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13 軍人アイデンと戦闘員心

 元同僚のおばさま二人組が店を出たら、ちょうど入れ替わるように今度は別の知人二人組が来店した。


 店内に遠慮のない朗らかな声が響き渡った。


「よう! アルメ! アイス屋開店おめでとう!」

「アルメ! 早速遊びに来たわよ! 結構お客さん入ってるじゃない!」


 来店したのはエーナと、その婚約者のアイデンだった。


 アイデン・マルトニーはエーナと同じく、アルメの幼馴染である。彼は軍人で、剣兵として最前線で魔物と戦う戦闘員だ。


 体格に見合った大きな声に、日差しのように明るい短髪の赤毛と、オレンジ色の瞳をしている。


 大股でアルメに歩み寄ると、アイデンは大袈裟に苦い顔を作って言った。


「エーナから色々聞いたぞ。ええっと、その、今回の件は何と言ったらいいのか……」

「アイデンに気を遣われると、なんだか調子が出ないわ。言いたいことは遠慮なくどうぞ」

「……じゃあ言わせてもらうが、ぶっちゃけ浮気クソ野郎なんかとは、別れちまって正解だったと思うぜ!」


 アイデンは軍人らしいよく通る声で言い放った。アルメの婚約破棄を慰めてくれているらしい。……少々、声が大きいが。


 すぐさまエーナに怒られ、バシリと背中を叩かれていた。


「おっと、デカい声出して悪かった。いやぁ、でも思ったよりアルメが元気そうで良かったよ。落ち込んでるようなら、俺が浮気野郎を一発殴ってやろうかって思ってたんだけど」

「こら、軍人が一般人を殴ったら大事でしょ。もうフリオのことはいいの。これからはお店を頑張っていくつもりだから」


 さっぱりとした笑顔で言い放つと、アイデンも苦い顔をやめて、歯を見せて豪快に笑った。


「じゃあ、今日はアルメの新たな門出の応援がてら、ガッツリ食っていかなきゃな!」

「えぇ、是非感想をもらえると嬉しいわ」

「この前のランチで言っていたミルクアイスって、この白いやつ?」

 

 エーナがカウンターのアイスを指さした。冗談めかして笑いつつ、メニューの説明をしておく。


「そうよ、牛乳のアイスなの。『白鷹ちゃんアイスです』っておすすめしたら、女性のお客さんみんな買ってくれたわ」

「じゃあ私も白鷹ちゃんアイスにしようっと」

「あっ、この野郎。お前俺の前で白鷹を選びやがって~……」


 アイデンはムッと口を尖らせて拗ねてしまった。


 二人分の器を用意しながら、アイデンにも注文を聞く。


「アイデンはどうする? 別の種類を合わせることもできるわよ」

「じゃあ俺はベリーとオレンジとコーヒー」

「わかったわ。ちょっと待ってて」


 注文通りにアイスを取りながら、つい頬が緩んでしまった。アイデンはエーナと別のものを頼んで、全部の味をシェアするつもりなのだろう。本当に微笑ましいカップルだ。


 アイスを器に丸く盛って、エーナのミルクアイスは白鷹ちゃん仕様に飾る。


 席についた二人の前にアイスを置き、ついでにアルメも近くから椅子を引っ張ってきて、一緒のテーブルについた。


 基本的に庶民の店の接客はゆるいものだ。忙しくなければ、こうして少々くつろいでいても何ら問題はない、というところが気楽である。


 出てきた白鷹ちゃんアイスを見てエーナは大笑いして、アイデンは逆に複雑な表情をした。


「やだ可愛い! 白鷹ちゃん、ってネーミングが絶妙ね」

「これ鷹っつーか、ヒヨコじゃね?」

「厳しいこと言わないでよ。アイスで鷹を作るのは難しいんだから、ヒヨコが精一杯なの。――さ、溶けないうちにどうぞ召し上がれ」


 いただきます、と声をそろえてスプーンを握ると、二人はアイスをパクパクと頬張り始めた。


「うん、甘くて美味しい! 白鷹ちゃんアイス、見た目だけじゃなくて味もばっちりね!」

「うまっ! こりゃ暑い日にいいな」

「フルーツの方もとっても美味しいわ。もっと種類を増やしてもいいんじゃない? 桃とかリンゴとか」

「俺はこの中だとオレンジが一番だな。さっぱりしてて美味い! レモンとかもいいんじゃねぇか、爽やかで」


 二人は四種類のアイスを食べ比べて、一つ一つに感想をくれた。ひとまずすべて口に合ったようで、ホッとした。


「二人ともありがとう。今後の参考にさせてもらうね」

「おう! 戦の前に美味いモン食えて良かったわ」

「――あ、そうだった。アルメ、」


 エーナがハッと思い出したように話を切り出した。


「ルオーリオ軍、明後日の朝に出軍の予定なんだって。お店オープンしたばかりだから誘うのもどうかなぁと思ったんだけど、見送りどうする?」

「あら……! アイデンは今回も部隊に入るの?」

「おうよ! これでも一応精鋭だからな! というか今回ちょっとデカめの現場らしいから、若いのは大体連行される予定」

「それは……大変ね……気を付けてね。エーナと約束していたし、お店は休みにして私も見送りに行くわ。思いっきり手を振ってあげる!」


 そう答えると、アイデンはキョトンとしてアルメを見た。


「アルメが見送りにくるなんて久しぶりだな。お前って、野郎どもの行進見てキャーキャー盛り上がるタイプだっけ?」

「なっ……別にキャーキャー言いに行くわけじゃないわよ」


 出軍の行進は、軍の当人たちにも一種のイベントとみなされているみたいだ。見送りに行くということが、イコール、男たちを見てはしゃぐという認識になっている……。

 

