126 誕生日のお祝いを
肖像画を制作した翌日の夜。店を閉めた後にファルクが訪ねてきた。
路地を走ってきたのだろうか、前髪が乱れている。
彼が訪ねてきた理由を思って、アルメは肝を冷やした。昨日の手紙の内容――肖像画に加えた白鷹ちゃんマスコットに関して、何か差し迫る不都合があるのだろう。
アルメは大慌てで玄関扉を開け、彼を迎えたのだった。
「アルメさん、こんばんは。夜分に突然訪ねてしまい申し訳ございません。昨日いただいた手紙の件が、どうしても気になってしまって」
「す、すみません、お忙しい中、お手間を取らせてしまい……! お騒がせいたしまして、本当に申し訳ございません! 肖像画の白鷹ちゃんは差し替えますので――」
思い切り渋い顔で謝り、頭を下げる。
ファルクなら白鷹ちゃんの使用を許可してくれるだろう、と甘い考えでいたのがいけなかった。
不都合があるとは考えず、勝手に話を進めてしまったことを反省しなければ……。
そう思って謝ったのだが、おかしなことに、ファルクとはまるで話が噛み合わなかった。
「いけません! 差し替えては! 白鷹ちゃんマスコットがいなくなったら、余計に釣書に適した肖像画になってしまう……! というか、縁談のご予定はいつです!? 釣書を送るお相手はどこのどなたですか!」
「え!? いませんよ、そんなお相手!」
「だって手紙に書いてあったでしょう! 釣書に使えそうって! どこの馬の骨に送るおつもりですか!」
「それは世間話の軽口みたいなものですよ! ――って、ファルクさんは私の親か何かですか? 馬の骨って……ふふっ、これからファルクさんのこと、お父様とお呼びしましょうか」
突然父親みたいなことを言い出したファルクに、じわじわときてしまった。
不謹慎ながらつい笑ってしまうと、ファルクも気の抜けた声を出した。
「軽口……? ということは、本当に、特に予定もないと?」
「はい。肖像画って、庶民は釣書に添えるくらいしか使い道がないでしょう? だから、そういう話題を振ってみました。――それで、あの、話を戻しますが。白鷹ちゃんを肖像画に描いてしまったのは、まずかったのでしょうか……?」
話を噛み合わせるべく、アルメは改めて聞いてみた。落ち着きを取り戻した様子のファルクは、大袈裟に首を振った。
「何もまずいことはありませんよ! むしろ白鷹を添えていただけて嬉しいです」
「な、なんだ……そうですか、よかった……! ありがとうございます。ご相談が遅くなってしまってすみませんでした。何か差し迫る不都合でもあるのかと」
「いえ……ええと、少々勘違いをしてしまい、驚いただけです。不都合はなかったようなので気にせずに。――ところで、肖像画はどのような仕上がりになったのでしょう。俺が見ることは叶いませんか?」
「一枚お土産にいただいたので、見ていかれます?」
肖像画を持ってこようと、アルメは玄関から離れ――ようとして、ふと思いつく。
「あ、ファルクさん。ご都合がよろしければ、夕食を一緒にどうでしょう? 今我が家の冷蔵庫に大量のシチューが――」
「いただきます!!」
言い終える前に、ファルクは意気揚々と入ってきた。
傷みそうな野菜の消費に、と、シチューを作り過ぎてしまったのでちょうどよかった。
自分に続いて階段を上がるファルクを見て、アルメは頬をゆるめてしまった。
初めて自宅に招いた時には、上がるのを躊躇っていたというのに。今ではもう、まるで自分の家に帰るような足取りである。
その様子を見ていると、何だかたまらなく嬉しい気持ちになってしまうのは何故だろうか――。
二階自宅に上がって、居間のテーブルにファルクを案内する。彼はさっさと首飾りを外して変姿の魔法を解いた。
冷蔵庫にそのままドンと入れていた鍋を取り出して、コンロに置く。温め直すのには、少し時間がかかりそうだ。
(その間に、何かつまめる物を――)
もう一度冷蔵庫の中を確認した後、冷凍庫も開けてみる。アルメはガラスの器を取り出した。
器に乗っているのはアイスケーキだ。あれから何度かリトと試作をしているのだが、そのうちの一つである。
真っ白なドームケーキには、苺とクリームで繊細な飾りが施されている。
食事の前にデザートを出すのはちょっとおかしいけれど、アイス好きの神官ならば喜んでくれるかも。と、考えて、アルメは先にアイスケーキを出すことにした。
テーブルに持って行くと、ファルクがキョトンとした。
「おや? シチューがケーキに変わりましたか?」
