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156 客寄せマスコットと試作アイスクレープ

 翌日の朝、アルメは大きな布鞄を抱えて家を出た。この大荷物の内訳は、ミルクアイスのガラス容器やら、フルーツやら、氷魔石やら――色々だ。


 今日はこれから、中央神殿のメルシャの軽食屋でクレープの試作をしてくる。


「それじゃあ行ってくるわね」

「お姉ちゃん、神殿に治療に行かれるのですよね? その荷物は……?」

「色々と用事があるのよ。じゃあ、戸締りをよろしく。行ってきます」


 忙しなく出掛けて行ったアルメを、リナリスは玄関先で見送った。


 リナリスに絡まれる前に、アルメはさっさと歩き去る。ウダウダとしたお喋りに付き合っている時間はないので。


 リナリスは昨日のファルクとのデートが上手くいかずに、気落ちしている様子だった。憂さ晴らしに構って欲しい、という空気がにじみ出ている。


 申し訳ないが、愚痴に付き合う義理はない。彼女のことはサラッとあしらうことに決めた。

 

 小広場を抜けてすぐ、細い路地でアルメは一度足を止める。陰に隠れて、コソリとリナリスの様子をうかがった。


 リナリスはアルメが姿を消した後、家のポストへと手を伸ばした。中を確認して、封筒を取り出した。


 その封筒はファルクからの手紙だ。アルメ宛ての手紙、という体だが、実際はリナリスに向けた手紙である。つまりは偽の手紙――。


 リナリスの好意をかわすために、ファルクが用意したものだ。

 『仕事で遠方に行くことになったので、もう会えなくなる』というようなことが書かれている。


 リナリスは封筒を手に取って、迷うことなく封を切った。中の手紙を読み、複雑な表情を浮かべていた。


 遠目にうかがい見て、アルメは渋い顔をした。


(偽の手紙とはいえ……その手紙、一応、私宛なんだけど。やっぱりこの前のファルクさんの手紙も、リナリスが盗み読みしていたみたいね……)


 犯行現場の裏を取ったところで、アルメは再び歩き出した。まずは神殿に向かおう。説教の時間は夜に、じっくりガッツリと取らせてもらう。


 