 すかさずエーナまで悪ノリをしてきた。


「アルメは白鷹様がお目当てなのよね~?」

「ちょっとエーナ……! 私は純粋な気持ちで応援に行くつもりなのに……!」

「でも一度も見たことないから、見てみたいって気持ちはあるでしょう?」

「ま、まぁ……ないことも、ないけれど」


 確かに見ておきたい気持ちはある。けれど、別にキャーキャー言いに行くわけではないのだ。断じて。


 アルメとエーナを見て、アイデンは拗ねたため息を吐いた。


「や~っぱり白鷹目当てかよ……なんでこんなに人気なんだか」

「軍の中では人気ないの?」

「男が男にキャー素敵ー! なんて言ってどうするんだよ」

「いやそういうことじゃなくって……。白鷹様は怪我を治してくれる人なんでしょう? みんなから頼りにされているんじゃないの?」


 疑問に思って問いかけてみると、アイデンは複雑な顔をした。


「治癒魔法は心底ありがたいと思うけど……でも、あんまり従軍神官に良い印象持ってる奴はいないよ」

「え、どうして?」

「戦闘員心は複雑なんだよ……」


 渋い顔をするアイデンと困ったように笑うエーナ。アルメは二人の様子にキョトンとしてしまった。

 

 オレンジアイスを大きく一口すくってパクつくと、アイデンがもごもご咀嚼しながら喋りだした。


「従軍神官って、俺ら戦闘員が戦ってる後ろ~~~の方から治癒魔法を飛ばしてくるんだよ。盾持ち数人に手厚く守られながらさ。俺らが魔物に引っ掻かれたり噛みつかれたりする中、安全なところから魔法だけビャッて飛ばしてくるわけ」

「そういう仕事だから、それはそれでいいんじゃないの?」

「まぁ、そうなんだけど。けどなんかムカつくんだよな……。辛い現場だと特に、お前らも前に出て戦えよ! って気分になってくる」


 戦闘員心というものはわからないけれど、当人が言うのだからそういうものなのだろう。エーナは、口が悪いと叱って、アイデンの手をペシリと叩いた。


「もうちょい真面目なこと言うと、神官って戦地への移動だけでへばるし、神官がへばってると治療が遅れるから、結局俺らにダメージがくるわけで……。神官が微妙だったから後遺症が残ったって奴も多くいる」


 神官の治癒魔法も万能というわけではない。


 治癒魔法とは、炎症を治め、痛みを取り除き、肉体の再生速度を極限まで高めて治癒を早める魔法である。


 傷の処置が微妙だと、治癒魔法を使ったところで変な治り方をするらしい。


 例えば、体に刺さった異物を取り除かないまま魔法を使えば、異物を残したまま肉だけが再生してしまうし、病変を取り除くなどの処置をしないと、結局すぐに再発してしまう。


 骨を一つ繋ぐにしても、適当に魔法だけをかけると、痺れが残ったり動かしづらくなるという後遺症が残ってしまうのだ。

 

 それゆえ神官には、前世でいうところの外科医のような技術が求められる。従軍神官には特に、その腕が求められるそうだ。


 アイデンは不貞腐れたような声音で続ける。


「そのくせ、どんなにヘボい神官であっても偉い身分だからって、俺らよりずっと給料が良いし、現場でも待遇が良いし……。ちょっとくらい、やっかみたくもなるだろ」

「そう言う話を聞くと、まぁ、確かに」


 なるほど、と神妙に頷くと、今度はエーナがアイデンに問いかけた。


「白鷹様は現場でどんな感じなの?」

「う~ん白鷹はまだわかんねぇなぁ。連れて来た他の従軍神官の指導ばっかしてた気がする。最近は軽い現場しかなかったから、まだ本性出てない感じ」

「本性って……また言い方が悪いんだから」

「いやほんと、泥沼の消耗戦ほど本性が出るんだって。偉そうにふんぞり返ってた神官が、泣きながら助けてくれ~とか言って、下っ端剣士に縋りついてきたりするんだよ。他にも、真面目だった奴が逃げ出したり」

「へぇ……やっぱり掃討戦って大変なのねぇ……」


 普段なかなか聞くことのない話を聞いて、しみじみとした声をもらしてしまった。


 本性が露わになるほどの激しい戦いの場とは、一体どういうものなのだろう……想像できないけれど、ものすごく恐ろしそうだ。


 やはり今度の出軍の見送りでは、軍のみんなに思い切り手を振って声援を送ってこようと思う。



 話に区切りがつくと、空気を変えるように、アイデンが陽気な声を上げた。


「まぁ、辛気臭い話は置いといて、とりあえずなんかこう、アルメの店の売上に繋がりそうな白鷹情報があったら入手してくるわ! 白鷹の好きな食べ物とか、メニューに使ったら売れるんじゃね?」


 アイデンがいつもの大きな声でそう言うと、店先にいた女性客たちが目をギラギラさせて一斉にこちらを向いた。


 エーナは、声が大きい!、とアイデンをどつき、アルメは冷や汗をかきながらも心の内で思った。


(これは……本当に売上に繋がりそうだわ)


 そのうち『白鷹も大好きな〇〇!』なんてうたい文句のメニューが追加されるかもしれない。


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