「シチューは火を通すのに少し時間がかかるので、こちらを先にお披露目しようかと。シグ様のお姉様――リトさんとのコラボケーキです。『アイスケーキ』という」
「アイスなんですか? なるほど、確かにひんやりとした冷気が……!」
アイスケーキに手のひらをかざして、ファルクは思い切り目を輝かせた。
華やかなケーキを前にしてはしゃぐファルク。その図を見て、なんだか誕生日の子供みたいだな、なんてことを思ってしまった。
そこで、ふと気になった。そういえば、彼の誕生日はいつなのだろう、と。
「ケーキと言えば。ファルクさんのお誕生日っていつ頃ですか? もう過ぎてしまいましたか?」
「えぇ、誕生日は少し前に。冬の四季祭りのすぐ後です」
「最近じゃないですか……! 言ってくれたらよかったのに。それじゃあ、このケーキを誕生日ケーキとして、お祝いをしましょう」
アルメは明るい声で提案した。が、反対に、ファルクは複雑な表情で苦笑をこぼした。
「いえ、お気持ちだけ頂きたく思います。祝うというのは、あまり……。俺の誕生日は母の命日でもあるので」
「そう、でしたか……ごめんなさい、知らずに軽々しい提案をしてしまい……」
前にファルクから、子供の頃に父母を亡くしたという話は聞いていた。けれど、詳しいところまでは知らなかった。
話しぶりから察するに、彼の母親はお産によって天へと昇ったのだろう。誕生日を手放しで祝えないというのは、そういうことなのだと思う。
しんみりとした空気を変えるように、ファルクは慌てた様子で言い添えた。
「いえいえ、お気になさらずに! 今まで誕生日らしいお祝いをしたことはありませんが、父からは贈り物をもらっていました。ですから、お祝いの日というよりも、俺の中では『何かもらえる日』という印象の方が強くてですね……!」
「では、アイスケーキはお祝い用としてではなく、プレゼントとしてお贈りします。ついでに言い添えますと、このケーキは試作品なので、感想をいただけると嬉しいです」
「ふふっ、そう言っていただけると、気兼ねなく食べられますね」
アルメはナイフを持ってきて、ドーム型のアイスケーキを一切れ分、切り分けた。小皿に取ってファルクに出す。
「どうぞ、召し上がれ」
「いただきます」
彼はフォークですくって、パクリと頬張った。
「中がアイスなんですね! ケーキとアイスの融合……なんと贅沢な! 素晴らしく美味しいです……! 話が戻ってしまいますが、こちら誕生日ケーキに良さそうですね。子供がとても喜びそう!」
「リトさんが話していましたが、ホールで購入したお客さんには花火も付ける予定だそうです。きっと盛り上がるでしょうね」
「それはそれは! 思い出に残るような、楽しい誕生日パーティーになりそうですね」
ファルクはケーキを少しずつ削って、ゆっくりと口へと運んでいく。食べ終えるのを惜しむかのように。
彼は明るい声で喋っているけれど、皿のケーキに落されている目は何だか寂しげに見えた。
「もう一切れ、召し上がりますか」
「よろしいのですか?」
「あなたへのプレゼントなので、いくつでもどうぞ」
お腹を壊さない程度に、と言い添える。
つい甘やかしてしまった。これも誕生日プレゼントの内に含めておこう。
誕生日を祝えない、祝われない――というのは、子供心にはきっと辛いことだったろうと思う。
もう彼は立派な大人だけれど……子供の頃の彼の姿が、目の前のファルクに重なったように感じられた。
アルメはケーキ全体にナイフを通して、小さめのピースに切り分けていく。
形を崩さないようゆっくりと切りながら、ポツリと小声をこぼした。
「……ねぇ、ファルクさん。私、今から少し独り言を言いますね。私のごく個人的な思いの独り言なので、どうか聞き流してください」
そう前置きをして、アルメは独り言をこぼし始めた。
「先に謝らせていただきます、ごめんなさい……。ファルクさんはお誕生日のことで、色々とお家の事情や、複雑なお気持ちを抱えていることと思います。けれど、本当に申し訳ないのですが……私はやっぱり、あなたが生まれてきてくれたことを、お祝いしたい気持ちがあります。あなたが生まれて、子供時代を越えて、大人になって、今ここにいることを心から嬉しく思うので」
ケーキを切り分けて、一切れをファルクの皿へと移す。
彼のフォークは止まっていた。
