144 お出掛けと大人の対応
(ここからモヤモヤ回に入りますが、5話後に転換パートに入ります。もうしばし、お待ちくださいませ)
同居をスタートしてからのこの数日、リナリスとアルメはほとんどの時間を一緒に過ごしていた。
まだルオーリオに来て日が浅いということで、アルメはそれなりにリナリスをもてなしていた。
彼女の望むお洒落なレストランで食事を取ったり、買い物に付き合って街をまわったり。時間のやり繰りがなかなかに大変だった。
(観光気分って、生活をしているうちに薄れてくるものだし、もうそろそろ落ち着く頃よね。……と、信じたい)
店の閉店後、夕食を兼ねた夜の街歩きから帰宅して、アルメはソファーに沈んだ。心身共にヘトヘトである。
今日はこの後、ファルクからの手紙に返事を書かねばならない。の、だが。クタクタすぎて文章を考える気にもなれない。
どうにかペンを握って、手紙にはサラリと三行くらいの返事を綴った。その文章も、例によって隣にぺったりと座っているリナリスに、ばっちり見られている。
無難な言葉を綴った短い手紙を書き終えて、封筒を閉じた。
疲れた様子のアルメを見て、リナリスは心配そうに言う。
「お姉ちゃん、大丈夫ですか? 毎日お仕事ばかりで、お疲れですねぇ……。肩でもお揉みしましょうか? 私、結構得意なんですよ」
「いや、大丈夫……。それより、先にシャワーをもらってもいいかしら。早く眠りたくて……」
「もちろんです!」
アルメはヨロヨロとシャワールームへと向かった。
ようやく訪れた気楽な時間だ。湯浴みの時間と寝ている間だけは、一人でゆっくりできる。
(『いつでも一緒の仲良し姉妹』――なんて言ったら、聞こえがいいのでしょうけれど。……家族と一緒に過ごすのって、こんなにストレスが溜まるものだったかしら)
少し前、ブライアナとの悶着の日々でも、胃がチクチクしていたけれど。……また痛み出したような気がする。
湯でしっかりとお腹を温めておこう……。
■
そんなこんなでバタバタとしているうちに、ソフトクリーム機の試作機が完成した。
シトラリー金物工房から連絡を受けたのは、昨日のことだ。
工房長とカヤは、最初の打ち合わせから数日のうちに仕上げてくれたのだった。驚きの早さである。まさかこんなにすぐに出来上がるとは思っていなかった。
工房長は、新しい物や風変わりな物が大好きな物作り職人だ。きっとソフトクリーム機を面白がり、熱を入れてくれたのだろう。
これから早速、試作機の確認に向かう。
今日はちょうど、ファルクと休みが重なっている日だ。手紙のやり取りで、遊びに行く約束を入れていた。が、何をするか、という予定は特に決めていない。
そういうわけで、ファルクも試作機のお披露目会に招待しようと思う。きっと彼も面白がってくれることだろう。
今日はとびきり楽しい一日になるに違いない。――と、言いきれたらいいのだけれど……残念ながらあまり期待はできなそうだ。
ファルクの訪れを待つアルメの隣で、リナリスが嬉しそうにはしゃいでいるので……。
出掛けることを伝えたら、彼女はウキウキで支度を始めたのだった。当然のようについてくる気だ。
手紙のやり取りをチラチラと見られていたので、こうなる予感はしていた。
自宅での食事会はともかく、二人で外出の予定となったら、さすがに遠慮するだろう。――と、ほんのわずかな期待をしていたのだが、そんなことはなかった。
彼女のこの浮かれた様だと、『ついて来るな』と言ったところで、平然と隣を歩いて来そうだ。『意地悪言わないでくださいよ~、お姉ちゃん!』なんて茶化しながら。
ファルクの前で『意地悪な姉』になってしまうのは、ちょっと避けたい。
ついてこられたら結局無視もできないし、もう最初から三人で遊ぶ前提で出掛けるのが、大人の対応というものだろう。
やれやれ、と息を吐きながら、アルメは支度を整えた。といっても、普段と変わらない装いだが。いつもの花の髪飾りに、白いガラス粒のネックレスを身に着けている。
アルメの首元で輝くネックレスを見て、リナリスは羨ましげに呟いた。
「お姉ちゃんのネックレス、とても素敵ですね。いいなぁ……。私も一度でいいから、そういう高価なアクセサリーを身に着けてみたいわ」
「ガラスのネックレスだから、そんなに高いものでは……ない、と、思うけれど。たぶん」
