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136 打ち合わせと、とある観光客

 翌日のお昼頃、アルメはワッフル屋へと向かった。納品するアイスの容器を台車に乗せて、ガラガラ押して店を訪ねる。


 大柄で厳めしい容姿の店長は、今日も圧の強い挨拶で出迎えてくれた。


 アイスと納品書やらを交わした後。アルメは店の近況を話しつつ、ワッフルコーンの話を出してみた。


「――と、いう事情により、今、路地奥店はモナカアイスだけ販売しているんです」

「いやはや、客入りがいいのに縮小営業とは、何とももったいないことだなぁ」

「そう思いまして、せめて食べ歩き用のメニューを増やすべく、手持ちアイスの新作を考えているところです。『ワッフルコーンソフトクリーム』という」

「ワッフルだとぉっ!! ついにアイス屋でもワッフルを作るつもりかい!? うちという店と提携しておきながら!? そちらで独自にワッフルをっ!?」

「ひぃっ……!」


 ワッフルコーンという単語を出した途端、店長は強面でズイと迫ってきた。未だにこの圧には慣れない……つい悲鳴を上げてしまった。


 ワッフル屋の店員たちはやれやれと苦笑する。そのうちの一人、金髪の爽やかな若者――ジェフがこちらに来てくれた。


「店長ったら、またティティーさんを脅して」

「人聞きの悪いことを言うな! 気になる話をするものだから、ちょっと声が大きくなってしまっただけだ」


 ジェフにたしなめられて、店長はムッとした顔をした。アルメはそろりと言葉を続ける。


「あの……ワッフルと言っても、こう、アイスを乗せる器として使うだけなんです。ワッフルをメインとして食べるような新作ではないので……ご心配なく。競合するつもりはありませんから」

「そうかい! それならよかったよ!」

「――そこでなんですが、一つご相談がありまして」

「おぉ、なんだい?」


 店長が落ち着いたところで、アルメは相談事を切り出した。鞄から手帳を出して、描いておいたワッフルコーンの絵を見せる。


「こういう円錐形をした、薄焼きのワッフルの中にアイスを盛りつけたいんです。昨夜試作を焼いてみたのですが、もうちょっと美味しく作れたらなぁ、と」

「なるほど、ワッフル生地のレシピを教えてくれって話かい? 残念ながら、それは我が店だけの秘密だ」

「ふふっ、そうおっしゃると思いました。――と、いうわけで、『アイス用ワッフルコーンを製造していただくことはできないでしょうか?』と、ご相談をさせていただきたく」

「ふむ、そう来たか!」


 ワッフル屋の店長は『競合』には圧をかけてくるが、『提携』には前向きな人だ。アルメはいっその事、ワッフルコーンを発注してしまおうと考えたのだった。

 その道の人に任せた方が美味しい物を作れそう、という思いもあり。


 アルメと店長のやり取りを聞いていたジェフが、店内調理場の端っこを指さした。

 

「薄焼きって、ゴーフルくらいの厚みですか? あんな感じの?」


 調理場の端にはゴーフルの焼き機が置かれていた。前にアルメが特注したモナカ皮の焼き機の、平たい煎餅バージョンのような焼き機だ。


 ワッフル屋はゴーフルなどの焼き菓子も販売している。

 ゴーフルとは、小麦生地の煎餅のようなお菓子である。薄くパリパリとしていて、表面に華やかな柄が型押しされている。


 ゴーフルとワッフルコーンは、材料も作り方も大方似たようなものである。


 ゴーフルの焼き機を確認して、アルメは目を輝かせた。


「こちらの焼き機、素晴らしいですね! ワッフルコーンの大きさも、まさにこの、手のひらサイズをイメージしています。あとは焼き上がりにクルッと丸めて、円錐形に固めていただく感じで」

「となると、円錐の型が必要か。具合のいい道具が店にはなさそうだなぁ」

「型は私の方で、提供するアイスに合わせたものを制作しますので、お貸しする形ではどうでしょう?」

「いいのかい? それじゃあ、型は任せよう」

「この後、金物工房へ行く予定なので、早速打ち合わせをしてきます」

「それなら、うちの店の奴も同行させてもらっていいだろうか? 作り手も打ち合わせに加わった方がいいだろう」


 店長がそう言うと、隣のジェフがサッと手を上げた。


「俺、行ってきましょうか? どうせこれから昼休みだし、休憩がてら」

「よし頼んだ。――それじゃあ、ティティー殿! 改めて、我が店のワッフルコーンをどうぞよろしく! 真心を込めて作らせてもらおう!」

「ありがとうございます。お願いします!」


 アルメと店長は笑顔で握手を交わした。

 ……余談だけれど、強面店長の笑顔は、相変わらずとんでもなく恐ろしかった。





 ワッフル屋を後にして、アルメはジェフと共にシトラリー金物工房へと向かった。

 