「どういう障りがあろうとも、私はあなたが生まれた日を、やっぱり特別な日だと感じます。特別に尊く、愛しむべき祝い日です。お母様の御命日と一緒になってしまうのならば、日をずらしてでもお祝いの言葉を贈りたく思います。遅くなりましたが、ファルクさん、お誕生日おめでとうございます。生まれてきてくれて、ここまで歳を重ねてくれて、ありがとうございます。次の誕生日も、その次の誕生日も、どうか、また私に独り言を言わせてください」
アルメが独り言を終えると同時に、止まっていたファルクのフォークが動いた。フォークは皿の上に置かれ、彼の手は目元へと移動した。
ファルクの目から雫が落ちるのを見た気がする。が、アルメは確認することなく、コンロの鍋へと向かった。
振り向かないまま、背中の方にいるファルクに向かって声をかけておく。
「さて、独り言はおしまいです。シチューが温まるまでもう少しかかりますから、どうぞゆっくりと、お待ちくださいね」
彼からの返事はなかったが、代わりに押し殺したような息遣いが聞こえた。
しばらく鍋をかき混ぜていると、シチューがすっかり温まった。
野菜たっぷりのホワイトシチューを器によそって、パンの入ったバスケットを添える。テーブルに並べて、アルメも席に着いた。
「それでは、いただきましょう。――って、ファルクさん、大丈夫ですか?」
「……大丈夫です……いただきます……」
ファルクは目を真っ赤にして、カサカサに掠れた声で返事を寄越した。
白い鷹がヒヨコになり、そしてウサギのようになってしまった。なんてことを思ったけれど、口には出さないでおく。
二人はポツポツと会話を交わしながら、食事を始めた。
夕食のシチューの話をして、先ほどのアイスケーキの話をして。
途中、肖像画の話になったので、アルメは複製画をもってきた。絵を見せると、ファルクはふにゃりとした笑みを浮かべた。
そうして話は一周して、またケーキの話へと戻ってきた。
今度はファルクが、そういえば、と話を振ってきた。
「アルメさんのお誕生日はいつですか? 俺も贈り物をしたく」
「私の誕生日は……たぶん、冬の終わりくらいです」
「たぶん?」
不思議そうに問い返すファルクに、アルメは苦笑を返した。
「しっかりと、この日、というのがわからないそうで。冬の終わり頃、祖母の元に親が訪ねてきて、生まれたばかりの私を置いていったのだとか。あまり詳しく教えてはもらえませんでしたが」
なんだか聞きづらくて、両親のことは詳しく知らないままになってしまった。
物心ついた時にはもういなかったので、特に寂しさを感じたことはない。父母の代わりに、祖母がたくさんの愛情を注いでくれた、ということもあり。
そういうわけで、わざわざ知りたいとも思わなかったのだ。
アルメはケロッと事情を話したが、対するファルクはまた泣きそうに顔を歪めてしまった。
アルメは急いで言葉を続ける。
「というわけで、私は祖母が決めてくれた日を誕生日ということにしています。『光の女神の祝祭日』と同じ日です」
光の女神の祝祭日とは、春の四季祭りの初日である。
この世界では春の四季祭りの一日目が、一年の始まりの日とされている。アルメの前世でいうところの元日だ。
春の四季祭りの初日――光の女神の祝祭日には、天から女神の加護が降り注ぐ。キラキラと光が舞う、とても幻想的で美しい日。
祖母は誕生日が定まっていないアルメに、この日をあてがってくれた。冬が終わり、新しい春が始まる素敵な日を。
得意げに話すアルメに、ファルクも表情を戻した。
「それはよい日ですね。素晴らしい誕生日です。そうですか、光の女神の祝祭日と同日……ふふっ、アルメさんのことを女神様とお呼びしたくなってしまいますね」
「やめてくださいよ、恐れ多い」
「俺にはあなたが女神様に見えますから。アイスの女神様、心からお慕いしておりますよ」
「信仰しないでください……」
よい笑顔で祈りだしたファルクに、アルメはじとりとした目を向けた。
ファルクは気にせず、機嫌よく喋る。
「今年は祝祭日を迎えるのが一等楽しみになりそうです。アルメさんへのお誕生日プレゼント、今から考えておきますね」
ニコニコしながら、早速何やら考え出したファルク。
気持ちは嬉しいが……あまり値の張るものや、多くのものを贈るのは勘弁してもらいたいところだ。
アルメはつい、ヒヤヒヤしながら彼を見てしまった。
いつもお読みいただきありがとうございます。
二月から更新日を変更して、『二日おきの更新』とさせていただきます。
物語はまだ続きますので、のんびりとお楽しみいただけましたら幸いです。
二人の関係もそろそろ次のステージへ――……
(執筆して参りますので、もう少々お待ちくださいませ)




