143 おふざけアイス屋店主
そうしてバタバタとした中で、アルメとリナリス、二人での暮らしが始まってしまった。
リナリスには合鍵――祖母の鍵を渡しておくことにした。家の戸締りをできるのがアルメだけだと、お互いに不便だろうと思って。
各々自由に行動できるように――という気持ちで、迷いつつも鍵を渡したのだが……必要なかったかも、と思い直すのは、すぐのことだった。
というのも、リナリスはアルメにべったりとくっ付いてきたので。
買い出しなど、私生活の用事で出掛ける時には、『早く街に慣れたいので、一緒に歩きたい』などと言ってついてきて。
仕事関係の用事で出掛ける時には、『見学させてもらいたい』とねだり、ついてくる。
そんな感じでべったりとした数日を過ごし、今日も彼女は隣にいる。アルメは今日、表通り店でコーデルとミーティングの予定だ。
コーデルに事情を話して、リナリスのアイス屋見学を受け入れてもらった。
リナリスは浮き立つ明るい声で、改めて挨拶をした。
「先日は突然お邪魔してしまい、失礼いたしました。アイス屋の皆さんを驚かせてしまいましたね。改めまして、私は妹のリナリスと申します。これからよろしくお願いします、コーデルさん」
「どうも~、よろしく」
「ふふっ、お姉ちゃんの周りには、本当に素敵な殿方様がたくさんいらっしゃいますね! コーデルさんに、ファルクさんに、白鷹様に――」
リナリスはニコニコと上機嫌に喋り出す。コーデルはアルメをちょいと肘でつついて、耳打ちをした。
「気のせいかしら、今同じ人物の名前が挙がったけれど……? 白鷹様のこと、バラさない方向なの?」
「ちょっと様子見です。彼女、今相当浮かれているようなので……もう少し落ち着いた頃にでも、と」
そんなヒソヒソ話をしていると、アイス屋の玄関先に黒髪の男が顔を出した。彼はルオーリオの軍人、シグだ。
隣のケーキ屋――彼の姉の店に寄った後なのだろう。軽く顔だけ見せて、こちらにペコリと敬礼の挨拶をしていった。
何てことない、通りすがりの気安い挨拶だ。が、店内にいた客たちは大いに盛り上がった。シグは街で人気の軍人なので。
そして客だけでなく、リナリスも黄色い声を上げたのだった。
「わぁ、素敵な人! 今お見えになった殿方も、もしかしてルオーリオで有名なお方なのですか!?」
「有名……ええと、そうね。彼はシグ・セルジオ様。軍の隊長さんなの。お隣のケーキ屋さんが彼のお姉様のお店なのよ」
「隊長さん!? す、すごい! お姉ちゃんとも交流があるのですか? お話をしたり、ご飯をご一緒したりとか、そういうこともあったりするのでしょうか?」
「まぁ、ごくたま~に……」
「是非、是非! 今度は私もご一緒させてくださいませ!」
キラッキラに目を輝かせて、リナリスはうっとりとした笑顔を浮かべた。
しばらくシグに関してあれこれ質問攻めを食らい、やっと開放された後。横目で見ていたコーデルに、また小声をかけられた。
「白鷹様のこと、バラさないのが正解かもね。キャーキャー声で耳がやられそうだわ……」
「ですね……」
きっとファルクの正体が白鷹だと知ったら、彼女は延々と大騒ぎをするだろう。黄色い声で耳がキンとしそうなので、まだ黙っておくことにする。
本日のコーデルとのミーティングは、そんなしょうもない意見の一致から始まることになったのだった。
それからすぐに、アルメとコーデルは場所を移した。店の奥で帳簿などをめくりつつ、店舗運営についての話し合いをする。
その間、リナリスには表のカウンター近くの椅子に座ってもらい、接客の様子を見学してもらうことにした。
アルメは手帳を開いて、春までの予定を確認する。
相変わらず、手帳の中は予定でごっちゃりとしている。前まで使っていた小ぶりな手帳では見づらくなってしまい、新しく大きな手帳に変えたところだ。
前の手帳に書いてあった『婚活』の文字は、新調と同時に影も形もなくなってしまった。
「今度の春は初日の女神の祝祭日と、続く四季祭り、そして聖女様のご来訪も日が近いみたいですから、すごく盛り上がるでしょうね」
「もう仕入れを増やしておいた方がいいんじゃない? 他のお店も動き出すだろうし、アイスの材料をガッツリ確保しておかないと」
「そうですね。あとはシフトも早めに固めておきたいところです。お祭り中はいつものお給金に手当て金をプラスしましょう」
「あら、手厚いこと」
「そうしないと人が集まらないでしょうから。大イベントの最中は、やっぱり皆さん遊びたいでしょうし」
仕入れやシフトのことを話し合い、続いてソフトクリーム機のことも話した。
「ところで、春先に向けて、新しい魔道具の導入計画がありまして」
「えっ、何何? 冷凍庫? それとも、まさかアイスマシーンとか?」
「ふふっ、よくわかりましたね! 新しくソフトクリーム機を置いてみようかな、と考えています。レバーを引くと、ソフトクリームがニュ~っと出てくる機械です。それをグルグルっと巻き取ってお客さんに出します」
「なるほど、ニュ~ってして、グルグル~っとね! ……いや、どういう機械よ、それ」
思っていた通り、コーデルもポカンとしていた。
けれど、じっくりガッツリ説明するうちに興味を持ってくれた。
