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119 酔っぱらいの帰宅

 焼き肉屋の店長は大変に大らかな人物だった。食事と酒を気前よく振る舞い、アルメとファルクをもてなしてくれた。


 そんな店長に甘えて長い夕食を楽しみ、夜が深まってきた頃。そろそろお開きにしよう、ということで、二人は店を出た。


 ――正しく言うと、ファルクがアルメを引っ張って店を出た、という形であるが。


 アルメは勧められた酒を飲み干すうちに、すっかり酔いに負けてしまったのだった。


 今アルメは、普段の姿からは想像もできないような、へろへろした姿を晒している。ファルクの腕にしがみついて、幼い少女のようにふにゃふにゃと笑っている……。


「あの、アルメさん……大丈夫ですか? 家まで歩けます?」

「えっへっへ、全然平気~! ほら、ちゃんと歩いてるでしょう?」

「八割は俺の支えによる歩行のように思えますが……こう、もう少ししっかり真っ直ぐに……」

「え~? 意地悪言わないでよ、おばあちゃ~ん。今、私、おばあちゃんにくっ付いてたい気分なの」


(おばあちゃん……)


 自身の腕を抱え込んでペッタリとくっ付くアルメ。その姿を見て、ファルクは何とも言えない、複雑なため息を吐いた。


 先ほどからアルメはファルクのことを、おばあちゃん、と呼んでいる。酒に惑わされて、子供返りしてしまったようだ。


 先日、彼女のストレスを散らそうとして、『自分のことを祖母だと思って抱擁を』なんてことを言ってしまったけれど……なにやら、変な暗示でもかかってしまったのかもしれない。


 ファルクのことを祖母だと思い込んでいるアルメは、それはもう遠慮もなしに甘えてくるのだった。


 ……正直、たまらない心地を感じないでもないが。そんな浮かれた気持ちはサッと払っておく。


 ファルクはアルメの前で屈み込み、背中を向けた。


「そのうち転んでしまいそうですね……。家まで背をお貸ししますから、どうぞ」

「いいの? ふふっ、おばあちゃんのおんぶ、すごく久しぶり!」


 アルメは幼い笑みを浮かべて、すぐに背中にひっ付いてきた。背負ってゆっくりと歩き出す。


 彼女は小声で笑い、何度も『あたたかい』と呟き声をこぼしていた。



 心地良い夜の空気と、街路に浮かぶ魔石ランプのほのかな明かり。ゆったりと揺れるあたたかい背中――。


 しばらく歩くうちに、アルメのお喋りがさらに(つたな)くなってきた。眠くなってきたのだろう。


「家までお連れしますから、眠ってしまっていいですよ」

「……嫌よ……もっとお喋りしたいもの……」


 むにゃむにゃとした声でそう言うと、アルメはポツポツ、言葉を紡ぎ始めた。


「……ねぇ、おばあちゃん……私ね、アイス屋さん、頑張っているのよ」

「えぇ、知っていますよ」

「……たくさんの人が来て、みんな、楽しんでくれてる……お客さんたち、お店でアイスを食べて、笑ってくれるの……。……でもね、」


 少し言葉を詰まらせて、彼女は消えそうな声で気持ちをこぼした。


「でも……みんなの笑顔の中に、おばあちゃんだけいないの……おばあちゃんだけが、私のお店に来てくれないの……。……寂しいわ……すごく。……私の作ったアイスを食べて、笑ってほしいのに。ねぇ……もう一度だけでいいから、会いに来てよ。美味しいねって言って、私を抱きしめて、笑ってちょうだい」


 ほとんど聞き取れないほどの、小さな声だった。


 ゆったりと間を置いてから、ファルクは返事を返した。

 

「白い鳥は、天の使いだと言い伝えられています。天の国のお祖母(ばあ)様の使いとして、白鷹がたくさん、アルメさんの作ったアイスをいただきましょう。俺がたくさん食べて、たくさん笑って、天へとお届けいたします。お祖母(ばあ)様に代わって、俺がお側にいますよ」


 そう答えると、アルメは消え入る声で笑った。


「……ありがとう…………大好きよ」


 その後は、もう穏やかな寝息しか聞こえてこなかった。


 

 最後の言葉は、誰にあてた言葉だったのだろう。彼女の祖母への言葉だったのか、それとも――……。


 そんなことを、ぼんやりと考えてしまった。



 夜の街の中を、アルメの家へと歩いていく。寝入っている彼女の体温はあたたかく、じんわりと心が溶かされていく心地がする。


 考え事をしながら歩いているうちに、路地奥の小広場にたどり着いた。


 開けた空を見上げると、美しい星々が散らばっていた。しばらく立ち尽くし、ぼうっと眺めてしまった。


 そうしているうちに、なんとなく、考え事の答えが出た気がする。

 

