115 チョコアイスを一緒に
アルメは氷魔法を使ってパタパタと顔をあおぎ、抱擁の照れを散らす。
そうしながらお喋りを再開して、ふと思いついた。
「そのお薬、アイスに混ぜてみたことはありますか? 冷たいものに混ぜれば、少しは味を飛ばせるのでは?」
「それも考えたのですが……アイスへの冒涜ではないか、と思い至り、ためらっています」
「そんな大袈裟な……。他のお菓子では試したのでしょう?」
「アイスはいけません、アイスは。神聖な食べ物なので、台無しにしたらアイスの神の罰が――」
「ふむ、味の濃いアイスがよさそうですね。よし、ちょっと作ってみましょうか」
「アルメさん? 俺の話聞いてます?」
ファルクのアイス語りを聞き流して、アルメは調理室へと移動する。彼も慌てて追ってきた。
冷蔵庫を開けて中を見回す。アルメは一つの容器を取り出して、ファルクに見せた。中には茶色のブロックが入っている。
「ちょうどこの前、お隣のリトさんから素敵なお裾分けをいただいたので。このチョコを使ってアイスを作ってみましょう」
「チョコアイス、ですか……!」
「濃厚なチョコアイスだったら、少しは薬の味を誤魔化せるかもしれません」
「素晴らしいです! 是非是非!」
薬のために、と思っての提案だが、ファルクは自分が楽しむ気満々の顔をして喜んでいた。
ソワソワしている彼に苦笑しつつ、アルメは壁にかけてあるエプロンを手に取る。支度を整えて、材料をテーブルに並べた。
まず湯を沸かして、大きなボウルに張る。そこに収まるくらいの小さなボウルに、チョコブロックを砕いて入れた。ヘラを当てて、湯煎で溶かしていく。
リト曰く、移転準備で店を閉じている関係で、ケーキ屋には製菓に使う諸々の材料が余っている状態らしい。そういうわけで、このチョコも余り物のお裾分けとして、もらったものである。
今後アルメの店でもチョコを仕入れる予定なので、よい試作になりそうだ。
ファルクはチョコのボウルを興味深そうに覗き込んできた。
「チョコは溶かしてから使うのですね。あの、俺も何かお手伝いを」
「それじゃあ、チョコの湯煎を代わってもらってもいいですか。お湯を入れないように気を付けて」
「頑張ります!」
頑張るものでもないのだけれど、と笑ってしまった。ファルクは真剣な顔でチョコを溶かし始めた。
手先の器用な人なので、任せても大丈夫だろう。アルメはその間に別の作業に取り掛かる。
卵を割って、卵白と卵黄に分けた。ハンドミキサーに風魔石をはめ込んで起動し、卵白をかき混ぜる。
ふわふわのメレンゲを作ったら、別のボウルで生クリームも同じように泡立てていく。
しばらくして、ファルクから声がかかった。
「チョコ、溶けましたよ」
「ありがとうございます、ばっちりです!」
チョコのボウルを受け取って、卵黄と砂糖を入れる。しっかり混ぜ合わせたら、チョコの中にメレンゲと生クリームを投入する。
濃厚な茶色のチョコに、真っ白なふわふわクリームを絡めていく。ざっくりと混ぜ合わせたところで、氷魔法の出番だ。
魔法を使って、手元にひんやりとした冷気を流す。
ほどよく固まったら、チョコアイスの完成だ。
ガラスの器とスプーンを出して、二人分のアイスをよそう。黒檀の深い色合いが美しく、なんともなめらかな仕上がり。
「ではでは、試食しましょう」
「いただきます!」
二人同時に、チョコアイスをパクリと頬張った。
口の中いっぱいに、濃厚なチョコの風味が広がる。砂糖で甘さを足したので、キンと冷えていてもしっかりと甘い。実に香り高く、まろやかなチョコアイスだ。
たまらない美味しさに、アルメとファルクはため息を吐いた。
「うん、美味しい! やっぱりチョコは素晴らしいですね……!」
「濃厚で、冷たくても味が飛びませんね! なんと美味なアイスでしょう! ――あの、もう少しいただいてもよろしいですか?」
