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137 妹との邂逅

 金物工房での打ち合わせを終えた後、アルメはジェフと別れてアイス屋表通り店へと向かった。


 無事にソフトクリーム機の製作を受けてもらえることになったので、表通り店の店長――コーデルにも、その報告をしに行く。


 機械が完成したら、ひとまずは路地奥店に設置する予定だ。が、様子を見て表通り店にも出してみようかと考えている。


(うずまきソフトクリーム機の話をしたら、コーデルさんたちにも変な顔をされてしまうかしら)


 想像して、アルメは一人で苦笑をこぼす。


 先ほどの打ち合わせでは、みんなにポカンとされてしまった。きっと表通り店の面々も、目を丸くするに違いない。


 そしてきっと、ファルクも。『アイスが出てくる機械、とは?』と、ぽやっとした顔で首を傾げることだろう。


 彼は今夜、アルメの家に遊びに来る予定だ。夕食の間だけの短い時間だけれど。話をするのが、今から楽しみで仕方がない。


 ファルクやコーデルたちのポカンとした顔を想像して笑いつつ、店へと歩いていく。


 ――が、そんな浮き立った気持ちは、すぐに意識の外に放り出されてしまうのだった。



 アルメはいつものように、アイス屋の玄関扉を通り抜けた。


 そしてカウンターにいたコーデルとジェイラに挨拶をした。の、だけれど。アルメの姿を見た二人は挨拶もそこそこに、思い切り怪訝な顔を寄越した。

 

「こんにちは、お疲れさまです。――って、お二人とも、どうしたんです?」

「……あなた、アルメちゃん!? 本物……!?」

「服がいつものアルメちゃんだから、間違いないっしょ。やっぱさっきの女はただのそっくりさんだったんだってー」

「あの、何の話ですか?」


 コーデルとジェイラはアルメの姿を上から下まで見回している。訳が分からなくて、アルメはキョトンとしてしまった。


 どこか怯えた様子のコーデルに代わって、ジェイラが説明してくれた。


「いやさー、なんかさっきアルメちゃんに似た客が店を覗いてきてさ。服がアルメちゃんっぽくないから、別人だってすぐわかったんだけど……コーデル店長が『空似の影』なんじゃないか、って言い出してさー」


 『空似の影』とは、アルメの前世で言うところの『ドッペルゲンガー』のようなものである。


 自分とそっくりな空似の影と顔を合わせてしまうと、本人は消滅して、入れ替わるように影が本人になってしまう。――という怪談だ。


 が、この世界において、この怪談は既に解明されている事象である。現代では禁止されている呪術の類が、物語的に改変されたものである、と。


 大昔、戦争のあった時代には、実際にこういう呪術もあったようだが……今ではあまり考えられないことだ。怪談として面白おかしく語られているだけである。


 の、だが。コーデルはそういう話を信じる(たち)のようだ。未だにビクビクしながら、アルメの姿を確認している。


「本当に、びっくりするほど似てたんだから! 髪の色とかも一緒だったし!」

「化粧とか付け髪で化けてただけじゃね? アルメちゃん雑誌に載って有名になったから、憧れた女子が真似してみました~ってな感じで」

「そ、そんな人います? 雑誌に載ったと言っても、グルメ情報誌ですし……」


 人気の演劇役者や歌手などは、格好を真似するファンも多くいるけれど。一庶民のコスプレをする人などいないだろう。


 怯えるコーデルを落ち着かせるように、アルメは笑いながら言う。


「私は背格好も平均的ですし、黒髪の女性は街に多いですから。たまたま特徴の似た人が通りがかっただけなのでは? ――ほら、あちらにいる女性だって、似たような見目をしていますよ。私と同じ黒髪に、黒い瞳で――……」