 ファルクは道中ぼんやりと考えていたことの答えを、天へと伝えた。


「アルメさんのお祖母様。申し訳ございませんが、やっぱり先ほどのアルメさんの『大好き』の言葉は、俺にくださいませんか?」


 問いかけた後、少しの間を空けて、星の一つがスイと流れていった。


 流れ星は別段珍しいものではない。けれど今は、天から返事をもらった、と都合よく解釈させてもらうとしよう。


 ファルクは背中で眠るアルメへと、後れて返事を返しておいた。


「俺も大好きですよ、アルメさん。あなたのことが大好きです」


 静かな小広場を賑やかすように、また空にチラチラと星が流れていった。







 アルメの鞄を失敬して、鍵を取り出して家へと入る。


 断りなく上がり込んでしまうことに、躊躇(ちゅうちょ)しなかったわけではない。が、戸締りのこともあるし、何より深く酔っている人を一人で寝かせるのははばかられた。


 アルメには申し訳ないが……このまま家にお邪魔して、様子を見守ることに決めた。


 二階の自宅へと上がり、居間へと進む。


「とりあえず、ソファーに寝かせて――……あぁ、いけません、なにやら洗濯物が……」


 居間のソファーに、と思ったのだが、洗濯物置き場となっていた。畳んでいる途中だったのかもしれない。


 勝手に片付けてしまうことなどできないので、別の場所へと歩を進める。


 室内を見回して、寝室らしき部屋の扉を開けた。チラッと覗いて、片付いていることを確認する。


「すみません、アルメさん。お邪魔します……」


 なるべく室内を見ないようにしつつ、アルメをベッドに下ろした。


 横向きに寝かせて、靴を脱がし、ネックレスも外してやる。腹回りをゆるめた方が寝やすかろう、と思って、彼女の服へと手を伸ばした。


 ベッドに腰かけ、彼女の衣服をくつろげ――……ようとしたところで、ハッとした。


 瞬間、ファルクはものすごい素早さで、ベッドから飛びのいた。後ずさった勢いで、壁際の棚に思い切り肘をぶつけてしまった。


 痛む肘に治癒魔法をかけるのも忘れて、大慌てで眠っているアルメに弁明する。

 

「いやいやいやっ! あのっ、違うんですよ……! 今のは神官として、体が勝手に動いてしまっただけでして……! 全然まったく、(よこしま)な気持ちで服をくつろげようとしたわけでは、なくってですね……っ!!」


 アワアワと申し開きをしてしまったが、当然ながらアルメの返事はない。


 しばらく、たっぷりの時間をかけて、壁際で固まった後。

 自分を落ち着かせて、またソロソロとベッドへ近づいた。


 本当に、先ほどは神官としてなすべきことを無意識に行ってしまっただけである。一切、やましい気持ちなどなかった。


 ――が、ひとたび意識してしまうと……残念ながら、もう駄目である。


 以前、アルメの家にあがり込んでしまった時のことまで、思い出してしまった……。倒れた紙袋の中から覗いた、白く透けた際どい()の記憶が鮮やかによみがえる。


 神官の記憶力の良さが、ここにきてあだとなるとは。スケスケのレースの柄までしっかりと覚えている……可愛らしい花柄であった。


 ばっちり目に焼き付いているあの布と、ベッドでふにゃふにゃになっている想い人。――両者が結びつく前に、ファルクは自身の頬をバチンと叩いた。


 両手のひらで頬をベシベシと打った後、気を取り直す。


 ベッド端に畳まれていたタオルケットを広げて、アルメに掛けてやった。


 自分が世話をするのは、ここまでにしておく。後は様子の見守りに徹しよう……。


 そう決めて、ベッドから離れ――ようとしたところで、アルメが大きく身じろいだ。


 彼女はむにゃむにゃ言いながら、枕元に手を伸ばした。丸っこいぬいぐるみを引っ掴んで抱え込む。胸元に抱きしめて、安心したようにゆるんだ笑みを浮かべた。


 様子をうかがって、ついほっこりとしてしまった。


(……可愛い。ぬいぐるみ、好きなのかな?)


 今度贈り物をする時は、ぬいぐるみを選ぼうか。なんてことを考えつつ、抱えているぬいぐるみをよくよく見てみる。


 まんまるの白いマスコットだ。黄色い目に、黄色いくちばし――……。


 ――即、ぬいぐるみの正体を察してしまった。その瞬間、ファルクはベッドサイドに崩れ落ちたのだった。


 アルメが抱きしめているのは白鷹ちゃんだ。これは彼女が自分で作ったものなのだろうか。まさか毎晩、こうして抱きしめて眠っているというのか――。


 頭の中にあらゆる思いが飛び交って、眩暈がしてきた。ファルクはしゃがみ込んだまま顔を覆って、しばし悶絶する。

 

 この例えがたい、たまらない心地は、一体どうすればいいのか……。



 しばらくの間、思い切り苦しんだ後。ゆるりと顔を上げて、アルメの頬へと手を伸ばした。


 寝てる相手に触れるというのは、不届きな行為だが……焼き肉屋から家までの運び賃として、ほんの少しだけ許されたい。


 ファルクはアルメの頬に手を伸ばし、一度だけ、そっと撫でてしまった。


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