので、話題にしてくれたようだ。


 ファルクは流麗な字で『俺の部屋にもソフトクリーム機を設置したい』、というようなことを書いて寄越した。


(部屋に置いたら、ファルクさん、無限に食べそうね。うん、却下します)


 手紙への返事を考えながら郵便屋を後にする。またカラカラと台車を押して、市場へと向かった。


 勝手知ったる市場の中を、効率よくまわっていく。買い物リストをあらかた消化したところで、アルメは一度立ち止まった。


 台車に載せた食材を整頓して、空きスペースを作る。この後購入する『大量の豆』を載せるための場所を確保した。


「さて、今日のお買い物のメイン、行きましょう!」


 本日の買い出しのメインは、アイス用の夜豆である。アイス屋のメニューに追加してみることを決めたのだ。


 神殿での試食会で、甘納豆が思いの外、良い評判を得たので。アイスもそれなりの人気を見込めるのではないか、と思っての決定だ。

 ひとまず期間限定として、様子を見ようと思う。


 そういうわけで、仕入れとして大量に豆を買う必要がある。


(とりあえず夜豆をたっぷり買うとして。あとは――……夜豆だけじゃ真っ黒で華がないから、カラフルな甘納豆を飾ってみようかしら。トッピング用の豆も仕入れておきましょう)


 頭の中で夜豆アイスの盛り付けをイメージしてみる。黒ベースのアイスに色とりどりの甘納豆を添えたら、よいアクセントになりそうだ。


 ふむ、と頷いて、アルメは軽い足取りで豆屋へと向かった。







 市場の一角、豆屋の店先にて。黒髪に小麦色の肌をした店番の少年は、盛大にため息を吐いた。


「あぁ~……つまんねぇ~……」


 いかにも退屈そうな、間延びした声で愚痴をこぼす。


 まだ十二歳という年齢なのだが……店番がつまらなすぎて、六十歳くらいに老け込んでしまっている気分だ。


 豆屋の少年はげんなりとした顔で、さらに愚痴を連ねる。お喋りの相手は、奥で作業をしている祖父だ。


「この前、友達ん家のフルーツ屋にさぁ、お貴族様が買い付けに来たんだって。なんか珍しい高級フルーツが入ったとかで。……うちにはそういうのねぇの?」

「ない。貴族のお客なんざ、面倒なだけじゃろ。うちの上客はいつだって『庶民の奥さんたち』じゃ。豆屋の跡継ぎとして胸に刻んでおけ」

「嫌だ~刻みたくねぇ~……」


 少年はまた重いため息を吐いた。


 だらけた体勢で、炒り豆に塩をかけたお菓子をポリポリとつまむ。この素朴すぎる豆菓子にも、もううんざりしている。家で出されるお菓子はいつもこれなのだ。


 祖父相手に、さらにグチグチと言い募る。


「友達がさぁ、たまに学院にチョコ持ってくんの。そいつの父ちゃん、なんかお洒落なお菓子屋で働いてんだって。その店のチョコをお裾分け~っつって、女子たちにばら撒いててさぁ……すげーモテてやがるの。ずるくねぇ?」

「お前も女子に豆菓子を分けてやりゃいいじゃろ」

「じいちゃんわかってねぇなぁ……お洒落度が全然ちげーじゃんか! チョコには勝てねぇよ……」


 少年はガクリと項垂れた。


 代々豆売りをしている家の長男として生まれたのが運の尽きだった。華のない地味な家業に、もう飽き飽きとしている……。


 友人たちが得意げに家業の自慢話をする中、豆屋の自分には語れるような派手なエピソードがまるで無い。そのことが、少年の心をどんよりと濁らせていた。


 正直言うと、こんな退屈な仕事など継ぎたくもない……。

 とびきり渋い顔で、三度目のため息を吐く。


「なんかすげーこと起きないかなぁ~……。突然現れた美少女が俺に惚れてくるとかさぁ……」

「馬鹿言ってんじゃないわい。ほれ、お客が来たぞ。シャキッとせい」


 祖父にベシッと尻を叩かれた。少年はだらんとした姿勢をちょっとだけ直して、店番へと戻った。


 現れたのは歳の近い絶世の美少女――ではなく、お姉さんだった。


 やる気はないが、一応接客用の大きな声で出迎えておく。グダグダの態度で仕事をすると、また祖父に引っ叩かれてしまうので。


「いらっしゃーい! 今日は紅玉豆が安いよー!」


 接客の定型句を言うと、女性客は早速紅玉豆へと目を向けた。……言っちゃ悪いが、なんだかチョロそうな客だ。


「紅玉豆、赤色が鮮やかですね。こっちの黄玉豆も一緒にいただこうかしら。この緑色の翠豆も綺麗ね。こちらもお願いします」

「はいよー。どのくらい取りましょうか?」

「そうですねぇ、それぞれ、大きいカップに五杯ほど」

「ご、五杯も……!?」


(この姉ちゃん、どんだけ豆食うんだよ……!)


