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122 復帰とアイスケーキの試作

 アルメは一週間ほどの休みをもらい、心身をくつろげて過ごした。


 そうして気力と体力が戻ってきたところで、復帰を果たすべく、ひっそりと表通り店へと出勤した。


 ファルクに教えてもらった通り、イヤリングとブレスレット、そしていつものネックレスを身に着けて来た。


 街路樹の陰から令嬢たちの姿を探し、いないことを確認してササっと店へと滑り込む。


 店の奥で一息ついたところで、コーデルが話しかけてきた。


「おはよう、アルメちゃん。しっかりお休み取れた? ――って、なんだかどこぞの密偵みたいな身のこなしね」

「おはようございます。突然連休を取ってしまってすみませんでした。お騒がせしました。これは、その……復帰初っ端から例のご令嬢方に捉まってしまったら、せっかく回復した気力が散ってしまいそうなので」


 苦笑をこぼすと、コーデルも同じように笑ってくれた。


「まぁ、そうね、お疲れ様……。アルメちゃんが休みに入ってから、最初のうちはやっぱりあの子たち来てたよ。二日の間はチラチラ来店して、様子をうかがってる感じだった。で、その後は来なくなったわ。この数日は全然よ」

「ということは、やっぱり私を狙って来ていたということでしょうかね……」

「みたいねぇ……。もう次来たらガツンと言ってやろうじゃない」


 コーデルはモナカ皮の焼き機を振りかぶって、フンと鼻を鳴らした。


 やはり令嬢たちはアルメをターゲットにして、しょうもない遊びに興じていたのだろう。


 アルメの休みと同時にいなくなったとのことだが……どうかこのまま、遊びに飽きて店を離れてほしいところだ。


 ひとまずここ数日は来店していないとのことで、ホッと息を吐いた。やれやれ、と笑いながらエプロンを身に着ける。


 支度をしていると、コーデルは思い出したように声を上げた。


「あ、そういえば。お隣のリトちゃんもアルメちゃんのこと心配してたよ。あと、復帰したらアイスケーキを作ろうね、って彼女からの言伝~」

「本当に、しょうもないことで皆さんにご心配をおかけして……ちょっと出て、リトさんとお話をしてきてもいいでしょうか?」

「えぇ、もちろん。今日はシフトの人数も多いから、ごゆっくりどうぞ」


 軽やかな返事で送り出してもらい、アルメは隣のケーキ屋を訪ねた。


 移動の時、また無意識に密偵のように動いてしまったが……この動き、癖にならないように気を付けよう。


 前世の『忍者』の姿が頭をよぎったが、サッと払っておくことにする。



 ケーキ屋の扉を叩くと、中で作業をしていたリトが迎えてくれた。


 彼女の店のオープンはまだ少し先のようだが、店内はもう整えられていた。


「アルメさん、お久しぶり! コーデルさんから聞いたけど、なんだか変なお客さんに目を付けられちゃったんだって? 大丈夫だった……?」

「ご心配をおかけしました。ちょっと気難しいご令嬢方の機嫌を損ねてしまったみたいで……最近は来ていないそうなので、大丈夫です」


 リトも同じく、やれやれ、という顔で笑ってくれた。まれに強烈なお客が来る、というのは、どこのお店でもよくあることのようだ。


 肩をポンと叩かれて、労ってもらった。


 そのまま他愛もない世間話をしつつ、話題は仕事の方へと移っていく。アルメは今さっきコーデルから聞いた伝言の件に触れた。


「――と、言うわけで、お客さんに関してちょっとごたついていましたが……また気合いを入れて、頑張っていこうかと思います。リトさんのケーキ屋さんが落ち着いたら、改めてアイスケーキの件もお話し合いをお願いしたく」

「そう、それそれ! アイスケーキの話! いっそケーキ屋のオープンに合わせてお披露目できたらなぁ、なんて考えているのだけれど、どうかしら? もちろん、アルメさんのご都合が合えば、という話だけど。風変わりなケーキを看板にしたら、お客さんの興味を引けるかなぁって」


