155 雨の中のお喋り
メルシャと話し合い、早速、明日アイスクレープの試作をすることになった。まずはアイスを食べてみてもらおう、ということで。
食材の仕入れの手伝いについても、ひとまず話がまとまった。短時間勤務、且つ短期のアルバイトといった感じでやっていく。
路地奥店が営業縮小中の今は、掛け持ちもそれほど負担にはならないので。今後については、またおいおい話し合いつつ決めていく。
ファルクはアルメのアルバイトの時間に合わせて店を覗きに来る、と言っていた。
そう上手く時間を合わせられるかは、わからないけれど。でも、二人で同じ場所――神殿の中で働いているというだけでも、何だかそわそわと胸が弾む心地だ。
そうしてアルバイトに関して、ちょっとした打ち合わせをした後。
アルメとファルクは改めて、二人で遊びに行くことにした。
旧玄関のホールに人が集まってきてしまったので、また逃げるように場所を移す。メルシャと別れて、玄関の庇の下に移動した。
「この雨だし、やっぱり地下歩きがいいかしら。ファルクさんはどこか行きたい場所とかありますか?」
「地下街は先ほど散々走り回ってきたので……できれば人のいない、静かな場所へ行きたいです。あなたとお喋りを楽しみたい。神殿公園の雨除けの下などはいかがでしょう。雨の中でも緑が綺麗ですよ」
散々走り回った、というところを強調されて、アルメは目を逸らした。茶を濁すように彼に賛成する。
「いいですね、雨の日の花園……! 瑞々しい草花に囲まれて、日頃の疲れが癒えそうです。では、行きましょうか」
「すみませんが、傘に入れていただいてもよろしいですか? 俺が出た時には小雨だったので、この外套しか持ってきておらず」
「えぇ、どうぞどうぞ。あ、でも私の傘、小さいかも」
アルメは空に傘を広げた。そこへさっさとファルクが入ってくる。――と、そこでようやくハッとした。相傘をしたら距離を取れない、と。
気がついた時には、既にファルクの腕が伸ばされていた。ガッシリと肩を抱かれ、拘束される。
「ふっふっふ。ようやく捕まえました。お互い濡れてしまいますから、寄らせていただきたく」
「ぐぬぬ……卑怯な……」
移動先に公園を提案したのはこのためか。アルメはあっさりと罠にかかってしまった。
捕らわれたまま雨の中へと歩き出す。
雨除けまではごく短い距離だ。相傘はすぐに解かれた。が、ファルクの拘束は解けなかった。
神殿公園の道には、ところどころに雨除けのガラス屋根が設置されている。ガラス屋根の下を、アルメはファルクにガシリと捕縛されたまま歩いていく。
「これは……罪人の連行か何かでしょうか」
「酷い言い方をしますね。デートですよ、デート」
鷲づかみにされて連れ去られるネズミの気分だ。が、そんなことは言わずにおいた。確かに、傍から見れば睦まじい男女に見えるだろうから。
それはそれで、ちょっと気分が良い気がしたので。
ガラス屋根の道を歩いて公園の中ほどまで歩いて来た。
小さなドーム型の休憩小屋――ガゼボの中で、二人はお喋りのひと時を過ごすことにした。
ガゼボは壁がなく、柱と天井のみの造りをしている。晴れの日ならば人目が気になるところだが、今日は雨の帳のおかげで気にならない。ここならゆっくりできそうだ。
「はぁ……。何だか久しぶりな気がします。こういうのんびりとした時間」
「最近は家でもくつろげなかったのでしょう? 存分に、のんびりとお過ごしください」
「お言葉に甘えて」
傘を柱に立てかけて、アルメは周囲に目を向けた。
ガゼボを取り囲むように花と緑が広がっている。雨に濡れた草花が鮮やかに輝いていて美しい。
景色を眺めながら、ホッと息を吐く。アルメはやれやれ、と苦笑した。
「リナリスと――家族と過ごすより、友達と一緒にいる方がホッとするなんて。……血の繋がった姉妹だというのに、再会できて嬉しいという気持ちより、煩わしいと感じてしまう自分の薄情さが嫌になります」
妹と再会を果たして、一緒に暮らすようになって――。
ずっと心の奥に押しやっていた思いを、ポロリとこぼしてしまった。
祖母が亡くなってからは、家に一人ぼっちで寂しいと思っていたはずなのに。いざ再び家族と同居となったら、煩わしく思うなんて。
自分自身の心の狭さに呆れてしまった。
きっと前向きで大らかな人だったら、生き別れの家族との再会を祝い、交流を喜び、楽しく暮らしていくのだろう。けれど、アルメにはそれができなかった。
