131 騒動の後で
ルオーリオの街を騒がせた魔物の災害は、比較的小さな規模で治まったようだった。
局所的な被害にとどまった、と言った方が正しいかもしれない。
魔霧は地下深くから湧いたようで、東と北の地下街の一部と、地上の一部のみに被害が集中したそう。
街全体の機能が損なわれる事態にならなかったのは、幸いである。該当地域の下水管も被害は軽く、早急に街の土魔法士が修復をしてくれた。
ルオーリオはその昔、地下要塞を作るために土魔法士を集めたという歴史がある。その名残もあり、街には今でも多くの土魔法士が籍を置いている。
なので、地下水路の整備もお手の物なのだ。
――が、各家庭の排水管やらの破損は、彼らの魔法修復の範疇ではない。各々が業者に相談をして修理する必要がある。
残念ながら、アルメの路地奥店の流し台および排水管も、見事にダメージを受けていた。
街から補助金は出るそうだが……工事の順番待ちが長そうだ。
補助金の他に、該当地域の人々には『精霊ノーム』が貸し出された。親指くらいの小さな精霊だ。
アルメの目にはキラキラした光にしか見えないけれど、髭を生やした老人の姿をしているそう。
このノームに排水管の中を歩いてもらって、壊れた箇所を調べてもらう。お手洗いに送り込むのは気が引けたけれど……精霊は気にした様子もなく、家中の管を調べてくれた。
アルメの家は二階と一階で配管が別になっている。壊れてしまったのは、一階の排水管だけだった。
二階自宅の排水管は問題ないそうで、ホッと胸をなでおろした。ひとまず今まで通り、自宅で生活できそうだ。
一階の路地奥店は、少しの間は営業縮小――もしくは休業となりそうだが……。まぁ、仕方ない。
南地区の表通り店が無事だったので、痛手はこちらで取り戻すことにする。
騒動の中、店に残って番をしてくれたコーデルとジェイラには丁重にお礼をしておいた。
コーデルは『ま、店長として店を守るのは当然よ~!』なんて調子のいいことを言っていた。
が、ジェイラに即座にツッコミをくらっていた。『あんた騒いでただけだろ』、と。
――そんなこんなで、アルメはとりあえず、ざっくりと今後の動きを決めたのだった。
そうして地域の片付けなどに取り組んでいるうちに、あっという間に半月ほどが過ぎていた。
今日は小広場に集められたゴミを、表通りの臨時集積場に移す日だ。壊れた家具などを荷車に乗せて、みんなで協力して運んでいく。
表通りに出た時、荷を運ぶアルメの横を馬車が走り抜けていった。
金細工で美しく飾られたその馬車は、デスモンド家の馬車だ。――が、アルメは露知らず。せっせと片付けに勤しんでいた。
馬車の中で、ゴンザロ・デスモンドは盛大なため息を吐いた。
手元には二冊の雑誌がある。どちらも薄っぺらい雑誌だが、ゴンザロにとっては重たい鈍器のように感じられる物だ。
「クソッ……運が向かなかった」
ゴンザロは渋い顔で吐き捨てた。
魔物騒動の直後、初めて、街の雑誌に白鷹のゴシップが取り上げられた。
――なんでも、白鷹が掃討戦の最中に『女神』なる女性を頼り、かしづいて加護を乞うたのだとか。
民衆の見守る中、堂々と行われた行為だったので、後ろ暗いゴシップというより『現場での珍エピソード』のような扱いで載っていた。
どこの記者が取り上げたのか知らないが、上手く書いたものだと思う。不敬には及ばない、皆が見ていた出来事のみを書いた内容だが、『白鷹には特別な女がいる』ということを充分に匂わせる記事だった。
前々からの噂も相まって、世間ではもうさっさと『女神は白鷹がひいきにしているアイス屋の店主だ』という情報が出回っている。
ゴシップは、ルオーリオの人々の好奇心を大いに満たすものであった。
実際、雑誌の売れ行きはなかなかのようだ。
そのゴシップ誌が、今手元にある一冊だ。
そして、手元にあるもう一冊の方。こちらはつい先日発売されたばかりのグルメ情報誌である。ルオーリオのスイーツ店を取り上げた雑誌のようだ。
魔物騒動から間を置かずに刊行を決めるとは、なかなか強気な出版社だ。――なんて感心をしていたのだが……この雑誌に、アルメ・ティティーのアイス屋が大々的に掲載されていた。
