129 避難所の知人たち
大通りを歩いていき、ようやく南地区にたどり着いた。
南地区にはいくつか広場があるが、既に全て臨時の避難所になっているそう。
大広場には人が集まり、大混雑といった具合だ。庶民から富裕層までごった返している。
この様子だと、奥まで歩いていくことは難しそう。広場の入り口付近は軍人たちが行き来していて忙しないが、ひとまずここを居場所とする他ない。
アルメは邪魔にならないところに寄って、フゥと息を吐いた。
すると、程近くから聞き慣れた声が届いた。
「あっ! アルメー! こっちこっち!」
「あら、エーナ! それにタニアさんも!」
目を向けると、花壇の端からエーナが手を振っていた。隣にはタニアもいる。
この混雑の中、友人たちに会えたのは幸運だ。アルメは人をよけつつ、二人の元へと移動した。
「エーナ、タニアさん、二人とも大丈夫だった?」
「アルメこそ、大丈夫!? 東と北が酷いって聞いたけど……!」
「キッチンの排水口から魔物が湧いてきてビックリしたわ。私は大丈夫だったけれど、排水管が心配……」
「排水管、ね……うちの新居も心配だわ……」
「引っ越し直後にこの災害はないわよねぇ……」
エーナと二人で重く深いため息を吐いてしまった。そういう心配ができるのも、自身が無事だったからこそなので、幸いと言えば幸いなのだろうけれど……。
エーナと言葉を交わし、続けてタニアにも声をかける。
「タニアさんも、ご無事でよかった――って、そちらの荷物は、もしかしてアイス屋のチラシですか?」
「えぇ、ちょうど納品にうかがおうと通りを歩いている時に、騒動が起きて……そのまま避難してきました」
「私とタニアさんも、今さっき合流したところなの」
タニアはチラシの包みを大事そうに抱えていた。紙の束は荷物になるだろうに、放らずにここまで抱えてきてくれたらしい。
「重かったでしょう……。納品日がこんな日に当たるなんて……すみませんでした。ここでお受け取りします」
「……ごめんなさい、移動中に少し角が折れてしまったかも」
「まったく問題ありませんよ! 運んでいただき、ありがとうございました」
アルメはくくられたチラシの束を受け取った。
チラシに目を向けたところで、ふと思う。そういえば、今日エーナはアイス屋表通り店のシフトに入っていたはずだ。
彼女がいるということは、他のみんなも避難してきているのだろうか。
「エーナ、他のみんなは一緒じゃないの? 今日ってコーデルさんとジェイラさんも出勤日よね?」
「二人は店を守るって言って、現地に残ったわ。私は戦力外ってことで一足先にここに来ちゃったけど。あと、隣のケーキ屋のリトさんも店に残ってる。『魔物に店を荒らされたら、たまったもんじゃないわ!』とか言って」
「リトさん、勇ましい……」
パンチを繰り出すリトの姿を想像して、アルメは苦笑した。彼女は魔物と拳を交えるつもりらしい。
エーナはやれやれ、と続きを話す。
「ジェイラも『運動不足解消!』とか言ってノリノリで。コーデルさんはジェイラとリトさんの巻き添えをくらって、そのまま。南地区にはまだ避難命令が出ていないし、魔物もいないみたいだから、まぁ大丈夫だとは思うけど」
「コーデルさん……どうかご無事で」
喧嘩慣れしたリトと、軍学校卒のジェイラに巻き込まれた、優男コーデル……哀れである。彼のことだから、きっと今頃、騒がしく悲鳴を上げているに違いない。
しばらく三人で、そんな軽い調子の話をした。気を紛らわせるためのお喋りだ。
そうしているうちに、ざわざわしていた気持ちがいくらか和らいできた。
落ち着いてきたところで、アルメは自身のスカートに目を向けた。土埃でそこそこ酷い有様だ。
先ほど揉みくちゃになって尻もちをついた時に、ずいぶんと汚れてしまったみたい。
今のうちに払っておこう、と、立ち上がった。
「ちょっとスカートを払ってくるわね。さっき土が付いちゃって」
エーナとタニアに声をかけて、アルメは数歩の距離を移動した。植え込みの方を向き、スカートを叩いて土汚れを落とす。
あまり綺麗にはならなかったが、多少は目立たなくなった。まぁ、このくらいでいいか、と仕舞いにして、元の場所へと戻る。
――が、その一歩目を踏み出した時。後ろから声がかかった。
エーナに続き、また知り合いの声である。……正しく言うと、不本意ながら聞き慣れてしまった、知り合いの声だ。
声の主はブライアナだった。彼女も避難してきていたらしい。ウェーブの長い金髪を揺らして歩み寄ってきた。
「あら? あらあらあら? 店主さんじゃない! ごきげんよう。こんなところでお会いするなんて」
