145 ソフトクリーム試作機
気持ちを切り替えて、シトラリー金物工房へと向かう。
工房の玄関扉をくぐると、工房長とカヤが目を丸くして出迎えてくれた。リナリスの姿を見てポカンとしている。
リナリスはまた得意げに自己紹介をして、場の話題をさらっていった。もう何度か見ている光景だが……相変わらずの浮かれ具合だ。
――が、話題は思っていたより早く変わった。工房長とカヤはサラッと話を流して、ソフトクリーム試作機について語りだしたのだった。
ここは世間話を楽しむ社交場ではなく、物作りをする職人たちの工房だ。姉妹の家庭事情なんかより、制作物に関する話の方が盛り上がる。
いつも通りの工房の空気に戻り、何だかホッとしつつ、アルメは試作機に向き合った。テーブルの上に置かれている箱型の機械を、ソワソワと見回す。
「こんなに早く仕上げていただいて、本当にありがとうございます。思っていたよりも小ぶりで、可愛らしいですね」
「まぁ、試作機だからね。ひとまず小さめのサイズで作ってみたのさ。原料を入れるタンクと攪拌室を大きくすれば、その分サイズも大きくなるよ」
ソフトクリーム機は白銀色の箱型で、両腕で抱えられるほどのサイズだった。正面に注ぎ口とレバーがついていて、背面がドアになっている。
ドアを開けると、アイス液を入れておく原料タンク、アイスを柔らかくする攪拌室、そして動力となる魔石をセットする魔導機関がある。
アルメの前世にあったソフトクリーム機と大体同じような造りだが、こちらは魔道具らしく、呪文の回路や魔法の模様がびっしりと描かれている。
呪文には古い文字が使われているので、アルメには解読不能だ。が、ファルクは興味深そうに見入っていた。
「氷の神の名と紋章が描かれていますね。氷魔石の魔力を制御するためでしょうか? この機械、もしかしてアイスを作る道具ですか?」
「ご名答。これはソフトクリームを自動で作る機械です」
「それはそれは! この機械を導入すれば、どんな場所でもアイスを作れるようになる、と?」
ファルクは真剣な顔でソフトクリーム機を検品し始めた。あわよくば神殿に設置しよう、なんてことを考えているのだろうか。
変なことを言い出す前に、脇腹を肘で突いておいた。小突かれたファルクは、なぜか妙に嬉しそうな顔をしていたが……表情の意図がわからなかったので、放っておく。
しばしの間、アルメとファルクは二人でウキウキソワソワと試作機を弄り回していた。
その様子を見て工房長は愉快そうに胸を張り、カヤは照れながらも、自分が手掛けたところを一生懸命に説明してくれた。
ひとしきり見回したところで、カヤが工房の奥からボウルを持ってきた。大きなボウルの中には、小麦粉に水を合わせたものが入っているようだ。
カヤは小麦粉を手で練りながら言う。
「動作の確認には練り小麦粉を使ってみました。小麦粉だと一応上手くいったのですが、アイスだとまた具合が違ってくるかもしれません」
「今日は小麦粉で確認してもらうが、今度は実際に使う原料を持ってきてもらえるとありがたい」
「はい、ご用意いたします。確認用の小麦粉代も、開発費に含めておいてください」
「いやいや、これはお得意様割引のうちってことで構わないよ」
工房長は大らかに笑うと、機械の攪拌室を開けた。攪拌羽根を一度外して、中にゆるい練り小麦粉を投入する。
羽根を戻したら、魔石類を全てセットする。準備を終えると、工房長はアルメにニヤリと笑みを向けた。
「さぁ、試してみておくれ」
「では失礼して」
ガラスの器を受け取って、アルメはソフトクリーム機のレバーを引いた。
すると、注ぎ口からニュッと練り小麦が出てきた。注ぎ口は星形なので、ギザギザ模様がついて綺麗だ。
ガラスの器にグルグル巻き取ると、まさに理想としていたうずまきソフトクリームの形になった。
「素晴らしいです! これですこれ! まさにこれを求めていました! た、楽しい……!」
つい、素で楽しんでしまった。隣で見ていたファルクは目を丸くしていた。
