132 ケーキ屋のオープニングイベント
あれから少し経ったけれど、ルオーリオの街はまだ慌ただしい。
南地区には魔物が出なかったそうだが、被害のあった北と東から人が流れて来ているので、どことなくざわざわとしている。
この人の流れは一時的なもので、そのうち落ち着くのだろうけれど。今は人口が一段階増えている印象だ。
そんな中、表通り店のお隣――リトのケーキ屋は、予定していた通りにオープン日を迎えた。
こんな騒動の後なので、オープンを遅らせようか、とも考えたそうだが……地区に人が集まっているから、いっそ宣伝に繋げてやろう、との思いで決行することにしたそう。
オープンが遅れるほどに仕入れなどの予定も狂うし、店の賃料だけがかさんでいく、ということもあり。
……リトの話しぶりから察するに、多少のヤケクソめいた思いもありそうだったけれど。
そうして迎えたオープン日の、本日。
ケーキ屋の店先にて、ちょっとしたオープニングイベントを催すことになったのだった。
アイス屋とケーキ屋の従業員たちが通りに出て、一緒に巨大なケーキを囲む。これは今日のイベント用に作った、三段重ねの華やかなアイスケーキだ。
スポンジ生地の上にフルーツ入りのミルクアイスが乗り、全体をホワイトチョコのソースでコーティングしてある。
クリームでレース細工のような繊細なデコレーションがほどこされていて、雪を被った城のように美しい。
真っ白なアイスケーキは、今日の青い空によく映えている。
このケーキを街の人々に無料で振る舞ってしまおう、というのが今から始まるイベントである。
もちろん宣伝を兼ねているので、ケーキの隣にはばっちりと大きな看板が添えられている。
新作のアイスケーキを押し出した宣伝文句と、他にも店の一押しケーキがポップなイラストで描かれている。こちらはタニアの作だ。
アルメのアイス屋に掲げられているメニュー看板が、よい評判を得ているので、リトにも紹介したのだった。
今日はオープニングイベントにタニアも来ている。
タニアは看板を見てホッとした顔をしていた。絵画工房も軽く被害を受けたそうで、納期がギリギリだったのだとか。
リトもアイスケーキを前にして、気の抜けたような息を吐いていた。
「やれやれ、まさかオープンを前にして魔物騒動が起きるなんてねぇ……。タニアさん、無理を言って仕事を急かしてしまって、ごめんなさい。オープンを強行してしまって」
「いえ、お気になさらず。災の後だからこそ、明るいイベント事には是非とも協力したいなぁ……なんて、思っていたところなので」
「そう言ってもらえると、頑張る気力が湧いてくるわ。そうよね、災の後だからこそ、ルオーリオらしい活気あるイベントが必要よね」
リトは気持ちを切り替えるように背筋を伸ばした。笑顔を作って、正面を向く。
「よし! それじゃあ、街の景気づけも兼ねて、今日は盛り上げていきましょう。――これよりケーキ屋のオープンといたします! 皆様どうぞ、よろしくお願いします~!」
よく通る明るい声で、リトは店のオープンを告げた。
店先のみんなで大きく拍手をして、早速呼び込みを始める。
アルメとコーデルは氷魔法を使って、火の精霊払いを兼ねたパフォーマンスをした。店先にキラキラと輝く氷の結晶が舞う。
すると近くの街路樹の陰から、おぉ、と控えめな声が上がった。『ご加護だ~!』『神よ~!』なんて小声が聞こえる。
何やら、店の周囲にアイス神の信者たちが数人紛れているようだ……。アルメは顔をひくつかせつつ、気がつかないふりをして魔法を続けた。
店先の豪華なケーキと美しい氷魔法に興味を引かれて、通行人が足を止めていく。お祝いケーキのお裾分けがあると聞き、わらわらと人が寄ってきた。
真っ白なアイスケーキを切り分けて、小皿によそって人々へと振る舞う。
みんな楽しげにお喋りをしながら、ルオーリオに誕生した新しいケーキを頬張っていた。
「あっ、冷たい! 中のクリームが凍ってるのかしら?」
「アイスケーキだってよ。隣のアイス屋との合作だとか」
「こう暑いとクリームが喉に絡む気がして、ちょっとアレなんだけど……このケーキは冷たくてペロッといけちゃうね」
聞こえてくる感想に、アルメとリトはハイタッチを交わした。客受けも上々のようだ。
アイス屋のテラス席も開放して、街の人々にケーキを楽しんでもらう。どんどん人が集まって、店先はすっかりイベント会場らしくなった。
人々の笑顔を見渡して、アルメも顔をほころばせた。
(この景色、おばあちゃんにも見せてあげたいなぁ。今日はよく晴れているから、天まで届くかしら)
アイス屋をオープンした時にも思ったことだが、この素敵な景色を祖母にも見せてあげたい。
そして叶うのならば、工夫を凝らして作り上げたアイスケーキを、是非とも食べてもらいたい。
ご馳走したら、祖母はどんな顔をするだろう。『面白いケーキね。とっても美味しいわ!』なんて思い切り褒めて、抱きしめてくれるだろうか。
祖母を想いつつ、アルメはケーキをせっせと取り分けた。
今日はお祝いケーキイベントが終わるまで、アイス屋メンバーも協力して手伝いをする予定――なの、だが。
手伝いメンバーのジェイラとエーナは、ちゃっかり自分たちの分もよそっていた。食べる気満々だ。
タニアは一応ゲストなので、一足先にリトからもらったケーキを堪能している様子。
身内が食べていると、自分も食べたくなってくる……。そんな気持ちが伝わってしまったのか、リトがアルメの分も取り分けてくれた。
「はい、アルメさんもどうぞ。遠慮せず、アイス屋さんメンバーも皆さん食べてちょうだい。お手伝いのお礼として、是非是非~」
「すみません、ありがとうございます。いただきます」
「コーデルさんもどうぞ~」
「あたしは一口だけもらっておくわ。お昼前に半端に食べると、逆にお腹空いて駄目になっちゃう質なの」
「あら、そう? じゃあ一口。はい、あ~ん」
リトはスプーンでアイスケーキをすくうと、コーデルの口元へと持っていった。コーデルはノリノリでパクリと食いつく。
「あっはっは、餌付けされた気分~!」
コーデルは楽しそうに笑い声を上げた。
二人のふざけ合いを見て、ジェイラとエーナはヒューヒューと声をかけてはやしたてる。
アルメはというと、一人で密かに照れてしまっていた。
三段重ねの真っ白なケーキは、アルメの前世ではウエディングケーキを思わせるデザインなのだけれど。
この世界で意識する人はいないので、何も言わずにおこう。
ちょっとした照れは脇に置いておき、アルメもみんなと声を合わせて笑うことにした。
――この後、おかしな餌付け大会が始まり、まさか自分の番まで回ってくるとは思いもしなかった。




