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125 アルメの肖像画

 グルメライターミランダから詳しい話を聞いて、アルメは正式に取材の依頼を受けることを決めた。


 彼女曰く、今まで観光スポットやレジャースポット、有名どころのレストランをまんべんなく載せた雑誌は、いくつか発行されてきたそう。けれど、庶民のスイーツ店まで網羅されたグルメ情報誌は無いとのこと。


 そういうわけで、新しい情報誌の需要を見込んで、すんなりと企画が通ったのだとか。


 雑誌に掲載する内容は、店の場所や、外観と店内の様子。取り扱うスイーツの情報。さらに店主へのインタビュー、などなど。


 店主の話を載せるページに肖像画を添える予定だそう。

 『歳若い女性が経営している店は珍しいから、きっと読者の目を引くはず』とのことだ。


 パッと見で人々の興味を引くためにも、肖像画の掲載は必須だそうで。アルメは迷いながらも承諾した。


 

 そして数日後。早速、肖像画制作の日を迎えたのだった。


 全てミランダの手配の元に進められたので、アルメは彼女の案内に従うだけである。


 ミランダが迎えに来てくれるので、これから彼女と共に肖像画を制作する絵画工房へと向かう。


「描いてもらっている最中って、動いたら怒られたりするのかしら。ずっと笑顔をキープしているのって、結構大変よね……大丈夫かなぁ」


 アルメは制作風景をイメージしつつ、ソワソワした気持ちで彼女の到着を待つ。


 ほどなくして、玄関の呼び出し鐘が鳴らされた。


「こんにちは、アルメさん」

「ミランダさん、こんにちは。お待ちしていました」

「お支度はどうかしら? もうこのまま出られそう? 路地を出たところに馬車を停めたままだから、サクッと出発できるわよ」

「はい、もう支度は済んでいます。でも、出る前に肖像画用の衣装だけ、確認をお願いしてもいいでしょうか? これを着ようと思うのですが――」


 アルメはテーブルに置いていた大きな布袋を広げて、中からドレスを取り出した。


 これは以前、キャンベリナの店に潜入するために用意した、貴族令嬢コスプレの衣装である。


 肖像画を作るにあたって、普段着よりも見栄えのよい衣装を、とのことで、このドレスを着用することにした。


 もう一生着る機会はないと思っていたのだが、ここにきて活用できるとは。買っておいてよかった、と何だかちょっと嬉しい。購入費用が報われるようで。


 紺色のドレスを見て、ミランダはニコリと笑った。


「素敵じゃない! あなたによく似合いそうだわ。上品なデザインだから、印象もよさそうね。合わせるアクセサリーも忘れずに」

「ありがとうございます。では、こちらでいきます。アクセサリーはこの前身に着けていた白いガラスのものを」

「ふふっ、それがいいわね。他のものを着けてしまったら、後が恐ろしいわ」

「え……?」

「なんでもないわ。さ、行きましょう」


 ニヤリと笑ったミランダと並んで、アルメは家を出た。



 二人で馬車に乗って絵画工房を目指す。


 道を進むうちに、アルメは、ふと気がついた。この道はタニアが籍を置く、ベステルの絵画工房へと続く道である。


(あら? もしかしてお世話になる工房って、ベステルさんのところかしら)


 ほどなくして目的地に到着し、アルメの予想はばっちり当たることになった。


 絵画工房の鐘を鳴らすと、扉が開かれた。玄関には、丸い眼鏡にお洒落な髭を生やした紳士――ベステルと、タニアも並んでいた。


「ベステル先生、タニアさん、こんにちは!」

「こんにちは、ティティーさん。お久しぶり。なにやら我々にはよいご縁があるようで」

「アルメさん、お久しぶり。どうぞ中へ」


 ミランダは驚いた様子で目をパチクリさせた。


「アルメさん、絵画工房の皆さんとお知り合い?」

「はい。実はこちらの工房に、表通り店の看板やマスコットのデザインをお願いしていまして」

「あらまぁ、そうだったのね。――それなら、緊張もしないだろうし、よい肖像画が出来上がりそうだわ」


 挨拶を交わして、一行は工房の奥へと進んだ。


 以前にもお邪魔したことのある作業室へと入る。大きな机の並ぶ広い部屋だ。


 室内にチラと目を向けると、作業机の一つにタニアの絵が所狭しと置かれていた。彼女専用の机のようだ。


 以前来た時には、タニアの絵や作業スペースは見当たらなかった気がするが。なにやら、工房内で配置換えでもあったのだろうか。


 アルメの考えを見通したのか、タニアが照れた様子で声をかけてきた。


「私、あれからポツポツと仕事が入るようになって……おかげさまで、大きい机をもらいました。えへっ」

「それはそれは! 置かれているあちらの絵も、お仕事の絵ですか?」

「えぇ。制作実績に白鷹ちゃんのゆるキャラデザインを載せたら、同じように店のマスコットを作りたいってお客さんが結構いて……」


 話を聞いてアルメは笑ってしまった。タニアがどんどん仕事を受けたら、そのうちルオーリオにゆるキャラがあふれそうだ。


 一行は作業室の奥まで進んで、隣の部屋に移動した。隣の部屋は落ち着いた雰囲気の個室で、大きなソファーが置かれている。


 ベステルが、さて、と話を始めた。


「今日はこちらの部屋で描かせていただきます。衣装室とお手洗いは隣に。気を張らずに、どうぞおくつろぎを」

「はい、よろしくお願いします」


 衣装室でミランダとタニアの手を借りてドレスに着替え、いよいよ肖像画の制作が始まった。


 紺色のドレスに、白いイヤリングとネックレス、そしてブレスレットの装飾品。パーティーに行くような格好だが、髪はいつも通りに下ろして横にくくっている。お気に入りの白い革細工の花飾りもばっちりだ。


