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121 気楽なデート

 一旦ファルクと別れた後。アルメはシャワーを浴びて身支度を整え直した。


「デートって……やっぱりいつもより華やかな装いにするのが、正解よね? いや、でも、気合いを入れ過ぎた格好だとちょっと恥ずかしい気も……」


 姿見鏡の前であれこれ服を合わせてみた。髪型も編んだり結い上げたりと変えてみる。

 が、いまいち正解がわからず、結局一周まわっていつも通りの格好になってしまった。


 アワアワしているうちに、もう待ち合わせの時間が迫ってきている。アルメは深呼吸をして、ひとまず気持ちを落ち着けることにした。


 こうもソワソワしてしまうのには理由がある。昨夜、酔いの夢の中で、ファルクに『大好きです』なんて言葉を贈られてしまったのだ。


 夢の中のことで動揺するのも大人げないが……デートの予定と相まって、変に意識してしまって落ち着かない。


「まったく……変な夢なんて見るから……。ひとまず、忘れましょう」


 頬をパンと叩いて、夢の内容を忘れることにした。夢の中のファルクのとびきり甘く優しかった声音は、意識の奥の奥にしまっておこう。


 思い出すと、どうにも胸がおかしな心地になってしまうので。



 そうしているうちに、家の呼び出し鐘が鳴らされた。アルメは鞄だけ引っ掴んで、急いで玄関扉を開ける。


 身支度を整えたファルクは――アルメと同じく、いつも通りのラフな格好をしていた。


「お支度はお済みですか?」

「はい、もう出られます」

「では、行きましょう」


 差し出された手を取って、アルメはファルクと共に歩き出した。


 チラチラと彼の姿をうかがい見て、アルメは一人考え込む。


 ファルクは服装から態度まで、いつもと変わらないように思える。まだデートらしいデートは始まっていないということだろうか。


 そのうちにスイッチが入って、この『気安い街歩き』といった雰囲気が様変わりするのか。


 その瞬間が訪れたら、自分はどう対応すればよいのだろう。上手くそれらしい振る舞いをしなければ――……。


 つい、色々と考えてしまう。アルメの緊張が伝わったのか、ファルクが気遣うような目を向けてきた。


「アルメさん、やはりお加減が優れないのでは? 頭が痛かったり、気分が悪かったりしませんか?」

「大丈夫です、大丈夫! まったくもって二日酔いにはなっていませんから、お気遣いなく」

「そうですか。なにやら落ち着かないご様子なので、心配で」

「恥ずかしながら……こうした遊びの街歩きが久しぶりなので、少し浮かれてしまっているみたいです、私」

「それはそれは!」


 浮かれている、とアルメが答えると、ファルクは機嫌のいい声を返してきた。


 とりあえず、緊張していることは誤魔化せたようだ。このまま上手く取り繕いつつ、『デート』の空気をうかがっていこう。


 意識しすぎてギクシャクしている、なんて、子供っぽくて雰囲気が台無しになりそうなので……内緒にしておく。



 二人は手を重ねて、店の並ぶ街路を歩いていった。


 気になる店を見つけたらお邪魔して、店内をウロウロと見て回り、ちょっとした買い物をしたりして。


 路地にあるごちゃっとした雑貨の店。地下街にある怪しげな呪術道具の店。大通り沿いのお洒落なお香の店。などなど、気の向くままにのんびりと歩いてまわる。


 これははたして『ただの街歩き』なのか、『デート』なのか。


 最初のうちは密かに考え込みながら歩いていたアルメだが……いつの間にやら、思考はどこかへ飛んでいっていた。


 久しぶりのぶらぶらとした街歩きが、あまりにも楽しかったので。


 特に何も考えず、普通にお喋りをしながら歩いていた。素で過ごしていることにすら気がつかないまま、お昼時を迎えたのだった。


 どこかよい場所で昼食を取ろう、という話になり、アルメは適当な観光スポットを提案した。


「ちょっと出ることになりますが、北西の精霊の森もおすすめです。綺麗な場所ですし、なにより涼しいので。森の広場にご飯のお店もたくさんあります」

「実に癒されそうな場所です。そちらにしましょう」

「ではでは、乗合馬車へ」


 アルメはファルクの手を引いて、馬車乗り場へと移動した。


 