 表通りには様々な店が並び、その中にはもちろん、お菓子屋やケーキ屋も多くある。他店との差別化を図るためには、面白い看板メニューは必須である。


 アルメは笑顔で頷いた。


「そうですね、オープンに合わせることができたら、うんと目を引きそうですね! オープン予定日までまだお時間はありますか?」

「えぇ、ばっちり。元々新作ケーキを企画する期間を考えて、ゆっくりめに設定していたから」

「では、オープンでのお披露目を考えて打ち合わせをしましょう。いつかリトさんのご都合がつく日に――」

「いつか、なんて言わずに、今日この後でもいいくらいよ」


 リトはふいに、アルメの肩をガシリと掴んだ。やわらか且つ強い笑顔を向けて言う。


「この後、アルメさんはお忙しいかしら?」

「ええと、いえ、それほどでは」

「ではでは、是非、アイスケーキのお話を!」

「は、はい……っ」


 ガッシリと肩を掴まれて、アルメは動くこともできずに首だけをコクコクと振った。


 なにやらこちらが思っている以上に、リトはアイスケーキに期待をしているみたいだ。


 

 


 そうして少し間を空けて。

 コーデルにも話し、リトと二人でいくらか打ち合わせをして。


 とりあえず一度現物を作ってから、諸々を考えてみようということになった。


 ケーキ屋奥の調理室に、ずらりと材料と器具が並べられた。


「それじゃあアルメさん、早速作ってみましょうか!」

「アイスケーキ第一号、張り切っていきましょう!」


 各々器具を手に取って、試作がスタートした。


 アルメはアイス作りを担当し、リトは土台となるスポンジ生地を作る。


 リトは卵をパカリと割り、卵黄と卵白に分けた。ボウルに卵白と砂糖を入れて、泡立ててメレンゲを作る。


 解いた卵黄のボウルに、出来上がったメレンゲを混ぜ入れる。卵黄とメレンゲを混ぜ合わせて、絞り袋に詰めた。


 オーブンの受け皿の上にニュッと絞って、円盤形になるように生地を置く。これをオーブンで焼き上げたら、アイスケーキの土台――底の部分は完成だ。


 リトが土台を作っている間、アルメの方はミルクアイスを作っていた。


 牛乳と砂糖とバニラを混ぜ、とろみがつくまで煮たところでボウルに移す。

 氷魔法で冷やした後、泡立てた生クリームを入れて混ぜたら、ふわふわなクリームの完成だ。これを冷やせばアイスが出来上がる。


 傍らで、リトが焼き上がった土台生地をオーブンから出して、網の上へと移した。

 

 焼き上がり生地の香ばしく甘い匂いが調理室に満ちる。たまらなく食欲をそそる、よい香りだ。


 焼き上がり生地を、アルメが氷魔法の冷気を使ってやんわりと冷ましていく。


 その間に、リトは仕上げ用のガナッシュクリームを作った。湯煎で溶かしたチョコに生クリームを加えて混ぜ、とろりとした濃厚なクリームを作り上げる。


 それぞれの用意が整ったところで、いよいよアイスケーキとして仕上げていく。


 アイスの型――半円形の小ぶりなボウル型に、ミルクアイスのクリームをとろりと流し入れる。


 半分くらいまで流し込んだら、中にクランベリーや砕いたナッツを仕込む。それらを埋めるように、またクリームを注ぎ込んでいく。


 そうしてクリームを型に流したら、最後に土台のスポンジ生地を乗せて蓋をした。これを氷魔法で冷やして固めたら、もう九割完成である。


 冷やしている間は、リトとのお喋りを楽しんだ。話題はもっぱら、店に訪れた厄介な令嬢たちのことだ。


 リトは相槌を打ちながら、親身に話を聞いてくれた。


「アルメさん、本当にお疲れ様~……店員は来るお客さんを選べないから、とんでもない人が来店するとげんなりしちゃうわよねぇ」

「世間には色々な人がいますからね……」

「えぇ、本当に。――でもね、アルメさん。そういうクレーマー体質の厄介なお客さんだって、一人の人間なのよ」

「まぁ確かに、そうですね。よくよく話し合えば分かり合えるのかも」


 諭すように告げたリトに、アルメは深く頷いた。


 確かに、クレーマーだって人間だ。あの令嬢たちだって、しっかり向き合って言葉を伝えれば、嫌がらせを止めてくれるかもしれない。


(……そうよね。真摯に向き合えば、きっと分かり合えるはずよね……愚痴ばかり吐いていても、何も解決しないわ。今度会ったら、しっかりとこちらの気持ちを伝えてみましょう)


 アルメはしみじみと、そんなことを思った。


 ――の、だが。どうやらリトの真意を取り違えていたようだ。


 彼女は続く言葉を爽やかに言い放った。


「どんなに手強いクレーマーだって所詮は人間なのだから、殴れば倒せるのよ」

「お待ちください。リトさん!?」


 突然出てきた物騒な物言いに、アルメは目をまるくしてしまった。


 ポカンとするアルメに、リトは言い添える。


「あぁ、でも、物理攻撃で撃退するのは最終手段にしておいた方がいいわ。事を暴力で解決してしまうと、ボコしたクレーマーだけでなく、善良なお客さんたちも怖がって離れて行ってしまうから」

