118 星のカクテル
大いに盛り上がったお疲れ様飲み会は、そこそこ早めの時間にお開きとなった。軍人メンバーは翌朝も訓練があるとのことで。
そうして一夜が明けて。
翌日の午前中、アルメは家でのんびりと過ごしていた。連休により時間ができたので、最近ほったらかしになっていた諸々の家事に手を付けたりしつつ。
部屋を掃除したり、片付けたりして過ごしていると、昼過ぎに突然ファルクが遊びに来た。なんと、彼も連休を取ったのだとか。
アルメの前世の学校には『夏休み』というものがあったが、ファルクはまさに、夏休み初日の少年みたいなウキウキ具合で現れたのだった。
彼に出会った当初は、『休日の過ごし方がわからなくて困る』なんて気落ちしていたというのに。まさかこんなによい笑顔で遊びに来るようになろうとは。
日々を楽しむのは素晴らしいことなので、この変わり様は喜ぶべきことである。
ひとまず、掃除や片付けは置いておき、アルメは笑顔で出迎えた。自宅一階の店舗で彼とお茶をすることにした。
けれど、お喋りを始めた直後。
さらに立て続けに呼び出し鐘が鳴り、ジェイラも訪ねてきたのだった。
玄関扉を開けると、ジェイラがいつものようにカラッとした挨拶をしてきた。
「よっ! アルメちゃん、昨日ぶり~。お休み中にごめん」
「ジェイラさん、こんにちは。どうしました? シフトの相談ですか?」
「いや、アイス屋のことじゃなくて、うちの焼き肉屋の話なんだけどさー」
てっきりシフト変更の相談に来たのかと思ったが、違うらしい。
「あら、焼肉屋さんで何かあったんです?」
「昨日アイスキャンディーソーダとかで盛り上がったじゃん? 見てた客とか店員たちの間でペラっと話が広がって、店長まで気になるとか言い出してさー。アルメちゃんのアイス屋の話したら、もう一度連れてきてくれ、とか言われちゃって」
「それはそれは! 光栄な」
ジェイラが言うには、焼き肉屋の店長がアイスキャンディーソーダとカクテルを目に留めたそう。
彼女は先ほどまで店で仕込みを行っていたそうだが、店長に乞われてアルメに話を通しにきたらしい。
「うちの焼き肉屋、結構景色のいいところにあるじゃん? 雰囲気いいからカップルとか女グループの客も多くてさ、あのアイスキャンディーウケるんじゃね、ってな話で」
「なるほど。そういえば、昨日エーナも女性ウケしそう、って言ってましたね。もしよければ、もう一度ちゃんと作ってお持ちしましょうか?」
店長の思惑を理解して、アルメはふむと頷く。上手く話がまとまれば、焼き肉屋にアイスキャンディーが仲間入りすることになるのでは――。
と、考えたところで、背後からファルクが顔を出してきた。
「こら。お休み中に仕事の話は禁止、という約束のはずですよ」
「あ、っと、そうでしたね……」
「なんだ、白鷹様も来てたのかー。連日遊んで、神官業はサボりっすか?」
「こんにちは、ジェイラさん。えぇ、その通り、サボりです」
ジェイラの冗談に、ファルクはよい笑顔で答えた。ジェイラは『いよいよルオーリオに染まってきたな』なんて突っ込んでいた。
そうして三人の間で、しばし問答の時間が過ぎる。
アルメにストップをかけるファルクと、上手いこと話を進めようとするジェイラ。そして両者の間でどうしたものか、と考えるアルメ――。
けれど、しばらく話をした後。
結局アイスキャンディーソーダとカクテルを、焼き肉屋の店長にお披露目しに行くことに決まったのだった。ファルクは最終的にアイスの誘惑に屈した。
「――じゃあそういうことで、アイスキャンディーよろしく~! あたしは夕方前に店出ちゃうけど、店長は夜までいるから。話通しとくよ」
「ありがとうございます。それでは、夕方頃にアイスを持ってお伺いしますね」