ファルクは一瞬で平らげてしまった。
おかわりのアイスを堪能しながら、彼はなにやら考え込む。
「この冷たさと、味の濃さなら……あの薬もどうにかなるでしょうか」
「どうぞお試しください。アイス、お持ち帰りになります? あぁ、それともレシピをお渡ししましょうか? 氷魔法を使わない場合は、冷凍庫で冷やして固めてください」
「……レシピは、大切なものなのでは? 俺が持ち出してしまうのは……」
迷った様子のファルクの背を、アルメはポンと叩いた。
「小さな女の子が大変な思いをしているのでしょう? それに、ファルクさんも。よい方法があるのなら、試してみるべきです。チョコアイスは一緒に作りましたし、共同開発、ということで。どうぞ、レシピをお持ち帰りください」
「すみません……ありがとうございます。城のシェフに頼むことになりますが、変に広まらないようコッソリ作ってみます。コッソリと作って、コッソリと俺の執務室の冷凍庫に隠しておきます」
「絶対、自分で食べる気でしょう?」
ジトリとした目を向けると、ファルクはさっと目を逸らした。
なにはともあれ、このチョコアイスが薬を嫌う女の子と、ファルクの助けになればいいなぁ、と思う。
アイスを味わいながら、アルメは頬をゆるめた。
お茶会の場所を調理室に移して。
二人はチョコアイスをお供にして、再びまったりとお喋りを楽しんだ。
途中アイスから話が移って、あれこれ店のことを考え出してしまったけれど……仕事の話は、ファルクにピシャリと遮られた。
「お待ちなさい、アルメさん。しばらくの間、仕事の話は禁じることにいたしましょう。お店も休んでおしまいなさい。あなたには休息が必要です」
「と、言われましても。お気遣いいただくのは、ありがたいのですが……そういうわけにもいかないので」
「神官がストップをかけたら、魔物に向かう軍人でも剣を置くものですよ」
「いや、でも……新店にはもう少しの間、目を配っておきたいし、路地奥店もそろそろ営業を戻していかないと――……」
話の途中で、アルメの声は尻すぼみに消えていった。ファルクが厳しい顔で、こちらを見据えていたので……。
男神のように美しく整った容貌は、怒りを帯びると凄まじく恐ろしい。
「俺はルオーリオに来て、自愛の精神をアルメさんから教わったのですが。今度は逆に、俺があなたに説教をしなければいけませんね。ご覚悟はよろしいですか」
アルメは言おうとしていた言葉を止めて、別の言葉を口から出した。
「え、っと……やっぱり……ちゃんと休みを、取ろうかと思います……」
「よろしい。ゆっくりと心身をお休めください」
そう言うと、ファルクはようやく表情をやわらげてくれた。そして続けて、ポソリと小声をこぼした。
「――で、あの……もし、もしですよ……? もしお休み中、余裕がありましたら……俺と、遊んでくださいね。お願いします」
ちゃっかりと言い添えて、ファルクは咳払いをして誤魔化していた。
そんなやり取りもあり、アルメはファルクに勧められた通りに休みを取ることにした。
最近諸々のいざこざと疲れのせいで、頭がまわっていない自覚もあったので……。神官の言葉に従って、一度しっかりと心身を休めることに決めた。
少しの間、店に立つのはお休みだ。路地奥店は休業として、新店は全面的にコーデルと従業員たちに任せることにする。
アルメは自宅でのささやかな内職――空魔石への氷魔法込めだけをして、ゆっくり過ごすことにしたのだった。
そう決めた夜から早速、寝つきの悪さが少し改善されたように感じるので、体は素直である。
ベッドに転がりながら、枕元の白鷹ちゃんぬいぐるみを抱きしめる。アルメはぬいぐるみに向かって、感謝の言葉をかけておいた。
神殿にいる白鷹へも、この気持ちが届くように、と願いながら。