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134 営業縮小の路地奥店 (4章始まり)

 暦は冬の半分を越えた頃だが、今日もルオーリオには夏の日差しが降り注いでいる。


 昼過ぎの街はじわりと気温を上げていき、花や緑がより一層生き生きとして見える。


 アルメの家――アイス屋路地奥店前の店先、および店内にはワイワイと人が集まり、ひと際気温が高くなっていた。


 賑やかな店内で、アルメはせっせとモナカアイスの注文をさばいていく。


 次の注文も、その次の注文もモナカアイスだ。――というのも、今、路地奥店のメニューはモナカアイスだけなので。

 一日分のモナカアイスを売り切ったら、今日の営業は仕舞いだ。


 こうして営業の形を変えているのは、この前の魔物騒動が理由である。


 一階店舗の排水管が壊れてしまったので、なるべく洗い物を出さないようにしたくて……。ひとまず、食器を使わないで済む、食べ歩き用のモナカアイスのみを販売しているのだ。


 二階自宅の排水管は無事だったので、水を使えないわけではないのだけれど。食器を抱えて一階と二階を往復するのは大変なので、通常のアイスメニューは一時休止にしたのだった。


 ちなみに、排水管の工事が入るのは春先の予定だ。早くても一月から二月は先の話である。

 二階自宅の排水管が無事だったことで、アルメの家は工事の順番を後回しにされてしまったのだった。


 工事は、暮らしに深刻な影響が出ている人々から優先されるべきなので、まぁ仕方のないことだ。


 そういう諸々の事情により、路地奥店は期間限定でモナカアイス専門店となってしまった。――だが、客入りは異様なほどに良好だ。


 アルメはてきぱきとモナカアイスを作り上げながら、密かに複雑な息を吐く。


(『白鷹様がひいきにしているかもしれない店』っていう噂が流れていることは知っていたけれど……いつの間にやら、『公の情報』みたいになってしまったわ……)


