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139 空気のズレと妹のお願い

138話、139話、2話続けての更新となります。

 心配するアルメの言葉を受けて、リナリスは自身の身の上を話し始めた。


「私の地元……農村での暮らしは、それはもう苦しいものでした。毎日土にまみれて、畑仕事の日々です。子供の頃から、事あるごとに仕事を手伝わなければいけなくって……」

「それは……大変だったわね。学院には行かせてもらっていたの?」

「……はい、中学院まで通いました。街まで馬車賃を出してもらって」

「あら、それはよかったわ! 中学院まで通わせてくれるお家は、農村では珍しいんじゃない?」


 この国では小学院で基礎学問を修得し、中学院で基礎より進んだ内容の勉強をする。


 大きな街育ちの子や、商家の子、富裕層の子供たちは中学院に進学することが多い。けれど、農村の子や、家の仕事を継ぐことが決まっている子などは、小学院を出たら進学せずに働き始めるのが一般的だ。


 農村の子、それも女子を進学させるというのは、なかなか柔軟な家庭であるように思う。どうやらリナリスも育ての親には恵まれたようだ。

 

 案じていた酷い暮らしはしていないようで、アルメはホッと胸をなでおろした。


 が、アルメとは裏腹に、リナリスは浮かない顔をしていた。ツンと唇を尖らせて、むくれた顔で言う。


「よくないですよぉ……。学院に通うのはすごく大変でした……街が遠かったので。それに、中学院を出た後も辛いことが続きました……。おじいちゃんはせっかちな人だったから、卒業したらすぐに仕事がどうのとか、縁談がどうのとか、そういう話ばかりで……」

「それは、まぁ……どこもみんな、そんなものよねぇ」


 その流れは、どこの家も大体同じようなものである。アルメも中学院を出た後は、祖母のジュース屋を手伝ったり、街で雑務の仕事をしたりしていた。


 そのうちに祖母が体調を崩すようになり、お世話に比重を置いた生活になっていったのだけれど。


 そうして、バタバタしているうちにアルメは縁談を迎えることになった。リナリスはどうなのだろう、と考えたところで、ちょうど彼女が続きを喋り始めた。


「おじいちゃんが持ってきた縁談というのも、言っては悪いけれど、酷いものでした……。なんだか岩みたいな大男を紹介されてしまって。どうにか断ることができましたが……もうこりごりです」

「逞しい男の人は頼りになりそうだけれど……でも、人には合う合わないがあるから、難しいわね」

「本当に、その通りです。私は結婚をするのなら街育ちのお洒落な人がいい、と、あれほど言っていたというのに……。普通に考えて、村育ちのマッチョと結婚なんて無理ですよねぇ」

「う、うん……?」


 お洒落かどうかで結婚相手を選ぶのは、どうなのだろう……。そう思ったが、まぁ、人それぞれだろうから、何も言わないでおく。


 彼女はしゅんとしたまま続きを語る。


「このまま実家にいたら一生素敵な出会いなんてないわ……と、思って、王都に出て来たんです。でも、王都でも……すごく苦しくて……」

「何があったの? お金に困っているとか? 何か変な事件に巻き込まれたとか?」


 落ち込んだ彼女の様子に、アルメは慌てて問いかける。心配をよそに、リナリスは苦しみとやらをペラペラと話し出した。


「王都ってすごくお家賃が高いんです……。せっかくの都での一人暮らしなのだから、やっぱりお洒落な部屋で暮らしたいじゃないですかぁ。でも、素敵なアパートメントはお家賃が軽く十万G(ゴールド)を越えてしまうの。私の稼ぎじゃ苦しくって……」

「ええと、まぁ、そういうものよねぇ……。収入に見合ったお家で妥協しつつ、って感じよね、街暮らしって」


 アルメはとりあえず、リナリスに話を合わせて頷いておいた。……なんだか少しずつ、会話の温度がずれてきている気がするのは、気のせいだろうか。

 

 どうにか気の利いたことを返そうと、言葉を続ける。


「お洒落なお部屋にこだわらなければ、懐に優しいアパートメントもあるんじゃない?」

「え……花の王都に出てきたというのに、野暮ったいお家で暮らすのは嫌ですよぉ。だから今まで頑張って九万Gのお部屋に住んでいたのですが、そうすると今度はお洋服とかが全然買えなくなってしまうし、遊びにもお金を使えなくて……。貯金もすっからかんです……」

「そ、そう……」

「はぁ……どうして私の人生は、こうも上手くいかないのかしら。お姉ちゃんはキラキラした、素敵な生活を送っているというのに……」


 リナリスは物憂げにため息を吐いた。


 密かにこめかみに手を当てて、アルメは小さな頭痛をやり過ごす。じわじわと、『おや……?』という気持ちが湧き上がってきていた。


 リナリスは少々、背伸びというか、高望みをしてしまうタイプなのだろうか。


「あの……私も特に華々しい生活をしているわけではないけど……」

「あぁ、ごめんなさい! お姉ちゃんに気を遣わせてしまって。こんな、私なんかの話を長々としてしまってすみません……。そうですね……立派なお家と素敵なお店をお持ちのお姉ちゃんには、この歯がゆさはわからないかもしれませんね」


 持たざる者の歯がゆさを語って、リナリスは苦く笑った。


(……私だって、一時は借金を背負って家もカタに取られそうになった身だけれどね……)