「これはこれは、またなんと風変わりな。巻貝のようですね。……なぜ巻くのでしょう?」
「皆さん、そこに突っ込みを入れますね……。ええと、ソフトクリームといえばこの形なんです」
「なるほど、天の理で決まっていると」
「あの、壮大な話にしないでください……」
さすがアイスの女神様、なんて呟き声がこぼされたが、聞かなかったことにする。
そうしてしばらくの間、面々はソフトクリーム機でうずまきを作って遊んで――いや、試作を繰り返していた。
が、ふと気がついた。盛り上がる室内で、一人、やけに静かな人がいることに。
その人物――リナリスは、テーブル端の椅子に座って、出された茶を飲んでいた。アルメは彼女に声をかけた。
「リナリスもやってみる? うずまき作り、楽しいわよ」
「いえいえ、私は不器用なのでいいです。それに、機械のお話とか難しくって全然わからないし……」
先ほどから機械の仕組みやら、図面やら、魔石に関する呪文やら、そういう話ばかりだった。リナリスは興味がないらしく、すっかり飽きてしまっていたようだ。
リナリスはツンと唇を突き出して、少し拗ねた顔をしていた。
(機嫌を損ねてしまったかしら? 機械の確認は大方済んだし、そろそろ街歩きに出た方がいいかも)
彼女をほったらかして、空気が悪くなってしまうのもいけない。今日の仕事に関する用事は済んだので、後は街歩きに時間を使うとしよう。
そう考えて、アルメは試作機遊びに区切りをつけることにした。
話をまとめて、帰り支度を整える。また近く、今度はアイスの原料を持ってきて、機械を調整することになった。
「それでは、またよろしくお願いします」
「単品アイスで上手くいったら、二種類のミックス機も作ってみるからね!」
「ありがとうございます。楽しみです!」
今回のこのソフトクリーム機の目指すところは、ミルクとチョコの二種類ミックス機である。
ソフトクリームと言えばやはり、『ミルク単品、チョコ単品、ミックス』の三つのメニューをそろえておきたいところなので。アルメの遊び心による注文だ。
上手くいくことを祈りつつ、アルメは工房を後にした。――が、玄関を出る間際、カヤに呼び止められた。
「あ! ごめんなさい、忘れてました! ワッフルコーンの型をお渡しするんでした」
カヤに引っ張られて、アルメは一人工房の中へと戻った。
ワッフルコーンの型はアルメが発注したものだが、納品先はワッフル屋である。完成品は既に向こうに納められているみたいだが、アルメにも確認用に、と用意してくれていたみたいだ。
試作品を見ているので、特に気になるところはないだろうけれど。ありがたく受け取っておく。
トンガリ円錐に持ち手が付いた型を受け取って、アルメはカヤにお礼をした。
「ありがとうございます。ばっちりな仕上がりだわ」
「ワッフル屋さんにも確認していただいて、こちらで大丈夫そう、とのことです。――それで、あの、ここからは全然関係ない話なんですが――……」
アルメの耳元に顔を寄せると、カヤはヒソヒソ声をこぼした。
「あの……余計なことかもしれませんが……。妹のリナリスさん、ファルクさんのこと気にしてる感じ……じゃないですか? さっきからず~っと彼のこと目で追ってましたよ」
「え……そ、そうだったのね。カヤちゃん、よく見てるわねぇ」
「乙女の勘ですが、絶対あの目は狙ってる目ですよ……!」
必死なカヤの訴えに、アルメはむせてしまった。乙女の勘、すごいなぁ、と。
「彼女、ファルクさんのことを気に入ってるみたいねぇ」
「って、何のん気なことを言ってるんですか! 取られちゃいますよ……!」
「取られるも何も……私のものじゃないし」
「えっ、え~!? でも、でも~……っ」
ボソッとアルメが答えると、カヤはぐぬぬぬ、と唸り声を上げて地団太を踏んだ。彼女のこういう大袈裟な動作は、見ていて可愛らしい。
何やら、カヤは気を遣ってくれたみたいだ。アルメとファルクが仲良しなのを知っているからだろう。
アルメの妹はリナリスだが、どちらかと言うとカヤの方が妹っぽく感じる。と、いうのは、おかしな感覚だろうか。