149 占い屋と隣の妹
朝の支度をして、アルメは朝食を用意する。そうしているうちに、ようやく眠気が覚めてきた。
回り始めた頭で今日の予定を考える。午前中は家のことをして、仕事は午後からだ。
朝食を食べながら、一応リナリスにも予定を伝えておく。
すると、彼女はまたいつもの、ねだるような顔を向けてきた。
「ねぇ、お姉ちゃん。一つお願いがあるのですが」
「何かしら? ……昨日も言ったけれど、もうレストランでの食事や街遊びなんかはなしだからね」
「ええと……はい、わかっています。でも、もう一ヵ所だけ、行ってみたい場所がありまして。ご案内いただけないかと……」
アルメはじとりとした目で見てしまったが、リナリスは折れずにおずおずと言う。
「そんな怖いお顔をしないでくださいませ……。私、どうしても地下宮殿に行ってみたいのです」
「地下宮殿?」
「ルオーリオで人気の観光スポットと聞いていたので、気になって。もうこれで本当に、観光遊びは終わりにします。なのでどうか、今日この後、私と一緒に最後の地下歩きを……! お願いします!」
「う~ん……まぁ、ちょっと行って帰ってくるくらいならいいけれど。本当に、観光案内はこれで最後よ? 今後はお仕事探しに時間を使ってね」
そう答えると、リナリスはパッと表情を明るくした。
地下街は薄暗いので、土地勘のない観光客の女性が一人でうろつくのは、あまりおすすめできない場所だ。
加えて、この前の地下の魔物騒動のせいで、ところどころ工事が入ったりしている。迷ってはいけないので、アルメは案内役を引き受けることにした。
これで最後、という言葉を聞けたので、ホッとしたこともあり。
朝食を食べ終えたら、早速二人で出掛けることにした。
■
地下へと続く薄暗い階段を下りていく。
魔石のランプがゆらゆらと光を放ち、入り組んだ街路が四方に伸びる。
地下街に入ると、視界には一気に別世界が広がる。感動している様子のリナリスの手を引いて、アルメはさらに地下深くを目指す。
そうして寄り道もせず、地下宮殿へとたどり着いた。
「宮殿広場には警吏もいるし、比較的安全だけれど……でも、スリには気を付けてね」
「はい!」
「それじゃあ、広場と宮殿の中を一周して帰りましょうか」
「ありがとうございます、行きましょう!」
アルメとリナリスは軽く散策をしていくことにした。
宮殿広場には雑多な市場が広がっている。料理屋台から宝石売りの露店まで、あらゆる店が並んでいる。歩いているだけで楽しい場所だ。
しばらく気の向くままにまわっていると、三角テントの店を見つけた。キラキラした紺色の布に、星の刺繍がほどこされたテント――あの老婆の占い屋だ。
一時期地上に移転していたようだが、また地下に戻ってきていたらしい。
目を向けていると、リナリスも興味を持ったようだ。
「あちらのお店は、もしかして占い屋さんか何かですか? 雰囲気ありますねぇ」
「結構当たるお店なのよ。初回はお手頃価格でお得だから、リナリスもどう?」
「是非! 占ってみたいです!」
「初回は三つ、好きなことを占ってもらえるの。それと全体の運も」
(って私、なんだか占い屋の回し者になってるわね)
前回はファルクを連れてきて、今回は妹を連れてきて。なんやかんや占い屋の営業に貢献している気がする。
アルメは苦笑しつつ、店へと足を向けた。
テントの中に入ると、占い師の老婆――タタククが出迎えてくれた。テーブルの上には色とりどりの石が並ぶ。
いつもの怪しげな笑みを浮かべて、彼女は言う。
「また来たね、迷えるお星様よ。どうぞ、お座りなさい。今日は何を占うね?」
タタククの問いに、リナリスが浮かれた声で答えた。
「私は最初に恋占いをお願いします! あとは、そうですねぇ、金運と――」
「仕事運はどう? お仕事、ちゃんと探すと約束したでしょう?」
「……じゃあ、はい。仕事運をお願いします」
唇を尖らせて、リナリスは拗ねた顔をした。アルメは見て見ぬふりをしつつ、タタククに向き合う。
「私も仕事運をお願いします」
「おや、仕事運かい。アタシの見立てでは、恋の占いなんかがおすすめだがね」
「えっ、いや、ええと……」
タタククはイッヒッヒと笑いながらアルメの顔を覗き込む。彼女には何かが見えているようだ。