「またおかしなものを思いついたね~。まぁ、面白そうではあるけれど。機械でソフトクリームができるってのは、すごくいいんじゃない? 作業の時短にもなるし」
「店に上手く取り入れられたらいいなぁと思います。できれば春前にはお披露目したいなぁ、と」
――そこまで喋った時。ふとカウンターの方から聞こえてくる声に意識が向いた。
リナリスの笑い声が聞こえてくる。誰かとお喋りでもしているのだろうか。
すっかり打ち合わせに夢中になっていたが、気付けばもうそれなりの時間が経っている。さすがに長時間ほったらかしにしてしまうのは、彼女に悪い。
(ずっと座ったまま見学、っていうのも飽きてしまうだろうし、もう解散して自由行動ってことにしようかしら。もしくは、リナリスにも何か仕事の手伝いを――……)
彼女はアルメの仕事に興味があるようなので、職業体験として、何かアイス屋の雑務でもお願いしようか。などと考えつつ、店の表へと出る。
が、直後に、アルメはポカンとしてしまうのだった。
リナリスは店の客と楽しそうにお喋りをしていた。――なんと、アルメ・ティティーとして。
陽気な客たちを相手に、リナリスは得意げに微笑んでみせる。
「私のアイス屋にようこそ。おすすめは白鷹ちゃんアイスです。是非、お召し上がりくださいませ」
「そのアイスって、もしかして白鷹様ご本人もご注文されたりするのですか?」
「えぇ、それはもう! ……たぶん!」
「やっぱり噂通り、店主さんは白鷹様と仲良しなんですね~! いいなぁ!」
「ふふっ、ありがとうございます」
彼女は店主アルメになりきって会話をし、笑顔で客を迎えて、笑顔で客を見送る。
「ごちそうさま。美味しかったよ」
「ありがとうございました。またお越しくださいませ」
「次来た時はパフェを食べてみようかな」
「お待ちしています。真心を込めてお作りしますね!」
リナリスと言葉を交わした客たちは、『さすが白鷹様がひいきにする店だ。店主もほがらかで素敵な娘だな』なんて、喋りながら去っていく。
ひとしきりポカンとした後。
アルメは我に返り、慌ててリナリスの手を引っ掴んで奥へと引っ込めた。
人になりきってお喋りを楽しむとは……いかがなものか。言いようのないモヤモヤで、思わず顔をしかめてしまった。
「こら! そういうおふざけはやめてちょうだい! お客さんを騙しているみたいじゃない……!」
「ちょっとした冗談ですよ~。何人か常連さんっぽい方々にはバレてしまって、ネタばらしをしたのですが、皆さん大笑いしてくれましたよ!」
「笑いを取れればいいって話じゃないでしょう……」
「お姉ちゃんはあまりジョークがお好きではないのですね……。あまり怒らないでくださいませ、もうやめますから。――ほら、お顔をしかめていると、お店の空気が悪くなってしまいますよ。笑ってくださいませ! 接客業は笑顔が大事かと!」
「……」
悪気のないリナリスにニコリと微笑まれて、アルメは引きつった苦笑いを浮かべた。
さっき、アイス屋で職業体験でも――なんてことを考えたのだが、即、廃案としておく。
職探し中のリナリスのためになれば、との思いだったのだが……彼女がアイス屋の表に立っていたら、取って代わられてしまいそうだ。
それこそ、『空似の影』のように。アイス屋店主のアルメ・ティティーという肩書きを、持っていかれてしまいそう……。
考えるほどにハラハラしてきて、冷や汗が出てきた。
(ルオーリオで仕事を探すことは応援したいけれど……。アイス屋周りは、ちょっと勘弁してほしいわ……)
彼女がアイス屋で働くことになったら、自分の立場が危うくなりそうだ。――という思いに付随して、アルメの胸には重大な心配事が浮かんできてしまった。
リナリスがアイス屋の店員になったら、きっとファルクとの接触が増えるに違いない。彼女は何やら、ファルクのことをとても気に入った様子なので。
また先日の夕食会の時のように、お喋りも大いに盛り上がることだろう。リナリスと言葉を交わし、アイスをもらうファルクの姿を想像すると、胸の奥がキュッとなる。
彼と楽しくお喋りを交わすその位置だけは、取って代わられては困る。
(……困るというか、腹が立つというか……そうなったら悲しいというか)
モヤモヤと考え込むアルメをよそに、リナリスは軽やかな声音で話を変えた。
「お姉ちゃん、打ち合わせにはまだお時間がかかりそうですか? もしまだかかるようでしたら、私は少し辺りを歩いてきますね。お店はもう、ばっちりと見学させていただきましたから」
「あ、ええと……わかったわ。相手をできなくてごめんなさいね。どうぞ、散歩はご自由に。あぁ、通りの先に南地区の職業案内所があるから、覗いてみたらどう? アイス屋の他にも、よいお仕事があるだろうから」
目を逸らしつつ、さりげなく別の仕事を勧めてみた。リナリスはう~んと考え込んだ後、笑顔で答える。
「まだルオーリオに来たばかりですし、お仕事の事はもう少ししたらにします」
「あ、そう……」
どうやら彼女は、まだ本気で職探しをする気がないようだ。と、なると、当分の間はアイス屋で働く意思もない、と思われる。
(ホッとしたような、それはそれで困るような……)
アルメは複雑な顔をして、また一つため息を吐いてしまった。