本音を言えば、リナリスには早く帰って欲しいのだ。会いに来ないで欲しかった、とすら思っている。自分はとんでもなく薄情な人間だ。
気をゆるめたら口までゆるんでしまった。そういう、余計な愚痴までポロポロと出てきてしまった。
ファルクは隣に寄り添って、静かに話を聞いてくれていた。
そうして少し間を空けて、彼は返事をくれた。
「家族というものは、血や生まれや、書面上で決まるものではありません。『どれだけ真心を交わしたか』によってのみ、決まる関係だと思います」
「真心、ですか?」
「えぇ。たとえ血を分かち、同じ屋根の下で暮らしていようとも、真心を交わす関係にないのであれば、それは『家族』ではありません。たまたま縁を持って同じ場所に生まれ、共同生活をしているだけの『他人』なのでしょう」
アルメの目を見て、ファルクは穏やかに話す。落ち着いた低い声が心地良い。
「アルメさんにとって、リナリスさんは他人なのでしょうね。他人が同じ家にいたら、煩わしいと思うのは当然のことかと」
「そう、でしょうか……」
「心が通じ合わないお相手なのでしょう? ならば、他人です」
そう言い切ると、ファルクは声音を明るく変えた。
「逆に、血の繋がりや、書面上の繋がりが何一つなくても、心の繋がった相手は真に家族なのだと思います。……俺はラルトーゼ家の兄姉たちを家族だとは思っていませんが、ルーグ様のことは家族だと思っています。最近はカイルさんのことも弟のように感じています」
「それはそれは。ルオーリオに来て、弟さんができたのですね」
「はい。真面目で素直な、とても可愛い弟です」
ファルクは冗談めかして笑った。
彼の家族観を聞いて、なんだか肩の力が抜けた。
もっと軽やかに、心で家族関係を決めてしまってもいいのか、と。
今までリナリスのことを『妹』と認識し、変に意識してしまっていた。
妹なのだから、それなりに気にかけて、仲良くして当然――という考え方に囚われていたように思う。
けれど『ウマが合わない他人』であれば、努めて親しくする必要などない。
場合によっては、家から追い出してしまってもいいわけだ。――まぁ、そこまで強い態度をとるのは、ちょっと勇気がいるけれど。
彼の言う事は、アルメにはない考え方だったので感心してしまった。
「なるほど……よい事を聞きました。私は窮屈な考え方をして、自分の首を絞めていたのかもしれません」
ふむ、と頷き、気楽な気持ちで考えてみる。
「家族を心で決めていいのなら、私の妹はリナリスではなく、カヤちゃんの方がしっくりくるかも」
「アルメさんがそう感じるのでしたら、そうなのでしょう。――と、偉そうなことを語ってしまいましたが、今のは全てルーグ様から頂いた言葉の受け売りです」
「あら。ネタばらしをしなければ、『ファルクさんさすがです! 素敵!』とキャッキャして差し上げたのに」
「失敗しました。言わなければよかった」
冗談を言い合って、二人で顔を見合わせて笑った。
アルメはふと思い付き、ガゼボの端まで歩く。雨の中に手を伸ばして、ファルクを誘う。
「心を軽くしていただいたお礼に、ちょっと面白いものをお見せしましょうか」
「おや、何でしょう?」
「雨の日限定の氷魔法です。見ててくださいね」
アルメは雨の中に両手を伸ばして、強めの氷魔法を使った。
手の周りに魔法の冷気が広がる。落ちてきた雨粒が急速に冷やされて、氷の粒へと変わった。
パラパラコツコツと地面に落ちていく。魔法で作った小粒の霰だ。冷気を通過した雨は次々と凍り、粒が地面に溜まっていく。
ファルクは少年のように目を輝かせて、地面の氷粒を拾い上げた。
「これはこれは! 楽しい魔法遊びですね! 氷粒がこんなに! これ、集めてシロップをかけたら美味しそうですね。かき氷みたいで」
「お待ちください、食べないでくださいね?」
放っておいたら氷の粒を口に放り込みそうだ。アルメは慌てて止めた。
アルメと同じように腕を伸ばして、ファルクは霰を受け止める。それを遠くに投げたりなんかして、しばらくの間、二人で子供のように遊んだ。
けれど、その遊びはアルメの身震いによって中断した。
両腕を濡らして氷魔法を使っていたので、さすがに体が冷えてきた。ハンカチで腕を拭い、さすって温める。
「うぅ、寒……」
「大丈夫ですか? 遊び過ぎましたね……」
「子供の頃、雨の下で全身を濡らしながら同じことをして、風邪を引いたことを思い出しました」
