157 ついでの甘納豆
旧玄関のホールは、すっかり試食イベントの会場と化していた。
人々のクレープ感想を聞いているうちに、アルメはハッと思い出した。持ってきた大荷物の中に、もう一つ出すべきものがあったのだった。
ちょっとしたお菓子を作ってきたのだ。クレープの試食会に便乗させてもらおう、と。
鞄からガラス容器を取り出してカウンターに置く。すかさず、ファルクが金の瞳を向けてきた。
「あの、もしよければこのお菓子も試食をしていただけませんか」
「豆のお菓子ですか?」
「はい。夜豆をシロップに漬けたお菓子です」
覗き込んできたファルクに答える。彼はクレープを食べ終えてもまだのんびりと居座っていた。
アルメが持ってきたのは夜豆の甘納豆だ。甘く調理した豆は一般的ではないので、感想を聞けたら、と思って。
ちょうど大勢の人が集まっているので、試食品として出してみることにした。
スプーンで数粒すくい、ファルクとメルシャの手のひらの上によそう。手を伸ばしてきた周囲の人々にも、甘納豆を分けていく。
二人はまじまじと見つめた後、口の中に放り込んだ。
メルシャは興味深そうに味わっていた。
「甘い豆ってのは珍しいねぇ。うん、優しい味で美味しいわ。おやつにぴったりね。どうやって作るの、これ」
「煮豆をさらに砂糖で煮て、そのまま漬けおくだけです。しばらくおいたらシロップから上げて、乾燥させて砂糖をまぶす、と」
「あたしも家で作ってみようかしら」
「他の豆でもできるので、是非」
喋りながら、メルシャはおかわりを手のひらによそって、パクパクと頬張っていく。
アルメの耳に他の人々の声も届いた。
「豆に砂糖ってなんか変な感じ」
「あ、でも意外と美味しい」
「ちょっと栗のシロップ漬けに似てない?」
珍しいお菓子を前にして、みんな不思議そうな顔をしていた。けれど、豆をつまんで頬張る手は止まらない。パクパク食べている。
(思っていたよりウケはいいみたい)
微妙な反応も覚悟していたのだが、結構喜んでもらえている。――の、だが。一人黙り込んでいる男がいる。
「白鷹様は、お口に合いませんでしたか?」
「いえ、美味しいです、とても! 砂糖煮豆を食べるのは子供の頃以来なので、懐かしくて……つい浸ってしまいました」
「あら、食べたことがあるのですね。極北でもこういうお菓子があるのですか?」
問いかけると、ファルクは目を細めて語った。
「いえ、外で売られているものは見たことがありません。けど、俺の家ではおやつとして出されました。こういう、コロコロした見た目の豆菓子ではありませんでしたが。――豆を砂糖で煮てジャムのようにしたものを、薄焼きの丸いパンケーキに挟んだお菓子で……その味を思い出しました」
「それは――」
(――どら焼きのような?)
彼の言うお菓子に近いお菓子が、頭の中によぎった。口に出しても伝わらないだろうから、止めておいたけれど。
「たまに父が家のメイドに頼んで、作ってもらっていて。母が生前に好んでいたお菓子だそうで、懐かしんでいたようです。――あ、」
そこまで話すと、ふいにファルクは背を丸めた。体を縮こめて小さくなった。
直後に、ホールの中に数人の神官たちが歩いて来た。大神官ルーグと、その連れのようだ。
神官集団が歩いて来て、ホールの中は騒然とした。人々は大いにざわつきながら、彼らに道をあける。
人波の中に隠れようとしたらしいファルクは、あっという間に露わにされた。
神官集団に囲まれて、両腕をガシリと拘束された。ルーグは捕えたファルクを見て、ふむと頷く。
「やっぱりここにいたか、脱走鷹め。よし、捕獲完了。お前たち、連行しなさい」
「はい、ルーグ様。白鷹様、ご容赦ください」
「あぁ……っ、お待ちください! あと半刻だけ……っ! アルメさん、お助けください……!」
神官集団に羽交い絞めにされ、ファルクはカウンター席から引き剥がされた。
(ファルクさん、脱走してきたのね……)
助けることなく、アルメは鷹の捕獲作業を見守ることにした。
神官集団はファルクを引きずって、廊下の向こうへと去っていく。ホールには白鷹の最後の声が響き渡った。
「クレープ、とっても美味しかったです……! 次はアーモンドチョコバナナカスタードアイスクレープを――……」
彼はまた長い呪文を言い放って消えていった。
アルメは呆れつつ、カウンターへと視線を戻す。全員去ったと思ったのだが、一人だけ神官が残っていた。
「あ、っと、ルーグ様……! ご挨拶が遅くなりまして……っ、お久しぶりでございます!」
「そうかしこまる必要はない。ちょいと通りがかっただけだから。――ところで、なかなか美味い菓子があるじゃないか」
「え?」
ルーグはちゃっかり手のひらに甘納豆をよそって、つまんでいた。
「ううむ、これはこれは……手が止まらんな……こりゃ仕事中のつまみにちょうどいいわい。ちょいと失礼」
彼はハンカチを取り出すと、甘納豆をガサッと山盛りに取り分ける。丁重に包んで、手に収めた。
「ではでは、ワシはこれにて。良い一日を」
「あ、はい……! 良い一日をお過ごしくださいませ……!」
ルーグは飄々とした挨拶を交わすと、ウインクと共に去っていった。久しぶりに会ったが、元気そうで何よりだ。
嵐のように去っていった神官集団に、人々は大きく盛り上がっていた。
そんな賑わいに満ちたホールを見回して、ふと端へと目を向けた時。見覚えのある姿を見つけてしまった。
ウェーブのかかった長い金髪に、美しい身なりのご令嬢。前にアイス屋を騒がせたクレーマー三人組の、リーダー格の娘――。
そこにいたのは、ブライアナ・オードルだった。