138 姉妹で身の上話を
138話、139話、2話続けての更新となります。
アルメは表通り店を出て、リナリスを自宅へと案内した。
家への道中、話のタネに観光案内をしながら歩く。彼女は素直に楽しんでいる様子だったが、アルメは胸の内で別のことを考えたりしていた。
この国では、民の身分管理は家単位ではなく、個人単位が基本である。そのため、生き別れた家族を探すのは困難な場合が多い。
通常、赤子は生まれた後すぐに出生登録をされる。出生登録では生まれた日付の他、その子の『親』にあたる人物を書類に書き添える。こうして親子関係が管理される仕組みだ。
けれど、生みの親がこの手続きを行う前に子を放棄した場合、育ての親や施設が『親』として登録される。
アルメの出生証に登録されていたのは両親ではなく、祖母であった。どうやら妹にも育ての親がいるようなので、彼女の出生証も実の両親の登録ではないと思われる。
登録されている親が別々であれば、例え血の繋がりがあったとしても、公的に家族関係を証明することは難しい。
今回はたまたま容姿のよく似た双子だったということで、姉妹であろう、と察せられたが……本当に、ごくごく稀なケースである。
滅多にないレアケース、というところに、リナリスは興奮を隠しきれない様子でいた。大いにはしゃぎ、どこか得意げな顔をしている。
が、対するアルメはというと。本音を言うと、困惑の方が勝っている状態だ。
そう簡単に、『妹が見つかった! すごい! やったー!』なんて気持ちを切り替えられる質ではないので、色々なことが頭の中をぐるぐるとしている。
祖母はあまり話してくれなかったけれど、彼女には一人娘がいたそう。つまりはアルメの母親なのだが、どうやら祖母は母と縁を切ってしまっていたようだ。
家族情報の紐づけがあっさりとしているこの国では、当人たちが縁を切ってしまったら、もうそれっきりである。
(両親のことは、結局おばあちゃんには聞けずじまいになってしまったけれど……リナリスさんは何か知っているのかしら)
あの、人好きな祖母が縁を切ったほどの相手なので、きっと母も、その配偶者も、何かしら難のある人たちだったのだと思うけれど……。
でも、聞けるのならば、この機会に親に関する話も聞いておこうと思う。
胸の内で覚悟を決めた時、ちょうど自宅前の小広場に到着した。
アイス屋路地奥店に目を輝かせるリナリスを、二階自宅へと上げる。
居間のテーブルにつき、お茶を飲んで一息ついた。そうして落ち着いたところで、二人は改めてお喋りを始めた。
「どうか、私のことはリナリス、と気軽にお呼びください。私たち、姉妹なのですから」
「ええと、それじゃあ、私のこともお気軽に」
「ありがとうございます! これからはお姉ちゃんと呼びますね」
リナリスはニコリと笑顔を浮かべて言う。首を傾げた仕草が、小動物のようで可愛らしい娘だ。
彼女はお茶を一口飲むと、自らの境遇について喋りだした。
「お姉ちゃんとはお話ししたいことが山ほどあるけれど……まず何から話しましょう。生まれ育ったお家のことを話そうかしら?」
「さっきチラッと、王都からルオーリオに来たって話していたけれど、リナリスはずっと王都で暮らしてきたの?」
「いえいえ。王都まで出てきたのは二年くらい前でして。元々は王都郊外の農村で暮らしていたんです。父方の実家だそうで、おじいちゃんとおばあちゃんに育てられました」
リナリスも生まれて間もなく預けられた身の上で、両親との思い出は一切無いそうだ。アルメはやれやれ、と息を吐いた。
「私たち、姉妹そろって放り出されてしまったってことね……」
「そうみたいですねぇ……きっと、この魔法のせいですね」
「え? わっ!」
リナリスは両手のひらを広げると、フワリと魔法を使った。この魔法はアルメと同じ氷魔法だ。
生まれながらの魔法の才は、神によって無作為に与えられるものである。
火の神、水の神、風の神、地の神、氷の神――などなど、神から加護を受けた魂は、それぞれに由来した魔力を持って、赤子となり生まれてくる。
個人個人の魂への加護なので、親子や兄弟などの血の繋がりは作用しない。例え共に生まれた双子であっても、同じ魔法を使えることは稀である。
「驚いたわ。私たち、魔法も一緒なのね」
「はい! すごいですよね、本当に素敵な奇跡です……! きっと私たち姉妹は特別なんだわ! 神様に愛されているに違いないです!」
「そ、そうかしら。神様に愛されていたなら、まず両親に捨てられることはない気がするけれど……」
大袈裟に明るい声を上げたリナリスに、アルメは苦笑いを返してしまった。
現実に引き戻してしまって申し訳ないが、手放しで盛り上がれる境遇でもないように思えて……。
アルメはお茶をすすりながら、なるほど、と静かに頷く。
「双子な上に、二人とも魔法を持って生まれたから……私たちの両親は手に負えなくなってしまったのかしら」
「かもしれませんね。私のおじいちゃん、おばあちゃんも、『魔法を持った赤子を二人も育てるなんて、無理だ!』なんて言って、預けに来た両親を追い返したそうですよ。後から聞いた話ですが」
「え、そうだったのね……」
「追い返したのに、両親は玄関先に赤子の一人を――私を、置いていってしまったんですって。もう片方の赤子は、そのまま行方知れずに……」
「そうして私は、母方のこの家に、というわけね………まったく、なんて無責任な……」
両親はずいぶんと勝手な人たちだったみたいだ。祖母が縁を切ったのもわかる気がする……。
そこまで話を聞いて、ふと思い至った。もしかしたら、祖母はアルメに妹がいるということ自体、知らなかったのかもしれない。
両親は最初に父方の実家を訪ねて、妹を置いていった。その後、母方の祖母を頼ってアルメを置いていったらしい。
どういう形で置いていったのかはわからないが、妹と同じように玄関先に置き去ったのかもしれない。
そういうゴタゴタに巻き込まれて、魔法の才能を持った赤子を預かることになってしまった祖母――。
きっと大いに悩み、とんでもなく大変だったろうに……アルメには暗い話を一切しない人だった。
いつだって、家の中を明るくあたたかな雰囲気で満たしてくれていた。その愛情を想って、アルメはしみじみとしてしまった。
――しかし、こうして改めて聞くと、我ながらなかなかイレギュラーな人生のスタートを切っている。
捨てられた後、アルメは幸運にも愛情深い祖母に育ててもらって、大きな幸せを得ることができた。けれど、リナリスの方はどうだったのだろう。何か苦労があったりしたのだろうか。
もし生まれのせいで、何か困難があったのだとしたら、今からでも助けになりたいと思う。『幸せのお裾分け』というと、嫌みっぽくなってしまうけれど……でも、力を貸せるのならば貸したい気持ちだ。
神妙な顔をして、アルメはリナリスに問いかけた。
「あまりずけずけと聞いてしまうのはアレだけど……リナリスはどういう暮らしをしていたの? これまで何か大変なこととか、困ったことはなかった?」
「今まで……とても、苦労をしてきました。聞いてくださいますか……?」
しゅんとした悲しげな面持ちで、リナリスは自身の暮らしを語り始めた。
この時点では、アルメは純粋に心配をしていたのだけれど……聞き終える頃には頭を抱えているなんて、思いもしなかった。




