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146 二人と一人の街歩き

 シトラリー金物工房で、ソフトクリームの試作機を確認した後。アルメとファルク、そしてリナリスの三人は街へと繰り出した。


 工房内ではしゃげなかった分を取り戻すかのように、リナリスはペラペラと喋り通していた。主にファルクに対して。


 自身の故郷である村のことや、身の上話。王都での暮らしや、ルオーリオに来てからの話。などなど。


 アルメも既に一通り聞いている内容だ。なので、真新しい反応を返すこともできない。

 そういうこともあり、リナリスは大きな反応を返してくれるファルクに対して、喋り通している。


 ――と、いうのが、前向きに解釈した部分だ。


 実際のところは、彼女は単純に喋りたい相手と喋っているだけなのだろう。ファルクに返す声が、それはもう楽しげに弾んでいるので。


 特に話に割って入る必要もないし、アルメは聞き手に徹していた。王都関係の話は興味深かったので、素で聞き入っていた。


 ファルクも王都の話に興味を持ったのか、話題は王都話に固定されつつある。ファルクがあれこれ質問して、リナリスが答える。そしてアルメがふむふむと頷く。


 そうしてお喋りをしながら街を歩き、お洒落な店で昼食を取った。


 ここまでは、まぁ、それなりに平和な休日であった。


 ――が、その後。アルメの心の平穏は大きく崩されてしまうのだった。



 食事をしている間も、リナリスのお喋りは絶好調であった。

 そして店を出る時も、彼女は長身のファルクの顔を見上げて、世間話に勤しんでいた。


「王都のアパートメントで一人暮らしをしていると、たまに変な勧誘が来るんです。『何でも願いを叶えてくださる、本当の神を信じてみませんか?』とかなんとか言って」

「それはそれは。お気を付けくださいね」

「夜に来られるとすごく怖いんですよ~! うっかり扉を開けてしまったら最後、全然帰ってくれないし――……、キャッ!?」


 話の途中で、リナリスが悲鳴を上げた。石段に気がつかず、足を踏み外したようだ。

 

 咄嗟にファルクが体を支えて事なきを得た。リナリスは伸ばされた彼の手にしがみつき、冷や汗を拭う。


「すみません、ありがとうございます。びっくりしたぁ……」

「お怪我はありませんか?」

「はい、大丈夫です。――あ、ちょっとヒールがおかしくなったかも……」


 変な着地をしたせいで、靴の踵が傷んだみたいだ。


 リナリスは屈んで足元を確認する。ヒールが少し傾いてしまったようだ。けれど、ぐらつく程ではない。


 それほど高いヒールでもないので、今日一日歩く程度なら問題なさそう。――という判断を下して、リナリスは靴を履き直し、歩き出した。


 が、やはり微妙に違和感があるようで。リナリスは困った顔をして、足元を気にしている。


 そんな彼女を見かねたのか、ファルクが手を差し出した。


「歩きにくいようでしたら、俺の手を支えにどうぞ。転んでしまってはいけないので」

「申し訳ございません……お借りします。ありがとうございます」

「近くで新しい靴を見ましょうか」

「いえ、今日はこの靴のままで大丈夫です。少し違和感がある程度なので。家にはもう一足サンダルもありますし」


 そう言うと、リナリスはファルクにニコリと笑顔を向けた。その笑顔とは反対に、アルメは密かに渋い顔をした。


(……結局、リナリスもファルクさんの手を取ってるじゃない……。こんなことなら、私も家を出る時にさっさと手を繋いでおくんだったわ……)


 ぐぬぬ、と呻き声を出しそうになったのを、どうにかこらえる。『私だって手を取りたいのに』なんて気持ちは、意識してしまう前に消し去っておく。


(いや、まぁ、仕方ないけれど……。こんなことで心を揺らすのはやめましょう。動じない、大人の対応を……)