 何やら最近、ゴシップ誌に『白鷹と謎の女神』なる記事が載ったらしい。エーナから聞いて知ったのだが……。


 それと同時に、グルメ雑誌でアイス屋の情報が大きく出たので、『謎の女神』の正体は世間の人々にあっという間に特定されてしまったのだった。


 加えて、つい先日、ケーキ屋のオープニングイベントでも白鷹と接触してしまったこともあり。


 白鷹がアルメのアイス屋をひいきにしていることは、すっかり街の人々に知れ渡ってしまったのだった。


 この副都ルオーリオにおいて、貴族や高名な人間が街中を歩いている、ということ自体はそれほど珍しいことでもない。城のある大きな街なので。


 さすがに王族クラスが気安く街に降りることはないだろうけれど。でも、それなりに身分のある者たちも、比較的自由に街での生活を送っている。


 なので、白鷹にひいきの店があったとしても、別におかしなことではない。

 ……でも、なんてことない庶民のスイーツ店を気に入っている、というのは、やはりちょっと話題に上る事例ではあるが。


 白鷹情報に興味を引かれた人々は、早速店へと足を運んできた。客入りは嬉しいけれど、アルメは接客と同時に、彼らの質問攻めへの対応を余儀なくされている。


 女性客たちがアイスの注文を入れた後、前のめりになって尋ねてきた。


「ねぇ、店主さん。ティティーのアイス屋って南地区の表通りにもお店があるけれど、白鷹様はこっちの路地奥店にもお見えになるの?」

「ええと、お客様のプライベートに関わることなので、お答えできかねます」

「店主さんは白鷹様とお喋りを楽しまれたりするのですか? どんなことをお話しするんです?」

「それもプライベートなことなので、どうかご質問はお控えくださいませ」

「ひゃあ! プライベートな話をする関係ってこと!? お二人って実はそういう、よい仲なんです!?」

「いえ、あの……普通の仲です。普通の。――はい、お待たせしました。苺ミルクモナカとチョコバナナモナカ、こっちがミルクナッツモナカです」


 苦笑で会話を流しつつ、モナカアイスをお客たちへと渡していく。彼女たちは楽しげな笑顔で受け取り、アイスを頬張っていた。


 客はあれこれ聞いてくるけれど、悪意を感じる質問はほとんどない。なので、割とサラリと対応している。


 ゴシップ誌に載ったと聞いた時には、どうなることかと思ったけれど。アイス屋は意外なほどに平和を保っていた。


 白鷹を慕う女性たちに、嫉妬心や良からぬ感情を向けられてしまうのでは……とビクビクしていたのだが。今のところ、変な言い掛かりをつけてくる人はいない。


 キャンベリナのアイス屋も消えるように撤退していったし、むしろ前より平和になった気さえする。


 白鷹がアイス屋びいきという情報が公になったことで、逆に報復を恐れて手を出せないのでは――と、コーデルは話していた。

 ありがたい、というのはおかしいけれど、ひとまずはホッとしている。



 また次の客がアイスの注文を入れて、同じような話を振ってきた。明るい声で喋る陽気なおばさんだ。


「私はコーヒーモナカを一つ。そういえば先日、表通り店のお隣のケーキ屋さんでオープニングイベントをやっていたでしょう? 私たまたま通りがかりで見ちゃったんだけど、店主さんと白鷹様はずいぶんと仲良しさんなのね。彼のハグ、羨ましかったわ~!」

「あの抱擁は……極北での挨拶だそうです」

「あら、そうなの? じゃあ、彼と知り合いになれたら、私も抱きしめてもらえたりするのかしら。――なんてね。まず知り合いになる方法がわからないけれど」


 そんな冗談を言って、おばさんは大きく笑った。


 アルメは胸の奥にちょっとしたモヤを感じながら、また一つモナカアイスを作り上げた。


 先日、リトのケーキ屋のオープニングイベントで、ファルクは去り際に抱擁の挨拶を交わしてきた。彼の故郷では一般的な挨拶なのだそう。


 ということは、ファルクは地元ではあらゆる人々と抱擁を交わすということだ。……例えば、職場の女性神官たちとも、毎日ハグをしていたのだろうか。


 ――と、そんなことを思うと、なんとなくモヤモヤとした妙な心地になってしまう。最近、こういう胸の重さを感じることが多くて困っている。


 考え出すと、どうにもたまらない気持ちになって調子が狂う。なので、悩みの深みにはまる前に、頭の中を別の事に切り替えるようにしている。


 アルメは胸のモヤに見て見ぬふりをして、思考をシフトすることにした。



 客の来店ペースと、今日分のモナカ皮の数を照らし合わせる。


(この調子だと、夕方前には売り切れになりそうね。路地奥店も表通り店も日に日にお客さんが増えていってるから、皮の製造数を見直しておかないと)


 気持ちを仕事モードに切り替えつつ、アルメはふむと頷いた。


 直近のアイス屋の新規客は大きく二つに分かれている。

 白鷹情報に魅かれて来店するルオーリオ民と、グルメ雑誌のアイス屋情報を見て来店する人々。――後者には観光客も多く、特に王都からの客が目立っている。


 そしてこの先、さらにもう一つ客の来店動機が加わると予想している。『なんとなく浮かれて外出をして、財布の紐が緩くなってしまった』という層が現れるはずだ。


 それというのも、近々ルオーリオに新しい守護聖女が来訪する予定だそうで。


 魔物騒動の後、民衆に向けて城から正式な布告が出されたのだった。高齢の守護聖女に代わって街に結界を張るべく、王都から若い聖女が派遣されるとのこと。


 お出迎えのパレードや、式典に伴う祭日も予定されているそう。


 イベント事が大好きなルオーリオの民は、大いに盛り上がるに違いない。お祭りムードとなると人出が増えて、消費もさぞや活性化することだろう。


 ……と、そんな追い風があるというのに。路地奥店で通常の営業ができないというのは、なんとももどかしい。


(せっかく新しいお客さんも増えているのに、商品がモナカアイスだけっていうのは……やっぱり盛り上がりに欠けるわね。何か、食べ歩きできるアイスの新作でも――)


 アルメの頭の中にパッと、前世でよく見かけたアイスの形が浮かんだ。


 食べ歩きに適したアイス、と考えた時にまず頭に浮かぶのは、やはり『コーンに盛られたアイス』である。


 円錐型のパリパリコーンに乗った、色鮮やかなアイス。ユニークな手持ちアイスは客寄せにもよさそうだ。


(変わったコーンアイスを食べ歩いてる人を見ると、つい自分も食べたくなって、お店を探しちゃうのよね。――よし! この機会にコーンアイスを作ってみましょう!)


 接客をこなしつつ、頭の中でコーンの作り方を考えてみる。


 そうしているうちに夕方が近づいて、今日の分のモナカアイスはすっかり完売となっていた。


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