 大通りに出て、中央神殿行きの相乗り馬車に乗る。


 リナリスには『胃の治療のために通う』と言ってある。軽食屋でアルバイトを――なんて事細かに話したら、また彼女の興味を引いてしまいそうなので。


 しばらく馬車に揺られて、神殿に到着した。


 正面玄関には進まずに、外をグルリとまわって旧玄関から中に入る。


 ホールに入ってすぐに、アルメは目を丸くした。メルシャの軽食屋を取り囲むように、賑やかな人垣ができていたので。


 近寄って確認すると、やはりというべきか。人垣の中心には客寄せのマスコットがいた。

 神殿の王子様が、堂々とカウンター席に腰を下ろしていた。


 こちらに気がついたメルシャとファルクが声をかけてきた。


「アルメちゃん、待ってたわよ。ふふっ、白ちゃんも朝一で来てくれたの」

「こんにちは、アルメさん」

「ええと……こんにちは」


 アルメは顔をひくつかせながら、輪の中へと入っていった。


「あの、とてもお忙しい身分のお方に、こんなことを尋ねるのは失礼だとは存じますが……白鷹様、お暇でいらっしゃいますか?」

「とても忙しいはずなのですが、どういうわけか時間ができてしまいましてね」


 チラッと店を覗けたら覗きに来る、程度の約束だったはずだが。ファルクはしっかり席を確保して優雅にくつろいでいる。


 そんな彼を取り囲んでいるのは、神殿の患者たちや、その見舞客たちだ。ちゃっかり掃除のおばちゃんなんかも混ざっている。


 アルメは引きつった笑みを浮かべてしまったが、メルシャは愉快そうに大笑いしている。傍らで、てきぱきとキッチンの支度を整えた。


「さぁさぁ、それじゃあアルメちゃんも来たことだし。早速やっていきましょう!」


 言いながら、大きな鉄板に油を引いた。円形をしたクレープ用のホットプレートだ。火魔石をセットして起動させる。


 温まるのを待つ間に、彼女はガラスボウルでクレープ液を作り始めた。


 アルメは鞄からゴロゴロとフルーツを取り出す。


「いくつかフルーツを見繕ってきたのですが、具材はこれで大丈夫でしょうか」

「バナナにイチゴ、オレンジ、マンゴー。うん、素敵なクレープが出来上がりそうだわ。ありがとうね」

「カットしますね。こちらの包丁、お借りしてもいいですか?」

「自由に使ってちょうだい。道具はそこにまとめてあるから」


 エプロンをして、アルメも作業に加わる。道具を借りてフルーツを切り始めた。


 その様子をニコニコと眺めながら、ファルクは呪文のリクエストを寄越す。


「白鷹はチョコソースイチゴ生クリームアイスクレープを所望します」

「まだ言ってるんですか、それ……」

「せっかくだし、最初に白ちゃんのクレープを作ってあげましょう? お客さんをたくさん集めてくれたから、お礼に」


 メルシャは温まった鉄板の上に、クレープ液をトロリと流す。幅の広いヘラを使ってクルクル伸ばして、薄く丸く整えた。


 火が通ったらペラリとひっくり返す。反対側も焼いて、板の上に移して冷ます。


 彼女の手慣れたクレープ生地作りに、周りの客たちは楽しげな声を上げた。


「わぁ、上手~!」

「あんなに薄い皮、よく破らずに作れること」

「とっても良い匂いね。お腹が空いてきちゃった」


 人々は身を乗り出して、興味深そうに調理を見物する。実演販売をしているみたいで、何だか面白い。


「生クリームも持ってきたので、泡立てておきますね。あと、チョコソースもこちらに」

「あらあら、たくさん用意してくれてありがとう。――うふふっ、材料がそろっているから、白ちゃんのイチゴなんちゃらもあっという間に作れちゃうわね」

「……偶然です、偶然」


 メルシャに小声を寄越されて、アルメはスッと目をそらした。


 別にチョコソースイチゴ生クリームアイスクレープを作る用に材料をそろえてきたわけではない、断じて。


 生クリームの泡立てを終えて。これで必要な材料が全てそろった。ここからクレープを仕上げていく。


 板の上で冷まされている生地を一枚手に取り、手前に広げる。丸い生地の上側四分の一くらいに、生クリームを置いた。


 その上にカットしたイチゴをたっぷりと並べる。そしてイチゴの隣に、ミルクアイスをトンと落とす。


 波打つようにチョコソースを垂らしかけたら、生地を畳み、形よく包んでいく。

 

 開いた上部に、最後にもう一度イチゴの飾りとチョコソースをかけて完成だ。

 小皿に乗せてカウンターに出した。


「はい、どうぞ。チョコソースイチゴ生クリームアイスクレープです」

「もう既に口の中が美味しいです! いただきます!」


 ファルクはクレープをわしっと掴むと、大口で頬張った。


 彼は金色の瞳でクレープを見つめ、無言でもぐもぐと味わう。しばらく静かに堪能した後、しみじみとした声で感想をこぼした。


「これは……天の神々の食べ物です……。地上にこんなに美味しいものがあってよいのでしょうか」


 大袈裟すぎる。彼はグルメ雑誌の食レポに向いているかもしれない。


 メルシャもフルーツアイスクレープを作り上げ、それを一口サイズに切り分ける。


「どれ、あたしもいただくわね」

「私も一ついただきます」


 一口アイスクレープを頬張って、メルシャとアルメも頬をゆるめた。


「あぁ、美味しいこと! フルーツと生クリームと、このミルクアイス。抜群に合うわ! 甘くて冷たくて、こりゃあたまらないお菓子だね」

「甘いクレープは私も久しぶりに食べました。幸せの味ですねぇ!」


 クリームフルーツアイスクレープ。約束された美味しさだ。

 しばし三人でもぐもぐと、幸せの甘味に浸ってしまった。


 舌鼓を打つ白鷹の様子を見て、周囲からどよめき声が上がる。


「相当美味いらしいぞ……」

「ただのフルーツクレープじゃないみたい」

「白鷹様ほどのお方が唸るお菓子って……あぁ、食べてみたい……!」

「これいくらすんの? 俺らでも買えるのか?」

「神官様限定とか、そういうアレじゃないの?」


 皆思い思いに雑談を交わす。一応遠慮がちな小声ではあるけれど、ばっちりこちらの耳にも届いている。

 

 ざわめきの中で、メルシャは既に動いていた。追加でクレープを作り上げ、切り分ける。

 大皿の上に並べて、カウンターにヒョイと出した。


「はいよ。みなさんもアイスクレープの試食をどうぞ。美味しかったら、お友達にも話を広めておいてね」


 皆にクレープを振る舞うことにしたようだ。

 どうせ今日は材料も多くそろえていないため、本格的に提供することはできない。こうして、宣伝としてサービスしてしまうのも良い案だ。


 客たちは一口クレープに手を伸ばし、パクリと頬張る。皆、頬をゆるめて味わっていた 

 そこかしこから『美味しい!』という明るい感想が聞こえてくる。


 中でも、ひと際喜んでいたのは子供たちだった。一口サイズじゃ足りないようで、親にねだって二、三個食べていた。


 わいわいと試食を楽しむ人々を見て、メルシャは大らかに笑う。


「なんだか昔に戻ったみたいだわ。こっちの玄関がこんなに賑やかになるなんてねぇ」


 客の様子を見つつ、帳簿をめくって言う。


「今日のクレープにかかった経費は、広告費として計上しようかね。材料の仕入れで赤字が出ないように、しっかり売上を出さないと。神殿通いのお友達にも声をかけて――あぁ、忙しくなりそうだね! あの人も、天の国から手伝いに来てくれたらいいのに。まったく、いっつも肝心な時にいないのだから」


 優しい声音で愚痴を吐き、メルシャはそっと目元を拭った。


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