 頭の中で念じながら、アルメは表情を戻した。


 三人はまた街歩きを再開する。昼を過ぎて、街には人出が増えている。並んで街路を歩くわけにもいかず、アルメは二人の後ろへとまわった。


 前を歩く二人の会話が聞こえてくる。王都の話から天気の話に移ったようだ。リナリスは青空を仰ぎ見ながら言う。


「それにしても、ルオーリオは晴れの日が多いですねぇ。今日もとってもよい天気で」

「そうですね。晴れ日はよいことですが……暑いのは堪えます」

「あら? ファルクさんは暑さが苦手なんですか? じゃあ、私の魔法が役に立ちそうですね」


 ファルクの言葉を拾って、リナリスは氷魔法を使った。ファルクは驚きの声を上げる。


「リナリスさんも氷魔法を使えるのですね!」

「ふふっ、姉妹で同じ魔法を使えるなんて、素敵でしょう? 私もアイス屋さんをやってみようかしら。『リナリスとアルメのアイス屋さん』、なかなか良い響きだと思いませんか?」


 アルメは遠い目をして空を見る。彼女の口から出てきた新しい店名は、聞かなかったことにした。



 リナリスは氷魔法の冷気でファルクを冷やしながら歩く。ついこの前までのアルメの位置を、すっかり取られてしまった。


 前を歩く二人は軽やかな会話を交わしつつ、店のショーウィンドウを覗いたりして、街歩きを楽しんでいる。――ように見える。背中しか見えないけれど。


 アルメは二人の背を見ながら、ぼんやりと昔のことを思った。


(この感じ……なんだか小学院の頃を思い出すわ)


 小学院に通い始めてすぐの、六歳の頃。今と同じような状況に陥ったことがある。


 学院からの帰り道。いつもはエーナと二人並んでお喋りをして歩くのだけれど……ある日、別の子が加わって、エーナの隣を取られてしまったのだ。


 『新しくできた友達なの! 今日から三人で一緒に帰ろう!』とエーナは笑っていたが、幼いアルメは複雑だった。

 帰り道、二人のお喋りに入ることができずに、トボトボと後ろをついて歩いていた。


 そうしてついには、寂しくなって泣いてしまったのだった。


 その新しく加わった子が、思っていたより良い子で、グズグズに泣くアルメを必死に慰めてくれた。――その子がアイデンである。


 結局その後、三人で仲良くなれたので、この件はよい思い出として心に刻まれている。


 懐かしい思い出に浸りつつ、アルメは苦笑をこぼした。


 大人になった今、当然ながら泣くことはないけれど。それでも、この例えようのない居心地の悪さには、胸が重くなる心地だ。


 ファルクはチラチラと、しきりに後ろを振り向いてきた。気を遣われているのが、何だか居たたまれない。アルメはさりげなく視線を外しておいた。


 人混みの中、前後で会話をするのも大変だろうし。もう割り切って、このまま二人と一人で歩くのが良いように思える。


 アルメはアルメで、一人、ショーウィンドウを眺めながら街路を歩く。


 しばらくそうしていると、ふいに前の二人が足を止めた。リナリスがアクセサリー店のディスプレイに夢中になっているようだ。


 彼女は切なさに満ちた声で、ポツリと呟いた。


「綺麗ですねぇ。こういうものが自由に手に入ったら素敵なのになぁ」


 そんなリナリスの言葉に、ファルクは即座に反応したのだった。


「リナリスさんは宝飾品がお好きなのですか? もしよろしければ、出会いの記念にお贈りしましょうか。アルメさんの物をお借りするのではなく、ご自分の物でお姿を飾られた方がよいのでは? アクセサリーは肌に触れるものですし」


 ファルクはやけに前のめりになって、リナリスに提案する。リナリスはこれ以上ないほどに目を輝かせた。


「えっ! いいのですか!? う、嬉しいです! すごく……!!」

「では、今お召しになっているアクセサリーは、アルメさんにお返しくださいね。店内でお好きな物をお選びください」

「ありがとうございます!」


 リナリスは大喜びして、アクセサリーセットをアルメに返して寄越した。


「あの、恥ずかしながら、私はあまり宝石に詳しくないので……一緒に選んでいただけると嬉しいのですが」

「もちろん、かまいませんよ。俺のおすすめは、断然、彩色豊かな色石です。黄色とか、若草色とか。リナリスさんの元気なお人柄によくお似合いかと」


 リナリスとファルクはお喋りをしながら、宝飾品店へと入っていく。

 二人の後を追うこともせず、アルメは立ち尽くしてしまった。


(私にはガラス粒のアクセサリーで、リナリスには宝石なのね……)