大きな肖像画付きで、たっぷりとページを取って載っていた。
確認すると、先に発売されたゴシップ誌と同じ版元であった。……グルメ情報誌の発売を急いだ理由に、察しがついてしまった。
『今、世間を賑わせている女神』と『人気のスイーツ店の店主』をリンクさせて、雑誌の売り上げを伸ばす策であろう。実に小賢しい商戦略だ。
出版社のこの戦略は、我がデスモンド家のアイス屋にとってはとんでもなく迷惑な話である。
ゴシップ誌とグルメ情報誌の特集。二つの相乗効果で、アルメ・ティティーに世間の話題を全部持って行かれてしまったので……。
もうデスモンド家のアイス屋なんて、特に話題性もない『街のその辺の店』でしかなくなってしまった。
さらに悪いことに、話に尾ひれまで付き始めた。
もう一つの似ているアイス屋は紛い物で、行ったら運気が下がるとか。『アイス神』とかいうふざけた神に、罰を下されるとか――。
街の人々が面白おかしく語り、好き勝手盛り上げだしたのだった。
大衆の軽口ほどコントロールの利かないものはない。
ただでさえ、占いやらを好む人間が多い街だ。運気の上がるスポットはもてはやされて、その逆は酷いものである。
そういうわけで、我がアイス屋の経営状況はボロボロだ。
ゴンザロは痛む頭を押さえて、雑誌を席へと放り投げた。
「……夏の街ルオーリオに最適な、新しい氷菓子の店――という、素晴らしい商売企画だったというのに。ここにきて、こんなしょうもないことで打撃をくらうことになるとは……。クソッ……本当に、商運が向かなかった……」
向かいの席に座る初老の秘書が、ゴンザロにじとりとした目を向けた。
「だから申し上げましたのに……お相手を見くびっての競り合いはお控えくださいと。もっと他に穏便なやり方があったでしょうに……対等な立場で提携をするだとか」
「ええい、うるさい奴だな! 小娘相手に愛想笑いをして、握手を交わせと言うのか? そんなことできるわけがないだろう! お前はもう黙っていろ!」
ゴンザロが声を荒げると、秘書はやれやれと息を吐いた。
そんな秘書を見てまた苛立ち、ゴンザロは眉を吊り上げた。が、ふと別のことが気になって、声をかけた。
「――って、お前、さっきから気になっていたが、何やら荷物が多くないか?」
「そうですか? それでは、ここらで少し荷を減らしましょうかね。旦那様、この書類をお受け取りください」
「なんだ……?」
秘書はいくつかある鞄の一つから、封筒を取り出した。受け取ったゴンザロは、封筒の中から紙を出して広げる。
その紙は退職を願う書類であった。
思いもよらぬものを渡されて、ゴンザロは目をむいた。秘書は澄ました顔で言う。
「私も占いを信じる質でして。よく当たると評判の占い師を訪ねたところ、運が向かないと出ましてね。荷を移し、諸々の仕事を片付けましたら、お暇させていただこうかと思います」
「なっ……貴様――っ!!」
馬車の中にゴンザロの裏返った大声が響いた。
デスモンド家のアイス屋から大看板が取り外されたのは、それからすぐのことだ。
休業日が増えて、そのまま静かに消えるように撤退していった。華やかなオープンとは正反対の、なんとも地味な閉店だった。
こうして、ルオーリオの一角で始まったアイス屋同士の戦いは、ようやく終戦を迎えたのだった。
――そんなローカルな戦いが終わった頃。
王都でも、ルオーリオのグルメ情報誌が発売されていた。
王都の民にとって、副都ルオーリオは最も気軽に行くことのできる観光地である。遠すぎず、近すぎずのほどよい距離で、交通も整っているので。
そういうわけでルオーリオに対して、王都の人々の関心はそれなりに大きい。発売されたグルメ情報誌は、たくさんの人々の手に取られることになった。
王都の一角にある書店にて、また一人、庶民の娘が雑誌を手に取り購入していった。
娘は長い黒髪をサラリと揺らして、雑誌をパラパラと流し読む。黒い瞳が、とあるページをじっと見つめた。
アイス屋の店主の肖像画が載っているページ――……。
娘は驚きに目を見開いて、ボソリと呟いた。
「え……これ……お姉様……?」
食い入るように誌面を見つめる娘は、肖像画のアルメ・ティティーと瓜二つの容姿をしていた。