 馬車に乗って街を突っ切り、外周の道に出たところで降車する。街の外周道に面して森の入り口がある。


 森と言っても、この精霊の森は半分公園みたいな場所である。正確に言うと、ここはルオーリオの集合埋葬地なのだ。


 けれど、この世界には墓参りという概念がないので、祈りに来る人はいない。

 死者の魂は肉体を離れて天の国へと向かうので、地に埋めた火葬遺骨に対して何かをする、という意識がないのだ。


 アルメの前世の感覚だと、亡くなった人を想う場所は主に墓前であるけれど。この世界だと、天の国――空に近い場所が選ばれる。


 ルオーリオには『空の祈り場』という場所が設けられている。大きく高い塔の上の広場だ。要は展望台だが、人々はそこから空に向かって祈りを捧げている。


 そういうわけで、この埋葬地である精霊の森は、祈りの場所としては機能していない。中には店もあり、観光客も多く、散策を楽しめる遊び場所として人々が集っているのだった。

 

 ちなみにルオーリオ軍は戦地へ向かう際、この精霊の森を避けて移動する。埋葬地を通過して戦に向かうのは不吉だという理由で。


 軍は昔から、精霊の森を避けるために街の中を移動して進路を取る、という方法を取ってきたそうだが、それが行進イベントへと発展したそう。


 ――と、そんな観光案内をしながら、アルメは森の入口へと目を向けた。


 地面は舗装されているので、足にも馬車にも優しい道だ。が、その道を歩き出す前に、ふと入り口脇に意識が向いた。


 なにやら、見たことのない看板が立っていた。


「あら? ふれあい広場? いつの間に出来たのかしら」


 ふれあい広場とやらは、祖母のお骨の埋葬を頼みに来た時にはなかった。知らないうちに新しいレジャースポットが出来ていたようだ。


 チラッと覗いてみたら、囲いの中に小さな馬やヤギの姿が見えた。


 初めてのスポットに、アルメはワクワクしてしまった。隣を見ると、ファルクもソワソワしている。


「動物がいますね。ふれあい、とのことですし、触れるのでしょうか?」

「結構お客さん入ってますね。行ってみます?」

「参りましょう」


 二人は意気揚々と広場へと進んだ。


 入場料を払って柵の中に移動する。乗馬体験や、牛の乳しぼり体験、餌やり、小動物に触れるコーナー、などなど、色々ある。


 動物たちはおっとりとしていて、なんとも和やかな広場である。子供が珍妙な小動物に取り囲まれてはしゃいでいた。楽しそうだ。


 広場を見回しながら歩いていると、ふと気になる場所を見つけた。アルメはファルクの手を引いた。


「見てください。ヒヨコ広場がありますよ」

「ヒヨコにしては大きいですね。膨れニワトリのヒナ鳥でしょうか」


 囲いの中に、薄黄色をしたヒヨコがぴょこぴょこしている。普通のヒヨコよりずいぶんとサイズが大きく、両手のひらで抱えるくらいの大きさだ。


 膨れニワトリというのは、山や北の地域で飼われるニワトリの種類である。羽毛で膨れている、ボリューミーな鳥だ。


 ルオーリオで見かけることはほとんどないが、森の涼しさを利用しての飼育のようだ。


 近くにいた職員に声をかけて、囲いの中に入らせてもらった。


 しゃがみ込んで、まんまるのヒヨコへと手を伸ばしてみる。すると、ヒヨコは自分からぴょんと飛び、アルメの手に乗ってきた。


 両手のひらにもっふりと収まったヒヨコ。ものすごくふわふわでやわらかい……。アルメは心から、しみじみとした声をこぼしてしまった。


「わぁ……このヒヨコ、最高……最高です……日頃のストレスが消し飛びますね……極上の癒し……」


 たまらないもふもふを堪能する。膝の上にも大きなヒヨコたちがぽよぽよと乗ってきた。……最高である。


 至福のひと時を楽しんでいると、ファルクがムッとした顔をした。


「……俺とヒヨコ、どちらがストレス解消に有用ですか?」

「ヒヨコと張り合わないでください」


 おかしなことを言い出したファルクに、アルメは吹き出してしまった。




 そうして一通りふれあい広場をまわって、満喫した後。二人は精霊の森へと移動した。


 森の中には心地良い風が通り、木漏れ日が揺れている。


 この場所には風の精霊が多く住んでいるそう。日差しの強い日でも涼やかだ。


 道の脇には、星形の花びらをした青い花が咲き乱れている。

 一面に咲く青い花々が空を思わせたことから、ルオーリオの人々はここを埋葬地に決めたのだとか。故人の、天の国への安らかな旅立ちを祈って。


 細い小道に逸れると、もう足元まで満開の花が迫ってくる。空の上を歩いているようで何とも楽しい。


 心を弾ませて花畑を歩いていく――と、ふと顔を上げた先に男女の姿が見えた。遠くに見えた若い男女は仲睦まじく歩いている。カップルのようだ。


 それを見て、アルメはハッとしたのだった。