恋占いは、確かに一瞬胸をよぎった。最近ちょっと……いや、大いに気になることがあるので。が、なんとなく結果を聞くのが怖いので、やめておいたのだ。
彼女の視線から顔を背けつつ、アルメはちょっとだけ占いの内容を変えた。
「……あの、やっぱり……私は総合運で、お願いします……」
「よろしい」
直球で恋占いをするのは避けておきたいので、総合運で茶を濁すことにした。全体の運ならば、恋愛運も含めて、諸々まんべんなく見てもらえるだろう、ということで。
……良い結果が出ることに期待したい。
「さぁ、石をお選び」
「それじゃあ、この透明な石で」
タタククはアルメから占ってくれるようだ。
アルメの両手を取り、選んだ石の上に乗せた。彼女の手の甲の、青いインク紋様がぼんやり光って見える。
アルメの目を見て、タタククはしわがれ声で言う。
「ふむ。精霊はこう言っている。お星様は近く、大切な約束を思い出すことになる。決して違えることのできぬ、大いなる約束だ」
「約束、ですか?」
はて、誰かと約束なんて交わしていただろうか。アルメは首をひねったが、隣のリナリスの方が大はしゃぎをしていた。
「大切な約束!? それってもしかして、殿方との約束ですか!? まさか愛の約束!?」
「えぇ? いや、特に約束なんて……」
直近で交わした約束は、この前のファルクとの遊ぶ約束くらいである。あとは仕事絡みの契約とか、エーナに借りていた本を返すとか。
大いなる約束とは言い難い、ちょっとしたものだ。
釈然としないが、タタククはさっさと占いの続きを喋り始めた。
「途方もない約束だが、恐れることはない。お星様にとっては僥倖となろう。――さて、これで占いは仕舞いだ。また迷ったらおいでなさい。お星様よ」
「あ、妹の方もお願いします。ええと、初回は千五百Gでしたっけ。リナリス、手持ちはある?」
「はい、もちろん!」
リナリスが鞄から財布を出す。
――が、それと同時に。タタククは突然、アルメの手を取ってきた。
そのままグッと顔を近づけて、アルメの目をまっすぐに覗き込む。
突然のことにギョッとしながらも、アルメは同じように彼女の目を見つめた。
「えっ、ちょっと、あの……!?」
「お星様や、あんた流れ星だろう? 流れ星は上客になるからね。縁繋ぎのサービスに、一つ教えてやろう」
「は、はい……!?」
タタククは怪しげな笑みを浮かべながら、よく通る声でアルメに告げた。
「あんた、さっきから一人でお喋りをしているよ」
「……え?」
アルメはキョトンとして、リナリスと顔を見合わせた。彼女も同じ顔でキョトンとしている。
「お星様の隣は真っ暗な霧さね。アタシにはな~んも見えん。イッヒッヒ」
「ええと……はぁ……」
「さぁ、占いは仕舞いだ。お星様に光の加護があらんことを」
タタククはよくわからないお喋りを終えて、アルメの代金だけを受け取ってテーブルを片付けた。もう占いを続ける気がないようだ。
仕方ないので二人でテントを出ることにした。
困惑に顔を見合わせながら、ひとまずアルメはリナリスに謝っておいた。
「なんかごめんね。占い師さん、気が乗らない日だったみたい。見ての通り、ちょっと変わったお方だから……」
「いえいえ、大丈夫ですよ! というか私、こういうこと、たまにあるんです。ハズレの占い屋を引くことが多いといいますか」
「あら、そうなの?」
「もちろん、ちゃんと占ってもらえることの方が多いんですが。たま~に、今日みたいに断られちゃうんですよ。よく当たる、って有名どころに限ってこうだから、損ですよねぇ」
「何かこう、相性が悪かったりするのかしらね」
リナリスは困ったように笑いながら話し、アルメも苦笑を返した。
占い屋の事情はさっぱりわからないが、そういうこともあるらしい。話のタネとして覚えておこう。エーナとのお喋りで盛り上がりそうな話題なので。
占いの話などをしながら、アルメとリナリスは昼の鐘が鳴るまで、地下宮殿を見て回った。
モヤモヤパートが続いてしまい申し訳ございません。
最新話まで物語にお付き合いいただき、心から感謝申し上げます。
布石が整ってまいりましたので、バトル&報酬をお待ちくださいませ。
引き続き、お楽しみいただけましたら幸いです。