 胸の内にモヤっとしたものが湧き上がった。


 それなりに交流の深いアルメには、ヒョイと渡すようなガラスのアクセサリーで、最近会ったばかりのリナリスには、宝石店の立派なアクセサリー。


 プレゼントを比べるのは卑しいけれど……やっぱりちょっと、思うところはある。


 アクセサリーのグレードが、彼の気持ちの温度の高低に感じられて、ガクリときてしまった。言いようのない虚しさが胸に満ちる。


 軽く渡されたガラスのアクセサリーは、軽い関係、軽い気持ちを物語っているようで――……


 ついさっきまでは、泣くことなんてないと思っていたけれど……このまま彼らと一緒にいたら、子供の頃のようにグズってしまいそうだ。


 アルメは店に入らずに、二人に声をかけた。


「すみません、お二人とも。私はここで失礼させていただきますね。あまり、こういう煌びやかなお店は得意でなくて。私は市場を見たいので、別行動ということでどうでしょう」

「わかりました。それじゃあお姉様、また後で! お買い物が終わったら、市場に向かいますね」

「えっ!? あっ、ちょっ……! アルメさん待っ――……」


 何か大声を発したファルクに背を向けて、アルメは店から離れた。


 ファルクはリナリスにガシリと腕を拘束され、さらには店員にも捉まったようだ。彼らは追ってはこなかった。


 後で合流、というようなことをリナリスは言っていたけれど……申し訳ないが、今日はこれで解散とさせてもらう。


 時刻はもうすぐ夕方だ。どうせ今日は夕方までの約束だったので、ほんの少し、解散の時間を繰り上げたくらいである。


 ファルクとリナリス、出会って日の浅い者同士を二人きりにしてしまうのは、少々罪悪感があるけれど。でも、それほど問題はないだろう。


 リナリスはファルクを気に入っているし、ファルクもまた、リナリスを気に入っているようなので。ノリノリで高価な宝石のアクセサリーを買い与える程度には。



 アルメは市場には行かず、街を歩くことにした。路地の奥の奥、買い物を終えた二人とは絶対に鉢合わせにならないであろう場所を選んで。


 ぶらぶらしているうちに日が傾いていく。路地に差し込む夕日が眩しい。家々の壁を赤く照らしていて、目がチカチカする。


 誰もいない道を歩きながら、カヤに言われた事を思い返す。『取られちゃいますよ』、という言葉を。


「取られるも何も、ファルクさんは私のものじゃないし……」


 カヤに返した言葉をもう一度口に出してみる。そして彼女には言わなかった、続く言葉も紡いでみる。


「……私のものじゃない、けど…………おかしなことに、私はやきもちを焼いてしまっているみたいね」


 ファルクが誰と仲良くしようが、アルメが口を出すことではない。……はずなのに。どうにも叫び出したい気持ちだ。


 『ファルクの隣にいるのは、自分でありたい。彼にとって一番の、特別に親しい人は、自分でありたい』と。


 どうしてそんなことを思ってしまうのか。

 この気持ちにはっきりと答えを出してしまったら、もう戻れはしないだろう。


 これまでの『気安い友人関係』を捨てることになるのだと思う。それがどうにも恐ろしい。


 ……けれど、そろそろ腹をくくってしまった方がいいのかもしれない。


 人はおかしな不調を感じた時、はっきり病名が付くと逆にホッとする――というのは、よく聞く話だけれど……なんだか、今まさにそんな感じである。


 この猛烈なモヤモヤに名前を付けてしまえば、いくらか楽になれるような気がする。楽になる、というか、当たって砕けるしかなくなる、というか。

 

「……胃が痛い……はぁ~~~……」


 とんでもなく長く深いため息を吐きながら、アルメはチクチクする胃をさすった。


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