「……なんだか、見てきたようにおっしゃいますね」

「ふっふっふ。そりゃあ、私のケーキ屋の移転理由だもの」


 おっとりと笑うと、リトは移転の事情を話し始めた。


 元は北地区で営んでいたケーキ屋だったが、ある日、近所の競合店のチクチクとした嫌がらせにキレてしまったのだとか。


 白昼堂々、店主の男を殴り飛ばしてしまったそうで。噂が広がりすっかり客が離れてしまって、遠い地区への移転を余儀なくされたそう。


 前にお酒を交えてお喋りをした時に、妙に拳のキレがよかった気がしたのだが……話を聞いて納得してしまった。


 リトは昔、少々やんちゃな人であったらしい。うっかりスイッチが入ってしまい、移転と相成ったそうだ。


「そういうわけで、拳を振るうのは最後にしておいた方がいいわよ~。もちろん、私ももう暴力沙汰は極力避けたいと思っているわ。武装は売上とお店のネームバリューで、って、心に決めたところ。この新店では平和に行くつもり」

「そ、そうしてください……是非!」


 そんな話をしているうちに、アイスが冷えて固まった。


 型に皿を当てて、ひっくり返してカポッと外す。綺麗なドーム型に仕上がった。


 メレンゲのスポンジ生地に、ベリーとナッツの入ったミルクアイスが乗っている形だ。


 この状態でもなかなかよい仕上がりだが、これにさらに飾りを施していく。


 ドーム型アイスにガナッシュクリームを塗って、全体をコーティングする。頂上部分にクリームを絞って、ベリーを飾り付けた。


 リトはケーキ作りと同じように、アイスを美しく仕上げた。


「よし、こんなものかしら。アイスケーキ第一号、完成~!」

「なんてお洒落なドームケーキ! とても素敵です!」


 出来上がりを見て、二人で明るい声を交わした。


 濃厚なチョコレートクリームで包まれたアイスケーキに、飾りのベリーの赤色がよく映えている。

 

 見た目は普通のケーキに見えるが、中はアイスである。リトが包丁を入れて、取り分けてくれた。


「アイスの中にフルーツを入れると、切り口も綺麗で素敵ですね」

「さて、それじゃあ試食といきましょうか」


 取り分けたケーキにフォークを入れて、パクリと頬張る。


 口の中に広がるクリームとチョコの味、ミルクアイスのまろやかな甘さと冷たさ、そしてベリーの甘酸っぱさ――。


 二人は思い切り顔をゆるめてしまった。


「美味しい~! アイスケーキ、素晴らしいスイーツじゃない!?」

「これはたまらないですね……! これ、飾り付けに花火も添えたいですね。きっと映えるかと!」

「花火って、アイス屋さんのパフェに添えてある小さいアレよね? 真似してもいいのなら、ケーキをホールで買ってくれたお客さんに、おまけで付けようかなぁ」

「今度花火工房をご紹介します。パーティーケーキなんかによさそうですね。盛り上がりそう!」


 あれこれと意見を交わして、二人で大いにはしゃいでしまった。


 アイスケーキの現物を作ってみたことで、作業工程や仕上がりの見た目、味など、色々と情報を得られた。リトと協力して、今作を元にさらに改良していこうと思う。


 試食会を楽しみつつ、リトはアルメと握手を交わした。


「アイスケーキのお披露目が楽しみだわ! さっき話した通り、我がケーキ屋は喧嘩で失ったネームバリューとお客の取り戻しを、この新店に賭けているの! 最高のコラボケーキを作り上げましょうね!」

「はい、頑張りましょう! うちのアイス屋ももっと盛り上げていきたいと思っていますので」

「そう、その意気よ! お邪魔なクレーマーなんかは蹴散らす勢いで、盛り上げていきましょう! ――あ、そうだ、パンチの仕方教えておきましょうか? 実際に殴らなくても、脅しだけで結構効くものだから――」


 リトはシュッシュとパンチを繰り出しながら言う。


「こう、シュッと繰り出すの。体じゃなくて、顔を狙うのよ。『神殿送りにしてやるわよ!!』って凄みながら、シュッと」

「はっ、はいっ……!」


 それなりに時間をかけて、しっかりとパンチの仕方を教わってしまった。


 実際に使うかどうかはわからないが……パンチの知識は、激励としてありがたく受け取らせてもらおう。


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