「……ええと、こんにちは。ご無事で何よりです」
「他のお店の方が見えないけれど、もしかして従業員を差し置いて、あなただけお店を捨てて逃げて来たのかしら?」
「違います……。路地奥店は今日はお休みだったので、私一人で避難してきただけです」
「あらそう。路地奥店はお見捨てになられた、と。わたくしあちらのお店も気に入っていたのに、残念だわ」
この前逃げるように店を去ったのが嘘みたいに、ブライアナのお喋りは絶好調だった。
アルメは彼女の両隣へと、チラと目を向けた。
(なるほど……ブライアナさん、新しいお仲間を得たのね)
ブライアナの両隣には、見目麗しい男たちが寄り添っていた。従者か、はたまた彼女を慕う男友達か。
この前までの令嬢二人に代わって、今度は男たちが脇を固めている。ブライアナは戦力を得て調子が戻ったのか、またチクチクとした言葉を投げてきた。
「まぁ、お召し物が汚れていますわ。お一人で慌てて逃げ出して、転んでしまったのかしら。汚れたスカートを一人寂しく払う姿、お可哀想で見ていられませんでしたわ」
「ばっちり見ていたように聞こえますが……」
アルメの姿を上から下まで見回して、ブライアナはクスクスと笑った。
「こういう時に頼れる殿方のお一人もいらっしゃらないの? あぁ、本当にお可哀想。白い妖精さんとやらはどうしちゃったのかしら。来てくださらなかったご様子だけれど。哀れなあなたに、わたくしの騎士を貸してさしあげましょうか?」
ブライアナは両隣の男たちの手を取って、得意げに胸を張る。彼女は彼ら――騎士たちに守られながら避難してきたのだろう。
確かに、アルメは一人揉みくちゃにされながら歩いて来た身である。が、家では騎士にしっかりと守ってもらったのだ。こん棒を振り回す精霊スプリガンという騎士に。
見栄を張りたい訳ではないが、言われっぱなしも癪である。アルメはごにょごにょと小声で言い返した。
「結構です。私にだって、騎士様はいますし……」
「あら、どこのどなた? どういうお方です? わたくしにも紹介してくださいませんこと?」
「しょ、紹介はしませんけれど……こう、キラキラとした方で、結構強い……精霊、のような……」
「なんです? そのぼやっとした物言いは」
ブライアナはこの前の店での悶着を、相当根に持っているらしい。仕返しとばかりに、とげとげしい声を返してきた。
詰め寄るブライアナに圧されて、アルメは目をそらしてしまった。その様子を見て、彼女は勝ち誇った高笑いをする。
(こんなことなら、スプリガンさんの宿る錠前を持って来るんだったわ……)
ついそんなことを思ってしまった。錠前を見せたところで、さらに笑われるだけだろうけれど……。
ブライアナの笑い声を聞き流しながら、アルメは疲れたため息を吐いた。今日は本当に、朝から散々である。
彼女の笑い声が響いたのか、人の波の中から首を伸ばして、エーナがこちらへと目を向けていた。
揉め事の気配を察してくれたようで、エーナが立ち上がった。
――が、彼女がこちらに歩み寄る前に、周囲の人々がガヤガヤと動きだした。
辺りに座っていた人々が立ち上がったり、首を伸ばしたりして何かを見ている。アルメとブライアナも、つられてそちらを向いた。
何やら、軍の一隊が避難所に来たみたいだ。
鎧を着ていないラフな格好の軍人たちが、広場の入り口に集まってきた。皆、剣も服も真っ黒に汚れている。
(地下街に向かった隊かしら……?)
あの真っ黒な姿は、恐らく魔物との戦いによるものだろう。
アイデンもチャリコットも、隊長のシグも見えないので、彼らとは別の隊の人たちのようだ。
アルメの知人はいない。
――と、思ったのだが。一人知り合いが紛れていた。先ほども遭遇した白い鷹が。
白鷹は馬の上からこちらを見た。上空から獲物を見定める鷹のように、彼は一瞬のうちにアルメを捉え、視線を固定した。
結構距離があったのだが、バチリと目が合ってしまった。
白鷹ファルクは、おもむろに馬から下りてこちらへと歩み出した。
気のせいか、少しヨロヨロとしている。魔法杖を支えにして、ゆっくりと歩いてくる。
(え……? ファルクさん?)
先ほど姿を見た時には颯爽としていたけれど。今の彼はなんだかずいぶんと弱っているような……。
アルメはそんなことを思ったが、人々は大きく盛り上がっていた。歩み来る白鷹に道を開けて、ソワソワと様子を見守っている。
人々の興味を一身に集めて、白鷹は真っ直ぐにアルメの元まで歩み来た。
そして目の前で、豪快にひざまずいたのだった。