贈り主は高級取りの神官だが、きっとこのアクセサリーはお手頃価格だと思う。
ファルクは軽くポケットからヒョイと出して、渡してきたし。入れ物の巾着袋も、露店で売られているような大雑把な作りだったし。
お手頃価格だと説明すると、リナリスは疑うような顔をした。が、すぐに表情を戻して、アルメに縋りついてきた。
「懐が豊かなお姉ちゃんにとっては安価なアクセサリーでも、私にとってはきっと手の届かない代物に違いありません。ねぇ、お手頃なネックレスなのでしたら、私にゆずってくださいませんか?」
「えっ!? それはお断りします! このアクセサリーは頂き物だから」
「じゃあ貸してくださいませんか? 今日だけ! お願いします!」
リナリスはギュッと目をつぶって、必死の表情でねだってきた。
彼女は頭に大きなリボンを飾っているが、煌めくアクセサリー類は身に着けていない。きっと羨ましくなったのだろう。
アルメは迷いつつ、贈り主であるファルクのことを考える。
(『アクセサリーの一つくらい、貸してやればいいのに』って、ファルクさんに呆れられてしまうかしら……)
アルメはネックレスの他に、同じガラス粒の耳飾りとブレスレットも持っている。どれももらったものだが……一つくらい、貸してあげるのが優しさだろうか。
「それじゃあ、一つ貸してあげるわ。ネックレスは私が着けていたいから……耳飾りとブレスレット、どっちがいい?」
「セットでお貸しいただくことはできませんか? お姉ちゃん、雑誌の肖像画でもアクセサリーをセットで身に着けていらしたでしょう? あの素敵なお姿、私すごく憧れてたんです! お願いします、今日一日だけでいいから!」
「……わかったわ」
引き出しから耳飾りとブレスレットを出し、首のネックレスも外して渡す。リナリスはキャッキャとはしゃいで身に着けた。
ちょうどそのすぐ後に、玄関の呼び出し鐘がカランと鳴った。ファルクが来たようだ。
バタバタと一階に降りていくリナリスを追って、アルメも玄関へと急いだ。
リナリスが玄関扉を開けると、ファルクは一瞬動きを止めた。わずかに複雑な表情を浮かべ――たように見えたのは、気のせいだったかもしれない。
彼はすぐに涼しい顔で挨拶を寄越した。
「こんにちは、アルメさん、リナリスさん。今日は三人でのお出掛けということで、よろしいですか? 楽しくなりそうですね」
「ご一緒させていただけましたら、とても嬉しいです。お姉ちゃ――お姉様とファルクさんのお心遣いに感謝申し上げます」
そう言いながら、リナリスは腕を広げて、ファルクと軽やかにハグを交わす。ファルクは動じることもなく受け止めた。
いつもは暑い暑いとグズグズに溶けて現れるというのに……小憎たらしいほどの爽やかさだ。リナリスがいる手前、見栄でも張っているのだろうか。
ファルクはリナリスのアクセサリーに視線を移し、静かに目を細めた。
「そちらのアクセサリーは、アルメさんのものですね」
「はい、朝の支度の時にお姉様が貸してくださったんです。とても素敵で、本当に嬉しいです! どうでしょう、私にも似合っているでしょうか?」
「黒い髪と瞳によくお似合いのアクセサリーですね。お優しいお姉様との暮らし、羨ましい限りです」
会話を終えると、ファルクは続いて、アルメに向かって腕を広げた。――が、アルメは気がつかないふりをして、横をすり抜けた。
抱擁を交わしたら、またしょうもないモヤモヤが湧いてきそうなので、もうこの挨拶はやめておくことにする。
一足先に玄関を出て、努めて爽やかな声で二人に言う。
「――さ、それじゃあ行きましょうか。今日は街歩きの前に、シトラリー金物工房へ寄ってもいいですか?」
「え……えぇ、はい……」
「金物工房? お姉様、またお仕事のご用事ですか? かまいませんが……でも、お仕事のお話ばかりでなく、街歩きにもたっぷりと時間を使いましょうね。せっかくのお休みなんですから!」
一行はファルクを真ん中にして、小広場を歩き出した。
途中ファルクの手が絡んできたが……アルメは自身の鞄の紐を掴むことでかわした。
手を繋いでいるところをリナリスに見られたら、きっと彼女も真似をして、彼の手を取ってしまうだろうから。
アルメは前を向いてスタスタ歩いていたので気がつかなかったが、ファルクは道中、凍えたヒヨコの顔をしていた。