 アルメは心の内でちょっとだけ毒づいてしまった。なんだか会話を重ねるうちに、妙なモヤモヤ感が胸に湧いてしまったので……。


 ふと、アルメは前世にあった『SNS』なるものを思い出した。

 他人のキラキラとした生活と自分の生活を比べて 隣の芝生は青く見える現象に陥り、憂鬱になる。――というような事象が、度々話題に上っていた。


 今のリナリスも、少しその気があるように思える。


 ――さて、どうしたものか。


 と、悩み込んでいるうちに、彼女はケロッと明るく表情を変えて、話を別の方向へと進めた。


「私ばかり話してしまってごめんなさい。お姉ちゃんのお話も聞かせてくださいます? 何か華やかなお話を!」

「は、華やかなお話……? と、言われても、特には……」


 アルメが顔を引きつらせると、リナリスは前のめりになって畳みかけてきた。

 

「そう謙遜しないでください! たくさんあるでしょう? 私、ルオーリオのゴシップ誌で読みましたよ。お姉ちゃんは素敵な神官様とよい仲なのだとか……! あとは――そうだ、グルメ雑誌の特集に載っていたあの肖像画! ドレスアップしたお姿、まるでお姫様のようで素晴らしかったです!」

「はぁ、どうも……」

「素敵なドレスに、格好良い殿方との交遊! お洒落なスイーツのお仕事と、花の副都ルオーリオでの充実した日々! お姉ちゃんは輝きに満ちた暮らしをしていて、本当にすごいです! 憧れるなぁ~!」


 キラキラした顔を向けるリナリスから、アルメはサッと目をそらした。


(ど、どうしよう……私の生活が盛られてる……。何か勘違いされているみたい……)


 つい、安売りに目がくらんで野菜を買い過ぎ、傷む前に消費するべく、ごった煮のスープを作って友達の胃に突っ込む。――と、いうようなことをしている人間に、そんな憧れの眼差しを向けられても困るのだけれど……。


 ついでに言うと、その友達というのは、今リナリスが『素敵な神官様』と称した相手である。……残り物の家庭料理を前にして、ピヨピヨと喜ぶ殿方だ。


 気持ちが盛り上がってきたのか、リナリスはテーブルの上でアルメの手を取った。両手でガシリと握りしめたまま、豊かな表情をクルクルと変えて喋り出す。


「ねぇ、お姉ちゃん! どうか一つ、私のお願いを聞いてくださいませんか……!」

「え、っと、どういうお願い?」

「私、お姉ちゃんと一緒に暮らしたいんです! こうしてまためぐり合えたのは運命だと思うの! かけがえのない、血の繋がった双子の姉妹として……お姉ちゃんと、もう一度ちゃんとした家族になりたいんです!」

「えぇ……」


 明るい瞳で真っ直ぐに言葉を紡ぐリナリスは、さながら何かのヒロインのようだ。彼女の願いは実に健気である。


 が、対するアルメの頭の中には、大変俗な考えが浮かんでしまった。


(生き別れの姉妹の再会とはいえ……出会ってすぐの相手に、こんなにグイグイ来るものかしら……? この感じ……何かと似ているような……。『身内に宝くじが当たったら、急に寄ってくる遠縁の親族現象』、みたいな……?)


 例えば、アルメが地味な生活を送っている下働きだったとしたら……奇跡的な再会を果たしたとして、彼女はここまで前のめりになっただろうか。


 アルメの『雑誌に載る程度の知名度』と『それなりに良い暮らし』があっての、リナリスのこの態度なのでは――と、ついそんなことを思ってしまった。


 彼女の様子を見るに、何かアルメに華やかな生活を期待しているようなので。


 ……なんて、こんなことを考えるのは、性格が悪いかもしれないけれど。


 歯切れの悪いアルメに、リナリスは泣きそうな顔をして詰め寄る。


「駄目、ですか……!? ご迷惑でしょうか……!? 姉妹一緒なら、きっと楽しく暮らしていけると思ったのですが……。お姉ちゃん、今、お家に一人で暮らしているのでしょう? 家族と暮らしたいとは思わないのですか……?」

「いやぁ……まぁ……う~ん」


 自宅まで歩いてくる道中、アルメは独身の一人暮らしだ、と明かしていた。……もしかしたら、余計なことを喋ってしまったかもしれない。


 目に涙を溜めて、『家族との暮らし』を健気に訴えるリナリス。返事に困って目を泳がせている自分は、薄情だろうか。



 ――そうして、しばらくの問答の後。


 渋々とアルメが折れて、ため息まじりに答えてしまった。


「同居はさすがにアレだけど……数日泊まっていくくらいなら、まぁ……」

「本当に……!? いいのですか!?」

「リナリスはルオーリオへ観光に来たのでしょう? 何日滞在する予定なのかしら? その間の宿くらいなら、提供するわ」

「私、お姉ちゃんがルオーリオにいるのなら、こっちに引っ越してしまおう、って決めていたの! だからもう王都でのお仕事も終わりにしてきたし、借りてるお部屋の契約もちょうどもうすぐ終わるから、更新をしないつもりでいるんです!」


(って、居座る気満々じゃないの……!!)


 良く言えばフットワークが軽い。悪く言えば、軽率……。


 明るく可憐な笑顔で言ってのけたリナリスに、アルメは盛大に頭を抱えてしまったのだった。




 こうして結局、流れで、しばらくリナリスを泊めることになってしまった。

 

 彼女は感情表現が豊かで、明るく素直なタイプだ。一般的には間違いなく、良い子の部類だろう。


 けれどどうにも、空気に決定的なズレを感じる気がする。この違和感を抱えたまま、『家族』の関係になれるのだろうか……。


(……でも、リナリスの言う通り、私たちは血の繋がった姉妹――それも、双子なのだし……さすがに、突き放すなんてことはできないわよね。こうして奇跡的にめぐり合えた、っていうのは、喜ぶべきことだろうし)


 だが、せめて同居ではなく、近居くらいの距離感は欲しいところだ。もう少し話をして、どうにか彼女に納得してもらおうと思う。


 アルメはもう一度、ひっそりとため息を吐いた。


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