 つい、頭の中でツッコミを入れてしまった。


 取り分け用の銀色のカップは、大サイズだと大酒飲みのジョッキくらいはある。それを五杯も。しかも三種類の豆で。……相当な豆好きだ。


 言いたいことを飲み込んで、慌てて取り分けていく。普段、これほど大量に買っていく客はいないので、ちょっと焦ってしまった。


 大サイズのカップで計十五杯分の豆をすくって、種類別に麻袋へと入れる。袋は客が持参したものだ。


 ようやく取り終えて、三種類の豆の金額をそれぞれ出す。紙にメモをしたところで、ふぅ、と一息ついた。


 大仕事をさばききった達成感にひたりつつ。三種の豆の金額を合わせて、会計の金額を――出そうとしたところで、客に声をかけられた。


「すみません、もう一種類。夜豆もいただきたく」

「……えっ!? あぁ、夜豆ね! ちょいとお待ちを」


(まだ買うのか……!)


 また頭の中で突っ込んでしまった。てっきり三種類で終わりかと思ったが、もう一種類の豆が加わるみたいだ。


 客は何やら大きな麻袋を持ち出した。

 察するに、どうせまた大カップの注文だろう……と、さっさと大カップを握った。


「夜豆はどれくらい? こちらも五杯っすか?」


 問いかけると、客は少し考え込む顔をしてから、答えた。


「五――……五十、くらい。一気に買っておこうかしら」

「ご、ごじゅ……っ!? 姉ちゃんしっかりしろ! トチ狂っちまったのか!?」


 今度はツッコミを抑えきれず、うっかり大声を出してしまった。


 思いの外声が響いてしまって、周囲の人々が一斉にこちらを見た。店の奥からは祖父が飛び出してきた。思い切り尻を叩かれてしまった。


「こりゃ! お客さんに何て失礼なことを!」

「だ、だって、この姉ちゃん、夜豆五十杯とか言うんだぜ!?」

「えっ……五十!? お嬢さん、正気かいな!?」


 一転して、祖父もギョッとした目で客を見た。客は慌てた様子で言葉を続けた。


「す、すみません! 突然大きな注文を入れてしまって……! お店で豆が必要で……! ええと、それじゃあ、十杯ほどでしたら、ご対応いただけるでしょうか?」

「店……? あぁ、なんだ! お嬢さん、豆料理のお店の人かい?」

「いえ、お菓子屋です。豆のお菓子を作る予定なんですが、まだ仕入れ先を決めていなくて。ひとまずこちらのお店で、と、思ったのですが――」


 客は口早に事情を説明した。――と、ちょうどその時。通りがかりのおばちゃんが、彼女に声をかけた。


「あら! アイス屋の店主さんじゃない! お買い物?」

「えぇ、アイスの材料の仕入れを」

「アイスに豆を使うの?」

「ふふっ、新作です。どうぞお楽しみに」


 何やら、おばちゃんは彼女のお菓子屋の客みたいだ。彼女のことを『アイス屋の店主』と呼んでいた。


 ふと意識を向けると、周りの人たちも小声をこぼしていた。

 

「あ! あのアイス屋さんじゃん。雑誌に載ってた」

「例のアイスの女神様でしょ?」

「ほら、白鷹様のごひいきだとかいうお店の」

「私、南地区のアイス屋すごく好きなの。職場が近いから、しょっちゅう通ってる」


 人々のお喋りを聞いてハッとした。

 学院で友達から聞いた話を思い出した。『お菓子を食べてあたりを引くと、白鷹様のブレスレットをもらえる店がある』という話を。


 自分はもう、親に青いブレスレットを買ってもらっていたので、そのお菓子屋へ行くことはなかったのだけれど。


(まさか、この姉ちゃんがあのお菓子屋――アイス屋の店主……!?)


 雑誌に載ったりなんかして、最近はさらに注目されているらしい。ということを、情報通のませた女子たちの話で聞いている。


「アイス屋ティティーの、店主アルメ、さん!? 白鷹様がかしずいた女神様で、すげー美味いらしい氷菓子の店の……!? うわぁ、本当に!? 本物!?」


 理解した途端に、一気に気分が高揚した。

 有名人が自分の店に来て、お喋りをしてしまった。これはもう大事件である。


 放り出していた大サイズのカップを握り直して、豪快に夜豆のカゴへと突っ込んだ。


「五十杯でも百杯でも、いくらでも売るよ!! ほら、じいちゃんも手伝って!!」

「お、おうよ……!」


 弾かれたように動き出した豆屋の面々を見て、アイス屋のアルメは目を丸くしていた。

 

 せっせと手を動かしながら、豆屋の跡取りとして、彼女に声をかけておく。


「豆が必要なら、是非、うちをひいきにしておくれ! 姉ちゃんのために自慢の豆をそろえておくぜ!」


 白い歯をキラリと輝かせて、爽やかな笑顔で言い放つ。

 

 隣で作業をする祖父から、『調子のいいやつめ……』なんて小声がこぼされた気がしたが、これっぽっちも聞こえやしない。



 会計を済ませると、アルメは大量の豆を台車に乗せて去っていった。仕入れに関して、今度改めて話をしに来てくれるとか。


 後姿を見送って、しみじみと呟いてしまった。


「いやぁ~。すげーこと、起きたわぁ~」


 明日、学院に登校するのが待ち遠しい。朝一で、教室中の話題をかっさらってやろう。


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