「こっちこそありがとー。頼んどいてアレだけど、無理はせずに。それじゃ~」
話をまとめると、ジェイラは手を振って歩いて行った。
ファルクは複雑な顔をしていたけれど……茶を濁すように、アルメは彼の背をグイと押した。
「お気遣いいただきありがとうございます。まぁまぁ、そう難しい顔をしないでください。私は料理やお菓子作りでストレスを飛ばすタイプの人間なので」
「……それならば、よいのですが。休みの間はなるべく心身に負担をかけるようなことは、お控えくださいね」
「気を付けます。――ではでは、早速アイスキャンディーを作りましょう!」
まだ何か言いたそうにしているファルクを押して、アルメは調理室へと向かった。
冷蔵庫を開けて果物をいくつか取り出す。アルメはいつもの要領で、てきぱきと数種類のフルーツジュースを作り上げた。
これを固めればもう完成だ。普段、店に出しているのはスティック型のアイスキャンディーだが、今回は一口サイズに仕上げていく。
せっかくなのでひと手間加えて、ちょっと遊んでみようと思う。
アルメはバット――平たい容器と、クッキー用の型を取り出した。クッキー型には丸、四角、星、花、などなど、いくつか形がある。
興味深そうに作業を見学しているファルクに声をかけた。
「アイスキャンディーをこの型で作っていこうかと思います。こう、クッキーを抜くみたいに。ファルクさんはどの形がいいですか?」
「俺が選んでしまっていいのですか? ――ええと、そうですねぇ、星形はどうでしょう? グラスの中に星が入っていたら、素敵かなぁ、と」
「星のソーダに、星のカクテル、いいですね! では、星形で作ってみましょう」
バットの中にジュースを注いで、星の型を置く。指先を星の真ん中に近づけて、氷魔法を使う。
指先から魔法の冷気を流して、型の内側を集中的に冷やしていく。適度に固まったところで型を持ち上げると、ジュースから星形のアイスキャンディーを抜くことができた。
アイスが完全に凍り切る前に、型から外す。最後にもう一度氷魔法を使って、しっかり固めたら完成だ。
一口大の星形アイスキャンディーが出来上がった。
第一作目は蜂蜜レモンジュースの星だ。淡い黄色で、まさに星らしい仕上がり。
「思い付きでクッキー型を使ってみましたが、結構綺麗にできましたね。――あっ」
「ふふっ。美味しいです」
「お星様、一瞬で消えちゃいましたね……流れ星かしら」
お星様第一号は、あっという間にファルクの口の中に消えていってしまった。
初作に続いて、アルメはどんどん星を作っていった。数種類のジュースで型を抜いていき、カラフルな星の山が出来上がった。
途中、いくつかの星が流れ星になって消えていってしまったことには、目をつぶっておく。
ほどよいサイズのガラス容器に詰めて、作業を一区切りとした。
それからまた二人で、まったりとお茶をした。その後市場に買い物に行ったり、冷蔵庫の整理をしたりして――。
特に何をするでもなく、ゆるりとお喋りをしているうちに夕方を迎えたのだった。
ファルクを庶民の平凡な一日に付き合わせてしまって、申し訳なさを感じたけれど……突然遊びに来た彼も彼なので、おあいこということにしておこう。
夕日の中、アルメとファルクは星形アイスを持って家を出た。向かった先は焼き肉屋だ。
店に入るとすぐに、店長らしき人が歩み寄ってきた。ジェイラがアルメと、ついでにファルクの特徴も伝えておいてくれたみたいだ。
四十代くらいの女性店長は、ふくよかな体格に見合った、大きな声をかけてきた。
「あらあらあら! 長い黒髪のアルメちゃんに、背の高い男前のファルクちゃん! あなたたちでしょ? アイス屋コンビ! 来てくれるの待ってたのよ~」
(アイス屋コンビ……!?)