 アルメがソファーに座ると、向かいに座るベステルが細いチョークのような画材を手に取った。

 チョークは濃い緑色をしていて、キラキラと光をまとっている。


 手のひら大の小さなキャンバスに、輝くチョークをサラサラと走らせていく。


 不思議な煌めきに見入っていると、ベステルが説明してくれた。


「気になるかい? このチョークは妖精の魔法粉を固めたものでね。これでキャンバスに絵を描くと、粉の付いた部分が魔力を帯びるんだ。絵が仕上がったらこのキャンバスの上に紙を置く。さらにその上に、魔力に反応して色を出す特別な植物の葉を置く。植物の葉を上からゴシゴシこすって擦りつけると、紙にキャンバスの絵が転写されるんだ」


 何やら、版画と似たような仕組みらしい。挿絵付きの本の製作には欠かせない技術なのだそう。


 画材の話を終えると、ベステルは思い出したように別の話を振ってきた。


「あぁ、そういえば。肖像画に何かリクエストはあるだろうか?」

「リクエスト、と言いますと?」

「そのまま描かずに、ちょいと変えることができるのが絵のよいところだからね。例えば、女性の依頼主に多いのは、顔のシワをなくしたり、鼻の高さを調整したり。あとは胸元を豊かに、なんてリクエストも多いのだけれど」

「なるほど、自在なわけですね……それは便利な」


 アルメはスッと自身の胸元に視線を落とした。が、少し考えてから首を振った。胸元を盛った肖像画を身内に見られたら、逆に笑われそうである。やめておこう……。


「ええと、私の姿は見た目のままにお願いします。――あ、そうだ。今ここに無いものを描き足す、ということはできますか?」

「もちろん。物にもよるけれど。アクセサリーか何かかい?」

「いえ、店のマスコットも一緒にどうかしら、と思いまして」


 アルメが提案すると、横の椅子に座っていたミランダが乗ってきた。


「それいいわね。アイス屋のマスコット、キャッチーで可愛いから目を引きそうだわ」

「ではティティーさん、ブレスレットを着けている方の手を軽く上げてみてくれないかい。こう、手のひらの上にマスコットが乗っているように描いてみよう」

「はい、お願いします」


 手乗り白鷹ちゃんも描いてもらえることになった。事後報告になってしまうが、一応後でファルクに許可をもらうことにしよう。





 そうして当日のうちに肖像画は出来上がったのだった。


 単色のデッサンだが、驚くほど精巧な絵だ。アルメの前世の、モノクロ写真のようである。


 微笑むアルメの手のひらの上に、小ぶりな白鷹ちゃんが乗っている。


 この原画はミランダの元に納まることになる。の、だけれど、ベステルの好意により、工房内で一枚印刷してもらった。肖像画はちょうどポストカードくらいの大きさだ。



 アルメは記念の複製画をお土産として持ち帰った。自宅で改めて、まじまじと眺めてしまった。


 絵を見つつ、アルメはファルクへの手紙をしたためる。


「――肖像画にマスコットの白鷹ちゃんを添えていただいたのですが、問題がありましたら、すぐにおっしゃってください。その部分だけ、絵を差し替えていただけるそうなので。先に確認を取らずに申し訳ございません――」


 まず大事な用件を書いて、続けて世間話を添える。


「しっかりとドレスを着込んだ姿で描いていただいたので、この肖像画は縁談用の釣書なんかにも使えそうです。なかなか得難い体験をさせていただき、楽しかったです。――っと」


 最後に結びの挨拶を書き添えて、アルメは手紙を封筒に入れた。


 後で買い物に行く時に、郵便屋に寄ることにしよう。



 ――と、手紙を出した時には、実にのん気でいたのだけれど。


 その日の夜のうちに、ファルクから急ぎの返事が届いた。彼からの手紙を読んで、アルメは冷や汗をかいてしまうのだった。


 彼の返事は短かった。


『非常に困ります。どうか、お考え直しを』


 この一行だけであった。


 普段、丁寧に手紙を綴る彼らしからぬ大きな字で書かれていて、挨拶の言葉もない。ごく短い文だというのに、誤字まである。


 仕事の合間に急いで書いて寄越したのだろうか。それほど慌てるということは、白鷹ちゃんマスコットの使用に、何かよくないことがあるのだろう。


「……やっぱり、先に確認を取っておくべきだったわね」


 早急に謝っておこう、と、アルメは大いに反省した。


 ――アルメが謝るより早く、翌日の夜には本人が訪ねてきたのだけれど。


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