 そういえば、いつの間にかデートうんぬんの意識が頭から抜けていた……と。


 思い出した途端に、申し訳なさが込み上げてきた。アルメは歩みを止めてファルクに向き合った。


「あの……今更ですが、私ばかり楽しんでしまってすみません。デートらしい雰囲気をご提供できずに……」

「えっ、俺もものすごく楽しんでおりますが! たぶんアルメさん以上に!」


 ファルクは勢いよく言葉を返すと、照れた笑みを見せた。


「俺は朝食をいただいている時からもう、一人で浮かれていました。一緒の食事が嬉しくて。勝手に朝食デートを楽しんでおりました」

「えっ、まだ家を出ていない段階からデート気分だったんですか?」

「恥ずかしながら……」


 アルメが思っていたよりも早い段階で、デートとやらは始まっていたらしい。ぽやぽやした顔でそんなことを言うファルクに、アルメは呆けた顔をしてしまった。



 朝食の時間も、街歩きの時間も、今のこの時間も、彼はひっくるめて『デート』と呼んだ。けれど……何も特別なことはなく、いつもと変わらずのほほんとした時間である。


 前にコーデルとリトに『デートとは?』と問いかけたことがあったが、その時の彼らの答えが、今ようやく腑に落ちた気がする。


 難しく考えず、適当に、気楽に、楽しく過ごせばいいだけ――と。


 なるほど、と理解したら、肩の力が抜けてしまった。今まであれこれ悩んできた自分が可笑しくなってきた。


 ――友達だとか、デートだとか、男女の遊びだとか。あれこれ考えず、難しいことは放り出してしまっていいのかもしれない。


 ただ心地良い時間を、二人でのんびり楽しく過ごしている、それでいいみたいだ。


 誰に迷惑をかけているわけでもないのだから、心のままでいていいのだ――。

 

 

 ずっとモヤモヤしていた悩み事の解を得て、ふわりと胸の奥が軽くなった心地がした。

 足元には空色の花畑が広がっているけれど、まさに、空に浮いたような気分だ。


 ホッと力の抜けた声で、アルメはファルクに声をかけた。そういえば、ヒヨコ広場での問いかけに答えを返していなかったな、と。


「――ねぇ、ファルクさん。先ほどの『どちらのヒヨコが有用か』の答えですが、やっぱりこちらの大きな白いヒヨコさんの方が、一緒にいて癒されますね」


 ファルクに向かって悪戯な笑みを向けると、彼もまた冗談を返してきた。大袈裟に腕を広げて、わざとらしい朗らかな声で言う。


「それはそれは! 光栄です! より良い癒しのために、胸をお貸ししましょうか? この白ヒヨコが、アルメさんのストレスをすっかり消し飛ばして差し上げます。――なんて」

「では、お言葉に甘えて」

「えっ……!?」


 軽くなった心にまかせて、アルメはファルクの冗談に乗ってみた。変な声を返してきた彼を無視して、胸元に飛び込んでやった。


 逞しい体に腕をまわして、思い切り抱き着く。ギュウと力一杯抱きしめてやった。この前ファルクに羽交い絞めにされて、潰されかけた時の仕返しだ。


「……っ」

 

 ファルクは息を飲んで、押されるままに一歩後ろに踏み出す。が、グッと堪えてアルメを受け止めた。


 彼が苦しいと呻くまで締め上げてやろうかと思ったのだけれど、残念ながらアルメの腕力では難しかった。


 腕が疲れたところで、アルメはサッと体を離した。


「ふふっ、ありがとうございました。ストレスがすっかり消えました」

「いえ、えっと……ど、どういたしまして……」


 顔を見上げると、ファルクは変な方向に視線を逸らしていた。


 そんな彼の手を引いて、アルメは、さて、と歩き出す。


「さ、お花畑の散策はこのくらいにしておいて。そろそろお昼を食べに行きましょうか。この先に広場があるので、そこでお店を探しましょう。――って、ファルクさん、大丈夫ですか……!?」


 握った彼の手は驚くほど熱かった。よく見ると顔も赤い気がする。


 森の中は風があって涼しいと思っていたのだが……暑がりの彼には、まだ厳しい気温だったのかもしれない。


 アルメは氷魔法を使って、ファルクに冷気を流した。


「森の中だからといって、油断はできませんね……お店で冷たい飲み物を頼みましょう。具合は悪くないですか? 歩けます?」

「具合は…………絶好調です」


 心配するアルメをよそに、ファルクは何やら噛み締めるように、力強く答えた。



 歩き出すと、広場の方から風に乗って、陽気な音楽が聞こえてきた。


 『人生は気楽に、愛は真心のままに』。――いつ覚えたのか知らないが、道中ファルクは音に合わせてご機嫌で歌っていた。

 

 ……いよいよ暑さにやられたらしい。アルメはものすごく心配してしまった。


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