なんだ、そのコンビ名は。アルメとファルクはポカンとしてしまった。が、店長はかまうことなく二人の背中をグイグイと押していった。
彼女は二人を厨房近くのテーブルに招くと、食事の用意をしてくれた。
「お二人とも、夜ご飯まだでしょ? 食べていかない? もちろん、お代はいいから」
「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて」
「ご馳走になります」
二人でペコリと頭を下げた。
そうしてテーブルの上が整ったところで。アルメはアイスキャンディーの容器を開けた。
テーブルには既に炭酸水やらお酒やらがそろっている。空のグラスも並べられて、準備万端だ。
アルメは店長にアイスを見せた。
「――それで、こちらがアイスキャンディーになります」
「まぁ! ずいぶんと可愛らしいこと! 昨日はスプーンで作ってたって聞いたんだけど。こんなに綺麗なお星様になってるじゃない!」
「昨日は即席だったので。形を整えた方が素敵かと思って、作ってみました。この星を五、六個グラスに入れて、炭酸水とかお酒とかを注いで――」
説明しながらアイスキャンディーソーダとカクテルを作っていく。
カラフルなアイスの星々から、細かい泡がシュワシュワと立ち上る。なかなか幻想的で、洒落た見た目の飲み物だ。ファルクが言った通り、星のアイスは素敵な仕上がりとなった。
店長はグラスを掲げて、うっとりと見入っていた。
「ロマンチックで素敵ねぇ! うちのお店、夜は星が綺麗に見えるから、相性ばっちりだわ。特に若い人ってこういう洒落たもの好きだから、きっと人気が出るわ」
グラスを見回した後、店長は星のソーダに口を付けた。飲みつつ、アイスも咀嚼する。
「うん、アイス自体もとっても美味しい! 口の中でホロってとろけて、冷たさがたまらないわね。ねぇ、アルメちゃん、ちょっと相談なんだけど――」
どうやらアイスキャンディーは店長の眼鏡に適ったようだ。
店長は星形アイスキャンディーの仕入れについて、話を始めた。
ご飯とお酒をご馳走になりながら話を進めて、アイスの提供は前向きに検討、というところで、一旦打ち合わせは仕舞いとなった。
細かいところは後日、お酒が抜けた状態で詰めていくことにする。
大らかな店長は、その後周囲の客にも星のソーダと星のカクテルを振る舞っていた。無料で試飲、とのことで、興味を持った客たちはワイワイと集まってきた。
「わぁ、星が入ってる!」
「なにこれ綺麗~! この星も食べられるの?」
「この星のカクテル、いつから出すんだい? 今度妻を連れてくるよ。喜びそうだ」
夜空の下、試飲に集まった客たちはグラスを掲げて、美しい星の飲み物を楽しんでいた。
その様子を見ていると、胸にあたたかい気持ちが満ちてくる。
自分の作ったお菓子で人が喜んだり、楽しんだり、笑顔になるのを見ると、たまらない心地がする。
最近、厄介なお客たちにげんなりして、憂鬱な気持ちばかりが胸を占めていたのだけれど……。
こういう景色を見てしまうと、やっぱり『店に立って、お客さんの顔を見たい』という気持ちが湧き上がってくる。
星のカクテルを味わいながら、アルメは自身のアイス屋へと思いを馳せた。
(なるべく早めに復帰したいなぁ……って、言ったら、またファルクさんに怒られてしまうかしら)
そんなことを思って、チラッとファルクをうかがい見る。
――すると思いがけず、バチリと目が合ってしまった。
彼はいつからこちらを見ていたのだろう。そうまじまじと見られていると、なんだか落ち着かないのだけれど。
(……私、もしかして顔に焼肉のタレでも付いてる?)
不安になって、アルメは手鏡で確認してしまった。