 工房の玄関先で声をかけると、カヤが出迎えてくれた。


「こんにちは、カヤちゃん。またアイスの道具を作りたくて、ご相談をさせていただきたいのですが。今、ご都合はどうでしょう?」

「こんにちは! もちろん、大丈夫ですよ。お父さん――あ、いや、父もいますから、どうぞ中に!」

「ありがとう。実は今日はもう一人、ワッフル屋のジェフさんも来ているの。ワッフル型の製作をお願いしたいから、一緒に打ち合わせを、って」

「えっ!? あっ、えっ!? あの……っ!?」


 アルメがサッと横によけると、入れ替わるようにジェフが玄関に顔を出した。


「こんにちは。ワッフル屋のジェフです――って、あれ? うちの店の常連さんじゃん! 君、金物工房の職人さんだったんだね」

「ひえ……っ!!」


 カヤの想い人――ジェフを連れてくる形になったので、驚かせることになるだろうなぁ、とは思っていたけれど。予想通り、カヤは驚きのあまり玄関先でひっくり返ってしまった。


 尻もちをついたカヤに、ジェフは爽やかな笑顔で手を差し伸べた。


「ははっ、そんなに驚くことないのに。お名前、カヤちゃんって言うんだね。どうぞよろしくー」

「ひぃっ! こちらこそよろしくお願いひゃっす……ッ!!」


 カヤは真っ赤にのぼせた顔で、舌を噛みながら挨拶を返した。



 そうしてアルメとジェフ、そして工房長と、ひっくり返ったカヤを席へと収めて、話し合いが始まった。


 テーブルを囲んで、アルメがまた手帳の絵を見せながら依頼の説明をする。


「今回、作っていただきたい物が二つありまして。まず一つ目が、ワッフルコーンを円錐の形に巻くための型です」

「うちのワッフル屋の焼き機だと、焼き上がりは手のひらサイズになります。なので、型もその大きさを前提にしてもらえると、具合がよさそうです」


 アルメとジェフが説明すると、工房長は朗らかな笑顔で頷いた。


「シンプルな型ならば、すぐに作れるよ。円錐のとがり具合とサイズは、試作を調整しながら決めようか」

「よろしくお願いします」

「もう一つの依頼は何だい? そちらも簡単な代物かい?」

「もう一つは……それなりに、大掛かりな物を」

「聞こうじゃないか」


 アルメが難しい顔をすると、工房長はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。


 何やら、ワクワクとした様子だ。彼は変わった物を作るのが好きな職人なので、面白い依頼を期待しているよう。


 期待に答えられるかはわからないが……アルメは続きを話し始めた。


「今回、もう一つ作っていただきたい道具は――というか、機械なのですが……『ソフトクリーム機』というものを、お願いしたく」

「ソフトクリーム機? はて、それは一体どんな機械だろう」

「こう、大きな箱型の機械で、レバーを下げると注ぎ口からニュ~っと柔らかいアイスが出てくる、という」

「お、おぉ……?」

「ニュ~っと?」

「箱からアイスが出てくるんですか?」


 アルメは前世にあったソフトクリーム機のイメージを伝えるが、打ち合わせメンバーにはまったく伝わっていない様子だ。


 手帳にササッと絵を描いて、ポカンとする三人に説明を加える。


「見た目はこういう感じの機械です。大きな箱は冷凍庫と攪拌機を兼ねていて、中にアイス液を入れると自動の冷却と攪拌によってソフトクリームができあがる、という。そして正面のレバーを引くとアイスが出てきて、これをうずまき状に巻き取るようにワッフルコーンに盛っていく、と」


 うずまきソフトクリームの絵も描き添えておく。工房長とカヤとジェフは、三人とも目を丸くしていた。


「この、何というか。何じゃこりゃ。何なんだこのお菓子は?」

「巻貝みたいですねぇ。というか巻く必要あるんですか?」

「これ、普通にアイスを盛ればいいだけなのでは?」


 三人は初めて見る形状のスイーツに、思い切り怪訝な顔をしている。


(そ、そんなにおかしいかしら……? この形状の良さ、いまいち伝わらないものね……)