雨の中、小広場で霰を作って遊んでいて、祖母に大いに呆れられたことを思い出した。
ゾクリとした寒気に懐かしさを感じて笑うと、ファルクも笑い返してきた。
「俺も小さい頃に雪遊びに夢中になって、体を冷やして生死をさまよったことが何度かあります」
「それは笑い事じゃないでしょう」
死にかけた話を爽やかな笑顔で語らないでほしい。アルメはそう思ったが、彼は悪戯っぽい顔をして続きを話す。
「今となってはよい思い出です。――体を冷やすと、いつも父がこうして温めてくれました」
言いながら、ファルクは羽織っていた外套を脱ぎ、アルメの肩にかけた。
外套にはファルクの体温が移っていて温かい。フワリと体を包まれると、優しくやわらかな、よい香りがした。爽やかな香草と、彼の香り。
どうにもたまらない心地になって、アルメは顔に熱をのぼらせた。そこへさらなる温かさが加わる。
ファルクは身を寄せて、外套ごとアルメをやんわりと抱きしめた。
温かさを越えて、もはや熱い。外套やファルクうんぬんというより、急上昇した自分の体温で。寒気は一瞬で吹き飛び、照れの熱へと変わった。
「わっ、あっ、ありがとうございます、温まります……! ええと、ファルクさんのお父様は、本当にお優しいお方だったのですね……!」
腕の囲いから逃げることもできず。アルメは照れ隠しに、アワアワと会話を続ける。
「えぇ、とても優しい人でした。家を継ぐ嫡男でもないのに、弱い俺にひたすらに情を注いでくださって。その優しさの理由を問いたくなるほどに、父は身を尽くしてくださいました。……子供心に、不安になるほどでしたよ……まるで何かの贖罪をするかのように、あまりにも、懸命で」
ファルクは思い出話を語ったが、アルメにはしんみりと聞き入る余裕などない。
胸元をペシペシと叩いて、腕の中からの脱出を試みる。
「あの、もう充分に温まりましたから……! もう大丈夫です!」
「俺が寒いので、もうしばらく暖を取ってもいいですか。最近凍えてばかりだったので、もう体が芯から冷え切っていて」
「えっと、寒いのでしたら、ファルクさんがこの外套を着たらどうです?」
「暑いのでいりません」
「どっちなんですか!?」
何を言っているんだ、この人は。と、ツッコミを入れようとしたところで、ファルクが身じろいだ。
耳元に顔を寄せて話しかけてきた。
「アルメさん、先ほどの話の続きになりますが……俺は、あなたとも心を交わして、『家族』になりたいと思っていますよ」
「それは、ええと……光栄です。私は妹ですか?」
「さぁ、どうでしょうね」
曖昧に笑うと、ファルクはようやく抱擁を解いた。
「それから、もう一つお伝えしておきます。前にアルメさんは、『極北では抱擁が気安い』というようなことをおっしゃいましたが……そう思われてしまうのでしたら、この挨拶は今後控えることにいたします」
「あ……も、申し訳ございません。文化を見下げるような、大変に失礼なことを言ってしまい……」
「いえ、それは別に構いません。ただ、」
彼は身を屈めて、アルメの顔を覗き込んで言う。
「抱擁の価値を保つためにも、今後はあなただけに贈ることにします。俺の抱擁はあなただけのものです。気安いものと、勘違いをされませんよう」
細められた金色の目が、ギラと妖艶に輝いた。
このまま視線を合わせていたら、別の勘違いをしてしまいそうだ……。返事の言葉も思い浮かばずに、アルメは目を泳がせてしまった。
――と、そうしているうちに、なんだかまた胃がチリチリとしてきた。
「う……痛たたた……」
「えっ、アルメさん? 大丈夫ですか!?」
胃痛が蘇ってしまった。せっかく神殿で治療を受けたというのに、台無しである。諸々の心の揺れが胃に届いてしまったらしい……。チクチクして冷や汗が出てきた。
「今魔法を!」
「うぅ……すみません……」
ファルクの魔法で痛みが引き、アルメは、ふぅと息を吐いた。この胃はまだまだ油断ならない。労わらなければ。
今ファルクからもらった言葉の数々について、深く考えるのはやめておこう……。
――諸々、落ち着いた時には……少しくらい勘違いに浸って、乙女心を浮き立たせてもいいだろうか。
結局この日は一日、二人で神殿周りをウロウロして過ごした。
地下街でファルクとリナリスに遭遇した時には、物凄い衝撃を受けたけれど……結果的に、スッキリとした気分で一日を終えることとなった。