 店先の植木から、チラリとこちらを覗き込む黒髪の女性。アルメはたまたま目に入った女性を話の例えに出してみたのだが――……言葉尻が小さくなってしまった。


 その黒髪の女性が、自分とあまりにも似た容姿をしていたもので。


 どうやら、コーデルたちが見たというそっくりさんは、店の周囲をまだうろついていたらしい。きっと、彼女がその女性だ。


 固まったアルメの視線の先を見て、コーデルが小声で悲鳴を上げた。


「ヒッ……! ほらほらほら! あの女の子よ! さっきも来た子……! いくらなんでも似すぎでしょう!」

「おー……た、確かに。こうやって二人見比べてみると、似てるっちゃ似てるな……」

「えっ、どどどどうしましょう!? 空似の影って顔を見るとまずいんでしたっけ!?」


 今さっきまでコーデルを笑っていたことを反省する。アルメもすっかりビビり散らしてしまった。


 ドッと冷や汗を流し始めたアルメの目と、そっくりさんの目が、バチリと合ってしまった。


 その瞬間、彼女はおずおずとこちらへ歩み寄ってきた。


 硬直するアルメの前に立ち、そっくりな女性は緊張と期待が入り混じったような、ソワソワした様子で話しかけてきた。


「あの、アルメ・ティティーさん、ですよね?」

「えっ、っと……は、はい……」

「アルメ・ティティーさん……やっと、やっと会えました……! お姉様に、やっとお会いすることができました……!」


 彼女がそう言い放った瞬間、アルメとコーデルとジェイラは三人で裏返った声を出してしまった。


『お姉様っ!?』


 客で賑わうアイス屋の店内に、ひと際騒がしい大声を響かせてしまった。



 ひとしきり仰天した後。

 アルメはひとまず、妹と名乗るその女性を店の奥へと案内した。カウンターで込み入った話をするのは、さすがにはばかられるので。


 コーデルとジェイラは気を利かせてくれて、アルメと妹だという女性を二人きりにしてくれた。


 材料や備品を収めている倉庫を借りて、アワアワと話を再開する。


「――で、あの……あなたは私の妹、っていうのは本当なんです!?」

「はい、お姉様! 改めまして、私はリナリス・アータムと申します。偶然手に取った雑誌に瓜二つの姿の女性が載っていたので、とても驚きました……! 育ての親からは『双子の姉がいる』と聞いていましたから、きっとこの肖像画の女性が私の姉なのだと、すぐにわかりましたわ!」

「双子!? た、確かに、よく似ているけれど……えぇ……でも、本当に!? 私は姉妹がいるだなんて、聞いたことがなかったわ……」


 姉妹に関する話など、これまで祖母の口から一度も聞いたことがなかった。突然そんな話を明かされても、にわかには信じがたい。


 ――の、だが。このそっくりな容姿で言われたら、もはや認めざるを得ない……。目の前の彼女は髪の色も目の色も同じで、背丈も容貌も瓜二つなのだ。


 違うところを挙げるとすれば、リナリスの方が声のトーンが高く、はきはきとしていて、若々しく元気な印象だというところか。


 他には髪型と格好の違いくらいである。彼女は長い髪を結ばずに下ろしていて、頭にはリボンの飾りを付けている。

 ヒラヒラとしたフリルが可愛らしいブラウスと、丈の短い、足の見えるスカートを身にまとっていた。


 ひたすら困惑するアルメに、リナリスも苦笑をこぼす。


「そうですか、お姉様は私のことを知らなかったのですね……。でも、そんな引き裂かれた二人が、こうしてまためぐり合えたんです。こんなに素晴らしい奇跡はないわ……! きっと神様からのプレゼントに違いありません! 私はお姉様と、もう一度、ちゃんと姉妹として縁を繋ぎ直したいと思っています。たくさんお話をして、共に時間を過ごして。お姉様と仲良くなりたいのです。そのために、王都よりルオーリオを訪ねて参りました!」


 リナリスはキラキラと瞳を輝かせて、アルメの手を握りしめた。


 確かに、生き別れの姉妹と奇跡的に再会を果たすなんて、なかなかないことである。こんな倉庫の端ではなく、ゆっくりと腰を据えて話をするべきであろう。


 祖母の他にいないと思っていた『家族』が現れた、という大きな事態であるし。これまで不明だった両親の話も聞けそうだし――。


 頭の中に色々な思いがめぐる。ひとまず、アルメはリナリスの手を握り返した。


「ええと、ここで長話はアレだから、とりあえず場所を移してお話をしませんか? 今日は路地奥店もお休みだし、この後ご都合がよければ私の家にでも――」

「いいのですか!? わぁっ、お姉様のお家にお邪魔できるなんて……! ありがとうございます、是非!」


 リナリスは手を握りしめたままキャッキャとはしゃいだ。


 同い年で容姿も大体一緒なのに、こうして並ぶと三、四歳は歳が離れているように感じる。


 アルメがあまり大きく騒がない質だからか、はたまた、リナリスのテンションが高めだからか。


 コーデルたちへのソフトクリーム機の話は後日にするとして。アルメはリナリスを家に招くことにした。



 ――この時は、普通に客人として招いて、話をするだけの予定だったのだが。


 余計なことをしてしまった……と後悔し、大いに困惑することになるのは、この後のことだった。


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