 アルメの中では手持ちのコーンアイスといえば、このうずまきソフトクリームがイメージの代表なのだけれど。


 残念ながら、みんなの頭の上には疑問符が浮かんでいる……。


 けれど、へらっとこぼされたジェフの呟きが、その困惑の空気を破ってくれた。


「でも、アイスをグルグル巻き取るの、ちょっと楽しそうですね。完成したら俺もやってみたいかも」


 どうやら遊び心がうずいたみたいだ。ジェフがそう呟くと、カヤが弾かれたようにテーブルを叩いて立ち上がった。


「作りましょう! ソフトクリーム機! きっと世の中に必要な機械ですよこれは!! 素晴らしい物に違いないです!!」


 急に乗り気になっていて、アルメは思わず吹き出してしまった。


 言い出しっぺがこう思うのもアレだが、決して世の中に必要な機械ではないと思う。――が、アルメ個人にとっては、是非とも欲しい機械であることには違いない。


 乗り気になったジェフとカヤにつられたのか、工房長も笑みを浮かべた。


「ふむ。冷却機能には氷魔石を使うとして。攪拌機能はミキサーの仕組みを応用して、風魔石の着脱で起動するようにしようか。――どれ、もう少し詳しく話を聞かせておくれ」

「は、はい! ありがとうございます!」


 話がよい方向に転がり始めた。アルメは内心でガッツポーズをしつつ、姿勢を正す。


 改めて本腰を入れて、うずまきソフトクリーム機の打ち合わせが始まった。







 シトラリー金物工房にて、打ち合わせの本番が始まった頃。ワッフル屋の前で、一人の娘が足を止めていた。


「わぁ、美味しそうなワッフル。お昼も過ぎた頃だし、ちょっと寄っていきましょうかね」


 サラリとした長い黒髪に、黒い瞳。ルオーリオで人気の『アルメ・ティティーのアイス屋』店主と、よく似た容姿の観光客。


 ――いや、観光客という呼称は正しくない。ルオーリオには観光ではなく、もっと素敵で大きな目的のために訪れたのだから。


 黒髪の娘は意気揚々と、ワッフル屋の玄関扉を通り抜けた。カウンターにいた体格の良いおじさん店員に声をかける。


「こんにちは。店内でいただきたいのですが、注文をよろしいですか?」

「おぉ! ティティー殿、お帰り。ずいぶんと早かったな。ジェフはどうしたんだい? って、あれ? なんだかさっきまでと服装が違うような……?」


 『ティティー殿』と呼びかけられた黒髪の娘は、得意げに笑みを浮かべた。努めて優雅な喋り方で自身の名前を名乗る。


「私はかの有名な『アルメ・ティティー』ではありませんわ。その()の、リナリス・アータムと申します」


 リナリス、と、黒髪の娘は高らかに名乗った。


 強面のワッフル屋店員は驚いた顔をした後、大きな声で笑い声を上げた。


「なんだ、ティティー殿には妹さんがいたのかい! いやはや、そっくりだったものだから間違えてしまったよ!」

「この度王都より、お姉様を訪ねて参りましたの。おじ様はお姉様とお知り合いなのですか?」

「あぁ、そりゃあもう! 彼女は共にルオーリオのスイーツ界を盛り上げる戦友さ!」

「ルオーリオのスイーツ界? す、すごいわ……! やっぱりお姉様は、業界の第一線に身を置いておられるお方なのですね! ()として誇りに思います!」


 リナリスは思い切り目を輝かせた。

 

 ワッフル屋店員は、あぁ、と思い出したように言い添える。


「しかしティティー殿に会いに来たのなら、タイミングが悪かったな。ついさっきまで、彼女はうちに来ていたんだが……」

「まぁ! そうでしたか! いつ頃戻られるかわかりますか?」

「ううむ、アイスの納品は済んだところだし、戻ってくるのはジェフ――同行したうちの店員だけかもしれんな。ティティー殿はそのまま、彼女のアイス屋に向かってしまうかもしれない」

「お姉様のアイス屋さん……! 最近表通りに新店がオープンしたというお話ですよね。何やら、御高名な神官様もひいきにしているって噂の……!」

「そうだとも! 南地区のアイス屋はここからは少し歩くから、馬車を使うといいよ。うちでワッフルを食べてから行きなさい。ワッフルを!」


 店員は抜け目なく、異様な圧でワッフルを勧めてきた。


 リナリスはフルーツ添えのチョコワッフルを注文して、店の席に腰を下ろす。パクリと頬張りつつ、湧き上がるときめきに胸を躍らせた。


(本当に、お姉様はすごい人なんだ……! 街のみんなに名前を知られているなんて! きっととびきり華やかな暮らしをしているに違いないわ……! お洒落なお家に住んでいて、クローゼットはドレスでいっぱい。ドレッサーには宝石のアクセサリーがあふれていたりして。お友達もきっと身分の高いお方ばかりで、毎週パーティーをしているんじゃないかなぁ。再会を果たしたならば、きっと私も連れて行ってくれるわ! ドレスとアクセサリーのお下がりも、たくさんもらっちゃったりして!)


 ワッフルを食べながら、リナリスの頭の中にはブワリと明るい想像が展開される。


 アルメ・ティティーは、自分の生き別れの姉である。自分たちは双子の姉妹なのだ。……――たぶん。


 育ての親である祖父母から、双子の姉がいるらしいと聞いていたので、間違いないと思う。何より、このそっくりの容姿が証拠だ。


 まさか偶然手に取った雑誌で、所在を知ることになるとは思わなかった。本当に奇跡である。


「有名人になっていた生き別れの家族と、奇跡的な再会を果たす――。こんなに素敵な話があるかしら。まるで戯曲みたいだわ。何かキラキラした、特別な物語が始まりそう……!」


 期待に胸を膨らませて、リナリスはこの後の予定を考える。早速、南地区のアイス屋表通り店を訪ねてみようと思う。


 何やらすごい有名人――姉と接触できたなら、パッとしないこの凡庸な人生から抜け出せるに違いない。とんでもなくドラマチックな事が起こるに違いないのだ。


 リナリスは一人、夢に満ちた瞳をキラキラと輝かせた。


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